3992話
近付いて来たハーピーの数は、五匹。
その中でも先頭のハーピーは他のハーピーよりも大きい。
もっとも、大きいとはいえ、それは本当に少しだけなのだが。
ハーピーの希少種や上位種といったことはまずない。
(とはいえ、あの個体が集団のリーダーなのは間違いない。……だとすると、今はまだ普通のハーピーだが、このまま時間が経てばもしかしたら上位種や希少種になっていた可能性もあるな。何をどう思ったのか、セトに攻撃を仕掛けようと思った時点で、もうその可能性はなくなったが)
レイにしてみれば、一度はセトを見て逃げ出したハーピーが何を思ってまたこうして戻ってきた……それどころか、セトや自分に攻撃をしようとしたのかは分からない。
分からないが、こうして攻撃をしてこようとした相手である以上、ここでしっかりと仕留めるのはレイにとって確定事項だった。
「そんな訳で……まずはリーダーからだ!」
叫びつつ、レイは手にした黄昏の槍を投擲する。
地上で槍の投擲をする時のように、身体全体の捻りを使ったりといったことは出来ず、あくまでも腕力だけでの投擲だ。
だが、ゼパイル一門によって作られたレイの身体は、常人とは比べものにならない程の力を有している。
腕力だけによる投擲であっても、黄昏の槍は空気を貫きながらハーピーの群れの先頭……他のハーピーよりも少しだけ身体の大きなハーピーに向かって飛んでいく。
真っ直ぐ自分に向かって飛んでくる黄昏の槍の存在に気が付いたハーピーは、何とかその一撃を回避しようとするものの、この場合は相手が悪かったとしか言いようがない。
先頭のリーダー格のハーピーに出来たのは、少し……本当に少し身体を動かすだけ。
もしレイの投擲した黄昏の槍が、ハーピーの身体を掠めるような一撃であった場合なら、少しだけ身体を動かすのでもどうにかなっただろう。
だが、ハーピーのリーダーにとって不幸なことに、レイが投擲した黄昏の槍は、ハーピーの身体の中心部分に向かっていた。
その状況では少しくらい身体を動かしても意味はなく、次の瞬間にはあっさりとリーダー格の身体の中心を黄昏の槍が貫く。
それだけでは終わらず、リーダー格のハーピーの後ろにいた別のハーピーの身体をも貫き、黄昏の槍はどこかに飛んでいった。
……もっともレイが意識を集中すると、次の瞬間には黄昏の槍はレイの手元に戻っていたが。
これが黄昏の槍が持つ幾つかの特殊能力の一つだ。
「混乱してるな。……当然か。いきなりリーダー格が殺されて、しかもその後ろにいた個体までもが大きなダメージを負ったんだし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らす。
本来なら、セトは残りのハーピーに向かって突っ込んでいきたい。
いきたいのだが、今のセトはセト籠を持っている。
そのような状況で敵に突っ込むといったことをすれば、どうなるか。
セト籠に乗っている者達はセトの素早い動きによって激しく揺らされることになる。
セト籠を普通に運んでいるだけなら、乗っている者達は少しの揺れは気になるが、それだけだ。
……ザイードの巨体によってセト籠の中は少し狭く感じてしまうかもしれないが。
だが、セトが本気で……あるいは本気を出さずとも、それなりの動きで空中戦をやったらどうなるか。
普通に考えれば、セト籠に乗っている者達は酔うといった程度ではすまないだろう。
そして酔えば当然だが気持ち悪くなり、最終的には吐く。
セト籠を運ぶ身として、セト籠の中で吐かれたいとはセトも……そしてセトの背に乗るレイも思わない。
その為、セトは近接攻撃でハーピーに攻撃するのではなく、スキルを使う。
「グルルルルゥ!」
クチバシを開け、放たれるのはクリスタルブレス。
トレントの森にあるダンジョンで……より正確には、レイ達がダンジョンに潜っている時に外で待っていたセトが倒したモンスターの魔石によって、レベル四になったクリスタルブレスは、残っていたハーピーの身体を水晶で覆い……
「あ」
その結果を見たレイの口から、そんな声が漏れる。
当然だろう。何しろハーピーはそのまま地上に向かって落下していったのだから。
とはいえ、それは考えてみれば当然のことでもあった。
ハーピーは翼を羽ばたかせて空を飛んでいるのに、クリスタルブレスによって身体が水晶に覆われてしまえば、翼を羽ばたかせることは出来ない。
もっとも、レベル四になったとはいえ、クリスタルブレスの威力そのものはそこまで強くはない。
少し時間を掛ければ、ハーピーであっても自分の身体を覆っている水晶を壊すことは出来るだろう。
だが……この場合、その少しというのが問題だった。
空を飛んでいたハーピーが地面に落ちるまでに水晶を壊す必要があるのだが、ハーピー達にそれは無理で、地面に落ちた衝撃で水晶が壊れ、同時にハーピーも死ぬ。
一匹だけ、落ちた姿勢がよかったのか、もしくは他の固体よりも頑丈だったのかは分からないが、生き残っていたハーピーもいたが、それでも無傷という訳にはいかず、それどころか骨が何本も折れて動けない状態だった。
地面に落下して生き残りはしたが、それはあくまでも今はまだ死んでいないというだけであって、そう遠くないうちに死ぬのは間違いない。
(とはいえ……セトもそうだが、本来ならあの程度の翼でハーピーやセトの身体で空を飛べるというのがおかしいんだよな。多分魔力とかそういうのが関係してるんだろうけど。でも、それなら水晶で身体を覆われても、その魔力で空を飛ぶとか出来ないのか?)
そのような疑問を抱くレイだったが、やれるのなら墜落死はしないだろうと思い直す。
「で、結局なんであのハーピーの群れは俺達を襲ってきたんだろうな?」
「グルゥ?」
何でだろう? とセトは喉を鳴らす。
セトにとっても、一体何故このようなことになったのかは分からないらしい。
レイとセトはそれぞれ不思議に思いながらも、再びガンダルシアに向かって進む。
(もしかしたら、何か強力なモンスターと遭遇して……いや、それならそもそもセトのいる方に向かっては来ないか。そうなると、何となくとか、自分達が逃げ出したと思われるのが嫌でとか? 理由はともあれ、無駄な時間だったな)
ハーピーの素材は魔石も含めて特に剥ぎ取りたい物はない。
そうである以上、わざわざ地面に落ちたハーピーの死体を解体したり、もしくはミスティリングに収納しようとは思わなかった。
後々、生徒達の解体の練習用に持ってくればよかったか? と思ったものの、それは今更の話だった。
「え? ハーピーが襲撃してきたのか? ……セトがいるのに?」
昼食の時間、午前中に飛んでいた荒れ地を越えると、そこには草原が広がっていた。
その草原に下りて昼食を食べながら、レイは今日の午前中にセトと共にハーピーと遭遇したことを話すと、ニラシスは驚きの声を上げる。
驚いているのはニラシスだけではなく、食事をしながら二人の会話を聞いていた生徒達も同様だった。
セトと一緒に行動することで、盗賊はともかくモンスターが……それも、それなりに高い知性を持つハーピーが襲ってくるというのは、それだけ驚きだったのだろう。
これが例えば、ゴブリンなどであれば、知性の低さや野生の勘もないことによって、セトの強さを分からずに襲ってきてもおかしくはないのだが。
「ああ、何でかは分からないが、間違いなくセトと俺に向かって襲ってきた」
「……セト籠の中では戦闘の様子に全く気が付かなかったんだが」
そう言うニラシスの言葉に、生徒達もそれぞれ頷く。
空中戦を行ったのなら、セトが持っていたセト籠はそれなりに揺れてもいい筈だった。
だが、セト籠の中にいたニラシス達は、特に揺れたようには思えない。
本当に戦闘があったのか?
そのように思ってもおかしくはない。
勿論、レイがこのような状況で嘘を言っても意味がないというのは分かっているのだが。
「だろうな。俺が槍の投擲をして、セトが遠距離から攻撃出来るスキルを使って、それだけでもう終わったし」
「……あー……うん。そうか」
レイの言葉はニラシスにも理解出来た。
理解出来たのだが、だからといってそれで納得出来るかと言われれば、それは別だ。
一体何がどうなってそうなったと、そんな風に思えてしまう。
そんなニラシスの様子には気が付かず……あるいは気が付いても気にしていないだけなのか、レイは言葉を続ける。
「そんな訳で、ハーピーが何でそんなことをしたのかは分からないが、そういうことをする何かがあったのは間違いないと思う」
「レイ教官、するとこうしている今も、モンスターに襲撃される可能性があるってことですか?」
アーヴァインがそう言いながら周囲の様子を確認する。
だが、レイ達が現在いるのは草原だ。
膝くらいまでの高さの草が生えている場所だけに、場合によってはモンスターが近付いてきても分からない。
非常に厄介な場所なのだが……
「安心しろ。絶対って訳じゃないが、基本的に心配はない。ここはダンジョンの中でもなければ、辺境のギルムでもないんだぞ? モンスターは、いてもゴブリン……後はオークやコボルトといったところか? そういう連中なら、大きさ的に草に隠れるといったことは出来ない。後はハーピーみたいな空を飛ぶモンスターだが……セトがいれば、接近は許さないしな」
「ああ……」
初日の盗賊の件であったり、あるいはセト籠に乗って移動しているのもあってか、モンスターが普通に出てくるのではないかと心配していたアーヴァインだったが、レイの言葉ですぐに自分の考え違いを理解する。
「寧ろこういう場所で警戒するのは、モンスターじゃなくて盗賊とかだろうな」
「でも、レイ教官。盗賊が来てもセトちゃんなら分かるんですよね?」
イステルが自分達と同じ料理を……量は数倍だが、食べているセトを頼もしそうに見ながらそう尋ねる。
「そうだな。何らかの魔法やスキル、マジックアイテム何かで自分の存在を察知されないようにしているとかだったら、また話は違ってくるけど」
「え? そんなことは……あるんですか?」
イステルにしてみれば、盗賊がそのような魔法やスキル、マジックアイテムを使えるとは思えない。
それはガンダルシアを出発してから何度か盗賊達と遭遇して戦った経験からの言葉だ。
また、イステルだけではなく、他の生徒達もどうやら意見は一緒らしく、レイに視線を向けている。
「魔法やスキルについては、元冒険者が盗賊になった場合にそういうのを持っている連中もいる。また、マジックアイテムは……」
そう言いつつ、レイはミスティリングから懐中時計を取り出す。
「この懐中時計はマジックアイテムだが、盗賊から手に入れた物だ」
そう言うと、揃って驚きの声を発する。
レイが持つ懐中時計に驚いたのか、それとも盗賊がマジックアイテムを持っていたことに驚いたのか。
レイは恐らく後者だろうと思いながら話を続ける。
「盗賊というのは商人を襲うことが多い。そうなると、その商人がマジックアイテムを持っていれば、当然ながらそれは盗賊の物になる訳だ」
そのマジックアイテムが分かりやすい物……例えば、魔剣や魔槍といった武器なら、盗賊達が使うだろう。
だが、一見すると何に使うのか分からないようなマジックアイテムの場合、取りあえず売れればいいと考えて奪った物と一緒に置いておくことも珍しくはない。
レイのようにマジックアイテムを集める趣味があったり、商売上の理由でマジックアイテムを見分けられる……といった者達ならともかく、そういう知識のない盗賊達にそれを求めるのは無理があるだろう。
「それに、お前達は自覚がないのかもしれないが、ガンダルシアに来る商人の中にはダンジョンで見つかったマジックアイテムを仕入れる奴もいる筈だ。そしてガンダルシアから出たら、いつ盗賊に襲われてもおかしくはない」
実際、ガンダルシアの周辺にはそのような商人を目当てにした盗賊もいる。
レイも以前その手の盗賊に襲われている商人を見つけ、その商人を助けたことがあった。
『あー……』
その指摘に、生徒達は納得の表情を浮かべて声を上げる。
自分達が普段から暮らしている場所だけに、その辺については気が付かなかったらしい。
「ともあれ、話を戻すぞ。そういう盗賊が使うマジックアイテムや、闇商人に売られたマジックアイテムが流れに流れて他の盗賊に渡り、それを使って襲撃をする。そういう可能性もあるから、盗賊だからといって油断は出来ない訳だ」
レイの言葉に、ニラシスはお前が言うか? と突っ込みたくなるのを我慢するのだった。




