3991話
「何もなかったか」
同じ場所で二度目の野営をした翌朝、レイがマジックテントから出ると、そこには特に何も異常はなかった。
セトによって殺された盗賊やモンスターの死体もなく、ただそこには野営をしたばかりの光景が広がっているだけ。
これにレイは安心したように……そして少し、本当に少しだけだが不満な様子も抱く。
もしかしたら、盗賊やモンスターの死体がまたあるのではないかと、そのように思った為だ。
勿論、そのようなことがあった場合、また面倒なことになるのは間違いないだろう。
しかし、それでもセトのことだから、もしかしたら……そう思ったのも事実。
「よう、レイ。どうやら今朝は何もなかったみたいだな」
マジックテントを出て周囲を見てるレイに、ニラシスがそう声を掛けてくる。
ニラシスにしてみれば、これでガンダルシアに向かえるので嬉しかったのだろう。
「そうだな。さすがに二日連続でということはなかったらしい。そうなると、いつまでもここにいる理由はないから、朝食を食べたらすぐに出発するってことでいいよな?」
「ああ。昨日一日をここで潰したのは痛いからな。……まぁ、それでもガンダルシアに戻るのが具体的にいつになるってことは言ってないし、問題ないと思うが」
二人が話していると、見張りをしていたザイードとビステロが近付いてくる。
「今日、出発ですか?」
ビステロの言葉に、レイとニラシスは揃って頷く。
「そうなるな。今日だけでどこまで進むのかは分からないが、それでも出来るだけ進んでおきたいし」
「そうなると、セト籠に乗って行くんですね」
「当然そうなるだろうな。……ちなみに、もしセト籠に乗らないで移動するとなると、セトの足にぶら下がるとか、セト籠の外の部分に乗っていくとか、そんな感じになるけど」
「セト籠に乗るの、楽しみです!」
即座にビステロがそう言う。
ビステロにしてみれば、セト籠の中は狭苦しい……とまではいかないが、それでも自由に手足を伸ばして好きに動くといったことは出来ない。
ビステロはそれが嫌だったのだろう。
だが……だからといって、セトの足やセト籠に掴まったまま移動をしたいとは思わない。
それこそ、下手をしたら……いや、下手をしなくても死んでしまう可能性が高いのだから。
「すまん」
「あ、いえ。その、ザイードさんが悪い訳じゃないので」
ザイードが自分の身体が大きいのでセト籠の中が狭いのだと考え、ビステロに謝る。
実際、ザイードは筋骨隆々の大男で、この場にいる誰よりも……小柄なレイは勿論、ニラシスと比べても明らかに身体が大きかった。
ましてや、ザイードは寡黙ではあるが優しさがない訳ではない。
寧ろ優しさという意味であれば、アーヴァイン達のパーティの中でも一番だろう。
「とにかく、朝食にするぞ。まだ眠っている連中を起こしてこい」
そうレイに言われると、ビステロはこれ幸いとテントに向かって走り出すのだった。
「うん、今日もいい天気だな。……これ、ドラゴンローブがなければ、暑さでどうにかなっていたかもしれないけど」
朝食が終わり、早速ガンダルシアに出発したレイ達。
レイはいつものようにセトの背の上で空から周囲の様子を見ながらそう呟く。
時間的には、まだ午前八時前といったところか。
そんな時間だというのに、空には雲一つなく、どこまでも澄んだような青空が広がっている。
雲がないということは、当然ながら夏ということで元気一杯に見える太陽の光を遮るものもない。
まだ午前中も早い時間だというのに、既に太陽はこれでもかと、強烈な自己主張をしている。
もっとも、日本と違って湿度がそこまで高くないので、暑いには暑いが、からりとした暑さなのだが。
ましてや、レイはドラゴンローブの簡易エアコン機能のお陰で暑さについては気にする必要もない。
「グルルゥ?」
レイの呟きが聞こえたのか、空を飛んでいるセトがどうしたの? と首を後ろに向ける。
レイはそんなセトに対し、何でもないと撫でつつ、地上に視線を向ける。
空の青とは違い、地上に広がっているのは茶色の大地。
まさに荒れ地という表現が相応しい、そんな地面がどこまでも広がっていた。
(夏なんだし、草原になる……とまではいかなくても、それなりに植物があってもいいと思うんだが。一体何だってこんな風に? 偶然……ってことはないと思うけど)
こうして空を飛んでいるのだから、どうせならどこまでも続く青い空と、同じくどこまでも続く緑の草原を見たいと思うレイだったが、残念ながら片方の願いは叶わないらしい。
(これで時間があるのなら、その辺を調べてみてもいいんだが)
ガンダルシアに向かっている最中である以上、そのような時間的な余裕はない。
ただでさえ、盗賊の一件で昨日は同じ場所に野営をすることになったのだから。
もっとも、そのお陰でセトが獲ってきた鹿を食べるということも出来たのだが。
なお、レイとしては鹿の内臓もそれなりに興味があったのだが、その辺は食べられる部分はきちんと洗ってセトが食べている。
こればかりは、実際に鹿を獲ってきたセトの特権だろう。
しっかりと鉄板で焼いた内臓……特に肝臓は、セトにとってもかなりのご馳走だったらしい。
もっとも、レイが食べたタンもまた、分類的には内臓の一種ということになるのだが。
「……腹が減ったな」
昨夜の鹿肉のことを考えていた為か、ぐぅと腹が鳴る。
まだ朝食を食べてからそんなに時間は経っていないのだが。
それでも口寂しさから、レイは木の実をミスティリングから取り出す。
果実ではなく、クルミのような味と食感を持つ木の実だ。
もっとも正確にはクルミではなく、赤と黒の斑模様をしている木の実の中身なのだが、それでもレイにしてみれば好ましい味の木の実なのは間違いなかった。
「セトも食べるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは食べる! と喉を鳴らして後ろを向く。
後ろを向きながらもセトの翼が止まることはなく、羽ばたき続けていた。
そうしながらも飛ぶ方向が変わったりしないのは、セトの持つ高い能力のお陰だろう。
そんなセトに笑みを浮かべつつ、レイは手に持つ木の実をセトに食べさせる。
「グルルルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイの気のせいか、セトの飛ぶ速度が増したように思えた。
それが実際に事実なのか、それとも気のせいなのか、それはレイにも分からなかったが。
(まぁ、速くなるのなら、それはそれで問題ないよな。これだけで昨日の分を取り戻せるとまでは思わないが)
セトの背中に跨がっているレイだけに、周囲の景色を見て速度を確認するといったことは出来ない。
地上を走っていれば、周囲の様子から速度が上がったと明確に確認することも出来るのだが。
(いや、ここだと無理か?)
現在地上に広がっているのは荒れ地だ。
それを見れば、もし地上を走っていても周囲の景色が変わることは殆どないだろうと、そう思える。
「グルルゥ?」
地上を見ながらそんな風に考えていたレイだったが、不意にセトが喉を鳴らしたのに気が付く。
「セト? ……ああ、モンスターか」
セトの見ている方に視線を向けたレイは、そこに何匹かの空を飛ぶモンスター……レイの見たところ、恐らくハーピーなのだろう存在に気が付く。
「グルゥ! ……グルルルゥ?」
レイよりも視力の良いセトは、当然ながらレイがハーピーだと気が付く前からそのことには気が付いていた。
そのセトは、レイにどうするの? と喉を鳴らすが……
「見た感じ、逃げ出してるようだし、特に追わなくてもいいぞ」
これが例えば、未知のモンスターであれば、レイもこれ幸いとセトに追うように指示を出しただろう。
ハーピーは空を飛ぶモンスターである以上、地上を移動するモンスターよりも明らかに移動速度は速い。
だが、それはセトも同じなのだ。
……いや、セトはそんなハーピー以上の速度で飛ぶことが出来る。
それこそセト籠を持っている今の状態であっても。
つまり、ハーピーを倒すのはそう難しいことではない。
だが、この場合問題なのはハーピーの魔石は既にセトもデスサイズも使っているということだろう。
そうである以上、わざわざこの状況でハーピーを追って倒したいとまでは、到底思えない。
(まぁ、あのハーピーがただのハーピーじゃなくて、希少種や上位種だったら話は別だけど。こうして見た感じだと、普通のハーピーのようだしな。なら、わざわざ倒す必要もない)
レイの様子から、セトもわざわざハーピーを倒すまでもないと判断したのだろう。
飛ぶ速度を上げるようなことはなかった。
そうしてセトは再びガンダルシアに向かって飛び続ける。
(あれ? もしかして俺はともかくセトが方向音痴気味なのって……実はこれが理由だったりしないよな?)
空を飛んでいる最中、興味を惹く何かを見つけてそちらに向かう。
その結果として、セトは自分の向かう方向を完全にではないにしろ間違ってしまい、結果として正確に目的地には到着しないようになっている。
そう考えると、レイには何となくだが納得出来た。
「は?」
そんな中……レイはふと視線をハーピーの逃げていった方に向けると、そんな声を出す。
何故なら、ハーピーがレイ達に……より正確にはセトに向かって飛んできていた為だ。
先程セトを見つけた時は即座に逃げ出したハーピーが、何を思ったのか今はセトのいる方に向かって飛んで来ている。
一体何がどうなってそうなったのか、レイには分からない。
(えっと……考えられる可能性としては、自分達が逃げたのを追ってこなかったから、自分達の方が強いと思ったとか? ……まさかな)
これが例えばゴブリンなら、そういうことをしてもおかしくはない。
それこそゴブリンは、セトと相対しても実際に攻撃されるまではその実力差を理解出来ないのだから。
……それでいながら、セトの実力を知ると即座に逃げ出したりするのだが。
だが、ハーピーはゴブリンとは違う。
違うのに、何故か現在はセトに向かって飛んできているのだ。
一体何がどうなってそうなっているのか、レイには分からない。
(まさか、本当にセトに:……グリフォンに勝てると思ってるとか? いや、無理だろ)
レイは即座にそう判断する。
いっそ、断言すると言ってもいいだろう。
勿論、ハーピーの中にも強者はいるし、頭の良い個体もいる。
今はもういなくなったようだが、ニールセンと一緒に行動していたハーピーを見ればそれは明らかだろう。
だが……それはつまり、全てのハーピーの頭が良いという訳ではない。
それどころか、ニールセンと行動を共にしたハーピーが特殊な例だと思ってもいい。
「グルルゥ?」
セトがレイに向かい、ハーピーをどうするの? と喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイはどうしようかと迷い……すぐに決断する。
「別に俺達が逃げる必要はない。ハーピー達が何を思っているのかは分からないが、こっちに来るのなら倒してしまおう。……魔石は期待出来ないが」
レイにとって……いや、デスサイズやセトにとって、ハーピーの魔石は既に魔獣術に使っている。
そうである以上、ハーピーの魔石を使っても二度とスキルを習得することは出来ない。
レイが以前行った館に偽装した研究所……より正確にはその跡地と思しき場所では、同じモンスターの魔石を使っても何度でもスキルを習得出来たし、スキルのレベルアップも出来た。
だが、それはあくまでも特別な例でしかない。
普通のモンスターの魔石の場合は、一度使えばもう使えない。
そういう意味では、やはりハーピーと戦うのは面倒臭いというのがレイの正直な気持ちだ。
ただし、こうして襲ってくる以上は自分達がわざわざ逃げようとまでは思わない。
それこそ逃げたりすれば、ハーピーが追ってくる可能性もあるのだ。
そうである以上、近付いてくるハーピーをここで全て倒してしまう必要があった。
「よし、行くぞセト。このまま延々とハーピーに追われるのはごめんだしな」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
セトにとっても、自分よりも弱いハーピーに追われるというのは避けたかった。
面倒だというのもあるが、自分より弱いモンスターに追われるというのは、セトにとっても決して許容は出来なかったらしい。
やる気を見せるセトの様子を見ながら、レイは口を開く。
「一体何を思ってこっちにやって来たのかは分からないが……俺達に向かってやって来た以上、相応の報いを受けて貰う必要があるな」
呟きつつ、ミスティリングから黄昏の槍を取り出すのだった。




