3987話
「では、これが代金となります」
そう言い、警備兵はレイに革袋を渡してくる。
レイはその中身を特に確認もせず、ミスティリングに収納する。
警備兵はそんなレイの行動にそれでいいのか? と思ったものの、レイがそれでいいのなら構わないだろうと、それ以上は何も言わずに頭を下げ、生け捕りにした盗賊達が詰め込まれた馬車に向かう。
「レイ、金を確認しなくてもいいのか?」
ニラシスの言葉に、レイは走り去る数台の馬車を見ながら口を開く。
「元々、あの盗賊達を捕らえたのは偶然だしな。それに……自分で言うのも何だが、異名持ちのランクA冒険者を騙そうとすると思うか?」
もし少しの小遣い稼ぎで本来レイに渡す筈の金額から何枚か盗んでいた場合、もしそれが判明したら間違いなく致命的だ。
具体的にどのような罰になるのかはレイも分からなかったが、それでも間違いなく警備兵は首になるだろう。
その上で、最悪死刑になってもおかしくはない。
……本来ならそこまで重い罪ではないが、何しろ相手はレイだ。
異名持ちのランクA冒険者という……それも、敵対した相手は貴族だろうが何だろうが容赦なく力を振るうという噂――事実だが――を持つ人物。
そのような人物を敵に回さない為にと、死刑にしてもおかしくはなかった。
もっとも、それを見たレイがどのように思うのかは、また別の話なのだが。
「そうだな。間違いなくそんなことはしないか」
「そういう訳だ。……さて、それで今日はこれからどうする? もう午後だけど。……というか、昼食はどうした?」
レイの問いに、ニラシスや生徒達は揃って首を横に振る。
「盗賊達の見張りもあったし、何より食料がないしな。まさかこの状況で狩りに行くなんてことも出来ないし」
これについては、レイのミスティリングに荷物の大半を預けていた弊害だろう。
レイと一緒に行動している時ならいいが、今回のようにレイと別行動をしている時、食料の類がない。
「そうか。……なら、今日はやっぱりここに留まることにして、ゆっくりとした時間をすごすか。明日からはまた頑張って行動するってことで」
そう言うレイだったが、実際のところ頑張って移動するのは基本的にセトだけだ。
レイはセトの背中に乗ってるし、他の面々はセト籠に乗ってるのだから。
「グルルゥ?」
今日はここで休むと口にしたレイに、セトは少し遊んできてもいい? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、今日はここにいるのだから、遊んでくるくらいはしてもいいだろうと、そう思ったのだろう。
レイはそんなセトの希望について少し考え、頷く。
「分かった、それでいい。ただ、分かってるとは思うけどあまり離れすぎるなよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らすと、走り去る。
「え? ちょっ、おい、レイ。セトはどうしたんだよ?」
いきなり走り去ったセトの姿に驚いたニラシスは、そう尋ねる。
レイはセトの言いたいことが何となくで分かるが、それはあくまでもレイだからだ。
その辺りに事情が分からないニラシスにしてみれば、いきなりセトが走り去ったことに驚くなというのは無理だった。
「少し遊んでくるってことらしい。夜か……どんなに遅くても、明日出発する時までには戻ってくると思うから、気にするな」
「……今更の話だけど、何でレイはセトの鳴き声を聞いただけで、何を言いたいのか分かるんだ?」
呆れた様子のニラシス。
ただし、イステルだけはそんなレイを羨ましそうに見ていた。
レイに恋する乙女であると同時に、セト好きのイステルだ。
そんなイステルにしてみれば、セトの鳴き声で何をいいたいのか分かるレイは非常に羨ましいのだろう。
ニラシスと話していたレイは、そんなイステルの視線に気が付く。
「どうした?」
「いえ、その……セトちゃんが何を言いたいのか分かるレイ教官が羨ましいな、と」
「イステルもセトと接していれば、何となく分かるようになると思うぞ。ギルムで会ったミレイヌがいただろう? あのミレイヌはそれなりにセトの言いたいことを分かったりするしな」
あ、そう言えばミレイヌとは会ったけど、ヨハンナとは会わなかったな。
ギルムでの生活を思い出し、そう思うレイ。
今のギルムでヨハンナ達が何をしているのかはレイにも分からない。
何らかの依頼を受けて、そもそもギルムにいなかったのか。
それともギルムにいたのだが、依頼か何かで忙しくてレイが帰ってきていると聞くような余裕もなかったのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、とにかく今回ギルムに戻っている時に、ヨハンナがレイに……より正確にはセトに会いに来るようなことはなかった。
もしレイがギルムに戻ってきていたのを後で……具体的にはレイがギルムから出発してから知れば。ヨハンナは間違いなく怒り狂うだろう。
その怒りが何に対してのものなのかは、ヨハンナにしか分からないだろうが。
「そうですか。それなりにセトちゃんとは仲良くしてるつもりだったんですが、まだ足りなかったんですね」
「そのうち何とかなるだろうから、その辺については気にする必要はないと思うぞ」
「レイ、イステル。セトについての話もいいけど、昼食にしないか? その話については、食事をしながらでも何とかなるだろう?」
ニラシスの言葉に他の生徒達を見る。
先程までは盗賊の見張りをしなければならないということで気が張っていた。
その結果として、自分の空腹にも気が付いてはいなかった。
だが、見張っていた盗賊達がいなくなり、レイも戻って来たことで気が緩み、自分の空腹に気が付いたらしい。
イステル以外の生徒達は、腹が減ったといった様子を隠そうともしていない。
そんな様子に、レイはニラシスの言葉にも一理あるだろうと判断し、ミスティリングの中から次々に料理を出していく。
(そう言えばセト……食事をしないで遊びに行ったけど。まぁ、セトなら何か獲物でも見つけてそれを食べるか。もしくは腹が減ったらここに戻ってくるだろうし、その時に食事を出せばいいか)
セトのことは取りあえず自由にさせておくことにし、出した料理で遅めの昼食を食べる。
「それで、レイ。盗賊のアジトとか、どういう感じだった?」
柔らかな白パンを口に運びつつ、ニラシスが尋ねる。
肉がたっぷりと入ったスープを飲みつつ、レイはどう答えるべきか迷う。
ニラシスになら何を言ってもいいだろう。
だが、生徒達の前であの盗賊達の一件……特に違法奴隷として売るべく捕まっていた者達について言うべきかどうかと思ってしまう。
そんなレイの様子から、何となく事情を察したのだろう。
ニラシスはパンを飲み込んでから、改めて口を開く。
「レイ、構わないから全て言え」
「いいのか? 食事が終わってからでも……」
「こいつらも冒険者としてやっていくんだ。盗賊と戦うことも多くなるだろう。そのことを考えれば、しっかりと話を聞かせておいた方がいい」
レイよりも教官歴の長いニラシスにそう言われれば、レイも黙っている訳にはいかないだろうと、話し始める。
その内容は聞いている方……特に、女のイステルとカリフにとっては不愉快極まりないものだった。
勿論、イステルやカリフも、女が……それも若い女が盗賊に捕まればどうなるのかは分かっている。
分かってはいるが、あくまでもそれは知識で知っているだけで、実際に自分の目で見たことがある訳ではない。
もっとも、そういう意味では今回もレイから話を聞いただけで、実際に自分の目でそのような光景を見た訳ではなかったのだが。
ただ、その二人の食べる手が止まったのは事実だ。
(だから、食事が終わった後でも……と思っていたんだけどな)
レイも、別にこの件について話す必要がないとは思っていない。
冒険者としてやっていく以上、話す必要があるのは事実だろう。
だが、それでも食事中ではなくても……と、そう思えた。
なお、他の男連中はレイの言葉に不愉快そうにしながらも、食事を食べる手を止めはしなかった。
正確には話を聞いている時には一時的に手を止めていたのだが、話が終わったら再び食べ始めたのだが。
「まぁ、その女達も警備兵が引き受けてくれたから、悪いようにはしないと思う。どういう未来が待ってるのかは分からないが、それなりに金も置いてきたから、ある程度は食べるのにも困らないだろうし」
馬車を売った金は、レイが予想していたよりも高かった。
その金を分けるように頼んできたので、どのくらいの生活をするかにもよるが、二十日くらい……質素な生活をすればもう少し長い間、働かなくても食べられるように分ける。
その間に故郷に戻るなり、仕事を見つけるなりすればいい。
金が尽きるまでに仕事が見つからないかもしれないが、レイとしてはそこまで面倒を見る気はなかった。
これが、例えばもっとレイと親しい相手であれは話は違ってくるだろう。
それこそレイが何らかの仕事を紹介するといったことをしたりするかもしれない。
だが、盗賊達に捕まっていた者達や違法奴隷だった者達は、言葉は悪いがレイにとっては偶然出会った相手でしかない。
そのような相手に、そこまでわざわざレイは自分が何かをしてやる必要はないだろうと割り切っていた。
「許せませんね、あの盗賊達。……知っていたら、ここできちんと報いを与えたのですが」
レイの言葉に、イステルはそう呟く。
イステルの性格を考えれば、そうなるだろうなとはレイにも予想出来ていた。
とはいえ、もし実際にそうしていれば、それはそれで面倒なことになった可能性もある。
(いや、でも……そこまで面倒なことになったりはしなかったか?)
もし盗賊に何らかの怪我をさせるといったようなことをした場合、警備兵が盗賊を違法奴隷として買い取る値段が少し安くなるのは間違いない。
だが、デメリットはそれだけである以上、それならそれでかまわなかったのでは? とレイには思えた。
元々盗賊達を犯罪奴隷として売るのは、おまけでしかない。
金に困ってる訳ではないのだから。
「ああ、それで思い出した。食事が終わったら、さっき受け取った盗賊達を売った料金を山分けにするから」
話している中で不意にレイはそう言う。
「え? でも……いいのか? 盗賊達を倒したのはセトだし、近くの街から警備兵を呼んできたのもレイだろう? なら、俺達は別に……」
そう言うハルエスだったが、少し前……それこそどこのパーティにも入れて貰えない、ソロの状態であった時なら、分け前は喜んで受け取っただろう。
だが、レイのおかげで現在ハルエスは冒険者育成校の中でも最強クラスのパーティに所属しており、そのお陰で金には全く困っていない。
そうである以上、わざわざレイから今回の件の分け前を貰う必要はなかった。
それはハルエス以外の者達も同様で、レイに向かって遠慮の言葉を口にする。
「盗賊を倒したのはセトで、警備兵を呼んできたのはレイ教官なので、俺達が金を貰う必要は……」
「アーヴァインの言いたいことも分かるが、取りあえず貰っておけ。お前達も仕事をしたのだから、それによって相応の報酬はあるべきだ。これはランクA冒険者としての指示だ」
そこまでレイに言われてしまえば、アーヴァインを含めた他の生徒達もレイの言葉を否定は出来ない。
これが例えば、アーヴァイン達にとって不利益なことであれば、また話は別だろうが。
今回はあくまでも金を渡すというものである以上、アーヴァイン達も素直に受け入れるしかなかった。
「言っておくが、俺は金に困っている訳ではない。このくらいの金額を渡すのは、俺にとって何でもない」
そこまで言うと、それでようやくアーヴァイン達を始めとする生徒達も頷く。
「さて、そんな訳で……食事が終わった後は、今日はゆっくりとすることにするか。ニラシスもそれでいいよな?」
「ああ、今から出発しても、わざわざ移動する必要があるとは思えないしな。……ただ、こうして時間が余った以上、ただゆっくりとするだけじゃなくて、模擬戦でも行うことにしたい。構わないか?」
「俺は構わない。どうせ空いた時間だし、有効に使ってくれ」
「いや、他人事のように言わないでくれないか? レイにも模擬戦をやって貰おうと思ってるんだからな」
「俺もか? いやまぁ、教官をやってる訳だし、そう言われれば納得するしかないけど」
レイとしても、自分が教官である以上は自分が模擬戦をするのには反対をしようとは思わない。
そう言うレイの言葉に、二人の会話を聞いていた生徒達は嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。




