3986話
違法奴隷が嵌めていた奴隷の首輪を切断し、地形操作を使って作った穴に闇商人ギムレットの護衛の死体を入れ、ファイアボールで燃やし……そしてレイとセト、後は馬車に乗った違法奴隷達や、盗賊に捕まっていた者達は街に向かう。
違法奴隷達は街から盗賊のアジトのある森まで移動してきた為、道はしっかりと覚えていた。
……もしこれでレイとセトだけで移動したりしたら、道に迷っていた可能性が否定出来ない以上、それは幸運だったのだろう。
もっとも、馬車を牽く馬を怖がらせないように、馬車から少し離れた場所を移動するセトと、そのセトの背に乗っているレイはニラシス達を野営地に待たせているので、出来るだけ早く戻りたいとは思っていたが。
(警備兵の中に、ギムレットが買収していた奴とかがいるとちょっと面倒だよな。……その時は、ギルドカードを使えばどうにかなるか?)
ランクA冒険者にして、深紅の異名を持つレイのギルドカードだ。
もしギムレットに買収されている者がいたとしても、レイを相手にギムレットから奪ったといった難癖は付けられないだろう。
あるいは闇商人としてだけではなく、普通の商人としての顔もあった場合、説明するのが難しくなるかもしれないが。
とにかく、レイとしては出来るだけ早くニラシス達のいる場所まで戻りたかった。
待たせすぎると、後々文句を言われそうだというのが大きい。
何しろ、ニラシス達がガンダルシアまで戻るには、セト籠を使って移動するしかない。
そうでなければ、それこそ年単位の時間を掛けてガンダルシアまで移動する必要があるのだから。
「あ、レイさん。見えてきました。あれがダゲットです」
御者をやっていた男が、少し離れた場所を進むレイ……正確にはセトの背の上に跨がったレイに向かって叫ぶ。
その叫び声は当然ながら馬車の荷台にいる者達にも聞こえたのだろう。
わぁっ、と歓声がレイの耳に聞こえてきた。
「後は、面倒なことにならないといいんだけどな」
ダゲットを見ながらそう言うレイだった。
「フラグか?」
ダゲットの前で、門を守る警備兵達に怪しまれている自分の様子を思いつつ、レイはそう呟く。
もしかして、ダゲットが見えた時に口にした自分の言葉がフラグだったのではないかと。
そう思いつつ、レイは改めて口を開く。
「俺はランクA冒険者のレイだ。これは俺の従魔、グリフォンのセト。……吟遊詩人の歌や、もしくは噂で俺の話を聞いたことくらいはあるだろう?」
落ち着かせるような声に、グリフォンのセトを間近で見たことで警戒していた警備兵達も、多少なりとも落ち着く。
セトの背の上にレイが跨がっているのも、警備兵達を落ち着かせる一因にはなったのだろう。
「それで……そのランクA冒険者が一体何をしに?」
警備兵の一人、恐らく隊長か何かなのだろう人物が恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。
そんな相手に、レイは特に緊張する様子もなく口を開く。
「実は、俺達が野営をしていた場所で盗賊に襲撃されてな。その盗賊を捕らえてあるから、犯罪奴隷として買い取って欲しい。後は、その盗賊達を尋問して盗賊のアジトに行ったら、盗賊達に捕らえられていた奴がいたから、違法奴隷にされる前に助けた。それと盗賊と取引をしていた闇商人がいたか、そいつと護衛を殺して、違法奴隷として使われていた者達を、闇商人の馬車で連れて来た」
レイにしてみれば、起きた出来事を素直に口にしただけだったのだが、それを聞いた警備兵の男は、あまりの情報量に動きを止める。
「えっと、その……もう一度聞かせて欲しい」
そう言う男に、レイは全く同じ内容を口にする。
そうしながら、警備兵の中に妙な動き……この場から逃げ出そうとしたり、レイを睨み付けたり、といったような動きをする者がいないかどうかを確認したのだが……
(いないな)
これはレイにとっても少し意外だった。
てっきり警備兵の中にも、ギムレットに買収された者がいるのだろうと予想していたからだ。
だが、こうしてレイが見た限りではそのような者はいない。
……あくまでもレイが見た限りなので、内心の驚愕といったものを表情に出さないようにしている者がいる可能性も否定は出来なかったが。
警備兵に買収された者がいないと喜べばいいのか、それともギムレットの残党が見つからないことを残念がればいいのか、レイにはよく分からなかった。
「と……とにかく、話は分かった。それで、闇商人の名前は分かるか?」
「ギムレットだ」
警備兵の問いにそうレイが答えると、警備兵達は驚く。
『ギムレット!?』
揃って名前を口にする警備兵達に、レイはこれはどちらなのかと、考える。
この街でギムレットが嫌われているので、喜んでいるのか。
表向きは善人の振りをしていて、それで驚いているのか。
後者だと面倒なことになりそうだと思っていたのだが……
「いよっしゃぁっ!」
レイと話をしていた男が、拳を握り締め、空に向けて掲げ、そんな言葉を口にする。
それを見れば、ギムレットが表向きは善人として名前が通っていた……といったことはなさそうなので、レイは安堵する。
「うん、取りあえずギムレットがこの街ではどういう風に思われているのかは分かった」
「……あ、すまない」
レイと話していた警備兵の男は、レイの前で今のような行為をしてしまったことに恥ずかしさを覚えたらしく、困ったように頬を掻く。
「別に気にしてない。それで、俺からの用件は幾つかある。まず、さっきも言ったが、捕らえた盗賊を犯罪奴隷として売りたいけど、人数が結構多いから、馬車を出して欲しい」
「えっと、俺達に売るよりも奴隷商人に売った方が高値で売れるんだが。俺達が買い取る場合、奴隷商人に売るよりもかなり安い買い取りになる」
そう男が言ってきたことで、レイは好感を抱く。
奴隷商人に売った方が高く売れるというのは、別にレイに話す必要はない。
素知らぬ顔で、レイから犯罪奴隷を買い取り、それをオークションに出すなり、あるいは奴隷商人に転売するなりすれば、警備兵は苦労もなく儲けることが出来るのだから。
「奴隷商人に売るとなると、時間が掛かる。その点、警備兵に売るのなら、すぐに手続きが終わるだろう? 生憎と俺は旅の途中で、ここで足止めをされる訳にいかないんでな」
実際には、いつまでに帰ると正確な日数をフランシスに伝えている訳ではない。
少しくらいはこの街で泊まってもいいのだが、レイとしては面倒な事態にはなるべくなって欲しくなかった。
闇商人のギムレットが、この街の警備兵に嫌われているのは間違いない。
だが、警備兵が嫌っているからといって、他の者達も嫌っているのかと言えば、それは否だ。
それこそ裏社会の者にしてみれば、闇商人というのは金次第で大抵の物を仕入れてくれるということで、ありがたい存在だろう。
そんなありがたい存在を、レイは殺したのだ。
ふざけるなと不満をぶつけようとする者もいるだろうし、他にも何らかの理由で絡んでくる者がいる可能性は十分にあった。
そのような面倒は避けたいので、レイとしてはさっさと捕らえた盗賊を犯罪奴隷として売り払い、ガンダルシアに向かいたい。
「分かった。そういうことなら、こちらでも配慮しよう。話が終わったら馬車を出す」
「頼む。それで、後はこの連中だが、盗賊に捕らえられたり、違法奴隷だったのを解放したんだが、後はそっちに任せてもいいか?」
盗賊に捕まっていた者達も、違法奴隷だった者達も、この街の出身もいれば、この街以外の出身もいるだろう。
レイに時間があるのなら、それぞれの故郷まで送ってもいいのだが、ガンダルシアに向かってる途中である以上、そのような時間はない。
また、犯罪奴隷を安値で売るというのは、取引の手間というのもあるが、その辺について任せたことに対する謝礼という意味もある。
レイと話していた男もそれは分かっているのか、真剣な表情で頷く。
「任せておいて欲しい」
「頼む。ああ、それとこの馬車は売って、その金を盗賊に捕まっていた者達と違法奴隷になっていた者達に渡してくれ」
「……いいのか? そこまでしなくても……」
レイの示した厚遇振りは、男にとって意外だったらしい。
もっとも、レイにしてみればそこまで厚遇だとは思っていない。
セトがいて、セト籠があれば馬車は特に必要ない。
つまり、この馬車をレイが貰っても仕方がないのだ。
……中に入っていた荷物は軒並みレイがミスティリングに収納したので、この馬車は特に使い道がない。
敢えて使い道となると……それこそ馬車を壊して薪にするか、あるいはセトに乗って上空から落として武器として使うか。
他にも色々と使い道はありそうだったが、レイがすぐに思いついたのはそれだった。
なので、レイとしてはこの馬車は特に欲しい訳でもない。
それなら売ってしまってもいいだろうと思ったのだ。
もしこの馬車を、レイが自分で金を出して買っていればそれなりに愛着も抱いたかもしれない。
だが、この馬車はギムレットから奪った馬車である以上、愛着を抱く筈もない。
であれば、馬車を売ってもレイとしては構わなかった。
「折角助けたんだし、少しくらいは助けてもいいだろうと思ったんだよ。……それで、任せてもいいか?」
「分かった。君が……レイがそう言うのなら、引き受けよう。捕らえた盗賊を引き取る馬車はすぐに用意するから、待っていてくれ。……この街を悩ませていた盗賊を倒してくれたこと、感謝する」
男がそう言って頭を下げると、話を聞いていた他の警備兵達もレイに向かって頭を下げる。
また、盗賊に捕まっていた者達や違法奴隷になっていた者達も、そんな警備兵達と同じように自分達を助けてくれたレイに感謝を込めて頭を下げるのだった。
「あそこですか。随分と辺鄙な場所で野営をしていたのですね」
遠くに見える、レイ達が野営をした場所を見て、セトの近くを走っていた一台の馬車の御者が半ば呆れたように言う。
警備兵が使っている馬車だけあって、その馬車を牽く馬は最初こそセトの存在に驚いたものの、すぐ普通に行動出来るようになっていた。
「普通に移動していれば街道沿いで野営をするのが普通なのかもしれないが、俺の場合はセトに乗って空を移動出来るから、どこでも野営が出来るんだよ。それにもしモンスターや盗賊に襲われるようなことがあっても、問題ないしな」
それはレイやセトが圧倒的な強さを持っているからこその言葉だ。
寧ろレイにしてみれば、今回のように盗賊が襲ってくれば、その盗賊を倒し、アジトからお宝を入手し、生け捕りにした盗賊を犯罪奴隷として売るといったように利益もあるので、盗賊に襲われるのはそこまで面倒ではないのだが。
「なるほど。羨ましいですね」
警備兵はそれなりに自分達の実力には自信があるものの、それはあくまでも警備兵としてだ。
レイのように盗賊を一方的に蹂躙するような強さは持っていない。
もし自分にそんな強さがあれば……そのように思えてしまうのだろう。
そうして会話をしながらも、レイ達は野営地に近付く。
そして当然ながら野営地にいるニラシス達は、レイ達の姿を見つける。
「おーい!」
レイに向かって大きく手を振るニラシス。
ようやく戻ってきたと、不満そうな様子ではあったが、それでもこうしてきちんと戻ってきたことに安堵もしている様子だった。
レイとセト、それと数台の馬車が野営地に到着する。
「遅いぞ」
「悪いな、闇商人が来るのを待っていたんだよ」
「……そうか」
ニラシスも、レイが闇商人のことを聞いてアジトのある場所に向かったのを知っているので、それに対して不満を口には出来ない。
もしレイ達が戻ってくるのが夕方くらいまでに遅くなっていれば、ニラシスもこの程度で許したりはしなかっただろう。
だが、昼すぎにこうして戻ってきたので、ニラシスもそういうものかと納得していた。
「それで、こっちでは特に何もなかったか? ……ああ、いや。その前に。盗賊達の件を頼む」
ニラシスから、警備兵に視線を向け、レイが言う。
警備兵達にしてみれば、違法奴隷として奴隷商人に売ったり、あるいはオークションに出したりといったことが出来る、そんな相手だ。
つまり、自分達の金になる相手。
勿論、この場合の自分達というのは、個人ではなく警備兵全体での話だが。
なので、レイの言葉に頷くとすぐに捕虜となった盗賊達を調べ始める。
「レイ教官、その……戻ってくるのが遅かったですが、大丈夫でしたか?」
心配そうに尋ねてくるイステルに、レイは大丈夫だと頷くのだった。




