3985話
洞窟から出て来たレイや、盗賊に捕らえられていた者達と、洞窟の外にいた元違法奴隷の者達。
その二組の初顔合わせは、微妙なところだった。
盗賊に捕らえられていた者達にしてみれば、違法奴隷というのは本来自分達が辿るべき未来だった者達だし、元違法奴隷達にしてみれば過去の自分達を見ているようなものだったのだから。
そんな微妙な雰囲気を気にせず、レイはパンパンと手を叩く。
「さて、これからの予定だ。悪いが、俺にも色々とやるべき事があるからな。効率的に動く必要がある」
実際、既にここに来て結構な時間が経っている。
留守番をしていた盗賊達を制圧するのはすぐだったが、闇商人のギムレットが来るまで結構な時間があった為だ。
こうしている今も、野営地ではニラシス達が待っている筈だ。
そう思えば、レイとしてはやるべきことはさっさとやって、出来るだけ早く野営地に戻りたいと思うのは当然のことだった。
盗賊に捕まっていた者達も、元違法奴隷の面々も、そんなレイの言葉には何も言わない。
双方共にレイに助けられた以上、そのレイに向かって不満などあろう筈もない。
盗賊に捕まっていた者達は、違法奴隷にされる未来から解放された。
元違法奴隷組は、本来なら壊せる筈もない奴隷の首輪をあっさりとデスサイズによって切断され、違法奴隷の身から解放された。
そんな二組の者達にとって、レイに感謝こそすれ、不満を抱くようなことはない。
……あるいは、それでもレイに不満を抱く者もいるかもしれないが、幸いこの場にはそのような者はいない。
静かに自分の話を聞いている者達を見て、レイは口を開く。
「森の外にはギムレットという闇商人の使っている馬車と、護衛、それと違法奴隷が何人かいる。今から俺はその馬車を守っている護衛を殺してくる。ああ、違法奴隷は希望するのならそっちの連中と同じように解放するから安心してくれ」
レイの言葉に、何人かの元違法奴隷が安堵する。
ギムレットの下で一緒に働いて……いや、使われていただけに、仲間意識があるのだろう。
「その後は……ギムレットの馬車に入っている荷物は俺が貰う。ただ、馬車は俺が持っていても意味はないから、街で売って、その金はお前達に渡す。どのくらいの金額になるのかは分からないが、それでも何日か……あるいはもう少しは食べていけるだけの金額にはなるだろう」
レイにとってはそこまで必要ではない馬車だが、馬もセットでとなると、当然ながら結構な……かなりの金額になる。
そうである以上、ここにいる全員、それと森の外にいる違法奴隷を含めても、相応の分け前にはなる筈だった。
「街に行ったら、警備兵に色々と話をする必要が出てくる。ギムレットが拠点としていた場所とかも警備兵は調べるだろうし、他にも俺達を襲ってきた盗賊が捕らえられているから、そいつらを犯罪奴隷として売る必要もあるしな。まぁ、この辺については俺の仕事だから気にするな」
捕らえられていた者達や元違法奴隷の者達は、警備兵に話せば保護されるだろうとレイは思う。
そうである以上、その場でこの連中とは別行動なのだ。
レイが出来るのは、馬車を売った金を分けるように言っておくくらいか。
「そんな流れになるから、そのつもりでいてくれ。……じゃあ、俺は森の外に行ってくる。セト」
「グルゥ?」
周囲の様子を警戒していたセトは、レイの言葉にどうしたの? と視線を向ける。
「ひぃっ!」
盗賊に捕らえられていた者達は、ここでようやくセトの存在に気が付き、中には悲鳴を上げる者もいた。
元違法奴隷組は最初からセトを見ていたので、セトの鳴き声を聞いても特に驚くことはない。
勿論、セトが襲うといったようなことをすれば話は別だが、セトは一切そのようなことをする様子はないので、完全にではないにしろ、慣れていた。
「落ち着け。これはセト。俺の相棒だ。……セト、俺が森の外に行ってくるから、セトはここで守っていてくれるか?」
レイとしては、出来ればセトを連れて行きたいところだった。
何しろセトがいれば、基本的に初対面の馬は怯える。
つまり、もし護衛が逃げようとしても、馬車で逃げることは出来なくなるのだ。
それも絶対ではないのだが。
場合によっては、セトの存在を怖がって馬が暴走するかもしれないのだから。
(防御用のゴーレムを使うという手段もあるけど、理解出来ないゴーレムとセトのどっちがいいかと言われると……どうなんだろうな)
そんな風に思いつつ、騒いでいる者達を落ち着かせ、セトにこの場を任せると、早速森の外に向かうのだった。
(あそこか)
森の中は盗賊のアジトが見つからないように、道は存在しない。
だが、人が歩けば当然のように地面が踏まれるので、自然と踏み固められた道となる。
ギムレット達も、闇商人としての取引を考えると、それなりに頻繁に盗賊のアジトまで行っていた筈で、森の外に向かうのはレイにとって簡単なことだった。
そうして森の端まで来たところ、森の外に停まっている馬車を見つける。
話に聞いていたように、馬車の周囲には護衛が三人いた。
また、馬車から少し離れた場所には違法奴隷達が固まっている。
(あの馬車が逃げられないといいんだが。……やっぱりセトを連れてくればよかったか?)
そう思いつつ、レイはミスティリングの中から壊れかけの槍を取り出す。
木に隠れながら、素早く投擲。
空気を貫きつつ飛んでいった槍は、護衛の一人の頭部を貫く。
頭部を貫かれれば当然ながら、生きていられる訳もなく、地面に崩れ落ちる。
それを見ながら、次に取り出した槍を再度投擲。
もう一人の頭部が貫かれ、地面に崩れ落ちる。
そこまでなって、ようやく仲間が死んでいることに気が付いたのだろう。
最後の一人の護衛は、長剣を手に叫ぶ。
「誰だ!」
叫ぶ男に対し、レイは再び槍を投擲する。
槍によって攻撃されるのは、倒れている同僚を見れば明らかだ。
そうである以上、男は長剣を手にしていたが……レイの投擲した槍の速度に反応出来ず、最後の三人目もあっさりと死ぬ。
「こんなものか」
ギムレットに雇われている護衛だが、その実力はそう高くはない。
もっとも、それはあくまでもレイの認識での話だ。
一般人であったり、少し強い程度の冒険者を相手にした場合は、十分な実力を発揮していただろう。
闇商人の護衛であっても、そのような相手であれば問題ないのだろう。
……レイのような、異名持ちのランクA冒険者を相手にするというのが、そもそも無理なのだ。
「うわぁっ!」
森の中から出たレイを見て、馬車から離れた場所に固まっていた違法奴隷の一人が悲鳴を上げる。
自分達にとって優しい存在ではなかったとはいえ、それでも知り合いではあったのだ。
そんな者達がいきなり殺されたのだ。
ましてや、違法奴隷達は当然ながら武器を持ったりもしていない。
そうである以上、違法奴隷達に怯えるなという方が無理だった。
「落ち着け。俺は敵じゃない」
そうレイが言うと、違法奴隷達は黙り込む。
それでもレイを見る目には恐怖しかないが。
今ここで騒いだりすれば、自分達も護衛達と同じように殺されるのではないかと、そう思ったのだ。
それでもレイにとっては黙って貰えたのは都合がいいので、そのまま説明を続ける。
「お前達を違法奴隷にしたギムレットは俺が殺した。森の中に一緒に来た違法奴隷達は、奴隷の首輪を切断し、自由の身になった」
レイの言葉に、違法奴隷達は一体何を言ってるのかといった様子を見せる。
本当に、心の底からレイが何を言ってるのか分からなかったのだ。
「また、ギムレットが取引をしていた盗賊も、俺が全滅させた。……まぁ、お前達にとって盗賊はあまり気にするべき相手じゃないかもしれないが。詳しい話は、森の中にいる連中……ギムレットと一緒に来た違法奴隷だった連中に聞いてくれ。取りあえず、今からここに連れてくるから、ここで待っていろ。……逃げたければ逃げてもいいが、その場合は奴隷の首輪はそのままだからな」
そう言い、レイは森の中に戻る。
その場に残された違法奴隷達は、顔を見合わせた。
「どうする?」
「いや、どうするって言われても……どうすればいいかな?」
「ここにいればいいのか?」
そんなやり取りをする違法奴隷達。
話の中で気になったのは、やはり奴隷の首輪の件だ。
「これ……逃げたらそのままってことは、ここにいれば外してくれるのか?」
「でも、これもマジックアイテムだろ? そんなことが出来るのか?」
そう言いつつも、もしかして……万が一にもといった可能性を考えてしまう。
違法奴隷の身から解放されるのなら、一縷の望みに賭けてもいいのではないかと。
結果として、違法奴隷の中でその場から逃げ出す者はいなかった。
不安と希望を抱きながら、その場で待つこと二十分程。
やがてレイが森の中から出て来て、その後ろには見覚えのある……違法奴隷の仲間達がいるのを見て、安堵する。
理由は分からないが ギムレットと一緒に行動していた仲間達は無事だったのだ、と。
だが……最後に姿を現したセトを見て、動きが止まる。
馬車に繋がれた馬も、セトの存在を察知して動けなくなっていたのだが、それに気がついた者はレイとセト以外にはいなかったが。
「説明は任せた」
それだけを言い、レイは馬車に向かう。
そんなレイの姿に、話を聞いていた者達……説明を任された元違法奴隷達は、馬車から離れた場所で固まっている仲間達に近づき、説明を進める。
レイはそれは気にした様子もなく、馬車の物色を始めた。
闇商人だけあって、何か良い物でもあるのではないかと思ったのだが、あるのは食料……それも保存食の類や、エールの入った樽、後は安物の武器の類だけだ。
「もっといい物が入ってると思ったんだけどな」
馬車の中に積み込まれていた物がレイにとって興味深い物ではないということに、残念そうな様子を見せるレイ。
盗賊と取引をしている闇商人ということで、過剰に期待をしすぎたらしいと理解すると、息を吐きながら馬車を覆っている幌に身体を預ける。
(まぁ、それでも宝石とかは手に入れることが出来たんだし、食べ物も……使い道がない訳じゃないしな)
保存食は保存食として、それなりに使い道はある。
ギムレットは闇商人としてはそれなりに誠実だったのか、あるいはレイが知らない間にセトに殺された盗賊の頭が相応に目利きだったのか。
その辺は分からないが、馬車に積まれていた保存食は決して質の悪い物ではない。
勿論質の良い物かと言われると首を傾げる程度の物ではあったが。
そんな訳で、普通に食べられる程度の品質なのは間違いなかった。
エールの入った樽も、レイは酒を好まないので分からないが、保存食の様子からすると、品質は決して悪くはないのだろう。
盗賊にしてみれば、寧ろ食料よりも酒の方が重要な筈……というのは、レイの予想でしかないものだったが。
「まぁ、何もないよりはマシと考えるしかないな」
荷物で一杯だった馬車の中身が空になったのを、改めて確認してからレイは馬車から降りる。
するとレイに向かって男が一人……洞窟の前で、最初に奴隷の首輪を切断して欲しいと言った男が近付き、口を開く。
「事情は説明しておきました。それで、その……皆、奴隷の首輪を切断して欲しいとのことです」
「分かった」
レイにしてみれば、奴隷の首輪を切断するのはそう難しい話ではない。
問題なのは、違法奴隷が自分の首に嵌まっている奴隷の首輪をデスサイズで切断されるのを受け入れるかどうか。
レイの持つデスサイズを見れば……その刃の大きさ、鋭さを見れば普通なら気軽に頼めるようなことではない。
だが……森の中に入った違法奴隷達の首に、奴隷の首輪はない。
そしてデスサイズの刃によって首を切断された者は勿論、斬り裂かれた者もいない。
それこそ薄らとした傷を持っている者すらいないのだ。
そうした者達を見れば、自分達が同じように奴隷の首輪を切断して欲しいと希望しても大丈夫だろうと……そのように思ってもおかしくはない。
そしてレイは、頼まれれば特に何の問題もない限り、断る積もりはなかった。
「分かった。じゃあ、希望する奴は並んでくれ。奴隷の首輪を切断したら、穴を掘って死体を燃やして、それから街に向かうぞ。……ちなみに、御者が出来る奴はいるか?」
もしいなければ、セトを使ってどうにか馬を動かすしかない。
そう思ったレイだったが、幸いなことに元違法奴隷の中に御者が出来る者がいたので、馬車での移動についてはその御者に任せることにするのだった。




