3984話
飛び出したレイは一瞬にして闇商人……ギムレットと呼ばれた男の側まで辿り着く。
レイの速度に、ギムレットは全く反応出来ていない。
だが、護衛の二人は違う。
筋骨隆々のその外見からは想像も出来ない速度でレイとギムレットの間に割って入り……
「が……」
「ぎゃ……」
まさか、それこそがレイの狙いだとは気が付かないまま、二人揃って胴体をデスサイズの刃によって切断され、そのまま上半身が地面に落ちる。
(俺が本当に全速力なら、反応出来る訳がないだろうに)
隠れていた木の裏から飛び出したレイだったが、その速度は決して全力だった訳ではない。
ギムレットが反応出来ず、それでいながら護衛の二人なら反応出来る。
その程度の速度に抑えていたのだ。
「っ!?」
闇商人をやってるだけあって、ギムレットの状況判断能力は高い。
護衛が殺されたのを見るや否や……あるいは殺される前に、すぐ逃亡という行動を起こす。
「奴隷達、そいつの足止めをしなさい!」
ついでと言わんばかりに、奴隷達に命じるギムレット。
普通であれば、見るからに普通の……決して鍛えている訳ではないだろう奴隷達が、レイの前に立つことなど有り得ない。
それこそ死が待っているだけなのだから。
だが……奴隷の首輪というマジックアイテムは、どんなに本人が拒もうとしても、命令には逆らえない。
結果として、五人の奴隷は手に持っていた商品……盗賊団に売る為に持ってきただろうそれを地面に落とし、レイの前に立ち塞がる。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、レイはスレイプニルの靴を発動し、奴隷達の頭上を超える。
ただし、それによって多少ではあるがタイムラグとなるのは間違いなく、逃げるギムレットにしてみれば、その時間は重要なのは間違いなかった。
そういう意味では、ギムレットの判断は決して間違っていないのだろう。
最善ですらある。
……本当の意味での最善は、当然ながら闇商人を行わないことなのだが。
ともあれ、ギムレットは森から脱出するべく走る。
森の外に出れば、そこには馬車を守っている護衛がいる。
また、馬車に乗って即座にこの場から逃げ出せば、逃げ切れる可能性も高い。
そう判断したギムレットだったが……
「グルルルルゥ!」
森の中を走るギムレットの前に、セトが姿を現す。
雄叫びと呼ぶ程ではないが、それでも迫力のある鳴き声。
「ひぃっ!」
闇商人をやっているだけあって、ギムレットは相応に度胸がある。
だが、そんな度胸があっても、セトの……グリフォンの鳴き声を聞けば動きを止めてしまう。
頭の中が真っ白になり、動けなくなる。
セトの鳴き声を聞けば仕方がないのかもしれないが、それはレイを相手にしては致命的だった。
「死ね」
斬、と。
その一言と共にデスサイズが振るわれ、ギムレットの身体は護衛と同様に胴体が切断される。
一切の躊躇もなく振るわれたデスサイズ。
それを見ながら、息を吐く。
奴隷の方は……と見ると、奴隷の首輪の主人として登録されていたギムレットが死んだ為か、既に先程の命令は取り消されていた。
「グルゥ」
レイに向かい、セトが喉を鳴らしながら近付いてくる。
レイはセトを撫でつつ、洞窟の前まで戻る。
「あ、その……おめでとうございます」
盗賊の男は、何と言えばいいのか迷いながらも、そう声を掛けてきた。
「その護衛の死体と、ギムレットだったか? その闇商人もさっきの穴の中に入れてこい。ああ、それとギルムレットが何かお宝を持っていたら、剥ぎ取っておけ」
「分かりました」
レイの指示に従い、男は早速護衛の一人の死体を引っ張って穴まで移動する。
上半身が切断されている影響で、切断された部分からは内臓がはみ出ており、悪臭を周囲に漂わせている。
その死体を引っ張る男も当然ながら悪臭を嗅ぐことになるのだが、男は今はそれどころではない。
必死に働くところを見せなければ、レイに殺されるのではないかと思えてしまうのだ。
そんな男を見送ったところで、レイは奴隷達に視線を向ける。
(問題なのは、この奴隷達をどうするかだよな)
殺すというのはレイの中にはない。
もしかしたら中には犯罪奴隷がいるかもしれないが、今はそれが分からない以上、他の者達と同じように扱うしかない。
「あのギムレットとかいう闇商人が死んだ以上、今のお前達は自由だ。……もっとも、奴隷の首輪がある以上は、本当の意味で自由ではないかもしれないが。もし気になるなら、奴隷の首輪を切断してもいいが、どうする?」
そう言い、レイはデスサイズを見せる。
その刃の大きさと鋭さは、非常に凶悪なものだ。
見る者に恐怖を抱かせる程に。
だが、奴隷として使われていた者達にとっては、忌々しい奴隷の首輪を切断してくれる存在でもある。
それでも……それが分かっていても、やはりデスサイズの刃によって奴隷の首輪を切断して欲しいというのは、恐怖心から躊躇してしまう。
何しろ、奴隷の首輪は首にぴったりとくっついているのだから。
そうである以上、もしレイが少しでも失敗すれば、首を切断されるということにもなりかねない。
それが容易に想像出来るので、誰も奴隷の首輪を切断して欲しいとは立候補しなかったのだが……
「お願いします!」
やがて奴隷の男が一人、レイに向かってそう言う。
奴隷の男にしてみれば、一大決心だったのだろう。
レイの手元が狂えば、それこそ首が切断されてもおかしくはないのだから。
だが、そんな男に対してレイは分かったと頷くと即座にデスサイズを振るう。
「え?」
奴隷の首輪の切断に立候補した男は、まさかこうもあっさり切断されるとは思っていなかったのか、そんな間の抜けた声を発する。
そうしながら、首に触れると……
ポトリ、と。切断された奴隷の首輪が地面に落ちる。
「え……?」
数秒前と同じ言葉を口にする男。
既に自分の首に奴隷の首輪が嵌まっていないのを、不思議に思っての声だった。
レイはそんな男の様子を見ながら、他の四人に告げる。
「それで? お前達は奴隷の首輪はそのままでいいのか?」
そう尋ねるレイに、他の者達も奴隷の首輪を切断して欲しいと頼むのだった。
全員分の奴隷の首輪を切断したところで、最初に切断して欲しいと希望してきた男がレイに向かって口を開く。
「すいません、助けて貰ってばかりで何ですが、その……森を出た所にある馬車にもまだ何人か違法奴隷がいるんですが、そちらも助けて貰えないでしょうか?」
「別に構わないぞ。どのみち、森の外には行くつもりだったし」
レイがこうしてわざわざ闇商人を待っていたのは、闇商人の持ってきた商品を奪うつもりだったからだ。
であれば、森の外にある馬車にはまだ商品が残っているだろうし、それ以前に馬車があるのはレイにとっても非常に嬉しい。
……具体的には、盗賊に捕まっていた者達や、解放した違法奴隷達を近くの街に運ぶのに役立てるという意味で。
最悪、セト籠を使って……とも考えていたのだが、折角馬車があるのだから、その馬車をこのまま捨てるのも勿体ない。
なら、レイとしては馬車を有効活用しようと考えるのは当然のことだった。
(とはいえ、馬車は俺が持っていても意味はないし……街に到着したら売って、捕らえられていた連中や違法奴隷達に分けるか?)
そう考え、レイは盗賊の男に視線を向ける。
丁度全ての死体を穴に放り投げたところだった男は、レイの視線に気が付いてビクリと反応する。
「ギムレットとかいう男は何か貴重品のような物を持っていたか?」
「あ、はい。金の入った革袋と宝石を幾つか持ってました」
金はともかく、宝石? と少し疑問に思ったレイだったが、すぐにこの盗賊団の頭目は宝石を集める趣味があったのだと思い出す。
それもレイが以前見た盗賊のように、複数の宝石を革袋に纏めて入れるといったようなことはせず、個別にきちんと保管をしていたと。
それを思えば、恐らくギムレットが持っていたという宝石も売る為に持ってきたのかもしれない。
「それで、金と宝石は?」
「穴の側に置いてあります。その……他の死体を引っ張っていくので大変だったので」
「そうか。分かった、じゃあ穴のある場所に案内してくれ」
「……え」
男は、レイが何を言ってるのか分からなかった。
穴のある場所と言ってるが、そもそもその穴はレイが掘った……いや、正確に掘ったのではなく、魔法か何かで作り出した穴だ。
最初はレイに命令された男も必死になって掘っていたので、そういう意味では男も掘るのに協力をしたと言ってもいいのかもしれないが。
「お前が金や宝石をどこに置いたのか見つけられないかもしれないからな」
「ああ、なるほど。……分かりました、こっちです」
レイの言葉に納得し、そして男はレイと共に穴のある場所まで移動する。
穴のある場所までは、血や体液、あるいは内蔵の一部が地面に付着していたりしたが、それについてはレイも男も気にしない。
そうして穴の前までやってくると、男が言うように穴から少し離れた場所には幾つかの革袋があった。
それを見た男は、レイに背中を向けたまま地面を指さし……それを見ながら、レイはミスティリングからデスサイズを取り出す。
「あれです、分かりやすいでしょう?」
斬、と。
穴の側でレイは後ろから男の首に向かってデスサイズを一閃する。
一切の抵抗もないままに、デスサイズは男の頭部を切断し、そのまま穴に向かって落ちていく。
切断面からは、数秒血も何も流れない。
やがて頭部を失ったことでか、あるいは地面を指さした身体の動きによってか、首から下の身体はバランスを崩し、頭部同様に穴に落ちていく。
「悪くない死に様だろう?」
誰に言うでもなく、レイは呟く。
実際、レイにしてみれば男は何があったのか分からないまま、一瞬にして命を落としたのだ。
男がやって来たことを思えば……これまで多くの者を殺し、あるいは陵辱してきたことを思えば、苦しまず、自分でも気が付かないまま死ぬというのは、幸運の筈だった。
「さて」
地面に置かれていた、金の入った革袋と宝石の入ったケースをミスティリングに収納すると、レイはデスサイズを左手に持ち替え、指を鳴らす。
先程と同じく、無詠唱魔法によってファイアボールが生み出され、それが穴の中に入れられる。
穴の中に積み重なっていた死体は瞬時に燃やされ、これで何かがあっても死体がアンデッドになることはなくなった。
穴の中を確認もせず、レイは洞窟の前に戻る。
すると奴隷の首輪から解放された者達が不思議そうな様子でレイを見てくる。
レイと一緒に行動していた男の姿がなかったのだから、当然だろう。
それでも迂闊にそのことを聞くような者はいない。
レイと男のやり取りや態度から……また、ここに来るのが初めてではない者にしてみれば、先程の男が盗賊団の一員であるということは理解出来たのだから。
そして盗賊団を壊滅させたレイがこうしてここにいる以上、何があったのかは聞かなくても予想は出来てしまう。
「じゃあ、森から出る。……けど、その前にギムレットだったか? あいつに売られる予定だった連中が洞窟の中にいるから連れてくる。少し待っていてくれ」
そんなレイの言葉に、違法奴隷から解放された者達に出来るのは黙って頷くだけだ。
レイはその場を後にし、洞窟の中に入る。
向かうのは、お宝の保管されていた場所。
そこには、違法奴隷として売られる予定だった者達がいる。
(もしかしたら、勝手にどこかに行ってしまったとか、そういうこともあるか? まぁ、それはそれで構わないけど)
レイも別に、慈善家という訳ではない。
自分の判断でそうしたのなら、レイも無理に助けようとは思わない。
そう思っていたのだが……
(全員いたな)
そこには檻の中に入っていた者達が、全員揃っていた。
「あ……」
姿を現したレイに気が付いたのか、一行の中ではリーダー格と思しき男が小さく声を発してから、レイの側まで走ってくる。
「ど、どうでしたか?」
男の顔に必死な色があるのは、それこそ自分達がこれからどうなるのかと考えれば当然だろう。
それでもそこまで深刻な様子ではないのは、こうしてレイがやって来た為だ。
もし何らかの理由でレイが来るようなことがなければ……それこそ盗賊や闇商人のギムレットが来るようなことがあれば、絶望に襲われることになっただろうが。
だが幸いなことに……本当に捕まっていた者達にとっては幸いなことに、こうしてやって来たのはレイだった。
そうである以上、問題はないだろうとは思うが、それでもこれまでの経験からすると確認したくなるのはおかしくはない。
そんな男に向かい、レイは問題ないと頷くのだった。




