3983話
「はぁっ、はぁっ、はぁ……これで、全員分です」
盗賊の男は、洞窟の中にあった死体をレイの作った穴の中に入れると、そう言う。
洞窟の前にあった死体を運ぶのはそれなりに楽だったが、洞窟の中にある死体を複数この穴のある場所まで運んでくるのは、かなり大変だった。
男の息が荒くなっているのが、その証だろう。
「そうか。じゃあ、燃やすか」
デスサイズを左手に持つと、パチンと指を鳴らす。
その行為によって生み出されたファイアボールが、穴の中に放り込まれる。
数秒後、穴の中から猛烈な……夏の暑さよりも明らかに上の熱風が周囲に放たれた。
「うおっ!」
レイとセトはその熱風を浴びても特に気にした様子はなかったが、盗賊の男は驚きに声を上げる。
「これでアンデッドになる心配はないな。……それで、闇商人はまだ来ないのか?」
「いつもなら昼くらいには来る筈ですが」
熱風に耐えながら言う男に、レイは改めて洞窟の周囲を見る。
洞窟の前は木が伐採され、ある程度の広さを持つ。
だが、当然ながら洞窟の前から森の外までは道が通じていない。
……道が通じていれば、それこそ道の先に何かがあるということを示しており、警備兵や騎士団、あるいは兵士、冒険者といった者達が来るかもしれないのだから、そのような道を作らないのは当然だろう。
「闇商人は商品とかをどうやって洞窟まで持ってくるんだ?」
「奴隷を使ってです」
「人力か。……まぁ、馬車とかで運んで来られるような場所じゃないし、当然か」
まさか人力だとは思わなかったレイだったが、言われてみれば納得する。
とはいえ、奴隷を何人も引き連れて森の外までやって来るようなことをすれば、目立ってもおかしくはない。
そして闇商人という仕事は、下手に目立ってしまえば捕まる可能性が高い。
(となると、目立っても構わないとか? ……もしかして、貴族の後ろ盾があるとか、そういうことじゃないよな?)
もしそうなら、面倒臭いことになりそうな気がする。
レイとしては、出来ればそれは遠慮したかった。
勿論、本格的に敵対したらレイも遠慮はしない。
それこそ敵が貴族だろうがなんだろうが、容赦なく力を振るうだろう。
とはいえ、そうなれば面倒なことになるのも間違いない。
特に今は、ガンダルシアに向かっている最中なのだ。
そうである以上、ここで下手に時間を取られるようなことは遠慮したかった。
「レイさん? その、どうかしましたか?」
急に黙ってしまったレイに、男は不思議そうに……いや、不安そうに尋ねる。
もしかしたら、自分を殺すかどうか考えているとでも思ったのかもしれない。
実際に最後にはそうするつもりでいることを考えれば、その判断は決して間違ってはいないのだが。
「一応聞いておくが、闇商人の正体とか、裏にいる人物とか、そういうのは知ってるか?」
「え? いえ、その……し、知りません」
恐る恐るといった様子で男が言う。
上の者達……それこそお頭であればその辺についても多少は知っていたかもしれないが、男は元々が盗賊団の中では下っ端だ。
そうである以上、詳しい事情について知っている筈もなかった。
今の自分の言葉でレイの機嫌を損ねないかと、不安に思う。
だが男にとって幸いなことに、レイは男の言葉に特に気にした様子もなくそうかと言うだけだ。
レイにとっても、今の質問は知っていればラッキー程度の気持ちで尋ねたものだった。
「その件についてはもういい。後は闇商人が来るまでか。闇商人がきたら、その相手はお前がすることになる。もっとも、相手の人数とか強さを確認したら、すぐに殺すが」
「わ、分かりました」
男は、レイの言葉……あっさりと相手を殺すと口にするのを聞いて、背筋が冷たくなる。
男も盗賊である以上、今まで人を殺したことはあるし、殺すぞといったような脅しの言葉を使ったこともある。
だが、……今レイが口にしたのは、その辺にあるゴミを拾って捨てるかのような、何でもない……それこそ日常の一つとして、殺すと口にしたのだと分かったのだ。
もしレイのことを何も知らない者が今のレイの言葉を聞いたのなら、口だけの相手かと思ってもおかしくはない。
それだけ、自然とレイは殺すという言葉を口にしたのだから。
だが……男にとって不幸なことに、あるいは幸運なことになのかもしれないが、男はレイが自分の仲間をあっさりと殺している光景を見ている。
それこそ男が生き残ったのは、運によるものでしかない。
そんなレイだけに、殺すというのは脅しでも何でもなく、本当に心の底からの言葉だというのを理解出来たのだ。
「とにかく、闇商人が来るまでは暇な訳か」
「は、はい。その、何か食事でも用意しましょうか?」
ああ、そう言えばその件もあったな。
レイは男の言葉にそう思う。
お宝のある部屋からは軒並み漁ったものの、それ以外の物……食料や武器、もしくはポーションといった物のある場所は漁っていない。
「まずは案内しろ」
そう言うレイに、男は素早く頷くのだった。
「まあまあといったところか」
洞窟の中にある各種保管庫を回った結果、レイの口から出たのはそんな言葉だった。
食料庫にあったのは干し肉や焼き固めたパン、エールといった諸々。
生肉の類がないのは、保存してもすぐに悪くなるからだろう。
洞窟の中は外と比べると涼しいものの、それでも相応の気温ではある。
小麦粉の類がないのは、盗賊の中にはパンを焼くことが出来る者がいないか、いても面倒だからか。
酒を美味いと思わないレイにとってエールにどの程度の価値があるのか分からなかったが、食料庫に案内した男によれば安酒だということだった。
武器は、当然ながらレイ達を襲撃する時に多くの武器が持ち出されていたので、どの武器も品質的には下の上、どんなに良くても中の下といったところか。
それでも何かには使えるだろうと、武器や防具は纏めてミスティリングに収納したが。
そして最後に道具の保管庫に向かったものの、特に何か欲しいと思えるような物はなかった。精々が、品質的には最低に近いポーションが数本見つかったことか。
総合的に見た結果が、レイの口にした『まあまあ』だった。
案内をした男にしてみれば、自分に案内させてそれかよと思ったものの、それを口に出来る訳がない。
それどころか、態度に出すことすらレイの機嫌を損ねるという意味で最悪の結果に結びつく可能性があった。
「後やるべきことは……何かあるか?」
「いえ、その、俺に聞かれても」
「そうか。なら、あとは闇商人が来るまで待つだけだな。……ああ、セトにどこかに隠れておくように言っておく必要があるが」
そう言い、洞窟の外に向かうレイ。
男のことを全く気にした様子もなく、それを見た男はもしかしたら逃げられるのでは? と一瞬考え……
「おい」
「はいぃっ!」
まるで男の考えを見通したかのようにレイが声を掛け、男はその言葉に激しく反応する。
それは不味いと、心の中では分かっている。
分かっているのだが、それでも今のこの状況では反射的にそんな声が出るのは仕方ながないことだった。
「何をしている? 行くぞ」
そんなレイの言葉に、自分の考えが見抜かれた訳ではないと判断し、安堵しながら男が一歩を踏み出したところで……
「っ!?」
その足が固まる。
いや、まるで身体中が凍ったかのように、動けなくなった。
その理由は、レイが男を見る目。
その目によって、まるで蛇に睨まれた蛙……いや、ドラゴンに睨まれたゴブリンの如く、男は動けなくなった。
忘れていた……訳ではない。
だが、改めて男はレイが自分を生かしてるのは単なる気紛れで、その気になれば即座に殺せるというのを思い出す。
「え、えっと……そ、その……何でしょう?」
「いや、何でもない。自分の立場を忘れるなよ」
意思を振り絞って尋ねた男だったが、それに対してレイはすぐに何でもないと、そう返す。
レイの視線による圧力も、既に消えている。
「ふぅ……ふぅ……」
緊張を吐き出すように、それでいながらレイに気が付かれないように、深く、ゆっくりとだが息を吐く男。
逃げられない。
そう心の底から思うのだった。
「グルルゥ」
洞窟から出たレイに、近くにいたセトが喉を鳴らしながら近付いてくる。
レイはそんなセトを撫でながら口を開く。
「セト、悪いけどセトにはちょっと隠れていて欲しいんだ。闇商人が来た時にセトがいたら、即座に逃げ出すだろうし」
もしかしたら、セトを……グリフォンを見つけたら、その素材を入手する為に攻撃をするのでは?
そんな疑問もあったが、セトを見た瞬間に逃げ出す可能性を考えれば、やはりセトには隠れていて貰った方がいい。
「グルゥ?」
隠れるの? と少しだけ不満そうに喉を鳴らすセト。
洞窟の中に入る際にも、セトは外で待っているだけだった。
セトの身体の大きさが理由とはいえ、セトとしてはもう少し自分も活躍したいと思ったのだろう。
レイもそんなセトの考えを察し、撫でつつ言葉を続ける。
「勿論、ただ隠れている訳じゃない。俺が闇商人と戦っている時に、セトは闇商人の後ろに回り込んで欲しい」
「グルルゥ?」
「そうだ。闇商人が逃げ出した時、セトがそれを止めるんだ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
そんな一人と一匹を、盗賊はただ見ていることしか出来なかった。
「来たな」
昼になる少し前。
洞窟の前の広場になっている場所で瑞々しい果実――勿論ミスティリングから出した物――を食べていたレイは、不意に呟く。
男から聞いた話によれば、闇商人が来るのは午後になってからということだったのだが、明確に何時と約束している訳ではない。
であれば、今日のように予定の時間よりも早く来てもおかしくはない。
レイにしてみれば、この場所に長い間いなくてもいいのだから、闇商人が早く来るというのは寧ろ感謝すらしていた。
……だからといって、闇商人を殺すのを止めるようなことはないが。
「おい」
「は、はい」
少し離れた場所で待機していた男は、レイの言葉にすぐに返事をする。
「闇商人が来たから、相手をしろ」
「何を話せばいいのでしょう?」
「別にそこまで何かを話す必要はないんだが……そうだな、お前以外の盗賊は現在襲撃に行ってるから、戻ってくるまで待っていて欲しいと言われているとでも言えばいいんじゃないか?」
レイとしては、別に長々と話をさせるつもりはない。
闇商人と護衛達を逃がさないように油断させてしまえば、それでいいのだから。
その言葉に、男はそれなら何とか出来るかもしれないと、安堵する。
「じゃあ、任せた」
そう言い、レイは広場から森の中に移動する。
洞窟の中でもよかったのだが、そうなると男と闇商人が話しているすぐ側に姿を現してしまう。
それでも対処しようと思えば出来るのだが、どうせなら面倒ではない方が楽なのも事実。
レイが森の中にある木の後ろに隠れると、まるでそのタイミングを待っていたかのように、誰かが……いや、闇商人が姿を現す。
(見た感じ、普通の商人のように見えるな。……いやまぁ、見ただけで怪しいと思われるようだと、とてもではないが闇商人は出来ないだろうけど)
もし見ただけで怪しまれるのなら、それこそ警備兵にすぐに捕まってもおかしくはない。
そういう意味では、闇商人が普通の商人に見えるというのは自然なことなのだろう。
「お頭は現在襲撃の為に出掛けてるんですよ。もうそろそろ戻ってくる筈なので、ギムレットさん達が早めに来たら待っていて下さいと伝言を預かっています」
その言葉に、ギムレットと呼ばれた闇商人は少し困った様子を浮かべつつも頷く。
「分かりました。早く来たのはこっちの都合ですしね。……ああ。では休んでいる最中に奴隷の件を片付けましょうか。違法奴隷は使い勝手がいいから、よく売れるんですよね」
「あ……」
盗賊の男は、まさかそういう風に話を持っていかれるとは思わなかったのか、困った様子を見せる。
だが……相手は海千山千の闇商人だ。
そんな盗賊の行動に疑問を抱く。
(あ、駄目だな。役割は果たしたし、いいか)
男が怪しまれたのを見て、レイはそう判断する。
闇商人の護衛として、見るからに筋骨隆々な男が二人、後は商品を持っている奴隷が五人。
警戒すべきは護衛なのだろうが、盗賊の立場ならともかく、レイから見れば決して強者とは言えない存在だ。
奴隷については、言うに及ばず。
闇商人も商人としてならともかく、戦う者としては警戒すべき相手ではない。
総合的に見て、レイにしてみれば鎧袖一触出来るような相手でしかなく……レイは木の裏から飛び出すのだった。




