3971話
年始なので、今日は2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
「まさか、ああいう野菜が合うとは思わなかったな。……レタスっぽいけど。でも、レタス炒飯とかがあるのを考えると、そこまでおかしなことじゃないのか」
呟きながら、レイは街中を歩く。
無事、満腹亭でうどんと野菜を分けて貰った――料金は多めに支払ったが――ことで、満足そうな様子だ。
分けて貰った野菜にレタスに近い性質を持つ野菜があったのだ。
焼きうどんに合う野菜ということで選んで貰った野菜である以上、レタスに近い野菜も焼きうどんには合うのだろう。
だがレイとしては、選んで貰ったのだから間違いないと思いつつも、本当か? という思いがあるのも事実。
「キャベツとかなら焼きそばにはあうだろうけど……でも、焼きそばじゃなくて、焼きうどんだしな」
呟きつつ歩いていると……
「あら、レイ」
そんな声が聞こえる。
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこにはいつものように踊り子や娼婦のような薄衣を身に纏ったヴィヘラと、その隣でこちらもいつも通り無表情のビューネの姿があった。
「ヴィヘラ、ビューネも。今日は見回りなのか?」
「そうよ。今日の夕食はレイの手料理を食べられるんだから、遅れる訳にはいかないし」
「……言っておくが、別にそこまで特別な料理って訳じゃないぞ? 俺の料理の腕もそんなに高い訳じゃないし」
レイにしてみれば、そこまで料理が得意な訳ではない自分の料理を食べたいのか? と疑問に思う。
とはいえ、ヴィヘラの様子を見れば心の底から食べたいと思っているのは間違いないので、ここで改めて聞くのはどうかと思い、実際には尋ねなかったが。
「レイの料理というのに価値あるのよ。……あら。ビューネ、行くわよ」
「ん」
聞こえてきた怒号に、ヴィヘラはビューネに声を掛け、レイに笑みを向けてから、移動を始める。
「見回りも大変だな。……警備兵だけだと足りない以上、どうにかした方がいいかもしれないんだけど、ダスカー様はどう考えてるんだろうな」
仕事に向かった二人を見送り、レイはそんなことを考えながらマリーナの家がある貴族街に向かう。
レイには、先程怒声を発した何者かに対して興味はない。
ヴィヘラが行った以上、自分が何かをする必要はまずないだろうと、そのように思っていた為だ。
ここで自分が手を出すようなことをすれば、それはヴィヘラの実力を信じていないからこそ、手を出したと思われてもおかしくはないのだから。
そして……やがて背後から聞こえてきた悲鳴に、やっぱりなと思う。
(この悲鳴の様子だと、それなりに強い奴だったのか? ヴィヘラのいる場所で暴れるとか、自殺行為だな。せめて警備兵のいる場所なら、そこまで悲惨なことにはならなかっただろうに)
戦闘狂のヴィヘラの前に、相応の強さを持つ者が暴れている。
それがどのようなことを示すのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。
「これは……レイさんですね。このような場所で会えるとは思いませんでした」
貴族街にあるマリーナの家が見えてきたところ、家の前に馬車が停まっているのが見えた。
恐らくはエレーナと面会をする人物の馬車だろうと思いつつ、レイはマリーナの家に向かっていたのだが……レイが家の敷地内に入ろうとしたタイミングで家の扉が開く。
姿を現したのは、四十代、もしくは五十代程の恰幅のいい男。
その男はレイを見ると、嬉しそうに笑みを浮かべてそう声を掛けてきた。
「このような場所と言われても、ここに住んでるんだしな」
「ははは、そう言われればそうですね。いやぁ、それにしても姫将軍のエレーナ様にお会いしただけではなく、深紅のレイさんにもお会い出来るとは」
エレーナを様付けし、レイをさんづけで呼ぶ。
それを考えれば、レイの目の前の男がどのような立場にいるのかは明らかだった。
(とはいえ、それで俺に好意的なのは意外だけど)
貴族派の貴族というのは、基本的にレイを嫌っている。
そこには幾つもの理由があるが、やはり貴族の出ではないからというのが最大の理由だろう。
勿論全員が全員という訳ではないが。
そういう意味では、レイに声を掛けてきた男も変わり種なのだろう。
「それで、こうして声を掛けてきたということは、何か俺に用事でもあるのか?」
「いえいえ、そのようなものはありませんよ。ただ、折角こうしてレイさんに会えたのですから、少し話してみたいと思っただけですよ」
「変わり者だな」
「ええ、それは自覚しています。ですが、レイさんは間違いなくギルムでも最高峰の戦力の一人。そのような相手と敵対するなどというのは馬鹿らしいでしょう」
それは暗にレイが貴族ではないという理由だけで嫌っている他の貴族派の貴族に呆れ、あるいは馬鹿にしていた。
実際、この男にしてみれば何故わざわざレイという強力な戦力を嫌悪するのか、理由が分からない。
あるいは心の中ではレイを嫌ってもいいが、それでも表向きは友好的に接するくらいのことはするべきだろうと思えてしまう。
何しろレイは、一度敵と見なせば、相手が貴族であっても力を振るうのを躊躇しない。
それが分かっているのなら、レイとの接し方も予想出来るだろうと。
……ましてや、レイの住むギルムの増築工事を妨害するようなことは、自殺行為でしかない。
「それが分からない奴も多いらしいけどな」
「誰もがレイさんのように強い訳ではないですから。……では、私はこの辺で失礼します」
そう言い。頭を下げると馬車に乗って立ち去っていく。
「そう言えば、名前……まぁ、いいか」
普通なら最初に自己紹介くらいはするだろう。
レイの場合は向こうが名前を知っていたのでその必要はなかったが、レイはあの男の名前を知らない。
レイと友好的な関係を築きたいのなら、せめて自己紹介くらいはしてもおかしくはない。
意図的に自己紹介をしなかったのか、それともただ忘れていただけなのか。
それはレイにも分からなかったが、今は気にする必要はないだろうと、家の中に入る。
「お帰りなさいませ、レイ殿。夕食の具材は準備が出来ましたか?」
するとアーラがちょうどそこにいて、そうレイに尋ねてくる。
恐らく先程の貴族と思しき人物を見送っていたのだろう。
そう思いながら、レイは頷く。
「ああ、問題なく用意出来た」
アーラの言葉にそう頷くレイだったが、実際に用意しただけで、まだ作ってはいない。
焼きうどんを作るのはともかく、鉄板の方は一度様子を見ておいた方がいいだろうと思い、アーラに向かって言葉を続ける。
「夕食の準備の為に、調理器具をきちんと使えるかどうか試す必要がある。だから今日の昼食は俺は庭で自分で作って食べるよ」
焼きうどんは自分も夕食で食べるので、何か別の……そう、鉄板があるのだからステーキか何かを作ってみてもいいかもしれない。
そのように思いつつ言うレイに、アーラはすぐに頷く。
「分かりました。では、今日の昼食は私とエレーナ様の分だけ用意しますね」
「そうしてくれ」
「……エレーナ様が、もしかしたら昼食もレイ殿の作った料理を食べたいと仰るかもしれませんが」
「まぁ、そればそれで別に構わないと思うけど……ただ、昼食で作るのはあくまでも試しだからな。もしかしたら、料理を失敗する可能性もある。それでもいいのなら、だけどな」
レイにしてみれば、昼食は夕食の為の下準備のようなものだ。
だからこそ、上手く料理が出来るかどうか分からない。
そもそも鉄板は初めて使うのだから、その性能を確認するのは必要だろう。
レイの言葉に、アーラは頷く。
「分かりました」
そうして言葉を交わすと、レイは家の中を進む。
するとリビングではエレーナが紅茶を飲んでいた。
「うん? やはりレイの声か。……どうやら無事に料理の材料は手に入れられたようだな」
レイとアーラの会話が聞こえていたのだろう。
エレーナは、その美貌に笑みを浮かべつつレイに向かってそう言う。
レイはそんなエレーナの言葉に頷く。
「何とかなりそうな感じではあるな。もっとも、本当にそれが出来るのかどうか、昼食の時に少し試そうとは思ってるけど」
「ほう。では、私はマリーナやヴィヘラと違い、レイの料理を二食食べられるのだな」
「え? あー……いやまぁ、それは分かるけど、昼食はあくまでも試しだぞ? それこそ失敗する可能性もあるんだが」
「構わないよ。レイのことだ。食材が足りなくなるということはないだろう?」
「ん?」
ふと、レイはエレーナとの会話がどこか噛み合っていないような気になる。
レイが試すのは、あくまでもマジックアイテムの鉄板だ。
だが、エレーナとの会話では、まるで買ってきた食材を試そうとしているように思えた。
「えっと、エレーナ。一応言っておくと、俺が昼の料理で試すというのは、食材……夕食の料理を一度作ってみるとかそういうのじゃなくて、その料理を作る為の調理器具を試すという意味だぞ?」
「え?」
レイの口から出たのは、エレーナにとっても予想外だったらしい。
不思議そうに呟き、改めてレイを見て口を開く。
「その、つまりレイは今日の夕食の為にわざわざ新しい調理器具を買ってきたということか?」
「そうなる。とはいえ、別に今日の夕食だけでしか使うって訳じゃないけどな。窯のように、普段の生活から使える調理器具だ」
本当か? とレイは説明しつつ、自分でそう思う。
窯であるのならともかく、あそこまで大きな……屋台で使うような鉄板は、普段の食事で使うかと言われれば、レイとしては微妙だと思ってしまう。
だが、それでも今は何とかしてエレーナを納得させる必要があると、そう理解していたのだ。
「調理器具……なるほど、レイが必要だと思ったのなら、それは仕方がない。とはいえ、私もレイが買ったという調理器具には興味がある。やはり昼食はレイと一緒に食べるとしよう。構わぬか?」
「エレーナがそれで満足するのならな。とはいえ、あくまでもそれを試すという意味での昼食である以上、簡単な料理になるぞ?」
鉄板を使った料理。
それも手間の掛からない料理となれば、やはりすぐに思い浮かぶのはステーキを始めとした鉄板焼きだろう。
もしくは、小麦粉と卵があるのならお好み焼きでもいいかもしれない。
とはいえ、出汁をどうするのかといった問題もあるが。
レイが日本にいる時に食べたのは、お好み焼き粉を使って作ったお好み焼きだった。
お好み焼き粉の中には山芋であったり出汁であったりも入っている。
また、エルジィンに来てからであれば、エモシオンで海鮮お好み焼きを広めたこともあった。
ただ……海鮮お好み焼きは、その名の通り魚貝類を使ったお好み焼きだ。
幸いだったのは、魚貝類からは非常に出汁が出やすいということだろう。
その為、焼いている時にしっかりと具材から出汁が取れる。
だが、普通のお好み焼きではそうはいかない。
きちんと出汁を別途用意する必要があるのだが、レイはそこには全く考えが及んでいなかった。
その為、今日の昼食でお好み焼きを食べるといった選択をしなかったのは、幸運ではあったのだろう。
「簡単な料理……それは?」
「ステーキだな。これなら俺にも出来るし」
そう言うレイだったが、実際には本当に美味いステーキというのは、かなりの技量を必要とする。
素材の目利きから、下味をどれくらいつけるのか、肉の温度や薄さによって変わる焼く時間、肉を引っ繰り返す時の技量。
それ以外にも様々な要因で、出来上がりの味が大きく変わってくるのだ。
もっとも、レイは別にそこまでのステーキを焼こうとは思っていない。
美味ければその方がいいが、最悪食べられるのなら問題はないだろうと思っていた。
そういう意味では、レイも普通のステーキを焼くという意味でそれなりに自信があった。
「ふむ、なるほど。昼から少し重いとは思うが……たまにはそのような日があってもいいだろう」
「じゃあ、食べるのか?」
尋ねるレイにエレーナは頷く。
そして、ちょうどそのタイミングでリビングに戻ってきたアーラも、二人の様子から何となく話の流れが理解出来たのか、今日の昼食は野菜サラダとパンくらいを用意すればいいかと考える。
「それにしても、レイの手料理か。……これは私も負けてはいられぬな」
レイが料理を作るのだから、自分もそのくらいのことは出来た方がいいのでは?
そのように思い呟くエレーナに、サラダの具材を考えていたアーラは、どのような料理から教えるべきなのか迷う。
紅茶を淹れるのは自信があるし、大量に作る料理は騎士としてそれなりに出来ないでもない。
だが、エレーナが希望するような料理となると……アーラにはすぐに思いつかなかった。




