3970話
マジックアイテムの鉄板の効果を店長に説明して貰うレイ。
効果の中で一番大きいのは、やはり魔力を流すことによって鉄板の掃除がいらないことだろう。
一体どういう理由でそうなるのかはレイにも分からないが、魔力を流すことによって、鉄板の上にある焼いた素材の端切れや焦げた部分、そして鉄板に敷かれた油……それ以外にも様々なゴミや汚れといったものが、綺麗に消えるのだ。
「便利だな」
しみじみと呟くレイ。
調理器具の中で何が面倒かと言われれば、それはやはり後片付けや掃除だろう。
だが、この鉄板は魔力を流すだけでその掃除を一瞬にして行うのだ。
「そうですね。注文する時の仕様とは違った鉄板ですが、この点だけはきちんと守ってくれたようです。……これで燃料の類も魔力でどうにか出来たのなら、もっと良かったのですが」
レイの呟きに、店長が残念そうに呟く。
注文した仕様と違う商品が作られてしまったのだから、不満を抱くのはレイにも理解出来た。
とはいえ、その為に当初の値段よりも大分安くこの鉄板を購入出来たのだから、決して悪いことだけではないと思うのだが。
「それで、マジックアイテムとしての効果は、掃除が一瞬で終わるというだけか?」
「マジックアイテムの効果としてはそうです。ですが、それ以外にも……レイさんにも見て貰えば分かると思いますが、この鉄板は青みがかっています。当然普通の鉄ではなく、とある魔法金属を使っています」
「魔法金属、ね。それはまた……」
値段が高くなるのも納得出来た。
「けど、魔法金属を使ってるのなら、正確には鉄板とは呼ばないんじゃないか?」
鉄板というのは文字通り鉄の板だからこそ、鉄板なのだ。
だが、魔法金属だというのなら、それはつまり鉄板ではなく、魔法金属板とでも呼ぶべきものだろう。
「それはまぁ、そうですが。……ただ、それだと少し分かりにくいですから、鉄板と称しています」
「なるほど。言われてみればそうかもしれないな」
鉄板と言われれば、どれがどのような物なのかをすぐに理解出来る。
だが、魔法金属板と言われても、料理に使う鉄板だと思い浮かべることは……出来ない訳ではないかもしれないが、大半の者は違うだろう。
「魔法金属でこういう色の鉄板なのは……いいな」
「気に入って貰えたようで何よりです。それでマジックアイテムとしての他の効果ですが……鉄板である以上、料理をする時に普通なら傷を付けてしまうことも多いですが、この鉄板は魔力を流している間は非常に頑丈です。また、もし傷を付けても、魔力を流せば多少の傷は自動的に修復します」
「それはまた、随分と便利だな」
「鉄板を使う時のことを思えば、そうした方が使いやすいだろうという狙いだったようですね。後は……料理をする上でこれが一番大きいのかもしれませんが、鉄板に油を敷かなくても食材が鉄板にくっつくことはありません」
「うん、料理をする身としては本当に便利だと思う。……それで、値段は?」
「光金貨二枚です」
「……売れない筈だよな」
店長から値段を聞いたレイは、たっぷりと三十秒程黙り込んだ後で、そう言う。
これが例えば白金貨五枚といったような値段であれば、納得も出来ただろう。
だが、光金貨二枚。
日本にいた時と物価はかなり違うので正確には分からないが、レイの感覚として光金貨は一枚百万円くらいという認識だ。
つまり、このマジックアイテムの鉄板は二百万円ということを意味している。
「これでも原価なんですけどね」
「しかも、注文した仕様と違って割引されてこの値段なんだろう?」
「……はい。やっぱり高い、ですよね?」
「屋台に使う調理器具の値段は分からないけど、それでも高いだろうというのは理解出来る」
「先程も言ったように、ほぼ原価なんですけどね。やっぱり無理でしょうか」
「いや、買うけど」
「……え?」
レイの言葉に、店長は数秒の沈黙の後で、妙な声を上げる。
そしてすぐに我に返ると、改めて確認するようにレイに尋ねる。
「えっと、今……この鉄板を買うと、そう聞こえましたが……」
「ああ、買う。確かに光金貨二枚というのは高い。高いが、それはあくまでも調理器具として考えた場合の値段だ。マジックアイテムとして考えれば、そんなにおかしくはない」
マジックアイテムの中には高額な物が多い。
いや、それどころか金を出しても買えないというマジックアイテムも多いのだ。
そういう意味では、光金貨二枚とはいえ、金で買えるだけ楽に入手出来る部類に入るだろう。
……もっとも、レイ以外でこのようなマジックアイテムの鉄板を欲しがる者がいるのかは、微妙なところだが。
ただ、レイの場合はそれなりに料理をするし、このような細長いテーブル形の鉄板はそれなりに使い勝手もいいように思えた。
直接食材を焼くのではなく、それこそスープの入った鍋を数個纏めて鉄板の上に置いて温めるということも出来るのだから。
「それに……俺はこう見えてそれなりに稼いでいる。これで光金貨十枚とか言われたら悩んだだろうが、光金貨二枚程度なら支払うのはそんなに難しいことじゃない」
ミスティリングの中には大量の金貨や白金貨、光金貨が入っている。
その中から二枚支払うだけなら、レイにとってもそこまで負担ではない。
「……あ、ありがとうございます!」
レイが本気だと分かると、店長は深々と頭を下げる。
店長にしてみれば、光金貨二枚の高級品でありながら、誰も買うようなことがないこの鉄板は、邪魔でしかなかったのだろう。
(なら、損を覚悟の上で、安く売ればいい……いや、それはそれで無理か)
損を覚悟の上で安値で売るとしても、当然ながらその値引きには限度がある。
まさか、光金貨二枚の鉄板を、銀貨二枚で売るなどといったことは出来ないだろう。
レイもそれは十分に理解していた。
「とはいえ、ずっと置物だったのを買うんだ。ちょっとくらいサービスとしておまけをしてくれてもいいと思うが?」
「具体的には、何を?」
「俺が鉄板を買いに来たのは、マリーナ達に焼きうどんを食べさせようと思ってだ。その時に使う金属のヘラとか、そういうのをおまけで付けてくれると助かる」
「その程度でしたら」
店長は一体レイに何を要求されるのかと思っていたが、金属のヘラくらいであればと、すぐに用意する。
何しろ、ここは店の倉庫だ。
店頭に出す予定の調理器具は十分にある。
そして店長が用意したのは、金属のヘラと、そして金属の蓋。
(七面鳥とかそういうが出て来た時に被っているような蓋だな。……実際にそういうのはTVとか漫画でしか見たことはないけど)
七面鳥そのものは、レイも食べたことがある。
レイが小学校の頃、父親が数年飼っていた為だ。
クリスマスの時に食べたが、種類が違うからか、もしくは調理の仕方の問題なのか、鶏よりも固かった記憶がある。
だからこそ、レイとしてはあまり七面鳥を美味いとは思えない。
(いや、今は七面鳥よりもこの蓋か)
レイは店長が用意した金属の蓋を見ながら、口を開く。
「この金属の蓋もか?」
「はい。焼きうどんを作る時、この蓋で蒸し焼きにしといった手間を掛ける屋台もあるそうです」
「……そう言われてみると、見たことがあるかもしれないな」
レイも何度か屋台で焼きうどんを食べているが、その料理をする時に金属の蓋を使って蒸し焼きにするという工程があったように思う。
勿論、この金属の蓋を使うかどうかはレイが決めることだ。
とはいえ、こうしておまけとして用意されたのだから、使ってみようとは思っていたが。
レイは光金貨二枚を支払い、マジックアイテムの鉄板と金属のヘラと蓋をそれぞれミスティリングに収納する。
「ありがとうございました!」
店を出るレイに、大きな声で深々と頭を下げる店長。
店のお荷物となっていた鉄板を買ってくれたのだから、それを喜ぶのは当然のことだった。
……そんな店長の姿は珍しいのか、他の店員や客が、物珍しげにレイの様子を見ていたが。
「さて、後は……うどんと野菜だな。満腹亭で売って貰えるといいけど」
呟きつつ、レイは街中を進む。
増築工事の仕事を求めて来た者達によって、通行人は非常に多い。
中には喧嘩騒ぎを起こしているような者達もいるが、そこにはすぐに警備兵や見回りの冒険者達が近づき止めている……鎮圧してるのも見えた。
これが皆の仕事が終わる夕方以降であれば、警備兵や冒険者達もそれなりに見逃すのだが。
そんな中でレイは特に騒動に関わるようなこともなく……
「ぎゃっ!」
だが、レイから騒動に関わるようなことはないが、騒動の方からレイに近付いて来るのを止めることは出来なかった。
すれ違った時、レイの懐……ドラゴンローブの中に手を入れたスリの男が、レイの手によって指の骨を折られ、悲鳴を上げながら地面に倒れたのだ。
とはいえ、それでもレイは足を止めることはない。
現在のギルムにおいては、多くの者が集まっている。
そんな中には当然ながら集まってきた者達を標的にしたスリの類もそれなりに多い。
実際、田舎から出て来た者はスリにとっていい標的だった。
ただ、そのスリにとって不運だったのは、標的としてレイを狙ったことだろう。
ドラゴンローブの隠蔽の効果によって、初心者の魔法使いだと認識されたのだろう。
初心者とはいえ、魔法使いである以上はそれなりに金を持っていると思われて狙われたのだ。
これでセトが一緒にいれば、レイだと認識してちょっかいを出すようなこともしなかっただろうが。
ともあれ、レイはスリについては何も気にした様子がなく、後ろから聞こえてくる悲鳴も気にせず、道を歩く。
そして、やがて目的の店……満腹亭に到着する。
まだ昼前なのだが、それでも客はそれなりに入っている。
少し……いや、大分早めの昼食、あるいは朝食兼昼食を食べている者達なのだろう。
とはいえ、それでも客が並んでいたりといったことはなく、席も半分程空いてはいた。
「いらっしゃい。……あら、レイさん。珍しいですね」
店内に入ってきたレイを見て、女将がそう声を掛ける。
女将にとって……いや、満腹亭にとってレイは一種の恩人だ。
うどんの作り方を教えて貰ったので、それによって満腹亭はかなり金銭的に余裕が出来たし、また店主がうどんの作り方について独占せずに広めたので、ギルムの料理人の間で満腹亭の店主は広く知られるようになっていた。
それは全て、レイのお陰なのだから、感謝しない方がおかしい。
レイにしてみれば、完全に作り方を覚えていた訳でもないので、そこまで感謝されるのはどうかと思うが。
「ああ、今日は食事をしに来たんじゃなくて、焼きうどんを仲間に作ることになったから、それに使ううどんとソースを売って欲しくて。それと、焼きうどんに合う野菜とかも」
そんなレイの言葉は、女将にしても驚きだったのだろう。
まさかレイが焼きうどんを作るとは、と。
それでも一瞬にして我に返る辺り、客商売をしているだけのことはあった。
「レイさんには世話になってるから、それは構いませんけど……こう言ってはなんですが、うちのソースでいいんですか?」
それなりに流行っているということや、うどんの新たな一面ということで、満腹亭でも焼きうどんは出している。
だしてはいるが、それでも満腹亭はうどんの元祖であり、だからこそ焼きうどんよりも普通のうどん……出汁に入れて食べるタイプのうどんを重視していた。
つまり、普通のスープを使ううどんはともかく、焼きうどんはそこまで人気がないのだ。
当然だろう。
うどんの元祖の店に来たのなら、どうせならその元祖のうどんを食べたいと思ってしまうものなのだから。
勿論、全員が全員そうだという訳ではなく、中にはうどんの元祖の店に来ながらも、焼きうどんを注文する者もいる。
また、うどんとは関係なく、普段から満腹亭を利用している客なら、焼きうどんを頼むこともあるだろう。
しかし、それでも売り上げで見た場合、普通のうどんと焼きうどんでは、圧倒的に普通のうどんの方が多いのも事実。
女将は、だからこそレイに満腹亭のソースでいいのか? と聞いたのだろう。
「ああ、構わない。この店の味はきちんと知ってるしな」
「……分かりました。レイさんがそこまで言うのなら、こちらとしては構いません。具材は何人分くらいで?」
「十……いや、二十人分くらいで頼む」
食べる者はそこまで多くはないのだが、セトがいるのを考えると、そのくらいは用意しておいた方がいいだろう。
用意した食材が足りなくて残念そうにされるよりも、多すぎて余った方がいいのだから。
また、余った食材もレイの場合はミスティリングに入れておけば問題はない。
「少し、待っていて下さい」
そう言い、女将は厨房に行くのだった。




