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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市エグジル
397/3865

0397話

 辺境の街でもあるギルムより遥かに多くの人口を抱える迷宮都市エグジル。そんなエグジルであっても夜には明かりの灯っている場所は少ない。明かりを灯す為のマジックアイテムは元々それ程高価ではないと言っても、量が多ければ必然的にその値段が上がってしまう為だ。それ故に基本的には人の集まる場所である盛り場やギルドといった場所にしか設置されていない。

 更に現在はマースチェル家とレビソール家が魔石を買い漁っている関係で、明かりのマジックアイテムを動かす為の小さな魔石ですら値段が上がってきている。

 それ故、エグジルの盛り場から少し離れた場所にある公園の闇を照らすのは、周囲を灯すマジックアイテムではなく月の光のみとなっていた。


「まぁ、これだけの明かりがあれば十分だけどね」


 蕩けるような笑みを浮かべたヴィヘラが、視線の先にいるレイへとそう声を掛ける。


「つくづく思うんだよな。俺とお前の言語って似ているようで絶対に違うって。見初めるとか良いことだとか。いや、勿論それを本来の意味で言っているならついては来なかったけど」

「あら? でも普通なら私のような女に誘われれば、喜んで一緒にくるんじゃないかしら」

「……まぁ、それは否定しないけどな」


 溜息を吐きながらも頷くレイ。

 これまでレイが出会ってきた中でも3本指に入る程の美貌と、男好きのする身体。更にその身体を覆っているのは踊り子風の向こうが透けて見える程の薄い布を幾重にも重ねている扇情的な衣装だ。大抵の男なら……あるいは女でもヴィヘラに誘われれば断ることは出来ないだろう。その意見については、レイにしても反対することは出来ない。


「ただし、それがこういう用事だと知っていればどうかは分からないけどな」


 艶然と微笑みつつも、ヴィヘラがレイへと向けて放っているのは秋波のようなものでは無い。純然たる闘気とも呼ぶべきものだ。

 殺気の類で無いのは、ヴィヘラの目的がレイを殺すことではなく闘争そのものだからだろう。

 ピリピリとした空気を感じつつ、レイの視線はヴィヘラの手足へと向けられる。

 月明かりに照らされているのが影響しているのか、艶めかしい程の白さを持った手足へと。

 だが、レイがその艶めかしい手足に見惚れていた訳では無いというのは向けられている視線からも明らかだ。

 そして、事実レイはヴィヘラに向かって口を開く。


「俺と戦うにしても、手甲と足甲が無いままでいいのか? かなりのマジックアイテムだろう?」

「そうね、文字通りに私の手足と言ってもいいかもしれないわ。ただ、ちょっと鍛冶屋に調整して貰っているから今は手元にないのよ。まさかこんな場所で私が見初めた君と出会うと知っていたら、調整は明日に回して貰ったのだけど」


 残念そうに溜息を吐くその様子は、さながら想い人に対して遭遇した乙女が自分のとっておきの服装では無かったことを嘆くさまにも似ている。

 ただし、ヴィヘラが残念がっているのは服装ではなく戦闘用のマジックアイテムであるというのが大きな違いだが。

 赤紫のウェーブヘアを掻き上げつつ、物憂げな溜息を吐くヴィヘラ。

 だが、次の瞬間にはレイへと向けられる視線は鋭く、まるで猛禽類……あるいは肉食動物を思わせるものへと変わる。


「けど武器が無いからって、折角の君との逢瀬をしないという手は無いでしょ?」

「……だから、お前の知ってる逢瀬と俺の知ってる逢瀬は絶対意味が違うぞ」


 今日幾度目かになる溜息を吐きながらも、レイの視線はヴィヘラを捕らえて放さない。

 それは色っぽい意味の視線では無く、どちらかと言えば危険な肉食獣を警戒する狩人の如き視線だ。


「ふふっ、いいじゃない。こうして夜の静かな公園で、月明かりだけが私と貴方を照らす中で2人きり。普通に考えれば、どこからどう考えても逢瀬でしょ?」

「……言葉だけを考えれば、な」

「でしょう? ……そう言えば私の自己紹介はしたけど、君の自己紹介は聞いてなかったわね。名前を聞かせて貰ってもいいかしら」

「何を今更。散々エレーナが俺の名前を呼んでいるのを聞いていただろ?」

「それは、あのエレーナって娘が呼んだだけでしょう? 私はまだ君からきちんと自己紹介はされてないわ」

「妙なことに拘るな。……まぁ、いい。レイだ。ギルムのランクB冒険者、レイ。一応深紅という異名を貰っている」

「ええ、異名については聞いてるわ。何でもベスティア帝国軍を1人で焼き尽くしたんですってね」


 艶然と微笑みつつも、その口から出ている内容は物騒極まりない。

 聞く度に大きくなっている噂に、レイは思わず苦笑を浮かべる。


「何だか随分と話が大きくなっているみたいだが、そこまで豪快な訳じゃ無いさ。精々先陣を燃やしたくらいだし、それにしたって別に俺の魔法で全てを焼き滅ぼしたって訳でも無い」

「そう? でもそれだけの力を持っているのは事実なんでしょう? ……なら、その戦闘力を是非私に見せてちょうだい」


 その言葉と共に、まるで地面を滑るかのような足捌きでレイとの間合いを縮めるヴィヘラ。

 5m程はあっただろう間合いが一瞬にして消え失せ、ふと気が付くとレイの目の前にはヴィヘラが微笑みつつも右手を伸ばしてきているところだった。

 そのまま何の対応も出来ずレイの左肩へと手が触れそうになり、同時にヴィヘラの顔には失望の表情が浮かぶが……


「へぇ、なかなかやるな。そんな動きは初めて見る」


 肩を掴む直前で、ヴィヘラの右手首はレイの右手によって掴み取られる。


「……え? っ!?」


 一瞬何が起きたのか分からなかったのだろう。レイの実力を過大評価していたと思ったその瞬間だっただけに、尚更驚きの表情が強かった。

 それでも、即座に掴まれた腕を引き抜いたのはさすがと言うべきか。力任せに腕を引き抜いたのでは無い。確固たる技術を使ってレイの力を受け流し、出来た隙を突くかのようにして腕を抜いたのだ。

 そのまま後方へと跳躍し、ふわりと着地する。

 風に舞う薄い布は、それその物が相手を幻惑するかのように揺れていた。


「ちょっと見くびりすぎだったかしら?」

「さて、どうだろうな? 確かにあの移動方法に驚いたのは事実だ。随分と滑らかに動けるものだ」

「ふふっ、それにあっさりと対応したレイが言うべきことじゃ無いわよ」


 初めて……そう、初めて君という呼びかけでは無く、レイという名前を口にするヴィヘラ。自分の予想だけでは無く、きちんと対峙するべき一個人として認めたといったところだろう。

 それに気が付いたレイもまた、口元に獰猛な笑みを浮かべつつ鋭くヴィヘラを見やる。


「さて、最初の一撃がそっちだったんだから……次は俺の番、だなっ!」


 その声と共に、地を蹴り急速にヴィヘラとの間合いを詰めていく。その姿から流麗な、と表現すべきヴィヘラの移動方法に対して、レイのそれは直線的であり、力強い。己の筋力や足に履いているスレイプニルの靴の能力を十全に活かした移動方法。だが、流麗であり曲線的ですらあるヴィヘラのそれとは違い、レイのそれは真っ直ぐ一直線に標的へと向かうのだ。そして、曲線と直線。どちらが目的地に到達するのが早いかと言えば……


「速いっ!」


 真っ直ぐ、速度に合わせたかのように放たれる拳にヴィヘラは思わず驚嘆の声を上げる。

 だが驚きの声を上げつつも、即座に回避行動を取れるというのはさすがと言うべきだろう。

 自分の顔面目掛けて放たれた拳の動きを見極めつつ、そっと手を伸ばしてレイの右腕へと添える。そして直後。


「うおっ!」


 次の驚愕の声を上げたのはレイだった。それも空中で、だ。

 何が起きたのかは理解している。レイの拳の速度そのものを利用して力の方向をずらしつつ、空中へと放り投げたのだ。

 だが、自分の身体能力がどれ程のものなのかを知っているだけに、レイは空中で身体を回転して体勢を整えつつ思わず感心する。やったことそれ自体はそう難しくは無いが、今ヴィヘラがやったのと同じことを実際にしろと言われて出来る者がどれ程の数いるだろうかと。

 そんな風に考えつつ地面へと着地。空中で行った回転のおかげで、衝撃の殆どを殺すことに成功する。

 そしてレイ自身の身体能力の高さ故に、地面に着地してからも数m程足で地面を擦りつつようやく動きが止まる。


「まさか俺の力を利用してぶん投げられるとは思わなかったな」

「ふふっ、私はか弱い女性ですもの。力で男の人に勝てないんだから、技で対抗するしかないでしょう?」


 艶然とした笑みは戦闘開始前と同じ。ただし、瞳に宿る光だけが違っていた。戦闘に喜びを覚える獰猛な獣の如き光がより強く、鋭く、強烈に輝きレイを見据えている。

 ヴィヘラの口から出て来る言葉とは正反対の意志を示す瞳の輝きに、思わず苦笑を浮かべるレイ。


「さあ、続けましょう。私とレイの月下で踊る鮮血の舞踏会を!」


 そう告げ、最初に見せたのと同様の動き出しが見えない流麗な動きでレイとの距離を縮めるヴィヘラ。

 だがレイにしても、1度見ただけに対応は可能だった。

 先程同様に伸ばされる腕。ただし、先程と違うのは狙いが肩ではなく脇腹だということか。

 そっと伸ばされた腕を、拳を振るい弾き……その瞬間、レイの振るった拳の勢いを利用してヴィヘラはその場でくるりと1回転する。

 同時に、裏拳気味に放たれた拳がレイの顎先を狙い……


「っと!」


 反射的に上体を大きく反らして目の前を通り過ぎていく拳を見送り、カウンターに対するカウンターを放とうとした、その瞬間。


「ぐおっ!」


 腹部に強力な衝撃を感じ、同時にその場から後方へと吹き飛ばされる。


(何だ? ドラゴンローブを通して攻撃のダメージを食らった!?)


 空中を吹き飛びつつ、素早くヴィヘラの方へと視線を向ける。

 そこで見たのは、レイの胴体があった場所へと置かれた1本の腕。ただし、裏拳気味に放たれた右拳ではなく、左手が握られるでもなく掌底がそこに存在していた。

 吹き飛びながらも冷静に自分の様子を見ているのに気が付いたのだろう。ヴィヘラは驚いたように目を見開き、すぐに追撃を加えるべくレイの後を追う。

 その様子を見ながらも、強引に空中で体勢を立て直そうとするレイ。少し身体を動かすだけで、吹き飛ばされる時に触れられた腹部に鈍痛が走る。

 痛みを強引に無視し、地面へと着地するレイ。思わぬ一撃に一瞬だけ地面へと膝を突くが、迫って来る闘気を感じ取りすぐに立ち上がった。


(鈍痛ってのが厄介だ。スパッと斬り裂かれたような痛みなら我慢も出来るんだが)


 そんな風に内心で呟きつつ、自分目掛けて向かって来るヴィヘラを待ち受ける。

 踊り子の如き衣装と赤紫のウェーブヘアーを風に靡かせ、魅惑的な肢体を露わにしながら近寄ってくるその姿はまさに死を運ぶ乙女といったところか。


「笑えない……なっ!」


 相変わらずの予備動作を感じさせない動きだったが、既に何度か見ている以上はレイにしてみれば対処するのは難しく無い。速度を攻撃力にプラスして繰り出されたヴィヘラの拳を首を小さく傾けるだけで回避し、同時に拳の速度により頬に斬り傷が1つ。

 そのままカウンターの一撃を繰り出そうと……せずに身体を半回転させる。

 瞬間、レイの脇腹のあった場所を通過する拳。

 先程のように、最初の一撃に意識を集中させてその隙を突くかのような攻撃。

 それを本能的に察知し、身体を強引に半回転して回避したレイはその勢いを利用してそのまま更に半回転。肘をヴィヘラの頭部へと叩きつけようとして……ピタリと動きを止める。

 同時に、どこから伸びてきたのかヴィヘラの右手がレイの喉へと触れている。

 頭部と喉。どちらも人の急所であり、それが表すことはつまり……


「引き分け、か」


 呟くレイだったが、ヴィヘラは小さく首を振る。


「私は格闘がメインだけど、レイは違うでしょ? なら私の負け……とは言いたくないけど、私が不利なのは事実よ」


 密着した状態で、それこそあと数cm顔を動かせば唇が重なるという距離。だが、2人の間にあるのは甘い雰囲気といったものではなく、戦士としての緊張感だ。


「それに、レイは手加減したでしょ?」

「手加減? 別にした覚えは無いが?」

「武器を使ってないじゃない」

「それを言うなら、ヴィヘラも手甲と足甲がないだろ」

「それは私の自業自得。けど、レイは使おうと思えば腰のナイフを出せたでしょ?」

「それは……」


 ヴィヘラの言葉に思わず言葉を詰まらせるレイ。

 向こうがメインの武器である手甲と足甲を使っていない以上、レイもまた武器を使わずに格闘で勝負を挑んだ。ある意味では暗黙の了解で決まったルールだったが、それでも格闘がメインのヴィヘラが武器戦闘を得意とするレイに引き分けに持っていかれたのは納得出来ないのだろう。


「けど、そうね。じゃあ今度はお互いに万全の状態で戦いましょう? 私は手甲も足甲も使って全力で。レイもまた使える攻撃手段は全て使って」

「……俺としては、別に戦わなくてもいいんだけどな」


 溜息を吐きながら呟くレイに対し、呆れたように肩を竦めるヴィヘラ。

 密着している状態での行為である以上、当然その動きはレイに伝わり……薄い布に包まれているだけの巨大な双丘は、レイの身体に押しつけられてグニュリと形を変えるのだった。


「少しは慎みを持った方がいいぞ」


 頬を赤く染めながらそう告げるレイに、ヴィヘラは何かを思いついたかのように笑みを浮かべる。


「お互いに全力じゃなかったけど、私の負けは負け。……さすがにその状態で一晩を共にというのは無理だけど。これはご褒美よ」


 呟き、そっと自らの唇をレイへと重ねるヴィヘラ。

 触れさせただけの、数秒だけのキス。それでもいきなりのその行動に、レイの頬は先程以上に赤く染まる。


「ふふっ、感謝しなさい。私の初めての唇を捧げたんだから。じゃあまた今度戦いましょ。その時にレイが勝ったら、今度こそ一晩を共に過ごしましょ」


 そっと真っ赤に染まっているレイの頬を撫で、その場を去って行くヴィヘラ。

 レイはと言えば、それから数分程身動きもせずに固まったままだった。

 そっとその場を離れる存在に気が付かぬまま。

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