3969話
年始なので、2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接来た方は前話からどうぞ。
「さて、まずは鉄板だな」
ダンジョンを攻略した翌日、レイは一人で街中にいた。
いつもならセトもレイと一緒に行動するのだが、それだとセト好きの者達が集まって騒動になる。
多くのセト好きは、ギルドの前で待っている時のように、何もやることがない時にセトを愛でる。
だがそれは、あくまでも本当のセト好きならの話だ。
多くの者が集まっている今のギルムでは、セトを連れているだけで騒動になる可能性も十分にあった。
また、騒動にならなくてもセトと一緒に行動していれば、どうしても目立つのは避けられない。
いつもなら別に目立っても構わないのだが、今日は色々と動く予定がある以上、それは避けたい。
その為、セトはマリーナの家に置いてきたのだ。
今頃は昼寝をしているか、イエロと遊んでいるかだろう。
「鉄板……出来れば大きめの鉄板が欲しいけど、売ってるか? 鍛冶屋にあればいいんだけど」
これが長剣や槍といった武器なら、その辺の武器屋に行けば普通に売っている。
だが、鉄板……それもレイが想像しているのは、日本の屋台で焼きそばを作る時に使われているような、大きな鉄板だ。
いや、日本の屋台だけではなく、ギルムにある屋台で焼きうどんを始めとした料理を売っている屋台でも、そのような鉄板を使うことは多い。
そのような鉄板がどこに売っているのかはレイにも分からず、その為に鍛冶屋に行けばあるのではないかと思っていたのだが……
「ない?」
「ああ。もしかしたら他の鍛冶屋なら取り扱ってるかもしれないが、うちじゃあ扱ってないな」
最初に行った鍛冶屋で、鉄板がないとあっさりと言われる。
「どこに行けばありそうなのか、そういうのも分からないか?」
「あ? あー……そうだな。屋台で使う調理器具の専門店とかに行けば、そういうのも売ってるんじゃないか?」
「……そういう店もあるのか」
レイもそれなりにギルムについては詳しいと思っていたが、まさか屋台で使う調理器具の専門店があるとは思わなかった。
普通に使う調理器具を売っている店があるのは知っているし、ガンダルシアでイステルと共に行った雑貨屋のような店でもある程度の調理器具は売られている。
だが、そのような家で使う調理器具や食器ではなく、屋台で使う調理器具の専門店があるというのは、レイにとって驚きだった。
「ああ、あるぞ。あんたも知ってると思うが、ギルムでは屋台が多い。本職で屋台をやっている者もいれば、冒険者が趣味で屋台をやったりもしている。その為、屋台用の調理器具を売る店ってのも、問題なく出来るんだよ」
「……なるほど。その店がどこにあるのか教えて貰えるか?」
「ああ、構わねえよ」
そう言い、鍛冶師はあっさりとレイにその店の場所を教えるのだった。
「うわ、これは凄いな」
鍛冶師に教えられた店は、裏通りに近い場所にあった。
屋台用の調理器具ということで、店の規模はそれなりに大きい。
そして客の数もそれなりに多かった。
(この客が全員、屋台をやっていたり、あるいは屋台をやろうとしている者といった感じなのか?)
そうして店を外から見ていると……
「いらっしゃい。何か買い物ですか?」
三十代程の店員の男が、店を覗いているレイに気が付いてそう声を掛けてくる。
ドラゴンローブの隠蔽効果のお陰で、レイをレイとは認識出来ていない。
それはつまり、小柄なレイは十代半ばの子供といったように見えるのだが、それでも店員は邪険にすることなく、丁寧に接してきた。
そのことを嬉しく思いながらも、レイは素直に口を開く。
「実は、屋台で使うような大きな鉄板を探してるんだけど、あるか?」
「ええ、ありますよ。大きな鉄板はそれなりに売れる商品ですので」
「それは……焼きうどんとかか?」
「そうですね。そういう人も多いです。……お客さんも、屋台をやるんですか? 焼きうどんは人気の料理なので、お勧めですよ。ただし、それだけに焼きうどんの味が悪いと客はすぐに離れるので、競争率は高いらしいです」
レイが鉄板を欲しいと言ってきたので、店員もレイが屋台をやろうとして店に来たのだと判断したのだろう。
だが、レイはそんな店員の言葉に対し、首を横に振る。
「いや、俺は屋台をやるつもりはない。料理を作ろうと思って鉄板を探しに来たんだ?」
「……料理を? それなら、この店ではなく、普通の調理器具を扱っている店に行った方がいいのでは? その、この店で扱っている調理器具は、普通の調理器具より高いですし」
「一人や二人に作るのならそれでもいいけど、大勢に作る為だしな。それに、どうせ料理を作るのなら、美味い料理を作りたいし」
そうレイが言ったのは、マジックアイテムの窯で作った料理が美味いからだ。
普通の調理器具でも、恐らく同じような料理は作れるだろう。
だが、それでもマジックアイテムの窯で作った料理の方が明確に美味い。
これは火力の問題であったり、調理器具の大きさの問題であったりするのだろうとレイには思えた。
(何だったか……炒飯? そう、炒飯を作るには強い火力が必要で、家庭用の調理器具では難しいとか、何かの料理漫画で見た覚えがあるしな)
レイが日本にいた時に読んだ料理漫画において、アパートやマンションを借りようとした時、その火力では難しいというような内容を見たことがあった。
実際には家庭用のコンロであっても、工夫次第では美味い……パラッとした炒飯を作れるのだが。
それでもやはり、中華料理屋で出てくるような炒飯を作るのはかなり難しい。
その最大の理由が、やはり火力。
料理店で使われているコンロの火力と、普通の人が住むアパートやマンションの火力では、どうしても違いが出てしまうのだ。
なので、レイとしても焼きうどんを作るには本格的な鉄板を欲していた。
普通の冒険者なら、屋台で使うような鉄板を持ち歩くといったことは出来ないが、レイにはミスティリングがある。
また、火力の問題もレイの場合は魔法を使えばどうとでもなる。
その辺りの諸々を考えれば、やはり屋台用の鉄板を選ぶというのは、悪い考えではないだろうとレイには思えた。
「分かりました。……ただ、鉄板も安い物だと品質に問題がある物が多いのですが……」
店員がそう言ってきた理由はレイにも理解出来た。
ドラゴンローブの持つ隠蔽の効果で、現在のレイは安いローブを着ている……それこそ初心者魔法使いのようにしか見えないのだ。
これで店員がレイの実力を見抜くことが出来る目を持っていればともかく、残念ながらこの店員は元冒険者という訳でも何でもない、ただの店員だ。
それだけに、レイの正体を見破れという方が無理だった。
その上でレイの懐具合を心配し、安い鉄板について忠告したのだろう。
これが日本であれば、鉄板の類も機械を使って作る。
だが、このエルジィンでは機械などないので、職人が……鍛冶師が作るのだ。
そうなると、当然だが鍛冶師の技量、あるいは素材の善し悪しによって出来上がりも大きく変わってくる。
この店では、安い鉄板として質の悪い鉄板も用意しているのだろう。
「あー……ほら、これ」
レイとしては、別にこの店員を騙したい訳ではない。
普通に話をして、安くても低品質ではなく、高くても高品質な鉄板を買いたいのだ。
そうである以上、店員に自分の正体を隠すといったことをしても意味はないと判断し、ギルドカードを店員に渡す。
「え?」
店員は最初、自分にいきなり何を渡すのかと不思議そうにしていたが、それがギルドカードだと分かると、尚更に不思議そうな表情を浮かべる。
それでも渡されたのだからとギルドカードを見てみると……
「え?」
それは、数秒前に店員が口にしたのと同じ言葉。
ただし。その一言に込められた意味は大きく違う。
店員は改めてギルドカードを確認し、レイを見る。
そんな店員に、次にレイは被っていたドラゴンローブのフードを脱ぐ。
そうして顔が露わになれば、店員も目の前にいるのが誰なのかをしっかりと理解することが出来た。
「こ、これは……レイさんのような高ランク冒険者がうちの店に来るとは……」
「さっきも言ったように、鉄板が欲しくてな。安い奴じゃなくて、値段が高くてもいいから良い奴だ」
「……分かりました。レイさん程の方に相応しい鉄板もあります。ただ、少し貴重品……というか、出しておくと何かの拍子で傷が付いてしまうかもしれないので、倉庫の方に置かれているのですが……そちらに一緒に来て貰っても構わないでしょうか?」
「ん? ああ、まぁ、構わないけど……そんなに貴重な品なのか?」
レイにしてみれば料理に使う鉄板である以上、傷が付くのは当然だと思う。
例えば鉄板ではないが、フライパンもそうだ。
毎日のように料理に使っていれば、お玉やヘラといった物でどうしても傷がついてしまう。
それは調理器具である以上、当然のことだろう。
そう思いつつも、レイは店員に案内されて店の奥に向かう。
外から見た限り店はそこまで広いようには思えなかったのだが、実際にはそれなりの広さがあり、そこを通って倉庫に入る。
そこは倉庫というだけあって、大量の商品が置かれていた。
また、店先ではないので特に飾り付けられている訳ではない。
複数の調理器具が、かなり雑多に置かれている。
そんな中を、店員は慣れた様子で屋台用の調理器具の間を縫うように進む。
置いていかれてはたまらないと、レイもまたそんな店員を追い……
「これです」
倉庫の奥……そこで店員が足を止め、布の被った鉄板らしき物をレイに示す。
「これが俺に見せたかった鉄板か? 普通の鉄板とどう違うんだ?」
「少々お待ちを」
そう言い、店員は鉄板に掛かっていた布を取り去る。
長い足を持つその鉄板は、屋台にセットして使うというのとは少し違う。
その鉄板だけでしっかりとした調理器具になっている。
長テーブルに近い形の鉄板で、それ以外に特徴的な点は二つ。
まず一つは、鉄板の下には薪を入れる場所があるということ。
そして二つ目は……これが一番目立つが、鉄板であるにも関わらず青みがかった黒だったことだろう。
「これは……もしかして、マジックアイテムか?」
その鉄板を見てレイがそう判断出来たのは、マジックアイテムの窯を持っているからだろう。
また、マジックアイテムを集める趣味を持っているからというのも大きいだろう。
「そう……ですね。半分正解といったところですか。これはうちの父親が……店の先代の店主が高い金を払って注文したマジックアイテムなのですが、何がどう間違ったのか、要求した仕様とは全く違うものになってしまったマジックアイテムです」
父親が店主と言う店員。
それを聞いて、レイは目の前の人物がただの店員ではなく、この店の店主であることに気が付く。
とはいえ、それは今は特に関係がないことだ。
今のレイが興味を持つのは、目の前のマジックアイテムのみ。
「それで? どういう仕様にして欲しかったんだ?」
「まず第一に、普通のマジックアイテムと同じく魔力を使って熱を発するようにしたかったそうです。そうすれば、薪の類もいりませんし、炭の掃除とかもいらないと考えてのものだったのでしょうが……見ての通り、これは薪を、あるいはそれ以外に何らかの燃料を燃やして熱を発生する必要があります」
「それはまた……」
先代の店主が注文したのとは、完全に違う仕様だ。
それこそもしレイが注文したのと全く違う仕様のマジックアイテムが作られたら、ふざけるなと怒鳴りたくなるだろう。
「まぁ、向こうも手違いであるというのは理解したので、注文した金額の三割程の値段で売ってくれたそうですが。ただ……それでも、売るとなると高いですし、かといっていつまでもこうして倉庫に置いておくと邪魔になります」
「つまり、これを俺に売りたいと? ……ギルムなら、それこそこういうのでも欲しがる奴はそれなりにいると思うんだけどな」
ギルムでは冒険者が趣味で屋台をやることは珍しくない。
ましてや、その冒険者はギルムの冒険者なのだ。
そうなるとかなり裕福な冒険者もそれなりにいるので、このような変わり種のマジックアイテムの鉄板を欲しがる者がいてもおかしくはない。
「ええ、ですが値段が値段ですので。その、趣味で買うには少し難しいかと。当初の予定と違って、性能は決して悪くはないんですけどね。そういう訳で、どうでしょう? ランクA冒険者にして、異名持ちのレイさんなら、この鉄板を購入して貰えるのではないかと思ったのですが」
そう言う店員……いや、店主にレイは少し考え……そして笑みを浮かべて頷くのだった。




