3967話
年始なので、2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
宴会は結局夕方まで続いた。
まだ続けようと思えば続けることも出来たのだが、夕方になると当然ながら夕暮れの小麦亭の食堂でも食事や酒を飲む者達が増えて、忙しくなる。
そうなると、レイ達の為に料理を作るのは不可能……ではないにしろ、難しくなるだろうと判断し、宴会を終わることにしたのだ。
そしてレイは、料理で使い切れなかった分のお釣りを渡そうとするラナに断り、それどころか更に多くの金を渡す。
宴会の代金ではなく、部屋を取って貰っている料金の前払いの代金。
そうして用事を終えると、レイはニラシス達と共に街を歩く。
「ガンダルシアも夕方はかなり人が多かったですけど、ギルムはガンダルシア以上ですね」
レイの隣でそう言うのは、イステル。
エレーナ達、強力な……強力すぎる恋敵については、取りあえず情報収集を諦め、今はレイとの距離を縮めることに専念したらしい。
宴会の途中から、レイの世話を甲斐甲斐しく焼くようになっていた。
レイとしては、一体イステルはどうしたのか? といった疑問を抱いたのだが、世話をされるのは料理を食べる上で快適だったのも間違いなく、そういう気分なのだろうと納得しておいた。
「そうだな。何度も言うようだけど、今は増築工事の為に大勢来ているしな。そう考えれば、このくらいの混雑もそこまでおかしくはないだろ。……もっとも、柄の悪い連中も多いが」
レイの視線の先では、若い男達が肩がぶつかった、ぶつかっていないといったようなことで喧嘩をしている。
周囲にいる者達は、喧嘩をしている者達を止めるでもなく、寧ろ囃し立ててすらいた。
この程度の喧嘩はギルムにおいてそう珍しいものではない。
武器を抜いての喧嘩ならともかく、殴り合い程度なら、それこそいい余興だと思って楽しんでいる者も多い。
……それでもやりすぎれば、警備兵が止めに入るが。
「えっと、その……止めなくていいんですか?」
「あの程度なら問題ないだろ。見たところ、どっちも冒険者……本当の意味で冒険者って訳でもなさそうだし」
身体の動かし方を少し見ただけで、そのくらいは理解出来る。
本当の意味でと付け加えたのは、あくまでも増築工事の仕事をする為に冒険者登録をしたもので、モンスターの討伐や素材の採取、ダンジョンに挑戦するといったようなことをするつもりはないだろうと理解出来たからだ。
「そういうものですか。……あ」
イステルが言葉の途中でそんな声を上げたのは、喧嘩をしていたうちの一人がもう片方に殴られ、気絶したからだ。
あるいはここで気絶した男に追撃しようとすれば、周囲の者達も止めたのかもしれないが、相手を気絶させて勝利したことで、殴った方の男も満足し、そこで喧嘩は終わる。
「な? それなりに弁えてるだろう?」
「そうですね。……もっとも、喧嘩をしない方がいいとは思いますが」
「それは無理だろ。見るからに喧嘩っ早そうな奴だし」
レイの言葉に、話を聞いていたイステルだけではなく、他の面々も喧嘩に勝った男を見て、頷く。
「ほらな? ……まぁ、こうしてずっと見ていれば、今度は俺達が絡まれそうだし、他の場所に行くか」
喧嘩っ早いのは間違いないだろうし、今も見たように、相手を気絶させるだけの一撃を持ってもいる。
だが、それでも結局のところは本格的な戦闘の心得がある訳でもない、労働者だ。
そのような相手に絡まれると、それはそれで面倒だろうとレイは言い、他の者達も素直に男から視線を逸らす。
(まぁ、俺達に絡もうとしても、セトがいるのを見れば多分諦めるとは思うけど)
セトを撫でながら、レイはそう思う。
レイにとっては頼りになる、愛らしい相棒のセト。
また、セト好きの者達にとっても、セトは愛でるべき存在で喧嘩を売るべき相手ではない。
しかし、セトについてはそんなに詳しくない者……そしてギルムに来てからそう時間が経っていない者にしてみれば、セトというのは畏怖すべき相手なのも事実なのだから。
「さて、ともあれ打ち上げも終わったし……これからどうする? もう夕方で食堂とかも忙しいだろうから、どこかで食べるって訳にはいかないだろうし」
「いや。さっきまでの宴会で腹一杯なんだが」
レイの言葉に、ニラシスは呆れたように言う。
料理の美味い宿として有名な夕暮れの小麦亭。
そこで白金貨三枚を支払い、それで思う存分美味い料理を食べたのだ。
ニラシスだけではなく、他の者達も満腹……もしくはそこまでいかないが、それでも追加で何かを食べたいとまでは思わないくらいには満たされていた。
「そうか?」
しかしレイは腹にはまだ余裕がある。
「グルゥ」
それはレイだけではなく、セトも同様だった。
「お前達……あれだけ宴会で食べておきながら、まだ食べられるのか? というか、セトはともかくレイはその身体の一体どこにそれだけ入るんだよ」
完全に呆れた様子で言うニラシス。
いや、それはニラシスだけではなく、他の者達も同様にレイの言葉に呆れ、驚いている。
これで実は自分が大食いなのだと示したいだけであれば、ニラシス達も見栄を張っているだけなのだろうと思っただろう。
だが、レイの様子を見る限りでは特に見栄を張っているようにも思えない。
空腹で早く何か食べたいといった様子ではないにしろ、まだ腹に余裕があるので屋台か何かで軽く食べるのなら問題はないように思えた。
「あ、レイ教官。あの屋台ならどうです?」
ビステロが指さしたのは、果実水を売っている屋台。
ビステロも、これ以上何かを食べるのは難しかったが、果実水を少し飲む程度なら問題はないと判断したのだろう。
レイとしては、別に屋台で何かを食べるのは自分とセトだけで、他の面々には無理をさせるつもりはなかったのだが。
とはいえ、ビステロがこうして屋台を見つけてくれたのだから……ということで、果実水の屋台に向かう。
少し高めのその果実水の屋台は、レイにとってはお馴染みのマジックアイテムで冷えた果実水を売ってる屋台だった。
仕事帰りに喉を潤したい客もそれなりにいて、少しではあるが行列が出来ているくらいには繁盛している。
レイ達はそんな屋台に並び、果実水を購入してその場で飲む。
「え? これ……冷たい……?」
レイにしてみれば当たり前の冷たい果実水だったが、それを飲んだカリフの口から驚きの声が上がる。
「別にそんなに驚くようなことでもないだろう? 夕暮れの小麦亭で飲んだ果実水も冷たかったんだから」
「でも、レイ教官。夕暮れの小麦亭は高級宿なんですよ? それに対してここは屋台なのに……」
カリフのその言葉に、他の生徒達も……いや、それどころかニラシスすらも疑問の視線を向けてくる。
そんな疑問の視線に、レイはそう言えばそうかと思い出す。
レイがガンダルシアの屋台で飲んだ果実水は、どれも冷たくはなかった……もっと言えば、温かったと。
「ギルムでは、屋台でも使える冷蔵用のマジックアイテムがそれなりにあるんだよ。勿論安くはないから、その分屋台で売られる果実水の値段も少し高くなるけど」
「ああ、それでこの屋台で売ってる果実水の値段は少し高めなんですね」
屋台の値段というのは、当然ながら店主が好きに決められる。
とはいえ、だからといって意味もなく高額にすると当然ながら売れないし、安くしすぎても利益が出ず、場合によっては他の屋台に不満を抱かれる。
それだけに、屋台の値段を決めるのはそれなりに大変だったりもする。
そんな中で、この屋台は少し高めの値段だった。
その理由が、冷蔵用のマジックアイテムを使っているからというのであれば。カリフも納得出来た。
「そうなるな。……ガンダルシアではそれなりに屋台で買い物をしてたけど、こういうのはなかったな。まぁ、季節にもよるんだろうけど」
レイがガンダルシアに言ったのは、春……それも少し早い春だ。
レイの認識で言えば、三月初めくらい。
……それも東京の三月ではなく、レイの住んでいる東北の三月初めくらいの頃。
それだけにまだ寒く、冷房用のマジックアイテムで冷やした果実水を飲もうとは思えない気温。
……もっとも、春から夏になるに従って、もしかしたらそのような屋台でも出て来たかもしれないが、レイはそのような屋台は見つけられなかった。
「これ、ガンダルシアの屋台でも使えたら売れるんじゃないですか?」
「ビステロの言いたいことも分かる。けど、マジックアイテムが高いしな。それに、ガンダルシアでこういうマジックアイテムを作れる錬金術師がいるかどうかも分からないし」
「一応、ガンダルシアにも錬金術師はそれなりにいるんだがな」
「だろうな」
ニラシスの言葉にレイは頷く。
ガンダルシアは迷宮都市である以上、多くの素材やマジックアイテムを入手出来る。
それを目当てに、錬金術師が集まってきてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……
「けど、それはグワッシュ国、あるいは精々がグワッシュ国と隣接している国の錬金術師だろう?」
レイの言葉に、ニラシスはレイが何を言いたいのかを理解し、反論出来ない。
グワッシュ国やその周辺は、ミレアーナ王国の保護国だ。
つまり、ミレアーナ王国と比べればどうしても小国でしかない。
そのような小国だけに、大国のミレアーナ王国と比べると、どうしても錬金術師の数も少ないし、質でも劣る。
……ミレアーナ王国も、錬金術のレベルはベスティア帝国に劣るが、グワッシュ国に集まってくる錬金術師達は、そんなミレアーナ王国の錬金術師から見ても、数も質も劣る。
ガンダルシア出身のニラシスにしてみれば、それは認めたくはないものの、認めるしかないことだ。
「でも、それでも冷蔵用のマジックアイテムは作れるんじゃないか?」
「それは否定しない。多分、作ろうと思えば作れるだろうな。ただ……作り慣れるまでは、どうしても質の良くない……いや、悪い冷蔵用のマジックアイテムになると思う。それを乗り越えれば、ある程度の質は維持出来ると思うけど」
レイの言葉に、ニラシスは微妙な表情を浮かべる。
レイに保証されたのは嬉しいが、上から目線なのが面白くないといったところか。
「久遠の牙が攻略を進めてるだろうし、このまま無事に攻略を進めれば、ダンジョンから未知の素材が多く入手出来るかもしれない。そうなると、今よりも錬金術師が多く集まるという可能性も否定は出来ないだろうしな。それに……決まった拠点を持たない錬金術師の中には、高い技量を持つ錬金術師もいると聞く。ダンジョンの攻略が進めば、そういう錬金術師がガンダルシアに来る可能性は十分にある」
「……そうだな。だと、いいんだが」
「さて、いつまでもここにいるのは何だし、他の場所に行くか。……目立ってるし」
レイ達はともかく、セトが一緒にいれば、どうしても目立つ。
中にはセト好きの者なのだろう。セトを愛でたいと思っている者も何人かいるように思える。
「そうだな。それで次はどこに行くんだ?」
「何か美味い料理を出しているような屋台とかだな」
「……いや、だから俺達はもう食えないんだが。まぁ、少し時間も経ったし、多少は余裕が出来てきたけど」
夕暮れの小麦亭の中庭の宴会が終わってから、既にある程度の時間が経っている。
また、街中を歩いたことが腹ごなしにもなっており、それも腹に余裕が出来たことに影響しているのだろう。
だが、腹に余裕が出来たからといって、何かを食べたいかと言われれば、それに頷くことは出来ない。
「そうか? じゃあ……そろそろ戻るか? 俺やニラシスはともかく、生徒達は疲れているだろうし」
ダンジョンそのものは、出来たばかりの小さなダンジョンだった。
実際に出て来たモンスターもゴブリン程度で、ボスモンスターもホブゴブリン。
そのようなダンジョンではあったが、それでも生徒達にしてみれば初めてのダンジョンの攻略なのだ。
肉体的な疲れもそうだが、やはり精神的な疲れの方が大きかっただろう。
今はまだ興奮しているので疲れを実感していないものの、それでも消耗しているのは間違いない。
なら、少し……いや、大分早いが、それでも早めに休んでもいいのではないかと、そうレイは思ったのだ。
「そう……だな」
そう言いつつ、ニラシスは生徒達を見る。
まだ足取りもしっかりとしており、疲れているようには思えない。
だが、付き添いの教官としてこの場にいるニラシスにしてみれば、念には念を入れる必要があった。
「分かった。レイの言う通り、今日はもう帰ろう」
ニラシスの言葉に生徒達からは不満そうな声が上がるが、ニラシスはそれを聞き流す。
レイもそんなニラシスの言葉に頷き……
「それと、もうそろそろガンダルシアに戻らないといけないから、その辺についても考えておいてくれ」
そう告げるのだった。




