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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3965/3982

3965話

年始なので、2話同時更新です。

こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。

「おや、レイさん。久しぶりですね。ギルムに戻っているとは聞いてましたが……」


 夕暮れの小麦亭の女将のラナは、レイの姿を見ると嬉しそうに笑みを浮かべてそう声を掛けてくる。

 普通なら、部屋を一つずっと借りっぱなしの相手だ。

 前金としてしっかりと金を貰っているとはいえ、色々と思うところはあるだろう。

 しかし、そのような思いがあっても決して表情に出すようなことはなく、笑みを浮かべてレイに声を掛けてくる。

 この辺りが、夕暮れの小麦亭という宿の女将だけあるのだろう。


「ああ、この連中を連れてな。それで今日この連中と一緒に依頼をこなしたから、宴会をやりたいんだが……セトと一緒に食べたいから、中庭に料理を運んで貰うことは出来るか?」

「え? それは……」


 女将であっても、さすがにレイからの要望は予想外だったらしく、戸惑いの声を上げる。

 だが、すぐに笑みを浮かべて頷く。


「分かりました。予算の方はどうします?」

「取りあえず白金貨三枚。これで足りないようなら、後で払う」

「まぁ……」


 夕暮れの小麦亭の女将をしていても、食事の代金に……それも一食の代金に、白金貨三枚も支払う者はそこまで多くはない。

 それでもいる辺り、夕暮れの小麦亭が高級宿であるということの証なのだろう。


「で、どうだ?」

「ええ、問題ありません。幸い、今は食堂も忙しくないので、そこまで負担はありませんですしね。下準備をしていた料理もあるので、それも使えますしね。お酒の方は、どうしましょう?」

「どうする?」


 ラナの言葉に、レイはニラシスに向かって尋ねる。

 レイは酒を美味いと思わない以上、自分が飲むつもりはない。

 そうなると、ニラシスはどうするのかと思ったのだ。

 ……実際にはニラシスだけではなく、他の生徒達も普通に酒を飲んでいるのだが。

 このエルジィンにおいて、酒を飲める年齢というのは特に決まっていない。

 勿論、子供に酒をそのまま飲ませるといったことはしないが、酒を水で薄めて飲ませるといったことはある。


「そうだな。飲みたいところだが……立場を考えると、止めておくよ」


 出来れば酒を飲みたいニラシスだったが、今のニラシスは私人ではなく、教官としてここにいる。

 そうである以上、ここで酒を飲んで泥酔するといったことは絶対に避けたい。

 もしそのようなことになれば、生徒達に示しが付かない。


「えー……」


 ニラシスの言葉に不満そうにそう言ったのは、ハルエスだ。

 教官のニラシスが酒を飲まず、レイも酒を飲まない。

 そうなると、生徒達も酒を飲むことは出来ない。


「不満か?」

「いえ、そんなことはありません」


 ニラシスの言葉に何かを感じたのだろう。

 ハルエスは一瞬にして態度を変えて、そう言う。

 そんなやり取りにラナは笑みを浮かべる。


「それでは、お酒の方はいらないということでいいでしょうか?」

「そうしてくれ。飲み物は果実水があったらそれで」

「分かりました」

「じゃあ、これが代金だ」


 白金貨三枚を渡すと、レイはニラシス達と共に中庭に向かう。


「セトちゃーん、一緒に宴会をしようね」


 厩舎の中に入ると、イステルがすぐにそう声を掛ける。

 ……厩舎の中には、セト以外にも多くの馬がいる。

 その馬の多くは、セトを怖がって動きが止まっていたが。

 以前、レイがこの夕暮れの小麦亭に泊まっていた時は、セトも毎日のように厩舎にいたので、馬も厩舎の中で自然と慣れていった。

 だが、現在レイはマリーナの家で寝泊まりしているし、少し前まではガンダルシアにいた。

 その為、この厩舎にいる馬でセトのことを知ってる馬は一頭もいなかった。

 それによって、多くの馬達はセトの存在に怯えてしまっている。


「グルゥ」


 セトにとっても、そのような状況で厩舎にいるのはあまり好ましくなかったのだろう。

 イステルに声を掛けられると、すぐに厩舎から出てくる。

 これで、今日からレイが夕暮れの小麦亭に泊まるのなら、厩舎にいる馬にも自分に慣れて貰う為に頑張ったかもしれないが、レイ達が夕暮れの小麦亭に来たのは、あくまでも宴会の為だ。

 そうである以上、厩舎で他の馬達に自分の存在を慣れさせるといったことはする必要はないと考えたのだろう。

 厩舎を出たセトは、レイ達と共に中庭に向かう。

 高級宿らしく、中庭はしっかりと手入れをされており、雑草がそこら中に生えているといったことはなかった。


「そうだな……あの木の側でいいか」


 レイの言葉に反論する者はいない。

 夏の日中……それも午後に、日差しの下で宴会をしたいとは誰も思わなかったのだろう。

 であれば、木の枝による木陰で宴会をする方がいいと思うのは自然なことだった。

 そうして一行は木陰に移動すると、レイはミスティリングから大きな布を取り出す。


(レジャーシートとか、そういうのがあればいいんだけど……残念ながらないしな。この布がレジャーシートよりも高級品なのは間違いないが、折角の宴会だし地べたに座るよりはいいだろう)


 そんな風に思いつつ、レイは布を広げるとニラシス達に声を掛ける。


「ほら、この布に座ってくれ。布が風でめくれたりしないように、四隅に何か適当に荷物でも……いや、それは俺が出すか」


 何かないかと思いながら、レイはミスティリングから鉄のインゴットを取り出す。

 どこで入手したのかは既に覚えていないが、鉄のインゴットだけに重さは十分だ。

 これを四隅に重しとして置いておけば、問題はないだろう。


「レイ教官のミスティリングって……相変わらずデタラメですね」


 鉄のインゴットを取り出していたのを見たビステロが、呆れたように言う。


「鉄のインゴットを出したことで、そこまで驚くのはどうかと思うけどな」


 ガンダルシアからギルムに到着するまでの旅路に、ミスティリングの便利さは多数見てきた筈だ。

 それこそ大きな物となると、セト籠も普段はミスティリングに収納されているのだ。

 そんな中で、鉄のインゴットを取り出しただけで驚くというのはレイにとっても意外だった。


「いえ、改めてそう思ったんですよ。……皆も、そう思いませんか?」


 ビステロに視線を向けられた者達は、全員が頷いていた。


(まぁ、その気持ちも分からないではないけどな。俺も色々なマジックアイテムを持っていたりするけど、その中でもミスティリングは突出した性能を持ってるし。今の俺の生活の快適さも、その多くがミスティリングがあってのことだし)


 もしミスティリングがなければ、それこそレイの持つ大量の荷物は常に持ち歩く必要がある。

 レイが戦闘で使うデスサイズと黄昏の槍も、武器としては極上の品だが、長柄の武器である以上は持ち歩くのは非常に面倒臭いのは間違いない。

 他にも稼いだ金や宝石、大量のポーションやマジックアイテム……そんな諸々を始めとして、他にも数え切れない程に大量にミスティリングには収納されているのだ。

 真冬で吹雪いている夜中であっても、砂漠の日中であっても快適なドラゴンローブも大概高性能なのだが、それでもミスティリングには及ばない。


「ミスティリングは、大量の荷物を持ち運べるという意味で、俺の冒険者としての要であるのは間違いないしな。……お、それより来たみたいだぞ」


 布のすぐ隣で寝そべっていたセトが顔を上げたのを見て、レイがそう言う。

 そんなレイの言葉に他の者達もレイの視線を追うと、そこにはラナと何人かが様々な料理を持って、中庭を歩いていた。


(ラナはともかく、他の面々は誰だ? 多分客なんだろうけど……でも、客だからってラナが仕事を手伝わせたりするか?)


 ラナは……いや、ラナに限らず夕暮れの小麦亭で働いている者達はプロ意識が高い。

 高級宿だけあって、ちょっとその辺を通りかかった客に仕事を手伝わせるといったようなことは、まずしない。

 それだけに、ラナと一緒にいるのが誰なのかレイには気になった。


「お待たせしました。料理の方は……地面に敷かれている布の上に置けばいいでしょうか?」

「ああ、そうしてくれ。それで、女将と一緒にいるのは? 従業員……って訳でもないようだが」

「あはは。この子達は一応従業員ですよ。私の親戚の子供達です。今は人手不足なので」

「……夕暮れの小麦亭も忙しいのか? 高級宿だから、増築工事中でもそこまで忙しくはないんじゃないかと思ってたけど」


 ラナに親戚の子供達と言われた男達は、レイ達に向かって一礼すると持っている料理を布の上に置いていく。

 その仕草は洗練されているとまではいかないが、それでも素人とは呼べない様子なのは間違いなかった。

 そんな料理を見ているレイに、ラナは笑みを浮かべる。


「嬉しいことに、増築工事でギルムに来る裕福な商人の方も増えてますから。そのお陰で、うちも繁盛しています。……では、この辺で失礼しますね」


 丁度そのタイミングでラナと一緒に来た者達が料理を全て置き終わる。

 ラナもその様子を見ていたので、これ以上話していても宴会の邪魔になると判断して、宿に戻ろうとしたのだろう。


「ああ、それと。預かった金額的にはまだ余裕がありますので、料理が足りなくなった辺りで見に来ますね。もしくは、食堂の方に来て貰えればすぐに料理を用意しますので」

「ああ、悪い。そうしてくれると助かる」


 そう言うレイにラナは笑みを浮かべ、一礼して立ち去る。

 そんなラナ達を見ていたレイだったが、漂ってくる食欲を刺激する匂いを嗅ぎながら口を開く。


「さて、じゃあまずは乾杯といくか」


 ラナ達が持ってきてくれた中には、レイが注文した果実水もある。

 それもコップに入っているのではなく、酒が入っているような樽の中にたっぷりと。

 それを全員分のコップに注ぎ……


「乾杯の挨拶は、やっぱりニラシスだな」

「俺が? ここはやっぱりレイだろう?」

「俺は臨時の教官だ。それに対し、ニラシスは本物の教官だろう? なら、ここはニラシスが乾杯の音頭を取るべきだ」

「……本物の教官って言われてもな。俺の待遇はレイと変わらないぞ? それこそ、わざわざこのギルムから呼ばれたレイの方が……」

「ニラシス教官、レイ教官はこうなったら退かないですから、ニラシス教官が挨拶をして下さい」


 アーヴァインにそう言われ、ニラシスは大きく息を吐いてから口を開く。


「依頼を完了したことと、全員が無事だったことを祝って……乾杯!」

『乾杯!』

「グルゥ!」


 ニラシスの言葉に合わせ、全員が持っていたコップを掲げ、側にいる相手のコップと軽くぶつけてから、果実水を一気に飲み干す。

 なお、レイ達はコップに入った果実水だったが、セトは深い皿に入った果実水だ。

 冷たく、微かに……いや、それなりに甘みの強い果実水が喉を潤す。


「美味い……」


 思わずといった様子でそう呟いたのは、誰だったのか。

 事実、この果実水は美味いという表現が相応しい味だった。

 当然だろう。これは白金貨三枚という宴会費を渡してきたレイ達の為に、ギルムではかなり珍しい果実を使い、厨房を任されているラナの旦那が作ったものだ。

 それをマジックアイテムでしっかりと冷やしたのだから、美味くない筈がない。

 それでいながら、甘すぎず、微かな酸味を感じさせるのもポイントだ。

 ここで十分な甘さの果実水を出されれば、確かにその果実水は甘くて冷たくて美味いのかもしれないが、それをもっと飲みたくなって、料理を食べる前に果実水で腹が膨れる可能性があった。

 だからこそ、料理を食べる前に乾杯をした時、美味いと感じつつも料理を食べるのに邪魔をしないように調整した果実水がこれなのだ。


「さて、まずは色々と話したいこともあるが……やっぱり料理だよな。美味い料理は冷める前に食べるべきだろうし」


 そんなレイの意見に反対する者はおらず、まずは空腹を癒やすべく料理を楽しむことにする。

 勿論、料理を楽しむとはいえ、皆が黙ったまま料理に集中する訳ではない。


「それにしても……あ、レイ教官。ここでならダンジョンについて話しても?」


 焼いた肉に酸味の強い果実を使ったソースの掛かった料理を食べつつ、アーヴァインがレイにそう尋ねる。

 レイはその疑問に、少し考えてから頷く。


「まぁ、問題はないだろう。周囲に人はいないし」


 もし何らかの手段……マジックアイテムやスキルで潜んでいても、セトがいれば察知は出来るだろうとレイには思えた。

 勿論、セトにも気が付かせないで話を盗み聞きしている者がいる可能性は否定出来なかったものの、こうして宴会をしている者達の話を、わざわざそうしてまで聞くとはレイには思えなかった。


(セトの存在がいる以上、俺に……深紅のレイの存在に結びつけて、少しでも情報を欲しがるというのはあるかもしれないけどな)


 そう思いつつ、レイは宴会を楽しむのだった。

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