3964話
領主の館を出たレイ達は、そのままギルドに向かう。
セトも一緒なので、当然のように歩いている時は目立ったものの、それはいつものことなので気にしない。
そしてギルドに到着すると、いつものようにセトをその場に残してギルドの中に入る。
午後……それも夕方までまだ相応に時間があるということもあってか、ギルドの中は朝とは打って変わって人が少ない。
もっとも、それはあくまでも朝と比べてであり、この時間帯のギルドとして考えると、それなりの数、ここにいるのは間違いなかったが。
そうして人が少なければ、当然のように受付嬢も入って来た者達の姿をすぐに確認出来る訳で……
「え? ちょ……レイさん!?」
そんな受付嬢の一人であるレノラは、自分の担当しているレイが、それもニラシス達と一緒にギルドに顔を出したのに驚く。
当然だろう。午前中にトレントの森にあるダンジョンに置いてきたレイ達が、それから数時間程度でこうしてギルドに顔を出しているのだから。
それで驚くなという方が無理だった。
レイ達はそんなレノラのいる場所に近付いていく。
「仕事が終わったから、報告に来たぞ」
「……少し待って下さい。二階に空き部屋がありますので、そこでお話を聞かせて下さい」
レノラとしては、そう言うしか出来ない。
今回の一件は、可能な限り秘密裏にと条件がつけられている。
それだけに、この場で何があったのかと話を聞く訳にはいかなかった。
その為、話を聞くのも他の人に聞かれないようにする必要がある。
そうしてレイ達は二階に上がっていくのだった。
「それで、話を聞かせて下さい」
二階にある部屋。
他の部屋ではギルムのギルドに派遣されてきたギルド職員達が書類仕事をこなしているが、この部屋はこういう時の為に空いていた。
「話と言われてもな。前もっての情報にあったように、あのダンジョンは出来たばかりだった。……ああ、そうだな。俺が説明するよりも、ここはアーヴァイン達に説明して貰った方がいいか」
「え?」
まさかここで自分に話が回ってくるとは思わなかったのか、アーヴァインはそんな声を上げる。
だが、すぐに気分を切り替え、レイに代わって口を開くのだった。
ダンジョンはレイも言ったように、出来たばかりのダンジョンであった為に、中はそこまで広くはなく、出てくるモンスターもゴブリンが数匹程度で、ボスもホブゴブリンだけだったと。
「つまり、唯一の難点はボスのいる場所とダンジョンの核のある部屋が隠されていたという訳ですか」
レノラは納得したようにメモをしていく。
「ゴブリンの強さは特に何か普通と違うというのはありましたか?」
「いえ、ありませんでしたね。本当に普通のゴブリンでした」
イステルの言葉に、レノラは納得したように頷く。
その後も色々と話をし……それが終わったところで、報酬が支払われる。
出来たばかりのダンジョンの攻略ということで報酬は安い。
だが、秘密裏な依頼である以上、その分の……一種の口止め料が上乗せされ、相応の金額になっていた。
「では、これで依頼に関しては終わりです。……今回の依頼、ありがとうございました」
レノラが頭を下げ、そして話は終わるのだった。
「さて、これで依頼については終わった。後は打ち上げだが、どこでやる?」
「私達はギルムにはあまり詳しくないので、レイ教官がお勧めのお店を紹介して貰えませんか?」
「そう言われてもな。……ギルドの酒場とか?」
レイの場合、食堂についてはかなり詳しい。
だが、酒は決して好まないので、酒場についてはそこまで詳しくはなかった。
(折角宴会の費用として白金貨を貰ったんだし……どうせなら高価な店に連れて行くのがいいんだろうけど。……そうなると、セトの問題もあるんだよな)
そんな風に思いつつ、レイはセトを撫でる。
高級店においては、当然ながらセトが中に入ることは出来ない。
セトに別に料理を出して欲しいと要望しても、それを受け入れない店も多い。
これが普通の食堂であれば、店の外にいるセトに料理を出すくらいは普通にやるし、場合によっては店の外にテーブルを出して、そこでセトと一緒に食べるのを許可をする店もあるのだが。
「そうだな……どこかいい店……いい店……ああ、そう言えば夕暮れの小麦亭があったな」
レイが思い浮かべたのは、夕暮れの小麦亭。
正確には、夕暮れの小麦亭にある食堂だ。
夕暮れの小麦亭はギルムの中でも高級な宿として知られているのだが、いわゆる貴族が好むような店ではなく、高級宿ではあっても一般的……もっとざっくばらんに表現すると、大衆的だ。
そのような宿だからこそ、金に余裕のある者は食堂を利用する。
料理の美味い宿としても有名なだけに、そちらでもかなり繁盛している宿だった。
今はマリーナの家で寝泊まりしているレイだったが、一応今もまだ夕暮れの小麦亭で部屋を取ってはある。
一応前もって前金である程度渡しているので、部屋はそのままになっているのだが……現在のギルムの人数の多さを考えると、レイとしては部屋は解約した方がいいのではないか? とも思う。
だが同時に、現在ギルムに集まっている者の多くは増設工事の仕事を求めて来た者達……つまり、出稼ぎで来た者達なのだ。
そうである以上、高級宿である夕暮れの小麦亭に泊まるということはまずない。
であれば、わざわざ部屋を出る必要もないだろうとも思うのだ。
……もっとも、出稼ぎに来ている者達以外に、増築工事に商機を見た商人も多く来ているので、そういう意味では夕暮れの小麦亭に泊まれるだけの余裕を持った商人もかなり増えているのだが。
「夕暮れの小麦亭? それって、レイ教官が部屋を取っているという宿でしたよね? その……マリーナさんの家で寝泊まりをしてるのに、なんでか分かりませんが」
夕暮れの小麦亭という名前を聞き、イステルがそう尋ねる。
そんなイステルの言葉に、レイは夕暮れの小麦亭のことを話したか? と疑問に思うも、恐らく何かの拍子に話したのだろうとも思う。
ガンダルシアからギルムに来るまでの野営では話す機会も多かったのだ。
その時……それこそ食事の時とかに、その辺の話をしてもおかしくはないだろうと。
レイにとってはそのような印象の言葉だったが、イステルにとっては違う。
……いや、ギルムに来るまではイステルもその辺りについてはそこまで深く考えてはいなかったのだ。
だが、ギルムに来て……いや、より正確には貴族街を案内してもらい、マリーナの家に行った時。
それは昨日のことなのだが、正直なところ遙か昔のようにも、つい先程のようにも思えてしまう。
マリーナの家で出会った、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は、それだけイステルに強い衝撃を与えたのだ。
イステルも貴族出身で美貌には自信がある。
それこそ、まだ冒険者になる前には何人からも求婚されたことがあったし、出奔して貴族になってからも冒険者育成校の生徒に何度も言い寄られた。
それだけに自分の美貌には自信があったのだが……その自信が、一瞬にして砕かれたのだ。
エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は、それだけの衝撃をイステルに与えた。
三人が三人共、揃って美の化け物とでも呼ぶべき美貌の持ち主で。それなりにあったイステルの美に対する自信はまさに木っ端微塵という表現が正しい程になってしまったのだ。
あるいは……本当にあるいはの話だが、これで三人が美貌だけに特化した者達であれば、自分が冒険者であると、美貌以外にも勝負出来るところがあるとイステルも自分を納得させることが出来ただろう。
だが、姫将軍の異名を持つ公爵令嬢、元ギルドマスターにして、不世出の天才精霊魔法使い、戦闘狂ではあるが、それが許されるだけの凄まじい戦闘技術を持つ格闘家。
美貌以外の面でも、到底イステルはその三人に敵うとは思えなかった。
そう、自分で認めてしまったのだ。
……その為、実はイステルは昨夜寝付けず、今日は寝不足でのダンジョン探索だったのだが、レイの前で無様なところは見せられないという女の意地と、何よりもダンジョンが出来たばかりで本当に簡単な場所だったということから、無様なところは見せなくてすんだ。
そんなイステルにしてみれば、レイには出来ればマリーナの家ではなく、その夕暮れの小麦亭で寝泊まりをして欲しかったと、そう思えてしまう。
「まぁ、色々とあってな。それに……こう言うのも何だけど、マリーナの家が絶対に安心という訳でもないし」
マリーナの家は精霊魔法によって守られている。
そういう意味では本当に安心すべき場所ではある。
あるのだが……同時に、色々な意味で狙われそうな者達が集まっているのも事実。
姫将軍のエレーナ、世界樹の巫女のマリーナ、ベスティア帝国の元皇女であるヴィヘラといった三人が……そしてレイは自覚はないが、深紅の異名を持ち、グリフォンのセトを従魔にしているレイもまた、十分に狙われかねない相手ではあったが。
ともあれ、そんな者達が集まっている以上、それこそいつ襲撃があってもおかしくはない。
マリーナの精霊魔法を突破出来るだけの襲撃も、十分考えられた。
ちょっとやそっとの相手ではそのようなことは出来ないが、それはつまりちょっとやそっと以上の相手であればそのようなことが出来るということを意味している。
ましてや、ここはギルムで腕利きも揃っている以上、いつ何がおきてもおかしくはない。
だからこそ、何かあった時の為にセーフハウス的な場所を用意しておくのは、そうおかしなことではない。
「そういうものなんですか?」
「そういうものだよ。イステル達も冒険者として名前が売れれば、いずれガンダルシアでそういうことをしないといけなくなるかもしれないから、その辺は注意しておいた方がいい」
そうして一行は夕暮れの小麦亭に向かうのだった。
「ここが夕暮れの小麦亭ですか。……いい宿ですね」
カリフが夕暮れの小麦亭の建物を見て、しみじみと呟く。
他の面々も、興味深そうに夕暮れの小麦亭を見ていた。
レイが以前は住んでいた宿ということで、それなりに興味があるらしい。
それを抜きにしても、外見から好感を抱くには十分な建物ではあったが。
変に気取った様子もないのは、一般人――貴族ではないという意味で――にとっては、使いやすいと思えるのだろう。
「そうだな。それより、ほら行くぞ。セトは……まぁ、そうしてくれ。料理は後で持っていくように頼むから」
レイが何も言わなくても、セトは厩舎に向かったので、その背中にそう声を掛ける。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは楽しみに待ってると喉を鳴らし、尻尾を揺らしながらその場を立ち去る。
レイに向かって尻尾を振っているのは、それだけ料理を楽しみにしているからだろう。
(料理店とかで、セトと一緒に食べるのもいいけど、夕暮れの小麦亭の料理ならセトだけで食べても悪くない……いや、中庭に料理を運んで貰って、それで食べるか? けど、食堂の中だと冷房のマジックアイテムで暑さを気にしなくてもいいんだよな)
レイは簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ているので、夏の暑さについてはそこまで気にする必要はない。
だが、それは当然ながらレイだけだ。
中庭で宴会をするとなると、夏の暑さの中で料理を飲み食いする必要がある。
せめてもの救いは、ギルムの夏は暑いものの、日本の夏のように湿気が多くはなく、比較的からっとしていることだろう。
その為、レイはどうするべきかと考え……セトの背中を名残惜しげに見ているイステルを含めた面々に尋ねる。
「一応、頼めば料理を中庭で食べる許可を貰えるかもしれないけど、どうする? そうすれば中庭でセトと一緒に打ち上げが出来るし、何よりも回りの人を気にしなくてもよくなるけど。ただ、天気を見ると少し暑いかもしれないな。それでよければ、中庭で食事をするのもありだろう」
そんなレイの言葉に、真っ先に反応したのはイステルだ。
先程までは想い人の側にいる美しすぎる女達の存在を思い出して憂鬱な気分になっていたのだが、セトと一緒に食事を……宴会が出来ると聞き、目を輝かせたのだ。
レイの一件とは関係なくセト好きのイステルにしてみれば、セトと一緒に宴会が出来ると聞いて、それで嬉しく思わない筈もない。
他の面々も、夏に外で宴会をやるというのも悪くないだろうと……そしてイステルの様子を見れば、とてもではないが話は聞かないだろうと判断し、最終的には全員がレイの言葉に賛成する。
……若干、ニラシスが面倒そうな様子だったが、それでも殊更に反対するのではなく、そうなるならそうなるでいいかと、納得するのだった。




