3961話
年始なので、今日は2話同時更新です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
ビステロが見つけた壁をザイードが破壊し、現れた通路を進む一行。
だが、その足は十分も経たないうちに止まる。
「えっと、その……もう終わり、ですか?」
カリフが完全には納得出来ないといった様子で呟く。
とはいえ、そう思ったのはカリフだけではない。
他の生徒達も同様だっただろう。
隠し通路の先にはホールになっている場所があり、そのホールの中にはモンスター……ゴブリンよりも一回りは大きいだろうホブゴブリンの姿があった。
ホールの中を歩き回っているその姿は、貫禄というものがない。
あるいはこれで、動き回るようなことはせずに一ヶ所で待ち構えてでもいれば、少しは大物のように見えたかもしれないが。
そしてホールの中……一番奥には、ダンジョンの核が浮かんでいた。
それを思えば、このホブゴブリンがダンジョンのボスなのは明らかだろう。
カリフがこれで終わりか? と思っても、仕方がないことではあった。
(とはいえ、このダンジョンが出来たばかりだとすると……そうおかしくはないのかもしれないな。ただ、このダンジョンのボスがホブゴブリンというのは俺にとっても完全に予想外だったが。つまり、このダンジョンはゴブリンのダンジョンだった訳か。……トレントの森に出来たダンジョンだし、そう考えればそれこそトレントとかいてもいいと思うんだが。他にも色々といるし)
このトレントの森には、現在多種多様なモンスターの姿がある。
それらがダンジョンのボスとして用意されても、おかしくはない。
もし自分がダンジョンを作るのなら、そうするだろうとレイには思えた。
「さて、それで……あのホブゴブリンがこのダンジョンのボスということなのは間違いないが、倒してくるか? 折角のダンジョンのボスなんだし」
そう言うレイに、生徒達は微妙な表情を浮かべる。
アーヴァインのパーティは勿論、カリフとビステロの二人もガンダルシアのダンジョンでホブゴブリンを倒した経験がある。
そうである以上、わざわざここで倒したいかと言われても、正直なところ微妙としか思えなかったのだ。
とはいえ、それでもダンジョンを攻略するのにダンジョンの核を守っているホブゴブリンを倒す必要があるのは間違いなく……
「やろう」
アーヴァインの言葉で、話を聞いていた生徒達はやる気になる。
(それにしても、あのホブゴブリン……俺達に気が付いてないってのは、一体どういうことだ? いやまぁ、だからこそゆっくり話すことが出来ていたのも事実なんだが。仮にもダンジョンのボスがそれでいいのか?)
レイ達はホールに続く通路で話しているものの、ホールの中からその姿を見ることは出来ない。
だが、仮にもボスモンスターである以上、気配……もしくは、匂いや音といった方法で自分達の存在を察知してもおかしくないのではないかと、そうレイには思える。
もっとも、敵が弱い……もしくは無能であるのなら、それは戦う方にとって決して悪いことではない。
寧ろ楽に倒せるのだから、歓迎すべきことだろう。
「俺達はここで見ている。……でいいんだよな?」
一応ということで、レイはニラシスに尋ねる。
これがもっと強力なモンスターなら、あるいはレイやニラシスが生徒達のフォローに入ってもおかしくはない。
あるいは生徒達で手に負えないモンスターなら、レイやニラシスが戦ってもおかしくはないだろう。
だが……この出来たばかりのダンジョンのボスは、ホブゴブリンだ。
レイやニラシスが協力しなくても……それどころか、アーヴァインやイステルなら一人でも容易に倒せてもおかしくはなかった。
そのような相手だけに、レイは自分やニラシスはただ見ているだけでいいだろうと、そう思ったのだ。
レイの問いに、ニラシスは当然のように頷く。
「そうだな。それで構わないだろう」
「じゃあ、そういう訳で、頑張って倒してこい。……まぁ、相手が相手だ。油断をしない限り、問題はないと思うが」
レイの言葉を聞き、アーヴァイン達は頷くとホールの中に入っていく。
ホールの中に誰かが入ってくれば、当然だがホブゴブリンも敵が来たのだと判断し、持っている棍棒を構えた。
「フゴオオオオオ!」
雄叫び。
ホブゴブリンにしてみれば、相手を怯えさせようとして放ったのだろう。
だが、アーヴァイン達はホブゴブリンと戦うのはこれが初めてという訳ではない。
雄叫びを食らっても、レイが見る限りでは特に動きが鈍っているようには思えなかった。
「ゴブリン系は数が多いだけに、強力な個体もいたりするんだが……あのホブゴブリンは、それなりに強い個体だな」
「ニラシスから見るとそうなのか? 俺から見ると……知ってるホブゴブリンとそんなに違いがあるようには思えないんだが」
これは、ある意味レイが強いからこその感じ方だろう。
強さの差が圧倒的であるが故に、一と二の違いが分かりにくい。
これがせめて十と二十といったような違いであれば、まだ分かりやすいのだろうが。
「レイの場合はそうかもしれないな。……お、上手い」
ニラシスが感心したのは、ホブゴブリンの振るった棍棒の一撃をザイードが盾で防ぐ……のではなく、受け流し、ホブゴブリンがバランスを崩したところにハルエスの射った矢が右肩に突き刺さり、その衝撃で棍棒を落とす。
武器を失ったホブゴブリンに、アーヴァインとイステルがそれぞれ左右から攻撃し、カリフとビステロが後ろから回り込んで攻撃する。
武器を失ったホブゴブリンは、既に攻撃に対処も出来ず……集団による攻撃で殺されるのだった。
「じゃあ、このホブゴブリンの解体はお前達でやるってことでいいのか?」
『はい』
レイの言葉に生徒達は言葉を揃えてそう告げる。
ホブゴブリンを倒したところで、レイは解体をするのならドワイトナイフでやろうか? と聞いたのだが、それは断られたのだ。
自分達で初めて倒したボスなので、自分達だけで解体したいと。
そう言われると、レイとしても認めるしかない。
まだ出来たばかりのダンジョンで、中にいたモンスターも弱かったとはいえ、それでも生徒達にしてみれば初めてダンジョンを攻略したのだ。
生徒達はガンダルシアのダンジョンしか知らないので、こうして実際にダンジョンを攻略したというのは初めてなのだろう。
もっとも、それを言うのならニラシスもダンジョンと言えばガンダルシアのダンジョンしか知らない。
……そういう意味では、生徒達はダンジョンのボスを倒したということで、ニラシスですら経験していないことを成し遂げたということになる。
「ニラシス、お前……生徒達に先を越されたぞ?」
「ぐっ、それは……」
レイの言葉に、ニラシスが少しだけ悔しそうな様子を見せた。
勿論、ニラシスもその件については分かっていた。
分かってはいたが、それでも生徒達のことを考えれば、ここで自分がボスを倒すというのは駄目だろうと思ったのだ。
生徒のことを思っての行動ではあったが、それでもやはりボスを倒したというのは羨ましいという思いがある。
「け……けど、それはレイだって同じだろう?」
レイの言葉に半ばムキになって言うニラシス。
そんなニラシスの言葉に、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「残念だが、俺は既に幾つかダンジョンを攻略した経験がある。……もっとも、ガンダルシアのような迷宮都市にあるようなダンジョンはまだ攻略してないけど」
「……そう言えば、以前そんなことを言っていたな」
恨めしそうな視線を向けてくるニラシス。
そんなニラシスをスルーし、レイはホールの中を見て回る。
とはいえ、一ヶ所以外は特に何か見るような物はない。
あるいはここが出来てからもっと時間の経ったダンジョンであれば、また少し話は違ったかもしれないが。
出来たばかりのダンジョンだけに、このホールには特に何もなかった。
「となると……やっぱりこれだよな」
解体を頑張っている生徒達を一瞥してから、次にレイが向かったのはダンジョンの核のある場所。
前もって言ってある通り、このダンジョンの核は報酬としてレイが貰うことになっていた。
その為、今この場でダンジョンの核をデスサイズで切断をしてもいいのだが、魔獣術について知らない者達がそのような光景を見れば、一体何をしているのかと思うだろう。
そうならないようにする為には、ダンジョンの核はミスティリングに収納し、誰にも見られない場所でダンジョンの核をデスサイズで切断する必要がある。
(ミスティリングに入れるのは、後でだな)
生徒達が頑張ってこのダンジョンのボスであるホブゴブリンを倒したのだ。
であれば、生徒達が解体をしている間にレイが勝手にダンジョンの核を収納するといったことは避けるべきだった。
勿論、そのようなことをしても責められるようなことではない。
ないが、それでもやはりどうせ収納するのなら生徒達の前でやった方がいいだろうというのはレイにも理解出来た。
「レイ、それがダンジョンの核か」
先程までは生徒達に先にダンジョンのボスを倒されたというショックを受けていたニラシスだったが、レイがダンジョンの核の前にいるのに気が付いたらしく、近付いてきてそう声を掛けてくる。
「そうだ。見るのは初めてか?」
「……ああ」
「なら、しっかりと見ておくといい。もっとも、ダンジョンの核は個別に違う。このダンジョンの核と、ガンダルシアのダンジョンの核は多分全く見た目は違うと思う」
「……そういうものか。やっぱりレイがこれまで見てきたダンジョンの核とも違うのか?」
「違うな」
そう断言する。
レイのそんな態度に、ニラシスはそういうものかと納得する。
「そうか。……それで、報酬の件の話が出た時から聞きたかったんだが、レイはこのダンジョンの核を入手して、どうするんだ? モンスターの魔石は集める趣味があるって話だったけど、ダンジョンの核もそうなのか?」
「そうなるな。他にもマジックアイテムを作る時の素材としても使う予定がある。実際、以前マジックアイテムを使うのにダンジョンの核を使ったことがあるし」
それは嘘だ。
だがそう言わなければ、もし以前に入手したダンジョンの核を見せて欲しいと言われた時、対処に困る。
レイが攻略したダンジョンの核は既にデスサイズで切断し、デスサイズの地形操作のスキルのレベルアップに使われている。
そうである以上、ダンジョンの核を見せて欲しいと言われても、レイとしては非常に困るのだ。
「そういうものか。……レイなら、それはおかしくないのかもしれないな」
先程ニラシスが言ったように、レイは魔石を集める趣味を持つ以外に、マジックアイテムを集める趣味も持っている。
だからこそ、ダンジョンの核をマジックアイテムの素材にしたと言われても、納得出来たのだろう。
「まぁ、そういう訳だ」
完全に納得した訳ではないだろうが、ニラシスはレイのその言葉にそういうものかと頷く。
そして……レイとニラシスが話をしている間に、ホブゴブリンの解体が終わる。
これは別に解体が早いという訳でもない。
いや、ガンダルシアではダンジョンに潜ってモンスターと戦い、勝利すれば解体をするので生徒達も相応に慣れているには間違いない。
だが、今回ここまで素早く解体が終わったのは、単純にホブゴブリンから剥ぎ取れる素材が多くなかったからだ。
ゴブリンに比べればマシではあるが、それでもホブゴブリンはホブゴブリンだ。
高ランクモンスターに比べると、どうしてもその辺は劣ってしまうのも事実。
「レイ教官、ニラシス教官、解体は終わりました。……それ、ダンジョンの核ですね」
「ああ、そうだ」
アーヴァインの報告にそう返し、レイはミスティリングから流水の短剣を取り出す。
「ほら、取りあえず手を洗え。お前達も来い。手が血や体液で汚れたままだと、たまったものじゃないだろ」
そう言い、レイは流水の短剣に魔力を流し、水を生み出す。
飲めば天上の甘露と言うべき水、
それこそ、この水を買う為に金貨……いや、白金貨すら出してもいいと思うくらいには、美味い水だ。
そんな水で手を洗うのだから、滅多に出来る経験ではない。
生徒達はガンダルシアからギルムに来る途中までに何度か流水の短剣で生み出された水を飲んでいるので、その水の美味さを理解している。
だからこそ、本当にいいのか? と思いつつ、流水の短剣の水で手を洗う。
色々と思うところはあるが、実際に解体によって手がホブゴブリンの血や体液で汚れており、それをどうにかしたいという思いがそこにはあったのだろう。
これで流水の短剣がなければ、それこそ布か何かで手を拭うか、もしくはダンジョンの壁となっている部分で手を拭うかといったことをする必要がある。
だが、幸いなことにレイが流水の短剣を持っていたので、しっかりと手を洗うことが出来たのだった。




