3960話
ゴブリンとの戦いは、当然のように楽に終わった。
レイにしてみれば、それは当然のことだったのだが……
「よし」
それでもアーヴァインにしてみれば嬉しかったらしく、戦闘終了後にそのような言葉を口にする。
これがもしガンダルシアのダンジョンであれば、ゴブリンを倒した程度でそこまで喜ぶようなことはないだろう。
だが、このダンジョン……冒険者の本場であるギルムの側に出来たダンジョンということで、アーヴァイン達にとっては、普段とは違う何かを感じていたのだろう。
「おめでとう。……さて、先に進むぞ。出て来たモンスターがゴブリンだったのはともかく、他のモンスターも間違いなくいるだろうしな」
ダンジョンである以上、一体どのようなモンスターがいるのかはレイにも分からない。
ただ。出来たばかりのダンジョンだけに、ゴブリンがこうして出て来た以上、今のところは特にそこまで特殊なモンスターが出てくるようには、レイには思えなかった。
勿論、それはあくまでもレイがそう思っているだけで、もしかしたらこのままダンジョンを進んだ場合、予想外のモンスターが出てくる可能性は十分にあったのだが。
(ここは、トレントの森だしな)
もしここがトレントの森ではない、普通の森の場合、出来たばかりのダンジョンということで、レイもそこまで警戒はしないだろう。
だが、ここはトレントの森という特殊な場所だ。
そうである以上、いつレイが理解出来ない何かが起きてもおかしくはない。
「よし、じゃあ進もう」
ゴブリンの死体を通路の隅に寄せ、討伐証明部位の右耳を切断すると、アーヴァインがそう言う。
普段であれば、ゴブリンを倒しても討伐証明部位の剥ぎ取りを行ったりはしない。
それでも今こうしてそれを行ったのは、このダンジョンの中で遭遇したからこそだろう。
ダンジョンの攻略……もしくは探索が終わり、ギルドに報告する時にダンジョンでゴブリンが出て来たということの証明になる。
だからこそ、アーヴァインはわざわざゴブリンの右耳を剥ぎ取ったのだ。
討伐証明部位の右耳は剥ぎ取ったが、魔石はそのままだったが。
魔石を取るには解体を……最低でも心臓の辺りを解体する必要があり、そこまではする必要がないと判断したのだろう。
もし本気で解体をするのなら、それこそドワイトナイフを持つレイに頼んだかもしれないが。
そうしてゴブリンとの戦いや後始末を終えた一行は、再びダンジョンを進み始める。
出来たばかりということもあり、特に分かれ道もないまま十分程歩き続けていたのだが……
「ようやくダンジョンらしくなってきたな」
Y字路を見て、ニラシスがそう呟く。
別にY字路があるからといって、それがダンジョンらしいのかと言われれば、レイはそうは思わない。
ただ、それでも何もない一本道だったことを思えば、ニラシスがそのような感想を口にするのも分からないではなかったが。
「それでどっちに行く? ……どっちでもそう違いはないと思うけど」
レイがY字路を見て、そう尋ねる。
どちらに進んでも、このダンジョンが出来たばかりであるのなら、そこまで複雑な通路にはなっていないだろうと、そう思えたのだ。
それはニラシスも同意見だったものの、何かを言う様子はない。
ここは生徒達だけでどちらに進むのかを決めさせた方がいいと判断したのだろう。
(これがゲームなら、ダンジョンは全て回るんだけどな)
レイは日本にいる時、RPGを好んでいた。
それらのゲームの中には当然のようにダンジョンもあり、そういう時はレイは基本的にダンジョンは全て回っていた。
例えばダンジョンの中に今回と同じようなY字路があり、その先には何かイベントがありそうなキャラがいた場合、一度Y字路まで戻って別の場所に行ってみる……といったように。
大抵そのような時は反対側には何もないのだが、たまに宝箱があったたりすることもあり、その時はレイに十分な満足感を与えてくれた。
「右に行こう」
レイがRPGについて考えていると、やがて話が決まったのだろう。アーヴァインがそう言う。
アーヴァインがレイとニラシスに視線を向けてくるものの、二人はそれに対して何かを言ったりはしない。
このダンジョンの探索には、生徒達の課外授業的な意味も込められている。
そうである以上、教官であるレイやニラシスがわざわざここで何かを言おうとは思わなかった。
……勿論、致命的な失敗をしそうなら、話は別だったかもしれないが。
「じゃあ、進むぞ」
レイとニラシスが何も言わないのを見て、これ以上見ていても何らかのヒントを貰ったりは出来ないと判断したのだろう。
アーヴァインの指示に従い、生徒達は……そしてレイとニラシスも進む。
(そもそも、俺だってこのダンジョンに来るのは初めてなんだ。あのY字路のどっちに行けばいいのかなんて、分からないしな)
もしレイがこのダンジョンについて詳しく知っていれば、あるいはアドバイス出来たかもしれない。
だが、そもそもそれを知らない以上、どうしようもなかった。
(それに、長の件もあるしな。俺がここで口出しをしてもいいのかどうか、分からないし)
ニラシスや生徒達がこのダンジョンの探索に参加してるのは、長からの要望があった為だ。
レイとしては、そこまでする必要があるのか? と思わないでもなかったが、長がそのように言う以上、そこには何らかの理由があるのだろう。
……それが具体的にどのような理由なのかは、レイにも分からなかったが。
まさか、恋する乙女の一念からとは、思いもしなかった。
恐らくそこには自分には思いも付かないような、何らかの理由があるのだろうとは思っていた。
「これは……行き止まりか」
Y字路を右に進み始めて十分程。
やがてアーヴァインのそんな声が聞こえてくる。
その声に顔を上げたレイが見たのは、土の壁だった。
いや、正確には単純に土の壁というだけなら、左右にもある。
だが、レイが見たのは前方が土の壁によって行き止まりになっているという光景だ。
アーヴァインが口にした、まさにその言葉通りの光景がそこには広がっている。
「一応、調べてみるか。このダンジョンが出来たばかりなら、もしかしたら何らかの仕掛けが分かりやすくあるかもしれないし」
アーヴァインにしてみれば、Y字路を自分で選んだ方に進んだのに、何もないのは残念だと、悔しいと思ったからこその言葉だったのだろう。
だが……ざっとではあるが探してみても、特に何も気になる物はない。
隠し扉や隠し通路の類は勿論、罠の類もどこにもなかった。
(土壁なんだし。いっそ掘ってみるのもいいような……駄目か。最悪、ダンジョンが崩れてきそうな気もするし)
ダンジョンとして既に成立している以上、そう簡単に崩れるといったことはないだろう。
それはレイも分かってはいたが、それでも出来たばかりのダンジョンである以上、もしかしたら……そのように思えてしまうのも事実。
なので、レイは自分の思いつきを口にするようなことはなかった。
そして、十分程が経過したところでアーヴァインは諦める。
「戻ろう」
その言葉には誰も異論がなく……ハルエスがアーヴァインの肩を軽く叩いて慰める。
「初めて来るダンジョンなんだから、こういうこともあるって。気にしないで行こう」
「……そうだな。今回の一件はもっと積極的に動いた方がいいのかもしれないな」
二人の会話が聞こえたレイだったが、それが微妙に噛み合っていないような気がして、そちらに視線を向ける。
だが、他の面々もそんな二人の会話は聞こえていたのだろうが、そこまで気にした様子はない。
それどころか、それが普通だといった態度のようにすらレイには見えた。
これ、本当にいいのか?
そう思いつつも、誰もその辺については口にしないので、そのままレイ達はY字路のあった場所まで戻る。
「じゃあ、こっちだな」
そうして先程とは反対側の方に向かったのだが……
「え? あれ?」
「ちょっと、どういうことよ?」
イステルとハルエスの戸惑ったような声が周囲に響く。
反対側のY字路に進んだレイ達だったが、そこにあったのも行き止まり。
つまり、このダンジョンは地上から地下に続く坂道があり、その先にはY字路があって、その両方共が行き止まりになっているということだった。
「おい、レイ。どう思う?」
さすがにこれはニラシスにとっても予想外だったらしい。
戸惑った様子で、隣にいるレイに尋ねる。
だが、聞かれたレイも、この状況でどう答えればいいのか迷う。
「分からないな。普通に考えれば、ダンジョンとして出来たばかり……となるんだろうが。ただ、その割にはダンジョンの核がどこにもないし、ボスモンスターもいない」
「それに、さっきのゴブリンもどこから出て来たんだ? ……いやまぁ、もしここがダンジョンじゃなくて、ただの洞窟とかなら、偶然迷い込んだというのもあるだろうが」
「ただの洞窟ってのはないだろ。地上、壁、天井。どれもが薄らとだが輝いているし、ランプっぽいのとか、罠となる落とし穴っぽいのとかもあったし。ただのダンジョンでそういうのがあるとは……思えないだろう?」
「だよなぁ……」
ニラシスも自分の意見……ここがダンジョンではなく、ただの洞窟であるというのが無茶な意見だというのは、理解していた。
しかし、それでもこうして意見を口にしたのは、レイから否定して欲しかったからだ。
「でもそうなると、一体どうなる? ダンジョンの核がどこにあるのかは……」
「考えられる可能性としては、隠し通路や隠し扉、隠し部屋の類がどこかにあるということだろうな。というか、今すぐに思いつくのは、本当にそれしかない」
「……盗賊がいればな」
ニラシスが無念そうに言う。
隠されている何かを見つけるのは、盗賊の役目だ。
勿論、中には盗賊ではなくてもそのような物を見つけられる者もいるだろう。
だが残念ながら、今ここにはそのような者はいない。
(それこそセトがいれば……いっそ、今から呼んでくるか? 幸い、道幅は全部一定だったし。セトにはちょっと狭いかもしれないが、詰まって動けなくなるようなことはないだろうし。……そもそもここが洞窟とかそういうのなら、道幅も常に一定ってのが変だよな)
レイもこの世界で冒険者として活動を始めてから、色々な洞窟に入る機会があった。
特に盗賊狩りをしている時に。
そんな時に入る洞窟は、道幅が一定ということはまずない。
かなり広くなっているかと思えば、人が一人何とか通れるだけの幅しかないような場所もあった。
「と、取りあえず何かないか探すぞ。もしかしたら、何かあっても俺達が見つけられないだけかもしれないし」
アーヴァインのその言葉で、レイも含めた他の面々も何かがないかと、探し始める。
そうして探していると……それこそ数分もしないうちに、ビステロが口を開く。
「ちょっと来て下さい! 何だかここ……叩いた感触と音が変です」
その言葉に、全員がビステロの周囲に集まる。
ビステロがいたのは、壁の近くだ。
その壁を何度か叩き、少し離れた他の場所を叩いてみると……ビステロが言ったように、聞こえてくる音が違う。
「ちょっと退いてくれ。……なるほど、音が違うな。こっちの方が軽い音……つまり、この壁の向こう側には何らかの空間がある可能性がある。だとすれば……ザイード、頼めるか?」
「任せろ」
アーヴァインの言葉に、ザイードが軽い音のする壁の前に移動する。
アーヴァインは素直に場所を移動し……そしてザイードは、拳を握り締め、振りかぶり……壁を殴りつける。
すると殴られた壁はあっさりと砕けた。
「うおっ!」
そんな壁に、寧ろザイードの方が驚きの声を上げ、身体のバランスを崩したくらいだ。
壁の向こうに空間があるということで、この壁はそれなりに頑丈なのだと思っていたのだろう。
だからこそザイードは力を入れて殴りつけたのだが……その壁が思った以上に薄く、それによってザイードが力加減を間違ったらしい。
(出来たばかりだから、この壁は薄かったのかもしれないな。もしこのままダンジョンが成長していけば、将来的にもこの壁は厚くなっていた……のかも?)
そう予想をするレイだったが、すぐに今はそのようなことを考えても無駄だろうと判断する。
ダンジョンというのは、常識では考えられないようなことがある場所なのだから。
もしかしたら、全く理解出来ない何かが起きてもおかしくはない。
「よし、行くぞ」
隠し通路の向こうを見たアーヴァインは、真剣な表情でそう告げるのだった。




