3959話
三が日なので、今日は3話更新です。
こちらは三話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
時は少し戻る。
レイがニラシス達と共に地下に向かった後、セトは地上に残っていた。
レイから頼まれたように、モンスターがレイ達の入っていった地下に向かわないように守る為に。
ただ……セトは地面の、草が生えている場所を見つけるとそこで寝転がる。
もし何も知らない者が今のセトを見れば、それはただ寝ているようにしか見えないだろう。
とてもではないが、周囲の様子を警戒してるようには思えない。
昼寝……まだ午前中なので、その表現が正しいのかどうかは微妙なところだが、とにかく眠っているようにしか見えないだろう。
……夏ではあるが、トレントの森の中ということや、朝ということもあって降り注ぐ日差しはそこまで強くない。
もっともセトは昼の砂漠であろうが、真冬の吹雪いている夜だろうが、何の問題もなく眠れるのだが。
目を閉じているセトだったが……実際には、本当に眠っている訳ではない。
目を瞑り、音や匂い、気配、魔力……様々な方法で、周囲の様子を探索していたのだ。
だが、傍から見ている者にしてみれば、一体セトが何をしているのか分からなかっただろうが。
そんな中、不意にセトが目を開け、寝転がっていた状態から立ち上がる。
そのままトレントの森のとある方向だけをじっと見つめていた。
寝転がっている時と違い、今のセトは自分の気配を……高ランクモンスターのグリフォンとしての気配を隠していない。
普通のモンスターであれば、そんなセトの気配を察知したところで即座に逃げ出すだろう。
だが、セトの視線の先にある茂みは、ガサガサと音を鳴らす。
その音が自分から離れていくのならまだしも、近付いている。
「グルルゥ」
警戒の……そして牽制の鳴き声を上げるセト。
そんなセトの鳴き声に、しかし茂みを揺らしている何者かは隠れる様子もなくどんどん近付いてきて……やがて姿を現す。
現れたのは、狸。
ただし、この状況で姿を現す以上は勿論ただの狸ではない。
身体の大きさは一般的な狸よりも少し大きいくらいだが。顔にある眼球は本来なら二つある筈が、一つだけだ。
それも生き残る為の戦いで眼球を一つ失ったのではなく、最初から単眼なのだ。
それも、顔の半分……いや、七割程を単眼が占めている程の大きさの眼球。
また、尻尾も狸らしい尻尾ではなく、先端が針の生えた球体となっていた。
もしレイがその尻尾を見たら、恐らくモーニングスターのようだと評するだろう。
それでいながら、尻尾の先端部分は地面を引きずっている訳ではなく、一体どのような理由なのか、空中に浮いている。
見た目よりも軽いのか、それとも先端と身体を繋いでいる尻尾が強靱な筋肉で出来ているのか。
その辺りはセトにも分からなかったが、狸……いや、狸のモンスターがセトに対し、怯えではなく殺意を抱いているのは、その単眼と……何より雰囲気を見れば明らかだ。
ただ強がっているだけなら、セトの鳴き声を聞いた時点で逃げ出すだろう。
最初はセトに勝てるだろうと思っていても、セトを実際に見て、鳴き声を聞けば格の違いを察し、逃げ出してもおかしくはない。
だが、狸のモンスターはセトを見て、鳴き声を聞いても逃げ出すどころか殺気すら向けてくる。
セトはそんな狸のモンスターを見てどうするべきか考えたが、やがて狸のモンスターが決して退かない……どころか、自分を殺そうとしているのを確認すると、戦意を身に纏い始める。
向こうが退かないのなら、倒すしかない。
そう思ってのことだ。
……それ以外にも、未知のモンスターだというのもそこは影響してるだろう。
「シャギャアアアア!」
先手必勝とでも考えたのか、狸のモンスターは不意に口を開けると鳴き声と共にブレスを放つ。
セトは口を開いた時点で、狸のモンスターが何かを仕掛けてくると判断し、その場から横に跳ぶ。
すると次の瞬間、セトのいた場所にブレスが命中し……
「グルゥ!?」
その結果にセトは驚く。
何故なら、一瞬前までセトのいた場所が……狸のモンスターのブレスの命中した場所が、水晶に覆われていた為だ。
それは、セトにとっても見覚えのある光景。
いや、セトの使うスキル、クリスタルブレスと同じ攻撃。
それだけに、セトは狸のモンスターの危険性を理解する。
セトのクリスタルブレスは、まだ威力が弱く、相手を水晶の中に封じ込めるというよりは、相手に身体を水晶でコーティングして少し動けなくするといったくらいの威力しかない。
だが、狸のモンスターのクリスタルブレスは、間違いなくセトの使うクリスタルブレスよりも威力が強かった。
勿論、一瞬にして完全に水晶の中に閉じ込める……とまではいかないが。
「グルルルゥ!」
このまま相手に主導権を与えるのは不味い。
そう判断したセトは、即座にスキルを使う。
使われたのは、植物生成。
地面が土でなければ使えないスキルだが、幸いここはトレントの森……土ならそこら中にある。
狸のモンスターの足下から、三cm程の太さの植物が伸びる。
だが、戦いの中で狸のモンスターは足下の異変に気が付かない。
狸のモンスターにとっても、セトは決して侮っていいような敵ではない。
だからこそ、ここで素早く行動する必要があったのだが……
「シャギャア!?」
動こうとした瞬間、不意に動きが阻害される。
セトの前でそれは危険だと理解しつつも、反射的に自分の足下を見てしまう。
するとそこでは、いつの間にか伸びた草が狸のモンスターの右前足に絡まっていた。
その植物が、狸のモンスターの動きを邪魔したのだと思った瞬間、セトが襲い掛かってくる。
「シャギャアアアアア!」
ブチブチと、右前足の動きを止めていた植物を引き千切りながら、身体を反転させる。
その動きにより、尻尾の先端についている針の生えた瘤が突っ込んで来たセトに向かって振るわれる。
強烈な一撃。
クリスタルブレスによって相手の動きを止め、そこに尻尾による強烈な一撃を放つ。
それが、この狸のモンスターの必勝パターンだった。
尻尾の瘤から生えている針は非常に鋭い。
それこそ下手な刃物では切断するどころか、刃がボロボロになるかのような、そんな威力を持つ。
「グルゥ!」
だが……狸のモンスターに前足の一撃を放とうとしたセトは、素早く身を屈め……
「グルルルゥ!」
再度スキルを発動し、狸のモンスターに突っ込む。
針の生えた瘤の一撃を回避したセトは、翼刃を発動する。
レベル六になり、魔法金属ですら切断出来るようになったセトの翼刃は、針の生えた瘤……ではなく、そこと胴体を繋ぐ尻尾に触れ、次の瞬間尻尾は切断され、あらぬ方に飛んでいく。
「シャギャア!?」
狸のモンスターにしてみれば、そのようなことになるとは信じられなかったのだろう。
あるいは痛みによるものからか、悲鳴を上げ……だが、それでも退くことなく、再びセトに向かって口を開く。
それを見たセトは、またクリスタルブレスを放とうとしているのかと思ったが、狸のモンスターの開いた口には小さいが鋭い牙が無数に生えており、それをセトに向ける。
「グルルルゥ!」
狸のモンスターが剥き出しにした牙を前に、しかしセトは退くのではなく前に出る。
その鋭いクチバシによって、カウンター気味に狸のモンスターの身体を貫き……心臓、より正確にはそこにある魔石をクチバシで咥えると、無理矢理に取り出す。
「シャ……ギャ……」
狸のモンスターは、何が起きたのか全く分からないといった様子で声を上げ、そのまま地面に崩れ落ちる。
それを見たセトは勝利の雄叫びを上げようとしてクチバシを広げ……一瞬前まで咥えていた魔石を飲み込んでしまう。
【セトは『クリスタルブレス Lv.四』のスキルを習得した】
そして頭に響くアナウンスメッセージ。
しまったと、そう思いながらアナウンスメッセージを聞くセト。
その瞬間、ダンジョンの中では探索中にいきなり頭の中に流れたアナウンスメッセージにレイが声を上げ、それに反応した他の面々が敵襲かと判断してしまったのだが……それはセトには分からないことだ。
ただ、いきなりアナウンスメッセージが流れたのを思えば、レイには悪いことをしたと、そのように思ってしまうのも事実。
今回の一件においては、色々と思うところがあるのは間違いないが、後でレイに謝ろうと思う。
そして次に、地面にある狸のモンスターの死体をどうするべきかと考える。
とはいえ、今のこの状況でセトに出来るようなことはなにもないのだが。
レイのように解体出来る訳でもないので、邪魔にならない場所に寄せておくといったことしか出来ない。
後は、レイが戻ってきたらこの場で解体して貰うか、あるいは死体を持ち帰って解体して貰うかだろう。
モンスターの中で最も価値のある魔石はセトが飲み込んでしまったので、この死体から魔石を手に入れることは不可能だったが。
そのことを後でレイに怒られないかと、セトは少し不安に思うのだった。
「モンスターだ」
ダンジョンの中で、気配を察知したレイはそう言う。
普段であれば、レイよりも先にセトが気配を察知するので、そういう意味ではレイがこうして真っ先にモンスターの気配を察知するのは珍しかった。
『っ!?』
レイの呟きに、先頭を進むアーヴァインとイステルの二人は同時に息を呑み、即座に武器を構える。
これがガンダルシアにあるダンジョンであれば、良くも悪くも慣れというものがあり、ここまで警戒するようなことはないだろう。
だが、このダンジョンは初めて入るダンジョンである上に、ここはギルムの周辺にある場所なのだ。
そういう意味でも、初めての戦闘ということもあり、緊張するのは当然だった。
だが……そんな二人に、そして他の面々に対しても、レイは安心させるように口を開く。
「この気配の感じからして、出てくるモンスターはそう強くない筈だ。必要以上に慎重になる必要はない」
そんなレイの言葉は、しかしアーヴァイン達を安堵させるようなことは出来ない。
これが例えばガンダルシアのダンジョンなら、もう少し話も違っていただろう。
だが、やはり初めて入るダンジョンということもあってか、レイの言葉であってもそう簡単に落ち着かせるのは難しいらしい。
ニラシスは腕の立つ冒険者だけあって、レイの言葉を聞く前から不必要に緊張をしている様子はなかったが。
(これは駄目だな。いやまぁ、この気配からすると出てくるのは多分……だとすれば、実際に目にすれば落ち着くか)
そんな風に思っている間に、何匹ものモンスターの足音が聞こえてくる。
レイはそれを聞き、明かり用に出しているファイアボールをコントロールし、足音の聞こえてきた方に向けて移動させる。
「ギョギャ!?」
「ギャギャ!」
「ギョガジャ!」
突然の明かりに驚きの声を上げるゴブリン達。
……そう、近付いて来ていたモンスターの正体は、ゴブリンだった。
「ゴブリンかよ」
アーヴァインの、呆れたような言葉。
アーヴァインにしてみれば、この状況である以上はもっと強力なモンスターが出てくると、そう思っていたのだろう。
だが実際に出て来たのは、ゴブリン。
これはアーヴァインにとって……いや、他の面々にとっても、完全に拍子抜けだったらしい。
「別にそんなにおかしなことじゃないと思うけどな。……それより、向こうもこっちに気が付いたようだぞ」
ゴブリンは突然周囲が明るくなったことに驚きつつも、その明かりの来た方に注意を向け、そしてレイ達の存在を把握する。
夜目が利くのか、それともダンジョンの微かな発光でその姿を確認したのか。
それは見ている方にも疑問ではあったが……とにかく、ゴブリンがレイ達の存在を把握したのは間違いなく、そうなると把握した瞬間に何かを考えるようなこともなく、一気に襲い掛かってくる。
「ちぃっ! イステル!」
アーヴァインは面倒臭そうといった様子をみせつつも、イステルと共に前に出た。
そして行われる戦いだったが、それは一方的な蹂躙。
それこそ他の者達が手を出す必要すらないような。
最初こそ、ギルムにあるダンジョンということで、もしかしたら外見はゴブリンであっても、中身は違うのではないか。
そのようにも思ったアーヴァインとイステルだったが、実際に戦ってみれば、すぐにただの……それこそガンダルシアのダンジョンでも一階や二階に出てくるようなゴブリンと同じ、普通のゴブリンだと理解出来た。
(そもそも、このダンジョンは出来たばかり……それも、一階に出てくるゴブリンなんだから、普通のゴブリンで間違いないだろうに)
戦いを見ながらそう考えるレイだったが、ここが重要な場所だからということで目隠しをして連れてきたことを思えば、アーヴァイン達がこのダンジョンは特別で、出てくるモンスターも特別なのだと勘違いしてもおかしくはないということには考えが及ばなかったらしい。




