3955話
ギルムを出て、トレントの森の前に向かうレイ達。
そうして暫く移動し、街道から逸れ……やがてトレントの森に到着する。
ただし、そこはトレントの森にいる冒険者達の拠点ではない。
樵達が伐採した場所では、冒険者が一人待っていた。
その冒険者は、馬車を見ると……いや、正確にはセトと、その背に乗っているレイを見ると大きく手を振る。
向こうがレイを知っているように、レイもまたその冒険者を知っていた。
拠点で何度も会っているし、穢れの件でも協力したことがあった相手。
「セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、今まで速度を抑えて馬車の隣を走っていたセトが、一気に馬車を追い抜く。
そうして冒険者のいる場所に近付くと、速度を落とす。
「よう、レイ。セトも。……話には聞いていたが、本当にレイ達が来るとは思わなかったぞ」
「ダスカー様からの要望があってな。それに……幸か不幸か、今の俺はグワッシュ国ってところにある迷宮都市で冒険者育成校の教官をやっているし」
「……グワッシュ国ってのは聞いたことはないが、迷宮都市か。なら、安心出来るな。俺はダンジョンの探索はあまり経験がないし、何より本来の仕事もあるからそっちには一緒に行けない。俺がやるのは、ダンジョンのある場所まで案内するだけだ」
「分かっている。それだけでも十分に助かるよ」
トレントの森の中にダンジョンがある以上、それを見つけるのはかなり難しい。
最悪の場合、妖精郷に行ってダンジョンを見つけた妖精なり、もしくはニールセンにダンジョンのある場所を教えて貰おうかと思っていたのだが、そういうことをしなくてもすんだらしい。
「それで? あの馬車にレイと一緒に探索する連中が乗ってるのか?」
「ああ」
周囲の様子を探索しに行きたそうにしているセトを撫でつつ、レイは冒険者の言葉に答える。
そして、丁度そのタイミングで馬車はレイ達の側で停まり……
「何で出て来ないんだ?」
馬車が停まって数分が経過しても、誰も降りてこないことに冒険者が不思議そうに言う。
レイはその理由が何となく予想出来たので、ニラシス達が降りてきた時に驚かないように事情を説明する。
「このトレントの森は許可なく立ち入れない場所だろう? それに一緒に行くのはギルムの冒険者じゃなくて、俺が教官をしている冒険者育成校の同僚の教官と生徒達だ。だから、トレントの森については可能な限り情報を与えたくないってことで、ダンジョンに入るまでは目隠しをして連れていくことになる」
「……本気か?」
レイの説明に、冒険者はそう言ってくる。
レイもその言葉には素直に納得出来てしまうのだが……ギルムの状況を考えれば、トレントの森のように特殊な場所について、そう簡単に話す訳にはいかないというのも納得出来るのだ。
「本気だ。このトレントの森は、それだけ重要な場所だってことだよ。……ここにずっといれば、そういう場所だとは思えないかもしれないけどな」
そうレイに言われると、冒険者もそれ以上は何も言わない。
その代わりという訳でもないだろうが、丁度そのタイミングで馬車の扉が開く。
最初に出て来たのは、レノラ。
そして馬車の御者も手を貸し、馬車から降りる者達の補助をする。
ニラシス、アーヴァイン、イステル、ザイード、ハルエス、カリフ、ビステロ。
そんな面々は、レイが口にした通り目隠しをしていた。
(ザイードがやっぱり一番動きにくそうだよな)
元々巨漢でフルプレートメイルを装備し、大きな盾を持つザイードだ。
そんなザイードが目隠しをしている以上、どうしても動きにくいのは間違いなかった。
(本当に大丈夫か、これ。……いっそ二人くらいずつセトに乗せて移動した方がいいかもしれないな。その間はここで待ってる……それはそれで危険か。あ、いや。でも丁度いいのがあるか)
トレントの森にあるダンジョンが、具体的にどこにあるのかまではレイも分からない。
それでも中に入ってすぐの場所にでもない限り、目隠しをしたニラシス達を連れていくのは非常に手間が掛かるだろう。
それこそ、下手をしたらそれだけで今日一日が終わってもおかしくはない。
だからこそ、そのようなことがないようにしっかりと……そしてスムーズにいくように、段取りを考える必要があった。
「レイさん」
全員を降ろし終わったところで、レノラがそう声を掛けてくる。
「ああ、悪い。助かった。……それで、レノラはどうするんだ? このままここで待つのか? それとも、ギルムに戻るのか?」
「ギルムに戻ります。私がここにいても、レイさんの負担を増やすだけでしょうし、ギルドの方も人手は幾らあってもいいでしょうから」
「あー……そうだな。まぁ、ギルドの忙しさを思えば、そうした方がいいのは間違いないか。ただ、あまり無理はするなよ」
そうレイが言ったのは、ニラシス達をギルムに連れてきた時、レノラがその関係の書類を見逃していたという一件があった為だ。
ケニーとのやり取りを見れば分かるように、レノラは生真面目な性格をしている。
そんなレノラが書類を見逃す……いや、気が付かないというミスをするくらいには忙しいのだ。
だからこそ、レイとしてはレノラにあまり無理をするなと、そう言いたかった。
レイの気持ちを理解したレノラは、笑みを浮かべて頭を下げる。
「心配してくれて、ありがとうございます。ですが、私は平気です。ギルドの皆が……それこそ、ケニーですら頑張って仕事をしてるんですから、私も頑張らないと」
「そうか、分かった。……それで、ダンジョンの攻略が終わったりした時は、どうすればいいんだ? レノラが帰るのなら、勿論馬車でだろう?」
「ああ、その件なら改めて人を派遣すると言ってました。今回は緊急の事態ということで私が来ましたが、私と入れ替わるようにしてすぐに別の冒険者が馬車と一緒に来る手筈になっています」
そう言われ、レイは安堵し……
「なぁ、そろそろダンジョンに行かないか? いつまでもこのままってのは、ちょっと厳しいんだが」
目隠しをしたニラシスが、レイに向かってそう告げる。
ニラシスにしてみれば、ただでさえ目隠しをした状態で落ち着かないのだ。
レイ達がいるとはいえ、ダンジョンの側ということはモンスターがいてもおかしくはない。
そうである以上、出来るだけ早くダンジョンに到着したかった。
レイもそんなニラシスの気持ちは分かったので、分かったと頷く。
「じゃあ、そうしよう。……ただ、ダンジョンのある場所まではそれなりに距離があるし、目隠しをしたまま歩いて行くのは時間が掛かりすぎる」
そうレイが口にした瞬間、ニラシスが今更何をといったように言おうとする。
それに気が付いたレイは、ニラシスが口を開く前に言葉を続けた。
「だから、セトに乗って運ぶ。勿論、全員を一気に運ぶ訳にはいかないから、何度かに分けてだな。その状態のままここにいるのは危険かもしれない。だから俺の持っている防御用のゴーレムを使って、防御は万全にする。……そんな訳で、レノラがここから帰るのは、それが終わってからにして貰えないか? ギルドの方で仕事が忙しいのも分かるけど」
「分かりました」
レイの言葉に、即座に頷くレノラ。
レイの担当である以上、そのくらい要望を聞くのは当然といったように思っていたのだろう。
「え? セトちゃんに乗れるんですか?」
「目隠しをしたままでだけだどな」
イステルの嬉しそうな声に、レイは即座にそう返す。
セト好きのイステルだけに、ここで念押しをしておかなければ、セトに乗った時に目隠しを外すのではないかと、そう思った為だ。
実際、レイのその言葉はイステルにとってはショックだったのか、残念そうな様子を見せる。
「それで、レイ教官、防御用のゴーレムというのは……その、問題ないんですか?」
ビステロが心配そうにレイに聞く。
目隠しをしてこの場にいるというのは、かなりの恐怖心がある。
だからこそ、レイの言葉であっても本当に信用してもいいのかどうかと不安に思ったのだろう。
「心配に思うのは分かる。だが、このゴーレムは俺の魔力を使って障壁を張るという特注品だ。ランクBモンスターは勿論、ランクAモンスターであっても攻撃を防ぐという意味では問題はないと思う」
そう言うレイだったが、本当の意味での強力なモンスター……例えばランクAモンスターでの中でも上位に位置するような相手であった場合、本当に大丈夫なのかどうかは微妙なところだろう。
そしてここが辺境である以上、いつそのようなモンスターが現れても不思議ではないのも事実。
そういう意味では、レイのゴーレムがあっても本当に安心という訳ではない。
「……分かりました。もしレイ教官のゴーレムの障壁を突破するようなモンスターが現れたら、さすがに目隠しは外してもいいですよね?」
「勿論だ。ここは非常に重要な場所だが、だからといって目隠しをしたまま戦えとまでは言わない。……それでいいよな、レノラ?」
「はい。もしそのようなことがあった場合、目隠しを外すのは仕方がないことだと思います」
レノラの許可を貰ったことで、レイは改めてニラシス達に視線を向ける。
「セトの大きさを考えると……まず、ダンジョンのある場所までの道案内は必要だよな? それに向こうで俺とセトが全員運ぶまで、ニラシスや生徒達を守って貰う人員も必要だし」
「分かった、俺はそれで構わない」
冒険者はあっさりとレイの言葉に頷く。
冒険者にとって、これはイレギュラーな依頼なのは間違いない。
だが、それでも依頼は依頼。
引き受けた以上、しっかりとこなすつもりだった。
「次は……ザイードだな」
「え?」
まさかここで自分が指定されるとは思っていなかったらしいザイードが、そんな声を上げる。
しかし、レイはそんなザイードに向かって何を驚いているのかといった様子で口を開く。
「ザイードは鎧の件もあって重いだろう? なら、早い内に向こうに運んでおいた方がいい。取りあえず盾と武器は俺が運ぶから寄越せ」
レイの言葉に、ザイードは手にしていた巨大な盾と槍をレイに渡す。
レイはそれをあっさりとミスティリングに収納し、ザイードを連れてセトの側まで行く。
「レイ……その、ザイードだったか? そいつ以外に俺も乗るんだよな? セト……本当に大丈夫なのか?」
冒険者は心配そうにセトを見る。
冒険者にしてみれば、自分やザイード……特にフルプレートメイルを装備しているザイードをセトが乗せてトレントの森の中を走るのは難しいと思ったのだろう。
だが、そんな冒険者に対し、レイはあっさりと頷く。
「大丈夫だ。セトならそのくらいは容易に運べる」
「……まぁ、セトの大きさを思えばそうかもしれないけど」
今よりも小さい時ですら、セトは巨大な熊の死体を楽に運んでいた。
セトが持つ唯一の難点は、空を飛ぶ時に背中に乗せられる人物は、魔力的な波長の繋がりで全く問題ないレイか、あるいは女や子供のような体重の軽い者がせいぜいだ。
それでいながら巨大な熊の死体を足で掴んで飛ぶのは容易に出来るのだから、この辺りはセトの持つ数少ない弱点と言ってもいいだろう。
それを解決する為に用意されたのが、セト籠なのだが。
「じゃあ、ザイードは目隠しをしてるし、一番前だな。セトの首に掴まっていれば、あまり怖がらなくてすむだろうし。……もっとも、あまり強く掴んでセトの首を絞めないようにしてくれよ」
「分かりました」
真剣な表情でレイの言葉に頷くザイード。
巨漢だけに、自然とその力は普通よりも強い。
ザイード本人もそれが分かっているだけに、セトの首を絞めないように気を付ける必要があると判断したのだろう。
続けて、レイは冒険者にザイードの後ろに乗るように言い、自分は一番後ろに乗ると告げる。
ザイードも冒険者も特に不満はなく、セトの背に跨がる。
……冒険者は、セトに乗れることに笑みを浮かべていた。
トレントの森の拠点にも、セト好きはそれなりに多い。
この冒険者も、セト好きの一人なのだろう。
もっとも、ミレイヌのように強烈なまでのセト好きという訳ではなく、少し可愛いと思う程度のセト好きなだけらしかったが。
そんな二人を見ると、レイはレノラに視線を向ける。
「じゃあ、馬車の側に全員集まってくれ。防御用のゴーレムを使う」
レイの指示に、馬車の御者も含めて全員が一ヶ所に集まる。
それを見て、レイはミスティリングから防御用のゴーレムを取り出し、起動させる。
たっぷりのレイの魔力を注ぎ込まれたゴーレムは、ふわりと空中に浮かび上がった。
「俺が戻ってくるまでそこにいる者達を守っていてくれ」
そんなレイの指示に従い、防御用のゴーレムは馬車の側に移動し……障壁を張るのだった。




