3950話
今日は大晦日なので3話同時更新です。
こちらは3話目なので、直接こちらに来た方は2話前からどうぞ。
今年も1年、レジェンドを楽しんでくれてありがとうございます。
読者の皆さんのおかげで、今年も毎日更新を続けられてました。
来年も頑張りますので、よろしくお願いします。
皆さん、良い年末を。
「うわぁ……分かっていたけど、ボコボコだな」
離れた場所で行われている模擬戦を見つつ、レイはそう言う。
生徒達のうち、まだ立っているのはイステルとハルエスだけだ。
ハルエスが必死になって短剣でヴィヘラを牽制し、それを回避するヴィヘラに向かってイステルはレイピアによる突きを放っていた。
本来なら、ハルエスの武器は弓だ。
しかし、護身用の武器として持つには弓は相応しくない。
あるいは貴族街に来る前に一度領主の館に戻っていれば、弓と矢を持ってくることも出来たのかもしれないが。
だが、ギルドの前で合流してすぐに貴族街に来たので、ハルエスは自分の得意とする弓を持っておらず、本当に護身用として持っていた短剣を武器にしていたのだ。
……ただし、ハルエスは弓については高い適性を示したものの、短剣はそうでもない。
素人よりはマシといった程度だろう。
本人もそれが分かっているからこそ、自分でヴィヘラに決定的な一撃を与えようなどとは考えず、牽制に努めていた。
純粋な戦闘力という点では弓を持たないハルエスは生徒達の中で一番下だ。
それでもこうしてまだ立っていられたのは、ハルエスが積極的に攻撃はせず、牽制に専念していたからだろう。
「ん」
先程までセトやイエロと遊んでいたビューネが、いつの間にかレイの側までやって来て、短くそう声を漏らす。
レイもビューネとそれなりに付き合いは長くなったので、そこにあるのは不満の色だというのは分かる。
ビューネは戦闘の際、長針以外に短剣を使う。
レイの仲間の中で短剣をメインに使っているのは、ビューネくらいだ。
そんなビューネの目から見て、ハルエスの短剣の扱い方はまだ甘いと、そう思えたのだろう。
「一応言っておくが、ハルエスの普段の武器は弓だ。今はその弓を持っていないから、短剣を使っているだけだぞ」
「……ん」
レイの言葉に納得したのか、してないのか。
ビューネは数秒前の不満の色を消す。
そして、ちょうどそのタイミングでハルエスは腹部に拳を貰い、その場に崩れ落ちる。
「あちゃあ」
ハルエスは決して腕の立つ戦士という訳ではない。
それでも無理をせず、牽制に専念していたお陰もあり、イステルと二人で何とかヴィヘラとやり合えていた。……もっとも、それはヴィヘラが十分に手加減をしていたからこその出来事でもあったが。
ともあれ、曲がりなりにもやり合えていた理由のハルエスがダウンしてしまった以上、イステルは一気に押し込まれる。
前に、前に、前に。
間合いを詰めてくるヴィヘラに、イステルは必死になってレイピアを振るう。
だが……放たれる突きはあっさりと回避され、もしくは手甲によって受け流される。
そして気が付けば、既にヴィヘラはイステルの目の前……レイピアの間合いの内側にして、格闘の間合いの中に入っており……
「ぐっ……」
他の面々同様、腹部に一撃を入れられて地面に崩れ落ちるのだった。
「で、どうだった?」
料理の手伝い――運ぶだけだが――を一通り終えたレイは、ヴィヘラに近寄り尋ねる。
そんなヴィヘラの側では、生徒達が地面に倒れ込んでいる。
……気絶していない者がいないのは、不幸中の幸いか。
「そうね。まぁ……悪くはないんじゃない?」
「お」
ヴィヘラの口から出たのは、レイにとっては驚くべき言葉。
普通なら褒めているとは思えない返答だったが、アーヴァイン達はまだ冒険者育成校の生徒だ。
そんな生徒達が、戦闘狂のヴィヘラから悪くはないという言葉を貰ったのだ。
これは、ある意味で快挙に近い。
……それを聞いた本人達がどのように思うのかは、また別の話だが。
生徒達の多くは向上心が高いのだから。
「勿論、今はまだまだよ。でも、このまま経験を積めば相応の力を持つようにはなると思うわ。それに、レイが教えてるんだから、強くならないと困るでしょう?」
「そう言ってくれると、俺としても嬉しいんだけどな」
レイとヴィヘラが話していると、ようやく地面に倒れていた生徒達も起き上がってくる。
真っ先に起き上がったのは、ザイード。
持ち前の身体の頑丈さにより、強い耐久力を持つのを示した形だ。
……もっとも、それはつまりザイードのような巨漢を拳一発であっさりとダウンさせたヴィヘラの力に驚くべきなのだろうが。
防御を……この場合は厚い筋肉の壁を無視して体内に直接衝撃を与える、ヴィヘラの代名詞である浸魔掌を使ったのなら、ザイードを一撃で倒しても不思議ではない。
だが、今回の模擬戦においてヴィヘラは浸魔掌は一度も使っていない。
純粋に、自分の身体能力と技……スキルという意味ではなく、技術によって生徒達を倒したのだ。
(間違いなく、以前よりも強くなってるよな)
全力を出した訳ではないヴィヘラだったが、それでもちょっとした身体の動きや重心の使い方といった行動から、純粋に戦いの技術が上がっているのがレイにも理解出来た。
もっとも、それもある意味当然ではあるのだろう。
ヴィヘラは元々戦闘狂だ。
そうである以上、戦いを好み、だからこそ多くの戦いを経験し、それによって技術が上がるのは自然なことなのだから。
普通なら戦いの途中でまけるなりなんなりし、命を落としてもおかしくはなかったが。
「どうしたの?」
「今の模擬戦を見ていても思ったんだが、ヴィヘラは間違いなく以前よりも強くなっているなと思って」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
レイの言葉に、言葉通り嬉しそうな……本当に、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
戦闘狂のヴィヘラにしてみれば、自分の強さを褒められるというのはそれだけ嬉しいことなのだろう。
それこそ美貌を褒められるのと同じくらい……いや、対象がレイであれば、美貌を褒められるのも嬉しいが、それ以外の者達には美貌を褒められるよりは強さを褒められた方が嬉しい。
「レイがいない間、私も遊んでいた訳じゃないのよ」
「ヴィヘラの場合はそもそも戦闘が遊びだろうに」
椅子に座って紅茶を飲んでいたエレーナが、若干呆れたようにそう言ってくる。
そんなエレーナの言葉に、不満そうにするものの反論出来ないヴィヘラ。
実際、エレーナの言葉が間違っていないとそう自分で理解しているからだろう。
「ほら、言い争いをしていないで。そろそろ夕食にするわよ。レイの生徒達も起きてきたし……レイはちょっとテーブルを出すのを手伝ってちょうだい」
料理をテーブルの上に並べていたマリーナの言葉に、レイは素直に家の中に向かう。
庭に置かれているテーブルはそれなりの大きさだ。
レイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネの六人が一緒に食事をするのに狭いとは感じないくらいには。
だが、そこにニラシス、アーヴァイン、イステル、ザイード、ハルエス、カリフ、ビステロの七人が加わるとなると、明らかにテーブルが狭い。
その為、家の中にあるテーブルを庭に出すというマリーナの指示は自然なものだろう。
あるいは中庭の地面は土が剥き出しになっている訳ではなく、芝生になっている。
そこに何か布を敷いて、ピクニック風にしてもいいのだが……料理の数を思えば、やはりテーブルの方が都合がいいらしい。
そんな訳で、レイはリビングにあったテーブルと椅子をミスティリングに収納して外に出る。
このテーブルや椅子は、エレーナが面会をする時にも使っているだけあって、それなりの高級品だ。
つまり、それだけしっかりとした作りになっており……本来なら、そう簡単に持ち運ぶことは出来ない。
だが、レイにはミスティリングがあるので、重量は問題にならなかった。
そうして中庭にテーブルと椅子を運ぶと、そのテーブルの上にも様々な料理が並べられる。
また、レイが出したマジックアイテムの窯からは、食欲を刺激する香りが漂っていた。
「レイ……その、俺達がこのテーブルや椅子を使っても、本当にいいのか?」
最初にニラシスと模擬戦をしたということもあり、余裕があるニラシスがレイにそう尋ねる。
……体調的には余裕はあるが、まさか自分達の方が見るからに高級品と思われるテーブルや椅子を使ってもいいのかと、そういう意味では余裕がなかったが。
「別に構わないだろ。テーブルはテーブルだし、椅子は椅子だ。意図的に破壊しようとするとかするなら止めるが……そんなことをするつもりはないだろう?」
「当然だ。そんな馬鹿なことをする筈がない」
ニラシスにしてみれば、そんなことをする意味がどこにあるのかと言いたいらしい。
これが、例えば相手と敵対しており、挑発をしたい……そのような場合なら、話は別かもしれないが。
「なら、構わない。……そもそも、家主がそれでいいと言ってるんだし」
「俺達がもう一つのテーブルと椅子を使った方がいいと思うけどな」
元から中庭で使われているテーブルや椅子も、決して安物という訳ではない。
それは事実だが、同時にリビングで使われていたテーブルや椅子の方が高価なのも間違いない。
「ニラシス達は、今日は客だ。それなら良い物を使わせるというのは、そんなに間違ってはいないだろう?」
レイにそう言われると、ニラシスもそれ以上は反論出来ない。
いや、反論しようと思えば反論は出来るのだろう。
だが、これ以上反論しても意味はないと、そう理解出来たのだろう。
そうしてレイがニラシスと話している間にも、倒れていた生徒達がそれぞれ立ち上がる。
頑強な身体を持つザイードはともかく、他の面々がこうも短時間で立ち上がることが出来たのは、それだけヴィヘラが手加減をしたからだろう。
ニラシスはそんな生達の様子を見ながら……そして自分が戦った時のことを考えながら、ふと気になったことをレイに尋ねる。
「なぁ、レイ。ヴィヘラ……だったか? あの人はギルムの中でどのくらいの強さの人だ?」
その問いは、ニラシスにとっても大きな意味を持っている。
もしこれで、実はヴィヘラはギルムにおいても弱い方……もしくは平均程度の実力だと言われれば、そんなヴィヘラに手も足も出ずに負けた自分は、一体どれだけ弱いのかと、そう思ってしまうのだから。
「間違いなくトップ層の一人だな」
だが、幸いなことにレイの口から出た言葉はそのようなものだった。
「そう、か」
レイの答えに安堵するニラシス。
だが同時に、ギルムにおけるトップ層の実力というのは圧倒的なものがあると、そう理解してしまったのも事実。
ニラシスもガンダルシアにおいてはトップ……とまではいかないまでも、中の上、あるいは上の下といったくらいの実力はあると自負をしている。
ガンダルシアにおける最高のパーティ、久遠の牙の戦士であるドラッシュと模擬戦をしても、勝つことは出来ないがある程度持ち堪えられるという自信があった。
だが……ヴィヘラを相手にしての戦いでは、それこそ何も出来ず一方的に負けてしまった。
まさに、手も足も出ないという表現が相応しい程に。
だからこそ、ガンダルシアとギルムの間にある冒険者の実力差……あるいは冒険者人口の違いというものをしみじみと納得してしまう。
「レイから見て、俺は弱いか?」
「いや、別に弱くはないと思うぞ?」
「本当にか? 正直に言ってくれ」
そう尋ねるニラシスの目には、どこか必死な色がある。
(無理もないか)
そんなニラシスを見ながら、レイはそう思う。
何しろニラシスは、ダンジョンでそれなりに大きな怪我をした。
今こうして生徒達の付き添いとしてギルムにいるのは、一種の療養の意味もある。
……傍から見ると、どこからどうみても療養には思えないが。
ともあれ、ニラシスはだからこそパーティとしてダンジョンを攻略する為には、自分がもっと強くならなければならないと思っている。
だからそ、レイに、向かって強く聞いてきたのだろう。
そんなニラシスの様子に、レイは大きく息を吐いてから口を開く。
「そうだな。ニラシスは弱くはない。弱くはないが……だからといって、決して強くもない」
それがレイの正直なニラシスの評価だった。
レイとしては、その言葉通りニラシスが弱いとは思っていない。
そもそも弱いのであれば、フランシスが冒険者育成校の教官として雇おうとはしなかっただろう。
そういう意味では、フランシスからは相応の強者であるとは認識されているのは間違いない。
とはいえ、それはあくまでもガンダルシアでの強者だ。
ガンダルシアでは強者であっても、多くの冒険者が集まっているギルムにおいては平均程度の実力……あるいは、もう少し下といった実力になる。
「そうか。……強くなりてえなあ」
レイの言葉に、ニラシスはしみじみと呟くのだった。




