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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3949/3999

3949話

 ニラシスは長剣を振るう。

 最初こそは、ヴィヘラを……娼婦や踊り子のような薄衣を身に纏った女を相手に、武器を振るうのを心のどこかで躊躇していた。

 しかし、今となっては既にニラシスはそのような躊躇など全く考えた様子もなく、ただ必死にヴィヘラに向かって攻撃していた。

 しかし、そこまでやってもヴィヘラには攻撃が命中するどころか、掠るようなこともない。

 それはニラシスの攻撃を完全に見切っているということの証だった。

 ニラシスも、ガンダルシアにおいては腕の立つ冒険者の一人だ。

 超一流とまでは届かないが、一流と呼んでもおかしくはない……そんな技量の持ち主。

 もっとも、それはあくまでもガンダルシアの中だけの話だ。

 冒険者の本場と言われるこのギルムにおいては、ニラシスと同程度の強さを持つ者は数え切れない程にいる。

 ……もっとも、ニラシス本人もそれについては十分に理解している。

 しかし、それでもこうして攻撃を完全に見切られているというのは、信じられなかった。

 ただし、ニラシスの非凡なところは自分の攻撃を完全に見切られていても、受け入れられることだろう。

 自分の真っ当な攻撃が通用しないならと、攻撃の質を変える。

 勿論、それでも大きく変える訳ではない。

 例えば本来なら横薙ぎの一撃を放つところで、袈裟懸けと横薙ぎの中間くらいの場所を狙ったり……といったようにだ。

 突然攻撃の質が変わったことに、しかしヴィヘラが浮かべたのは驚きではなく笑み。

 判断が早いじゃない。

 そう言いたげな笑みを浮かべ、模擬戦を続ける。

 ヴィヘラのそのような笑みにはニラシスも気が付いていたが、攻撃の手を緩めることはない。

 次々に放たれる攻撃。

 しかし、ヴィヘラは既にその攻撃を完全に見切っており……手甲で弾くといったこともせず、極限の見切りとでも呼ぶべき行動で回避していた。


「さて、じゃあ次はこちらから行くわよ」


 その言葉と共に、すうっと前に出るヴィヘラ。

 その動きは、まさに地を滑るといった表現が相応しいような、そんな動きだった。

 戦っているニラシスには……いや、ニラシスだけではなく、この後で模擬戦を行うということで二人の戦いを見ていたアーヴァイン達にも、どうやってヴィヘラが動いたのかは理解出来ない。

 いや、勿論離れた場所で見ているのだから、動きそのものは理解出来ていた。

 だが、何故そのような動きでそうした結果になるのか……それが全く理解出来なかったのだ。

 戦っているニラシスは、余計にそのように思っただろう。

 気が付けば、いつの間にか目の前までヴィヘラが来ており、次の瞬間には何がどうなったのか分からなかったが、地面に尻餅をついている。

 足に微かな衝撃があったことを思えば、恐らく足払いか何かをされたのだろうというのは予想出来た。

 しかし、それはあくまでも足に衝撃があったからだ。

 目の前に立っていたヴィヘラは、特に何か足を動かしたようには見えない。

 ただ目の前に立っているようにしか思えないのだが、一体何がどうなってそうなったのか、ニラシスには全く理解出来なかった。


「まだやる?」


 息も切らさず聞いてくるヴィヘラに、こちらはかなり荒い息となっているニラシスが首を横に振る。


「はぁ、はぁ……いや、止めておく。ふぅ……一体何がどうなってこうなったのか、全く理解出来ない。足に衝撃があったのは分かるが……足払いをしたようには見えなかった」

「別にそこまで難しいことじゃないわよ。予備動作をなくして、足払いを行う際にも身体の重心を動かさないようにしただけだもの」


 ヴィヘラの説明に、眉を顰めるニラシス。

 予備動作をなくする。

 足払いを放つ時に身体の重心を動かさないようにする。

 言葉だけで説明されれば、簡単なことではある。

 だが、言葉の説明で理解が出来たからそれが出来るか、あるいは対応が可能かと言われれば、それは当然のように否だ。

 普通に考えた場合、とてもではないがそれに対処出来るとは思えなかった。


「俺の負けだ。……あんたは強かった」

「貴方も、悪くはなかったわよ」


 強かったではなく、悪くはなかった。

 それは言われた方にしてみれば決して喜べるようなことではないだろう。

 例えばこれが、強かったと言われたのなら、また話は別だったのかもしれないが。


(これが、ギルム……分かってはいたが……)


 ニラシスも、自分の強さにはそれなりに自信を持っていた。

 だが、領主の館で行われている朝の訓練に参加した時、その練度に強く驚いた。

 勿論、騎士や兵士と冒険者は違う。

 しかし、それでもニラシスから見て、騎士や兵士の強さは圧倒的だったのだ。

 これが、ギルム。

 そう思うに相応しい……それだけの圧倒的なまでの練度。

 最初はそれが領主の館にいる者達だから、そう思ったのかもしれないとも考えた。

 しかし、街中に出て、改めて分かる。

 その辺を普通に歩いている冒険者であっても、明らかに自分よりも強い……それどころか、強さを察することが出来ないような者も多い。

 増築工事で仕事を求めて来た者達が多いので、思ったより強者は多くないようにも思えたが。


(ガンダルシアは……所詮、小国の迷宮都市、か)


 ダンジョンを求めてガンダルシアに集まる冒険者は、間違いなく周辺諸国の中では最も多いだろう。

 その分、腕利きも多い。

 だがそれは、あくまでもミレアーナ王国の保護国である小国の中での話でしかない。

 今こうしてギルムにいると、それこそガンダルシアにおいてはトップを走る『久遠の牙』と比べても、それより強いと思える者には何人も遭遇している。

 だからこそ、今こうしてヴィヘラに負け……それも惜しいという言葉すら生温い、完敗となっても納得出来てしまった。

 世の中は広い、と。


「さて、じゃあ次は……どうやら準備はいいようね」


 少しだけ意表を突かれたような言葉がヴィヘラの口から出る。

 教官であるニラシスが完封されたというのに、アーヴァイン達はやる気満々だったのだから。

 普通なら教官のニラシスが負けたのを見て、怖じ気づいてもおかしくはない。

 だというのに、アーヴァイン達の目には明確な戦意が宿っていた。

 特に最も強い戦意を宿しているのは、イステルだ。

 カリフやビステロのように、本来なら多少は及び腰になってもおかしくはない二人も、そんなイステルの戦意に引きずられるようにやる気になっている。


(もしかしたら、何かそういう魔法……いえ、魔法を使った様子がなかったということは、スキルかしら?)


 そう思いつつ、予想していたよりも楽しめそうなことを嬉しく思うヴィヘラ。


「じゃあ、やりましょうか。……夕食の準備も進んでいるようだし」


 テーブルのある方を見ると、そこではレイがマジックアイテムの窯を取り出し、マリーナがそれを使って何らかの料理を作っている。

 時間的に、まだ料理の準備が終わるまではそれなりに時間があるだろう。

 だが、模擬戦を行うくらいは問題がなかった。


「分かった。……皆、準備はいいな?」


 ヴィヘラの言葉にアーヴァインが全員に聞く。

 それぞれがアーヴァインの言葉に頷くものの、その中で唯一微妙な表情を浮かべたのはザイードだった。

 今日はギルドで依頼を受けたものの、その依頼は増築工事の荷物運びだ。

 一般的な依頼……例えば、モンスターの討伐依頼といったものとは違い、武器や防具を装備する必要はない。

 なので、ニラシスを含めて自分の武器を持ってはきていたが、鎧の類は身に付けていない。

 そして……ザイードの仕事は、基本的には壁役、いわばタンクだ。

 勿論攻撃も行うが、それよりもやはり防御を最優先にする。

 そんなザイードが、武器を……鎧も、何より敵の攻撃を防ぐ為にいつも使っているような頑丈な盾も持っていないこの状況で、ヴィヘラとの模擬戦を行うとなると、とてもではないが普段通りのことが出来る筈もない。

 一体自分はどうすればいいのか。

 そう悩みつつも、他の者達がやる気満々である以上は、模擬戦に参加しないという選択肢はない。

 結局盾ではなく、普通に戦うべきだろうと考え、間に出る。

 出てくるのが遅れたザイードに、アーヴァインは疑問の視線を向け……すぐその理由に気が付く。


「ザイード」

「構わない」


 アーヴァインに最後まで言わせず、ザイードは短く返す。

 実際、壁役であるザイードだが、戦士としての技量……攻撃の技量も決して低い訳ではない。

 アーヴァイン達とパーティを組んで行動している時は、アーヴァインとイステルという優れた攻撃役がいて、ハルエスのような後方から援護をする者もいるので、わざわざ自分が直接攻撃する必要はないと判断し、壁役に徹している。

 単純に、それが性に合っているという一面もある。

 しかし、ザイードが攻撃役として使えないという訳でもないのだ。

 だからこそ、今回はザイードも攻撃役に回ると判断したのなら、それはそれで構わないとアーヴァインは考えたらしい。


「さて、じゃそっちも準備はいいようね。では、始めましょうか」


 そうヴィヘラが言い……模擬戦が開始される。

 真っ先に動いたのは、イステル。

 元々生徒達の中では最も速度に優れており、武器のレイピアも長剣や槍と比べると驚く程に軽い。

 ……軽い分、正確に急所に刺さなければどうしてもダメージは小さくなってしまうのだが、今はそんなことを考える様子もなく、ヴィヘラに向かって素早く突きを放つ。

 一瞬の間に、三度の突き。

 もしレイが今の突きを見れば、三段突き? と首を傾げるだろう。

 もっとも、本来の三段突きというのは新選組の沖田総司が得意としたと言われているものなのだが、レイが知っているのはあくまでもアニメや漫画、小説、ゲームといったものに出てくるもので、その辺は知らなかったが。

 そんな素早い……それこそギルムの冒険者であっても回避出来ない者も多いだろう一撃は、しかしヴィヘラには通用しない。

 踊り子のような薄衣を身に纏っているからというのも関係するのかもしれないが、踊るようにして一瞬にして三度放たれた突きを回避する。


「っ!?」


 その様子に、イステルは驚く。

 勿論、自分の攻撃で勝負が決まるとは思っていなかった。

 だが同時に、こうもあっさりと回避されるとも思っていなかったのだ。

 倒せるとは思っていなかったが、せめて掠り傷程度ならつけられるだろう。

 あるいは、万が一……本当に万が一の話だが、回避出来ないようなら命中する寸前で突きを止めようとも思っていた。

 もっとも、ニラシスとの模擬戦を考えると、そのようなことはまず考えられなかったが。


「うおおおおっ!」


 イステルの突きを回避したヴィヘラに、左右からアーヴァインとビステロが長剣を手に襲い掛かる。

 だが、ヴィヘラはそんな左右からの同時攻撃も容易に回避する。

 左右からの同時攻撃ではあるものの、そのタイミングが僅かにずれていたのが、あっさりと回避された理由だろう。

 片方は冒険者育成校の中でも最強のアーヴァイン。

 もう片方は、ギルム行きの選抜メンバーに選ばれはしたものの、アーヴァインには到底及ばない強さのビステロ。

 この時、アーヴァインがビステロに合わせていれば、同時に攻撃が出来ただろう。

 だが、アーヴァインはそのようなことを考えず、自分の一撃の威力が最大限になるようにして放った。

 それによりビステロの攻撃のタイミングが遅れたのだ。

 ヴィヘラはそんな隙を突き、自分に振り下ろされたアーヴァインの一撃を回避し、長剣の柄の空いている部分を掴み、力の流れをコントロールする。

 するとどうなるか。

 本来ならヴィヘラに向かって振り下ろされる筈だった一撃は、どのような力の流れによるものか跳ね上がるような軌道を描いてビステロの長剣の刃にぶつかる。


「え?」


 あまりに予想外。

 何がどうなってそうなったのか分からず、ビステロは声を上げ……


「遅い」


 その言葉と共にヴィヘラの拳が胴体にめり込み、衝撃に耐えられず地面に膝を突く。

 それでも何とか顔を上げたビステロだったが、その目に映ったのは自分と同じく地面に膝を突いているアーヴァインの姿だった。


「くっ!」


 そんな二人の様子に、イステルは即座に追撃を選ぶ。

 ……これは、イステルの判断ミスだろう。

 普段のイステルなら、一度退いていた筈だ。

 それが出来なかったのは、アーヴァインという自分達の中でも最強の戦力が一瞬にしてやられたというのもあるが、レイを想う者としてここは退けないと判断した為だ。


「え? ちょっ!」


 突っ込むイステルを見て驚きの声を上げたのは、カリフ。

 カリフの考えでは、ここでイステルは一度退くと思ったのだが、その予想が完全に外れた形だった。


「ええいっ、もう!」


 それでも女としての勘でイステルが前に出た理由を察したカリフは、同じ女としてイステルをフォローすべく自分も前に出るのだった。

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