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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3946/4005

3946話

「あそこが貴族街か」


 ニラシスがレイの隣で、遠くに見える貴族街を見てそう告げる。

 現在レイ達は貴族街に向かっているところだ。

 なお、今レイ達がいるのは貴族街の近く。

 貴族街には入れないが、裕福な者達が住んでいる区域だ。


(そう言えば、あの一件……どうなったんだろうな)


 レイは以前、この高級住宅街において、とあるトラブルに巻き込まれたことがあった。

 高級住宅街にある屋敷の地下に巨大な空間が存在し、そこで行った諸々の出来事。

 結局その件が終わってからはレイは高級住宅街に入ることは殆どなかった。

 貴族街に行く途中で、こうして近くを通りすぎるくらいだ。

 だからこそ、今こうして歩いている中でふとそれが気になったのだ。

 もっとも、気にはなったが、だからといってわざわざ見に行きたいかと言われると、レイはそれに否と答えるのだが。


「レイ? どうしたの?」


 レイが高級住宅街の方を見ているのに気が付いたミレイヌが、不思議そうに聞いてくる。

 それでいながら、若干だがその表情に不満の色があるのは、ここでゆっくりしておらず、早くマリーナの家に……セトに会いに行きたいと思ったからだろう。

 そんなミレイヌの考えを察したのか、あるいは単純に高級住宅街の一件に興味を失ったのか、とにかくレイはすぐに答える。


「何でもない。考えてみれば貴族街に行くことは多かったけど、向こうの方に行くことは殆どなかったなと思って」

「あら、そうなの? 私はそれなりに行く機会があったけど。……とはいえ、別にどうしても行きたいとか、そういう風には思わないけどね」


 そうして言葉を交わしながら、レイ達は貴族街に入る。

 ……するとタイミングが良いのか悪いのか、丁度レイ達が貴族街に入ったところで見回りをしている冒険者達と遭遇する。


「……何だ、レイか」


 数秒の沈黙の後で、冒険者の一人がレイを見てそう言う。

 セトがいないのに、レイをレイと認識出来るのは、相応の技量を持っている証だろう。


「他にはミレイヌも……で、他の者達は誰だ?」


 レイとミレイヌに対しては態度が柔らかかったのだが、他の面々は初めて見る顔ということもあってか、警戒の視線を向ける。

 そんな冒険者達の様子から、ニラシスは何気なく……そして生徒達は見るからに緊張した様子で何かがあっても対処出来るようにしていた。

 もっとも、見回りをしている冒険者達は全員がニラシスよりも腕が上だ。

 ニラシスは何気なく見えるように装っているものの、冒険者達にはあっさりと見抜かれていたが。

 それでも冒険者達が何も言わなかったのは、ニラシスが何かをしようとも、自分達なら容易に対処出来るという自信があった為だろう。

 これでもしレイやミレイヌが同じように行動をしていれば、冒険者達も警戒しただろうが。

 そんなやり取りに気が付きながらも、レイはそれを気にした様子もなく口を開く。


「こいつらは俺の同僚と生徒達だ。今、他の国にある迷宮都市で冒険者育成校の教官をしていてな。それで俺が一時的に帰るついでに、優秀なのを何人か連れてきたんだ」


「優秀……か。まぁ、レイが言うのならそうなんだろうな」

「まだ生徒だから、お手柔らかにな。それより、行ってもいいか?」

「レイがいるのなら問題はないだろ。ミレイヌもいるし。ただ……レイやミレイヌなら分かってると思うけど、妙なことはしないでくれよ。ただでさえ、最近は道に迷った振りをして貴族街に忍び込もうとする奴が多いんだ」

「それは、また……無理があるだろうに」


 例えばここが普通の住宅街であれば、道に迷ったという言い訳も使えるだろう。

 だが、ここは貴族街だ。

 周囲を見れば、どこも一般人では建てるのも維持するのも到底無理だろう屋敷が幾つも建ち並んでいる。

 そのような場所に一般人が道に迷って入り込むのは、レイから見ても明らかに無理のあることだった


「それが分からないのか、無理があると言われても誤魔化せる自信があるのか。……とにかくそんな連中がいて、見回りも厳しくなっている」

「だろうな。まぁ、別に俺が何かをしたりとかは……向こうから絡んで来たりすれば、話は別だが」


 そう告げるレイに、話していた冒険者だけではなく、その仲間達までもが嫌そうな表情を浮かべる。

 レイは敵対した相手が貴族であろうとも、その力を振るうのを躊躇したりしないというのを知っているからだろう。

 もっとも、当然ながらこの貴族街に住む貴族もその辺りの事情は知っているので、レイと敵対しようと考える者はいない。

 ましてや、レイはこのギルムの領主であるダスカーの懐刀と見なされているのだ。

 それはつまり、自分からレイに絡んで喧嘩を売った場合、自然とダスカーにも喧嘩を売るということになるのだから。

 このギルムの貴族街に住んでいる者達で、そのようなことをする者はいない。

 ……もっとも、中には最近ギルムに来たばかりでギルムの事情について知らず、その無知からレイに絡むといった者がいる可能性は十分にあったが。


「そうならないことを願ってるよ。……さて、じゃあ俺達は行くよ」

「気を付けてな」


 短く言葉を交わし、冒険者達は立ち去る。


「ぬぅ……」


 冒険者がいなくなったところで、不満そうに唸るのはザイード。

 いつもは寡黙なザイードだったが、先程のレイと冒険者達とのやり取り……ザイード達が優秀だと口にしたレイに対し、冒険者の返答は暗にそうは思えないと言っていたことに気が付いたのだろう。


「落ち着け、ザイード。俺達がまだ弱いのは事実だ」

「アーヴァイン」


 ザイードはその言葉で我に返り、アーヴァインの名前を呼ぶ。

 それを見ていたレイは、少し意外だった。

 レイも当然ながら、先程の冒険者の言葉の裏にあるものについては理解していた。

 ただ、それが事実である以上は仕方がないとも思っていたが。

 しかし、その冒険者の言葉で真っ先に不満を露わにするのは、てっきりアーヴァインかと思っていたのだ。

 だが、実際にはそれはザイードで、アーヴァインが抑え役に回っている。


(アーヴァインもパーティリーダーとして率いる立場になったのが、良い結果をもたらしたのかもしれないな。……だからといって、不満を持っていない訳ではないようだけど)


 ザイードの抑え役に回ったアーヴァインだったが、その拳が握り締められているのはレイにも見て取れる。


「ほら、行くぞ。色々と思うところはあるかもしれないが、今はまだお前達の実力が足りないのが悪い。今日の件が悔しかったら、もっと強くなるようにしろ」


 そう言い、歩き出すレイ。

 ミレイヌもアーヴァイン達にどのような反応をすればいいのか分からず、励ましの視線を向けてからレイを追う。

 若手の出世頭と呼ばれるミレイヌだったが、もっと若い……もしくは幼い時は、その実力不足から他の冒険者に侮られることが多かった。

 だからこそ、これに負けるなといったように思ったのだろう。

 ……もっとも、それ以上にセトに早く会いたいという思いの方が強かったようだが。


「それにしても……これが貴族街か。凄いな」


 ハルエスが周囲の様子を見ながら呟く。

 既に貴族街に入っているということもあり、中には貴族の屋敷が並んでいる。

 ハルエスにしてみれば、貴族の屋敷だというのは初めて見るのだろう。

 興味深そうに屋敷であったり、庭であったりを眺めていた。


「ちょっと、ハルエス。貴族街を見に来たのは確かですけど、あまりキョロキョロしないでちょうだい。田舎者だと思われるじゃありませんか」


 そんなハルエスの様子に、不満を口にするのはイステル。

 自らも貴族出身のイステルにしてみれば、仲間がそのように見られるのは耐えられないのだろう。

 だが、ハルエスはそんなイステルに対して不思議そうに視線を向け、口を開く。


「田舎者も何も、俺達がそうなのは間違いないんだ。なら、別にそう思われてもいいじゃないか」

「……レイ教官に恥を掻かせると? ハルエスは忘れてるようだけど、レイ教官はこのギルムを拠点にしてるのよ。その拠点で、レイ教官の連れて来た私達がみっともない真似をすれば、それこそがレイ教官に恥を掻かせることになるわ。それに……ガンダルシアの冒険者は全員田舎者だと笑いものにされるかもしれないのよ?」


 そんなことはない……とは、話を聞いているレイも言えなかった。

 ここが普通の街中であれば、そここまで気にするようなことはないだろう。

 しかし、ここは貴族街なのだ。

 そして貴族の中には、相手を馬鹿にすることを貴族の高貴なる義務であると考えているような者もいる。

 それはこのギルムにある貴族街でも、変わらなかった。

 ギルムの領主であるダスカーの存在により、直接手を出してくるといったことは基本的にはないが、馬鹿にして笑うといったことくらいは普通に行われるのだから。

 イステルがそう説明すると、ハルエスは不満そうにしながらも、周囲の様子を眺める行動を小さくする。

 ……あくまでもやめないのは、ハルエスが貴族街に来たのは初めてだし、再度このような貴族街に来ることがあるとは限らないからだろう。

 イステルもハルエスのそんな態度に、取りあえず矛を収める。

 先程までのように、見るからに田舎者といった様子で周囲を見ているのではなく、見苦しくない程度に周囲の様子を眺めているのを確認出来たからだ。

 そうして一行が進んでいると……


「あら、レイとミレイヌじゃない。どうしたの?」


 前からやって来た冒険者達と遭遇する。

 その中のリーダー格なのだろう女が、そう声を掛けてきた。

 相手はレイとミレイヌの存在を知っているので、そこに敵対の色はない。


「マリーナの家に戻るところだ。ミレイヌはセトと会いに、他の連中は貴族街の見学だよ」

「あら、そう。レイなら心配はいらないと思うけど、気を付けてね」


 短く言葉を交わし、冒険者達とすれ違う。

 ふぅ、と。

 生徒達の誰かが安堵の息を吐いたのがレイの耳に聞こえてきた。


(別に、そこまで気にするようなことじゃないとは思うんだけどな。特に何か悪いことをしてる訳でもないんだし)


 そう思うレイだったが、生徒達にしてみれば自分達よりも圧倒的に格上の存在を前にして、それで何も思うなという方が無理だろう。


「ほら、行くわよ。まだ見るべき場所はかなり残ってるんだから」


 こちらもレイと同じく、あまり緊張した様子のないミレイヌが言う。

 そんなミレイヌの言葉で我に返ると、一行は再び貴族街の中を進み始め……


「噴水……ですよね、あれ。凄い……」


 とある貴族の屋敷の前で、庭を見たカリフが感嘆した様子で言う。

 貴族の屋敷は、完全に庭と外を遮るような壁を作っていたりもするが、格子状になっており、その隙間から中を見ることが出来るようになっている屋敷もある。

 この辺りは屋敷の主人の趣味であったり、防犯意識についてでもあったりする。

 現在レイ達が通った場所にある屋敷は、庭に立派な……それこそカリフだけではなく、レイから見ても間違いなく立派だと言えるだけの噴水があることから、それを通行人に見せたいと思って格子状の壁にしてるのだろう。


「確かに、凄いな。芸術品というのはこういうのを言うのか……」


 アーヴァインがしみじみとカリフの言葉に同意するように呟く。

 屋敷の庭に設置されている噴水はそれその物が芸術品のように見える。

 実際、この屋敷の主人もそれを目的としてこの噴水を作ったのは間違いない。

 そして噴水から噴き上がる水が、夕暮れの光に照らされ、余計に美しく思える。

 カリフやアーヴァインだけではなく、他の面々もそんな噴水に目を奪われていた。

 その時、その屋敷から数人の冒険者が出て来るのだが、最初庭を見ているレイ達を見て警戒したものの、その視線の先にある噴水を見て、それに目を奪われているのだと知り、安堵すると同時に誇らしい気持ちになる。

 この屋敷の主人に雇われているのが自分達だというのが、それだけ誇らしかったのだろう。

 レイやミレイヌといった顔を知っている冒険者達がいるのなら、わざわざ声を掛けて噴水を見ているのを邪魔することもないだろうと考え、貴族街の見回りに向かう。

 そんな冒険者達の様子はレイも気が付いていたものの、今は噴水を眺めるのを優先する。

 そうしてある程度の時間が経ったところで、レイは口を開く。


「さて、そろそろ行くか。貴族街は広いから、他にも色々と見るべき場所がある」


 そんなレイの言葉に他の者達も我に返り……そして貴族街の見学は続く。

 その後、レイが言うように他にも変わった屋敷、見て楽しい屋敷、驚くような屋敷……といったように、一行は貴族街を十分に満喫するのだった。

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