3945話
「レイの嘘つきぃっ!」
ギルドの前にミレイヌの声が響く。
それを聞いていたレイは、少し困った様子で口を開く。
「嘘つきと言われてもな。スルニンが絶対にいないと言った訳じゃないんだが」
ギルドの前にやって来たレイ達だったが、そんなレイ達……正確にはレイの一行の中にいたミレイヌは、ちょうどギルドから出て来たスルニンとばったりと遭遇してしまったのだ。
そしてミレイヌを見つけたスルニンは、即座にミレイヌを捕まえた。
「レイさん、ギルムに戻ってきているという話は聞いていましたが……うちのミレイヌが迷惑を掛けてしまったようですね。申し訳ありません」
ミレイヌの頭を掴んだまま、スルニンがそうレイに頭を下げてくる。
当然のようにミレイヌの頭も、スルニンの力で強引に下げられていた。
「その……だな、うん。別にそこまで気にしなくてもいい。見ての通り、今日はセトを連れてないし、ミレイヌもそんなに暴走はしていなかったから」
「……そう言えば、セトがいませんね。今日はレイさん一人……いえ、そちらの方々は?」
そこでようやくスルニンもある程度落ち着いたのか、そう尋ねる。
「俺はガンダルシア……他国の迷宮都市にある冒険者育成校で臨時の教官をやってるんだが、その冒険者育成校の生徒達だ」
「ほう。……そう言えば、ギルムでも拡張工事が終わったら、テイマーの学校を作るという噂を聞いたことがありますが、その関係ですか?」
「どうだろうな。俺としてはそんなつもりはないけど、ダスカー様なら、その辺は何かを考えていてもおかしくはないと思う」
そうレイが言うと、何故かイステル達が驚きと尊敬の視線をレイに向けてくる。
レイがテイマーだというのは、セトを見れば明らかだ。
だが、それでも……レイと同じようなテイマーを他にも作れるのかという、驚きの視線。
そして単純にテイマーの教官というのは凄いという、視線もそこにはある。
そのような視線を向けられるレイだったが、正直なところ自分がテイマーの教官として上手くやれるとは思っていない。
何しろセトは、実際にはテイムした訳ではないのだから。
カバーストーリーとしては、竜騎士とワイバーンの関係と同じように小さい頃から一緒に育ってきたから、グリフォンという高ランクモンスターであってもテイム出来たということになっている。
だが実際には、セトはテイムしたのではなくレイが魔獣術で生み出した存在だ。
あくまでもレイがテイムしたというのは、カバーストーリーにすぎない。
……とはいえ、ゼパイル一門が作り出した魔獣術の存在を大々的に公表出来る筈もない。
だからこそ、レイはもしテイマーの学校が作られたとしても、自分がそこで教師や教官をやるのはあまり好ましいとは思えなかった。
もし教官をしても、具体的に何を教えればいいのか分からないのだから。
不幸中の幸いだったのは、あくまでもテイマーの学校だということだろう。
テイマーにとってテイムの仕方というのは本当に人それぞれで、もしレイがテイムの仕方を教えて、実際にそれを試してみたところで出来なくても、それはあくまでもその人物にそのやり方が合わなかったから……ということになるのだから。
もっとも、レイのやり方というのは結局のところ日本で見たりした漫画や小説、映画、あるいは遊んだゲームで描写されていたものなのだから。
とはいえ、今までレイは何人かにテイマーの仕方を教えて、実際にそれが成功したこともある以上、そのやり方が空想のものであっても決して失敗するといった訳ではないのだが。
「テイマーの学校については、正直どうなるのか分からないな。今のところはまだあくまでも話だけだし、実際にダスカー様から教官になってくれと言われた訳でもないしな」
実際にはそれらしいことを匂わされたことはあるが、その辺については黙っておく。
「とにかく、もしテイマーの学校が出来るとしても、まずは増築工事が終わってからの話だろうし。……それに、増築工事が終わった後にも色々とやるべきことはあるだろうし」
最後に言葉を濁したレイに、話を聞いていた面々は訝しげな様子を見せる。
レイもそれには気が付いていたが、レイの知ってることをそのまま言ってもいいのかどうか、分からなかったのだ。
例えば砂上船を砂漠だけではなく普通の大地でも走れるようにした、地上船を作る工場。
地上船に乗るクルーを養成する専門の教育させる。
また、緑人によって現在試験的――というにはかなり大々的になっているが――に行われている香辛料となる植物の栽培を本格的にする為の建物。
テイマーの学校も含めて、レイが知っているだけで進んでいる計画はこれだけある。
あくまでもレイが知ってるだけでこうである以上、レイが知らない何らかの計画が他に幾つもあってもおかしくはなかった。
数年を掛けて行われる増築工事である以上、そのくらい複数の計画が同時に進んでいても、おかしくはない。
「寧ろ、私達が知らない情報をそれだけ知っているレイさんに驚きですが。……もっとも、レイさんとダスカー様の関係を考えれば、それもおかしくはないのかもしれませんが」
スルニンの言葉に、ミレイヌも同意するように頷く。
レイがダスカーの懐刀だという噂は、当然のようにミレイヌやスルニンも知っている。
とはいえ、この二人は何だかんだとレイとの付き合いもそれなりにある。
つまりそれだけレイの性格を知っているということであり、だからこそレイが誰かに……それこそ、相手がダスカーであっても本当に仕えるかと言われれば、疑問に思うのだが。
「ともあれ、今は……ん? ああ、丁度いいな」
スルニンとミレイヌに何かを言おうとしたレイだったが、タイミング良くレイ達のいる場所……より正確にはギルドに向かって歩いてくるニラシス達の姿を見つける。
そんなレイの言葉に気が付いた訳でもないのだろうが、近付いてくるニラシスもレイの姿に気が付く。
レイの側にイステル達がいたというのも、影響してるのかもしれないが。
「レイ? 領主の館の方に来ると思ってたんだが」
「街中でイステル達に会ったから、丁度よかったんだよ。……それで、ニラシス達は今日どうだった? 増築工事の依頼を受けたのは知ってるが」
「ザイードとハルエスはそれなりに元気だな」
そう言い、ニラシスは自分と一緒に行動していた者達を見る。
言葉通り、ザイードとハルエスはまだ大分元気そうだった。
ザイードは壁役やタンクとして、重い盾を持ち歩くことが多いから建築資材の運搬でもそこまで苦にならなかったのだろう。
ハルエスは元々がポーターである以上、重量物を運ぶのは普段から行っている。
そんな二人と比べて、アーヴァインは冒険者としては生徒達の中で突出した存在であるのは間違いないが、建築資材の運搬となると話が違うらしい。
「何事も経験だしな。……で、貴族街の案内の件だが、貴族街を案内した後で俺の家……いや、正確には俺の家じゃなくて俺が住んでる家なんだが、そこで夕食を食べて、帰りはこっちのミレイヌに送って貰おうと思ってるんだが、構わないか?」
「夕食を? いやまぁ、それはありがたいか……ミレイヌだったか? あんたはいいのか?」
ニラシスにしてみれば、自分の行動で他人に迷惑を掛けたくないと思ったのだろう。
しかし、そんなニラシスの問いにミレイヌは満面の笑みで頷く。
「ええ。勿論こっちとしては構わないわ。いえ、寧ろ望むところといったところかしら」
「……なぁ、レイ。何でこんなにやる気満々なんだ?」
ミレイヌのやる気満々の様子を疑問に思ったのだろう。
そう聞いてくるニラシスに、レイは困った様子で口を開く。
「簡単に言えば、セト好きだ」
「……ああ、なるほど」
レイの言葉に、ニラシスはイステルを見て即座に納得する。
ガンダルシアからギルムに来るまでの間、イステルがセトを可愛がる光景を散々に見てきたから、レイの言葉ですぐに何故ミレイヌがここまでやる気を出しているのかを理解したらしい。
「そんな訳で、ミレイヌの心配はしなくてもいい。寧ろ、ミレイヌがニラシス達に感謝してもいいくらいだ」
「そうね。感謝してるわ」
レイの言葉の正しさを示すように、ミレイヌはそう言う。
実際、ミレイヌにしてみれば、久しぶり……本当に久しぶりにセトと会えるのだ。
その機会を作ってくれたニラシス達には、感謝しかない。
「うん。まぁ、話は分かった。それはそれで構わない」
ミレイヌの様子から、これ以上深入りはしない方がいいと判断したらしいニラシスがそう言う。
そんなニラシスの様子に、スルニンは握っている杖に思わず力を込める。
「えっと、そういうことなんだが……スルニンはどうする? 一緒に来るか?」
このままだと再び杖がミレイヌの頭に振るわれると思ったのか、そうレイが尋ねる。
レイの問いに我に返ったスルニンは、残念そうに首を横に振る。
「いえ、申し訳ありませんが、私はこれから少し用事があるので。……本当に残念ですが」
最後の一言は、ミレイヌを見ながらの言葉。
そんなスルニンの言葉に、ミレイヌはビクリとする。
釘を刺されたと、そう理解した為だ。
(無理もないか)
スルニンの行動は、レイにそう思わせるには十分だった。
何しろ、ミレイヌは今まで幾つもの失敗をしている。
具体的には、セトに貢ぎすぎて所持金がなくなったりといったように。
仮にも若手の出世頭と言われているミレイヌだ。
当然ながら稼ぐ額はかなりの金額となる。
勿論、そうして稼いだ金額の多くは装備品であったり、各種道具、あるいはポーションといった物に使われる。
だが、それでも手元に残るのは結構な金額になるのだが……それを全てセトに貢いだことがある。
一番酷かったのは、自分の欲望に負けて冬にそのようなことをしたことだろう。
ギルムにおいて冬の冒険者というのは、基本的に春まで休む為、秋までに冬越えの資金を貯めるのが一般的だ。
ミレイヌは、その冬越えの資金をセトに貢ぎ、結果として冬にギルドで依頼を受けることになった。
その時のスルニンの怒り具合を、レイは今でも覚えている。
スルニンもミレイヌにはそのような経験があるからこそ、改めて念押しをするのだろう。
「ミレイヌも同じようなことは何度も繰り返さないだろうし、そこまで心配はいらないと思うぞ。……さて、それじゃあ他に用事がないのなら、そろそろ貴族街に行きたいと思うけど」
いいか? と視線で尋ねるレイに、ニラシスは頷く。
「ああ、こっちは問題ない。色々と買い物もしてきたから、今日急いで何かをやりたいということはないし」
その言葉に、ニラシスと一緒に行動していた面々が同意するように頷く。
レイとしては、一体どのような買い物をしてきたのか少し気になったが……ギルドの前で話をするのも邪魔になって不味いだろうと、それ以上聞くのを止める。
あるいはこれで、夕方前という時間であれば人もそんなに多くはないのだろうが。
ギルドの前で話しているうちに相応に時間が経ち、人通りも大分増えてきた。
一人や二人ならまだしも、これだけの人数が集まっていると、邪魔になるのは間違いない。
実際、通行人のうちの何人かは、邪魔だといった視線をレイ達に向けている。
今はまだいいが、このままここにいると間違いなく問題になるだろう。
仕事終わりということで開放的な気分になっている者達……もしくは疲れている者達にとって、レイ達の存在は邪魔でしかないのだろうから。
「そうですね。では、私はこの辺で。……ミレイヌ、いいですね? くれぐれも妙なことはしないように」
「わ、分かったわ」
最後の最後まで念押しをしてくるスルニンに、ミレイヌはそう言葉を返す。
反論したいこともあるのだが、ここでそのようなことをしても、意味はない……どころか、今はいいが後で再び説教が待っていると理解したからだろう。
そんなミレイヌの態度を見て、取りあえず問題はないと判断したのか、スルニンは最後にレイに向かって一礼すると、その場から立ち去る。
「ふぅ……」
スルニンがいなくなったことで、安堵の息を吐くミレイヌ。
「その、大丈夫ですか?」
カリフが心配そうに声を掛ける。
カリフにしてみれば、ミレイヌは美人で腕の立つ冒険者といったように見える。
……セトのことで暴走しがちなのも、幸か不幸かイステルを知っているので、そこまで気にならない。
だからこそ、スルニンが立ち去った後で、ミレイヌに声を掛けたのだが……
「心配してくれて、ありがとうね。大丈夫よ」
ミレイヌはセトが関わっていない時の……落ち着いた出来る女といった様子で笑みを浮かべるのだった。




