3944話
「それで、捜すのはどういう人達なの?」
「名前は、ニラシス、アーヴァイン、イステル、ザイード、ハルエス、カリフ、ビステロだな。そのうち、ニラシスが冒険者育成校の教官で、それ以外は冒険者育成校の生徒達だ」
「教官が一人に残りは生徒か」
「そうなるな。……ああ、ちなみにその中のイステルはセト好きだから、ミレイヌと気が合うかもしれないな」
セト好きということで、ギルムには一種のコミュニティがある。
その上、そのコミュニティは相応の力を持つ。
実際、以前とある大商会の会長がセトを手に入れようとしてレイと揉めた時、武器屋に圧力を掛けてレイに武器を売らないようにした。
その件についてはそれ程時間をおかずに解決したのだが、その時、圧力を受けてレイに武器を売らないようにした武器屋は、レイはともかくセトにも危害を加えようとしたということで、後々肩身の狭い思いをしたのだ。
中には、妻や娘、もしくは姉や妹がセト好きで、家族内での立場が一気に悪くなった者もいたという。
今となってはもうその影響はないものの、セト好きを怒らせるとどういうことになるのかを周囲に知らしめることになった一件なのは、間違いなかった。
それだけ、セトはギルムで受け入れられているということになる。
「セトちゃんを? ……やっぱりセトちゃんね。ギルム以外の場所で受け入れられるのは当然だとは思うけど」
「そうだな。実際、ガンダルシアでは俺が思っていたよりもセトは受け入れられていたな」
レイがギルドに用事がある時、セトはギルドの外で待っていた。
それはギルムもガンダルシアも同様だったが、ギルドから出ると多くの者達がセトを愛でているのもまた、ギルムとガンダルシアでは同様だった。
(そういう意味ではセト好きという点でミレイヌとイステルは仲良くやれると思う……思うけど、どうだろうな)
セト好きという一点において、ミレイヌとイステルが同じなのは間違いないだろう。
だが、セト好きだからといって、それだけで本当に仲良くやれるのかと言われれば、それもまた微妙なところではあった。
それを示すのが、ヨハンナの存在だ。
ギルムにおける、セト好き二大巨頭として知られているミレイヌとヨハンナ。
二人共若くして頭角を現している冒険者で、揃って美人と似たところの多い二人だったが、あまりに共通点が多すぎるせいなのか、この二人はかなり仲が悪い。
勿論、仲が悪いとはいえ、殺し合いをしたりといったようなものではなく、お互いに嫌味を言い合うといったような感じだったが。
このようなミレイヌとヨハンナの関係を見る限り、ミレイヌとイステルが同じセト好きだからといって、上手くいくとは限らなかった。
「やっぱりセトちゃんの可愛さは無敵ね!」
「それは否定しない」
そう言いながらも、セトという高ランクモンスターの素材を狙ってちょっかいを出そうとした者がいたというのは、口にしない方がいいだろうと判断する。
もしここでそのようなことを口にすれば、それこそミレイヌが怒髪天を衝くといった様子で怒ってもおかしくはないのだから。
(まぁ、それでもガンダルシアでの出来事だから、ミレイヌに何とか出来るとは思わないけど。……出来ないよな? 怒りのあまり、何かが覚醒して、その結果転移能力を身に付けてガンダルシアに行くとか、そういうのはない……よな?)
普通に考えれば、ありえないことだろう。
だが、ミレイヌがどれだけセト好きなのかを知っているレイにしてみれば、ミレイヌならセトの為ならあるいは……と、そんな風に思えるのも事実。
「何?」
「いや、何でもない。セトが人気でよかったなと思っただけだ」
その言葉に、ミレイヌはすぐに納得する。
(こうして見ると、ある意味でチョロいのは間違いないんだけどな)
そう思っていると……
「レイ教官?」
不意にそんな声が聞こえてくる。
このギルムにおいて、レイを教官と呼ぶ人物は少ない。
以前貴族の子供の戦闘訓練をしたり、ギルドで冒険者達を相手に模擬戦をしたりしたことはあるが、その時も別に教官とは呼ばれていなかった。
つまり、今のギルムにおいてレイを教官と呼ぶのは……
「イステルか。噂をすればなんとやらだな」
レイの視線の先には、イステルの姿があった。
いや、イステルだけではなく、カリフとビステロもそこにはいる。
しかし、それ以外の面々の姿は見えない。
「噂、ですか? 何か私の噂でも?」
そう言いつつ、イステルの視線はレイではなくミレイヌに向けられる。
レイの口から噂という言葉が出て来たことから、自分の噂をしていたのは目の前にいる女との間でのことだろうと思ったのだろう。
そうなると、イステルも一体どんな噂をされているのかが気になる。
自分が好意を抱いている相手が、見知らぬ女……それも美人と話していたのだから、それを気にするなという方が無理だろう。
だが、レイはそんなイステルの様子に気が付かない。
ミレイヌの方は、同じ女ということもあってイステルのちょっとした仕草から、イステルがレイをどのように思っているのかを理解し、困った表情を浮かべる。
ミレイヌにとって、レイはそのような対象ではない。
勿論、レイに好意を抱いているのは間違いない。
だがそれは、あくまでも友人としての好意でしかないのだから。
あるいは、自分よりも強者である尊敬か。
そして何より、ミレイヌにとって一番大きいのはレイではなくセトの存在だ。
それこそセトが主で、レイが従であると言っても間違いではない。
ないのだが、それでもセト好きということでミレイヌがそれなりに頻繁にレイと会っているのも間違いなく、それを邪推し、ミレイヌとレイがそのような……いわゆる男女の関係であると思っている者がいるのも事実。
(とはいえ、マリーナ様とか、他にも貴族のお嬢様や戦闘狂を囲っているレイとそういう関係だと思われるのは、正直困るんだけど)
これでミレイヌが本当にレイに好意を……友人ではなく男女間の好意を抱いているのならまだしも、そうではない以上、自分とレイがそのような関係であるという噂を流されるのは困っていた。
「貴方達がレイの教え子? レイの訓練となると、大変でしょう?」
「……そうですね。ですが、それはレイ教官が私達のことを思ってくれているからだと分かっていますから」
「そう、貴方達のような教え子を持って、レイも幸せね」
あれ? と。
イステルはミレイヌの言葉に疑問を覚える。
てっきりミレイヌは自分のライバルだろうと思っていた。
だが、今のやり取りでそのような雰囲気は感じない。
するとイステルがそのことに気が付いたのを察したかのように、ミレイヌは笑みを浮かべる。
よく出来ました、その通り、といったように。
それでイステルはようやくミレイヌは自分のライバルではないと理解したのか、安堵の表情を浮かべる。
……もっとも、安堵の表情を浮かべたイステルとは裏腹に、ミレイヌはイステルに対して憐憫の視線を向けていたが。
何しろイステルの想い人であるレイの周囲には、エレーナを始めとする絶世の美女がいる。
それも一人でもどうしようもないのに、三人も。
ミレイヌにしてみれば、そんな相手を敵に回そうなどということは考えられなかった。
(この様子を見る限りだと、この子はマリーナ様達のことを知らないのよね? さすがに知っていてこういう反応をするとは思えないし)
そう思いながらも、これから自分達が行くのは貴族街……そして、そこにあるマリーナの家である以上、嫌でも分かることになるだろうと判断する。
不幸中の幸いなのは、まだ夕方に少し早い時間ということもあり、もし家にいるとしてもエレーナだけということくらいか。
もっとも、食事をしていくという話である以上、マリーナとヴィヘラとも会うことになるのは間違いなかったが。
「女同士の話し合いはもういいか? それで、他の面子は?」
「見学をするのにあの人数で行動すると動きにくいということで、二手に分かれて行動しています」
レイにそう答えたのは、イステルではなくカリフ。
ミレイヌとイステルが女同士で話しているので、ここは自分が答えた方がいいと判断したのだろう。
「なるほど、特にこの時間帯だと人も多くなってきてるしな。ちなみに、何か依頼を受けるって話だったけど、それはどうしたんだ?」
「取りあえず今日は簡単な依頼を受けました。ランクの関係で、あまり難しい依頼は受けられなかったので」
「カリフの言うように、ランクの高い依頼は難しかったですけど……受けた依頼は建築資材の運搬であったり、他にも色々と増築工事関係の依頼だったので、かなり疲れました」
そう言うビステロの表情には、強い疲労の色がある。
普段はガンダルシアでダンジョンに潜っているビステロ達だったが、ダンジョンでの探索と建築資材を運ぶのでは、使う筋肉が違うということなのだろう。
レイが日本にいた時、日頃農作業で身体を動かしている両親だったが、冬や春になってタイヤ交換をすると、農作業と比べて重労働という訳でもないのに、翌日筋肉痛になっていることがあった。
それだけ、普段使っている筋肉と違う筋肉を使うというのは厳しいことなのだ。
「明日は大変かもしれないけど、これも経験だ。……それでニラシス達との合流はどうなっている?」
「この後、ギルドの前で待ち合わせをしています」
「う……」
ミレイヌと話していたイステルがそう言ってくるが、それを聞いた瞬間、ミレイヌは不意にそんな声を上げる。
一体どうしたのかと、レイだけではなく他の面々もそのような声を発したミレイヌに視線を向けるが……レイだけは、何となく予想出来ていた。
「ミレイヌ、お前……スルニンに言ってから俺……いや、セトなんだろうけど、捜しに来た訳じゃないな?」
「レイ教官、スルニンというのは?」
イステルの問いに、レイはミレイヌを見ながら口を開く。
「スルニンというのは『灼熱の風』というミレイヌのパーティに所属する魔法使いで、言ってみればミレイヌのお目付役だな。ミレイヌが何か悪いことをすれば、持っている杖がミレイヌの頭に振るわれる」
「まぁ……」
貴族の出身らしい驚きの声を口にするイステル。
実際にはイステルは冒険者として頻繁にダンジョンに潜り、そのレイピアで多くのモンスターの命を奪っている。
杖で頭部を殴るくらいのことは、そこまで驚くようなことではない。
……ただ、それでも驚きの声を上げたのは、同じパーティの中でそこまで厳しいことをするのかと思ったのか、もしくはミレイヌのような美人の頭部を躊躇なく殴るのはどうかと思ったからなのか。
その辺りの考えは、驚きの声を上げたイステルにしか分からないだろう。
「痛いのよね、あれ……スルニンってば、魔法使いなのにメイスで戦っても十分な戦力になるんじゃないかと思うくらい」
「外見からでは、とてもではないがそう見えない力の持ち主であるというのは、俺も納得する」
これで例えば、スルニンが筋骨隆々の身体付きをした男なら、ミレイヌの言ってるようにメイスを持って戦っていてもおかしくはないと思える。
だが実際のスルニンは、細身の中年の男だ。
とてもではないが、強い力を持ってるようには思えない外見。
「だ……大丈夫。今日はそこまで怒られるようなことはしていないから。だって今日はエクリルがちょっと用事があっていないから、そんなに忙しい依頼を受けたって訳じゃなかったし」
「今日はスルニンと二人だったのか。……まぁ、エクリルがいないとなると、ミレイヌにしてみればスルニンとずっと一緒ってのは、ちょっと苦手かもしれないけどな。ああ、ちなみにエクリルというのはミレイヌやスルニンの仲間だな。パーティの潤滑油的な存在だ」
エクリルについての説明は、生徒達に向けてのものだ。
パーティの潤滑油というのは、かなり重要な役割だ。
イステル達もパーティを組んでいるので、それについては知っている。
その為、レイの説明になるほどと頷く。
「取りあえずスルニンに会ったら、俺が口利きをしてやるよ。……それとも、貴族街に行くのを止めるか?」
「止めないわ」
一瞬の躊躇もなく、断言するミレイヌ。
スルニンに怒られるのは嫌だが、だからといってセトに会えないというのはそれよりも更に嫌なことなのだろう。
だからこそ、ミレイヌはレイの言葉に対して即座にそう返したのだ。
「なら、諦めろ。それに……俺がこう言うのもどうかと思うが、スルニンがギルドにいるとも限らないだろう?」
ミレイヌはレイの言葉に一縷の希望を見出すのだった。




