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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3942/4024

3942話

「分かりました。レイ殿に言うべきことではないかもしれませんが……気を付けて下さい」


 朝食を終えた後、食休みで少しゆっくりしてからレイは長に対してそろそろギルムに戻ると言ったところ、今のような言葉が返ってきた。

 長にしてみれば、そこには余計な感情が入っていない……それこそ、きちんと言うべきことだけを言ったと思っていたのだが、それを近くで聞いていたニールセンにしてみれば、おや? と思う。

 もっとも、それをここで口にすればどのような目に遭うのか分からないので、黙っていたが。

 一昨日のお仕置きの恐怖は、今もまだニールセンの中に残っているらしい。

 もっとも、その恐怖も時間が経つに連れて弱くなってきているようだったが。

 次にレイがいつ妖精郷に来るのかは分からないが、恐らくその時にはもうお仕置きの恐怖はニールセンの中から消えているだろう。


「ああ、次にいつ妖精郷に来るのかは、ちょっと分からないけど……それこそ、もしかしたら秋に戻ってきた時になるかもしれないけど、また必ず来るから」

「秋、ですか。……分かりました」


 秋と聞き、一瞬だけ残念そうな、悲しそうな表情を浮かべる長。

 とはいえ、それはあくまでも一瞬だけだ。

 レイはそんな長の表情に気が付くことはなかった。

 それでも長の表情に何かは感じたのだろう。

 レイはどことなく申し訳なさを感じ、慌てたように話題を変える。


「そう言えば、トレントの森にダンジョンがないかを探しに行った妖精がいたと思うけど、そっちはどうなったんだ?」

「昨夜は結局何も見つけることが出来ず、戻ってきました。今日もまた、早朝からダンジョンを探すと言って妖精郷を出ています。……私としては、ダンジョンが妖精郷の近くにはない方がいいのですが」


 妖精郷を治める長の立場としては、ダンジョンのような危険な存在が妖精郷の近くにあるというのは、決して好ましいことではないのだろう。

 現在ダンジョンを探してる妖精もそうだが、基本的に妖精というのは好奇心が強い。

 そんな好奇心の強い妖精が、もし妖精郷の近くにダンジョンを見つけたらどうするか。

 間違いなく、ダンジョンを見つけた妖精だけではなく、他の妖精達もその多くが好奇心に突き動かされ、ダンジョンに向かうだろう。

 そのダンジョンに出てくるモンスターが、弱いモンスターであればいい。

 だが、強力な……それこそ、高ランクモンスターと呼ぶに相応しいモンスターだったら、どうなるか。

 妖精には妖精の輪という短距離の転移能力があるものの、それでも絶対に安全という訳ではない。

 妖精の輪を使う前に殺すといった手段を取られると、そのまま殺される可能性が高い。

 これが人間であれば……あるいは獣人やエルフ、ドワーフといった者達でもだが、とにかく知性のある者達であれば、妖精を捕らえて売るなり、見世物にするなり、あるいはマジックアイテムを作らせるといったことをしてもおかしくはないが、モンスターにそのような考えはない。

 それこそ、空を飛んでいて鬱陶しい、あるいは少し腹が減ったからおやつとして。

 そんな理由で、妖精を殺したり、もしくは喰い殺したりしてもおかしくはない。

 長にしてみれば、自分の治める妖精郷に住む妖精達がそのような結末を迎えるのは絶対に避けたいと思うのはおかしな話ではない。


「長の気持ちは分かるけど、ダンジョンがどこに出来るかというのは、完全に運だしな。……それこそ最悪の場合、妖精郷の中にダンジョンが出来てもおかしくはないと思うぞ」


 その言葉に長が嫌そうな表情を浮かべるものの、レイも冗談でそのようなことを口にしている訳ではない。

 実際にダンジョンがどこに出来るのか、明確な理由がないのだから。

 傾向としては魔力に関係する……その地に魔力が多くあるとダンジョンが出来やすいとは言われているものの、それはあくまでも傾向でしかない。

 実際、レイは以前魔熱病が流行した街に薬を持っていった時、その村にダンジョンの核があり、ダンジョンを作ろうとしているのを見つけたことがある。

 勿論、そのダンジョンの核は即座にレイがデスサイズで切断し、地形操作のレベルを上げたのだが。

 そのように村の中でもダンジョンが生み出されようとしたことがあったのだ。

 そうである以上、この妖精郷でも同じようなことがあってもおかしくはない。


(とはいえ……そうなったらそうなったで、迷宮都市ならぬ、迷宮妖精郷とかが出来そうだけどな)


 ガンダルシアで冒険者育成校の教官をしているからだろう。

 レイはそんな風にも思ってしまった。

 実際、もし迷宮妖精郷などというものが出来れば、多くの人が集まるだろう。

 妖精を目当てにする者もいれば、ダンジョンを目当てにする者もいるといったように。


「この妖精郷にダンジョンが出来たら、長としては困るか?」

「困ります。……人が来るのは、もう止められないでしょう。ですが、ダンジョンを攻略しようとする冒険者達が来ると、妖精達には間違いなく悪い影響があるでしょうし」

「……まぁ、それは否定出来ないな。実際、ギルムで多くの冒険者を見たニールセンも、悪い影響を受けているように見えるし。俺のせいもあるかもしれないけど」


 何だかんだと、ニールセンと一緒に行動する機会が多かったのはレイだ。

 そうである以上、レイの行動がニールセンに悪い影響を与えたと言われれば、レイも納得するしかない。


「あ、いえ。ニールセンの件はレイ殿には関係ないかと。あくまでもニールセン個人の問題でしょう」


 それは、想い人を悲しませたくないという乙女心……ではなく、純粋にニールセンという存在を知っているからこその言葉だった。

 ニールセンはそんな長の考えを理解し、酷いと不満を口にしようとするが……結局、口にはしない。

 今もまだ長のお仕置きの件が影響しているので、不満に思いつつも口には出さない……いや、出せないのだろう。。


「そう言ってくれると助かる。……まぁ、色々と不安にさせるようなことを言ったけど、それでもダンジョンというのはそうポコポコと出来るようなものじゃない。妖精郷に出来るなんてことはないと思うぞ」


 レイが口にしたのは、長の心配を考えてのものではあるが、決して嘘という訳でもない。

 実際、そう簡単にダンジョンが出来るのなら、それこそそこら中にダンジョンが出来ていてもおかしくはないのだから。


(とはいえ……妖精郷もそうだが、そもそもこのトレントの森が色々な意味で特殊な場所だしな。異世界に繋がる空間が地下にあったり、異世界からリザードマン達や生誕の塔。あるいは湖を転移してきたりとか。そういう意味で考えると、もしかしたらもしかするかもしれないんだよな。……フラグにならないといいけど)


 このトレントの森の異常さを考えると、普通に何が起きてもおかしくないのは、間違いない。

 そう思うが、もしかしたらそんな自分の考えがフラグになるのではないか。

 ふとそう思い、レイは自分の考えを払拭するように首を横に振る。


「じゃあ、今度こそ本当に行くから」

「はい。では、お気を付けて」


 そうして言葉を交わし、レイは長の前から立ち去る。

 次にレイが向かったのは、妖精郷の中でも霧の空間と繋がっている場所の近く。

 そこでは、セトがピクシーウルフと遊んでいた。

 お互いに走り回っている様子は、何も知らない者が見ればピクシーウルフの子供達がセトに襲われているといったように見えてもおかしくはない。

 だが、実際には当然ながらそのようなこととは全く違う。

 だからこそ、そんなやり取りを何人かの妖精達が笑いながら応援していた。


「そこだ、行け! ああ……」

「ほら、そのままだとセトに捕まるよ! もっと体格差を利用するのよ!」

「セト、頑張って!」


 そんなやり取りが聞こえてくる。

 セトとピクシーウルフの子供達が行っているのは、追いかけっこ。

 ただし、普通の追いかけっこと違うのは、レイには理解出来ない理由によって、追い掛ける方と追い掛けられる方が頻繁に入れ替わっていることだろう。

 一体何がどうなってそのようなことになっているのかは、レイにも分からない。


(多分、何となくとか、その場のノリでとか、そんな感じなんだろうな)


 それでいながら、追いかけっこは破綻しないでしっかり続いているのだから、ノリであってもそこに何らかのルールの類はあるのかもしれないが。

 そんなやり取りを数分見ていたレイだったが、セトがピクシーウルフの子供を一匹捕まえたところで、声を出す。


「セト、そろそろ帰るぞ!」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、え? もう? と喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、もう少しピクシーウルフと遊びたかったのだろう。

 ピクシーウルフの子供達も、レイの言葉を理解したのか、それともセトの様子から状況理解したのか、残念そうに鳴き声を上げていた。

 とはいえセトもレイが帰ると言うのであれば、それに逆らうようなことはしない。

 勿論、どうしても今は手が離せない状況にあるといったようなことでもあれば話は別だったが……今のところ、特にそのようなことをする必要もない以上、すぐに帰ろうということにしたのだった。


「ちょっと、レイ。本当にもう帰るの? もう少しゆっくりしていってもいいんじゃない?」


 そうレイに声を掛けたのは、レイが長に帰るから挨拶をしに行こうとした時、いつの間にか姿を消していたニールセンだ。

 長のお仕置きの効果が、どうやらまだ残っていたらしい。


「俺も色々とやることがあってな。いつまでも妖精郷にいる訳にもいかないんだよ」

「むぅ……じゃ、じゃあ、私もレイと一緒にギルムに……わきゃあっ!」


 自分も一緒にギルムに行きたい。

 そう言おうとしたニールセンだったが、次の瞬間にはその場から消える。

 いや、正確にはどこかに飛んでいった。

 それがニールセンの意思で行われた訳ではないのは、空を飛ぶ……いや、強制的に移動させられながらニールセンの口から上げられている悲鳴を聞けば、明らかだろう。

 長の使う、見えない腕……一種のサイコキネシスによるものなのは、間違いなかった。


「哀れな」


 全く懲りていないニールセンの様子に、レイの口からはそんな言葉が出る。

 恐らく……いや、確実にニールセンは長のいる場所まで連れていかれ、そこで説教されるのだろう。

 場合によっては、長によるお仕置きの可能性も否定は出来ない。

 これでまた、ニールセンにはトラウマが植え付けられるのだろう。

 ……もっとも、そのトラウマも数日であっさりと忘れてしまうのが、ニールセンなのだが。


「じゃあ、ニールセンもいなくなったことだし、ギルムに帰るか、ニラシス達に貴族街を案内するって約束もあるし」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。






「グルゥ?」


 妖精郷から帰ってきたレイ達だったが、昼に近いとはいえ、まだ午前中だ。

 なので、直接マリーナの家の中庭に降下すると、そこでゆっくりとしていたのだが……そんなレイに、セトはニラシス達の案内は? と喉を鳴らす。

 妖精郷から戻ってくる時、ニラシス達に貴族街を案内すると口にしたので、それはどうしたの? と疑問に思ったのだろう。


「案内するのは、午後になってからだな。正確には夕方から少し前くらいの方がいい。どうせなら、夕食をここでご馳走したいし」

「グルゥ!」


 夕食をご馳走というレイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 ニラシス達を招待して食事をするのだから、美味い料理を食べられると思ったのだろう。

 ……もっとも、レイが用意する料理はどれも基本的に美味い。

 レイが美味いと思える料理を纏めて購入したのをミスティリングに収納しておいたのを出すのだから、本職の料理人が作った出来たての料理が不味い筈もない。

 好みに合う合わないといった問題はあるのかもしれなかったが。


「喜んで貰えて何よりだよ。そんな訳で、取りあえず午後まではゆっくりしていよう」


 レイとしては、妖精郷でゆっくりしていてもよかったのだが……妖精郷ではニールセンを始めとした多くの妖精がレイにちょっかいを掛けてくる。

 そうなると、その相手をするのも面倒だという思いがあり……だからこそ、少し早めなのは分かっていたが、ギルムに戻ってきたのだ。

 なお、マリーナの家にいる他の面々……エレーナとアーラは面会を希望する者達の相手をしていたので、現在ここにはいない。


(あの二人の為にも、夕食は勿論、昼食は少し豪華なものにした方がいいのかもしれないな)


 そんな風に思いつつ、レイは夏にも関わらず快適な庭でゆっくりとした時間を楽しむのだった。

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