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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3941/4029

3941話

「んん……んー……ああ、そうか」


 この数日、起きたのはマリーナの家の自分の部屋だった。

 だが、今日起きた時はそれとは違う場所であり、だからこそ寝惚けた状態から我に返ったレイは、自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。

 それでも完全に我に返ると、すぐにここが……自分のいる場所がマジックテントの中であり、そして妖精郷に泊まったのだと思い出す。


「ふわぁ」


 欠伸をしつつも身支度を整えてマジックテントを出ると、そこではセトがピクシーウルフの子供達と遊んでいるところだった。

 そして少し離れた場所では、ニールセンと何人かの妖精達の姿もある。

 ……そんな中でレイが驚いたのは、焚き火があったことだろう。

 昨日、寝る前に焚き火は消した筈だった。

 これで夜の間に見張りをするのなら、焚き火を消す必要はない。

 だが、ここは妖精郷の中で危険はない。

 つまり見張りはしなくてもいいのだ。

 ……もっとも、命の危険はないものの、妖精の性格を考えれば悪戯をされる可能性は十分にあったが。

 ともあれ、間違いなく焚き火を消した筈だった。

 だというのに、一体何故今はこうして焚き火が燃えているのか。


「ふふん、驚いた? 私もそれなりに成長してるのよ!」


 焚き火を見て驚いていたレイに、ニールセンがそう言って胸を張る。


「この焚き火はニールセンが?」

「そうよ。レイは……というか、人って家の外で寝る時は焚き火をするんでしょう? だから、私がやってあげたの」


 そう言い、自慢げに言うニールセン。

 昨日、長から逃げ出した件については、既に忘れている様子だ。

 ニールセンのことだから、一晩寝て完全に忘れたのだろう。

 そう思いつつ、レイは感謝の言葉を口にする。


「そうだな、助かった。ありがとな」


 レイの言葉に、ニールセンは更に胸を張る。

 胸を張りすぎて、半ばブリッジに近い状態になっているのだが、本人は気が付いた様子はない。

 それだけ、この焚き火というのはニールセンにとって自慢出来ることだったのだろう。


(無詠唱魔法でなら、簡単に火を点けることが出来たんだけど……まぁ、別にいいか)


 ちなみにこの無詠唱魔法。

 昨夜、長と話している時にも見せたのだが、その時の長の驚きようは、それを見たレイが驚く程のものだった。

 長にしてみれば、無詠唱魔法などというのは初めてみたらしい。

 レイにしてみれば、百以上ものサイコキネシスを自由自在に操る長の方が驚きではあったのだが。

 一種の超能力に近い力を持つ長だったが、それこそ詠唱も何もなく、即座に発動するという点では、無詠唱魔法とはいえ指を鳴らすという動作が必要なレイよりも余程早い。


「凄いでしょ。薪も私が準備したんだから」

「ちょっとニールセン、何を自分だけの手柄にしてるのよ。薪集めは私も手伝ったでしょ!」


 先程までニールセンと話していた妖精が、ニールセンの言葉を聞いて不満そうに叫ぶ。

 その妖精にしてみれば、自分の手柄をニールセンに取られたように思えてしまったのだろう。

 ニールセンにしてみれば、別にそんな気はなかったのだが。

 そんな妖精達の言い合いを見ながら、レイは頷く。


「そうだな。こうして焚き火の準備をしてくれたのは助かる」


 実際には、夏の今はわざわざ焚き火をする必要はない。

 レイはドラゴンローブを着ているのでそう感じないものの、この辺りの気温はかなり高くなっている筈だった。

 とはいえ、それでも森の中ということもあり、耐えられないという程ではなかったが。

 野営をする時に焚き火をするのは、周辺の獣やモンスターに対する警戒――中には焚き火を見て近付いてくる獣やモンスターもいるが――や明かり、寒さに対する暖房、料理をする為の火といった理由が多い。もしくは何らかの理由で濡れた服を乾かすといったものか。

 しかし、ここは妖精郷でモンスターはおらず、朝なので光源はいらず、夏なので暖房はいらず、料理についてもミスティリングに出来たての料理が大量に入っており、服も濡れていない。

 ……そんな諸々を考えると、実は焚き火はいらなかったりするのだが、それでもニールセンやその友達の妖精がレイの為に焚き火をしてくれたのだから、レイとしては感謝するしかなかった。


「サンドイッチを焚き火で焼くって料理があったよな。あ、でもそれはちょっと難しいか」


 窯のように中に具材を入れるように出来るのならまだしも、焚き火でサンドイッチを焼くのは難しい。


(ホットサンドを焼くフライパン的な奴があったよな。……あれくらいなら、鍛冶屋に行けば作って貰えるのか?)


 フライパンそのものは鍛冶屋に頼めば作って貰えるのだから、ホットサンドを作るフライパン、フライパンを二つ重ねて閉じる、そんなフライパンを作るのはそう難しくはない筈だった。


(隙間が出来ないようにピッタリとしたフライパンにするのは難しいかもしれないけど……どうだろうな。やろうと思えば出来るような気もするし)


 いわゆる、職人技があれば、ホットサンド用のフライパンはすぐに作れるようにレイには思えた。


(ただし、焚き火で作るとなると手で持つ部分……何だ? 取っ手? 柄? とにかくそこをある程度長くする必要があるだろうな)


 そんな風に思いながら焚き火を見ていると、他の妖精と言い争いをしていたニールセンがレイに向かって声を掛けてくる。


「ちょっとレイ、何で自分は関係ないですみたいな顔をしてるのよ」

「ん? ああ、悪い。ホットサンドを作りたいけど、どうすればいいのかと思ってな」

「……ホットサンド? 何それ?」


 ホットサンドという言葉……料理名に、興味を惹かれたらしい。

 ニールセンが……そして先程までニールセンと言い争いをしていた妖精までもが、興味深そうにレイに視線を向けてくる。


(ミスったか?)


 そんな妖精達を見て、レイはそんな風に思う。

 ニールセンを含めた妖精達は、美味い料理を食べるという行為に強い執着を持っている。

 だからこそ、ホットサンドという言葉にも反応したのだろう。


「ホットサンド? なにそれ? 美味しいの?」


 好奇心と食欲で目を輝かせ、聞いてくるニールセン。

 そんなニールセンの様子に、レイはどう答えればいいのか迷う。

 とはいえ、どういう料理かを話すのはそう難しくないと判断し、口を開く。


「簡単に言えばサンドイッチを焼いた料理だ」


 もっとホットサンドに詳しい者であれば、より詳細にホットサンドについての美味さを表現出来るのだろう。

 だが、レイはそもそもホットサンドを食べたことはあまりない。

 ……日本にいる時、サンドイッチをオーブントースターで焼いて食べたりはしたので、それがホットサンドと言えるのかもしれない。

 あるいは人によっては、きちんと専門の機具……ホットサンドメーカーを使わなければ、ホットサンドとは認めない者もいるかもしれないが。

 この辺りは人それぞれだろう。


「サンドイッチを焼くの? ……それって、美味しい? 何だか妙な感じになりそうだけど」


 レイの説明に微妙な表情を浮かべるニールセン。

 ニールセンがレイの説明で思い浮かべたのは、サンドイッチを包丁で幾つかに切り分け、それをフライパンで炒めた料理だ。

 ……レイは焼くと言ったのだが、ニールセンの中では炒めると変換されたらしい。

 あるいは焼くと炒めるの違いについて理解出来なかったのか。


「そうでもないぞ。パンはカリッとして、パンに挟まれている具も温められるから、余計に美味く感じるし」


 ホットサンドという料理を知っているだけに、レイは自分とニールセンがそれぞれ調理の仕方を違って考えているのには気が付かない。


「ふーん。……まぁ、そこまでレイが言うのなら、食べてもいいけど」


 ニールセンは相変わらず、ぶつ切りしたサンドイッチをフライパンで炒めるといった料理を想像していたが、レイがここまで言うのなら本当に美味いのではないかと思う。

 そうして結局お互いの中で考えが違っていることに気が付く様子もないまま、話は終わる。


「まぁ、ホットサンドを作るのは難しいから、今日は普通にサンドイッチだな。他に昨日と違うスープと、串焼きと果実ってところか」

「今日のスープはどういうスープ?」


 ニールセンが興味津々といった様子で聞いてくる。

 昨夜のスープが、ニールセンにとってかなりお気に召したのだろう。

 いや、それはニールセンだけではない。ニールセンと一緒にいる妖精も、レイの言葉に期待の視線を向けていた。


「今日のスープは、コーンポタージュ……っぽいスープだな」


 レイが知っているコーンポタージュは、それこそ日本にいた時に小学校や中学校の給食で出て来たものか、家にあるインスタントのコーンポタージュくらいだ。

 しかし、それでもコーンと名称に付くのだから、トウモロコシを使っているのだろうというのは予想出来る。

 そしてレイが出したスープは、味という意味ではコーンポタージュだが、コーンを……トウモロコシを使ってはいない。

 使っているのは、ほうれん草のような葉野菜だ。

 このスープを纏めて購入した時、作っているところを見せて貰ったのだが、黄色い葉野菜をざく切りにしていたのを見て、レイはかなり驚いた。

 とはいえ、味は限りなくコーンポタージュに近いのだが。


(そう言えば、キミって通じないのは驚いたよな)


 それは、レイが日本にいる時、ネットの掲示板での話。

 レイの家でも出荷用ではなく自分の家で食べる為にトウモロコシを育てているのだが、それが野生動物に食われたという話を書いた時、トウモロコシではなくキミと書いたところ、一体何だそれはと、その記事で話題になったのだ。

 最終的にはキミというのはレイの住んでいた場所でトウモロコシのことを言う、一種の方言だというのが判明したが。

 レイも勿論方言については理解していた。

 だが、キミというのは方言ではなく、全国で通じるものだとばかり思っていたのだ。

 それがかなり大きな衝撃だったのを、今でも覚えている。


「レイ、レイ。早く早く!」


 漂うコーンポタージュの甘い香りに、ニールセンは早く食べさせてと主張する。

 トウモロコシではなく葉野菜を使っているにも関わらず、このコーンポタージュもどきは香りまで甘い。

 別に砂糖の類が入っている訳ではなく、本当に食材だけでここまで甘い香りをもつのだ。


(そう言えば、コーンポタージュって砂糖入るのか?)


 料理に詳しければその辺りについても知ってるのかもしれないが、残念ながらレイは料理は得意ではない。

 最低減出来るといった程度だ。

 コーンポタージュも、それこそ粉末のスープの素にお湯を入れてしか作ることは出来ない。

 それだけに、本物のコーンポタージュに砂糖が入っているのかどうかは分からなかった。


「長がいないし……これでいいよな?」


 レイはミスティリングから取り出した木の皿にコーンポタージュもどきを盛り付け、ニールセンともう一人の妖精にスプーンを渡す。

 昨日は大量に妖精が集まっていたのでこのようなことは出来なかったが、今日は二人だけだ。

 その為、レイの持つ食器で十分に対処出来た。


「うわ……美味しい……」

「……本当に美味しい。私は昨日のよりも、こっちの方が好きかも」


 ニールセンともう一人の妖精は、早速コーンポタージュもどきを飲んで、それぞれに感想を口にする。

 セトの分を食器に盛ると、レイもまた自分の皿にコーンポタージュもどきを盛り付け、飲む。


「うん、美味い。ただ、大量に飲むようなスープじゃないな、これは」

「えー、こんなに美味しいのに。大量に……幾らでも飲めると思うくらいには美味しいわよ、これ」

「ニールセンにはそう思えるかもしれないけど、俺は適量で十分だよ」


 そう言いつつ、レイはパンを取り出す。

 こちらも当然のように焼きたてのパンをそのままミスティリングに収納していたので、焚き火で改めて焼く必要はない。

 とはいえ……折角ニールセン達が焚き火を用意してくれたのだ。

 レイとしても多少はその焚き火を使ってもいいのではないかと思い、パンを串に刺して焚き火に当てる。


「あ、それ面白そう」


 コーンポタージュを飲んでいたニールセンが、串に刺してパンを焼いているレイを見てそう言ってくる。


「やってみるか?」

「うん、やる!」

「私も私も!」


 レイとニールセンの会話に、もう一人の妖精が自分もやってみたいと主張する。

 別にこれは断るようなことでもないので、レイは素直に串とパンを出す。

 そうして二人の妖精もレイと同じくパンを焼こうとしたのだが……


「ちょっ、熱い! 熱いってばこれ!」


 そんな声が周囲に響き、レイは賑やかな朝食を楽しむのだった。

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