3940話
「これ……本当にいいのか?」
レイは夕食のお礼として渡されたポーションを見て、そう長に尋ねる。
長が用意してくれたポーションは、見ただけでかなり高品質な物……つまり、値段的な意味でも高級品なのだというのが、明らかだったからだ。
レイが妖精達に飲ませたスープに、長とニールセンにご馳走したそれ以外の夕食。
それはどれも結構な値段の料理だったのは間違いないが、それでも長が用意したこのポーションの値段を考えると、明らかに値段が釣り合っていない。
レイの認識では、全国的に有名とまではいかないものの、地元で美味いと言われている店で食事を奢ったら、宝石……それもかなり高価な宝石をお礼として貰ったようなものか。
もしかしたら、長は何か勘違いしてるのでは?
そうも思い、レイは長に向かって口を開く。
「一応言っておくけど、長とニールセンが食べた夕食はそこまで高額だったという訳じゃないぞ? ここまでのポーションを貰うような値段じゃないのは明らかだ」
「分かっています。ですがこれは、私がそうしたいから用意した物ですから、気にしないで受け取って下さい」
そう言い、笑みを浮かべる長。
長にしてみれば、自分の作ったポーションでレイが……想い人が喜んでくれるのなら、ポーションの一つや二つは惜しくはない。
寧ろその程度でいいのなら、他にもまだ幾つか渡してもいいと思っている程だ。
しかし、当然ながらそのようなことをしてもレイがそう簡単に受け取ってくれる筈もない。
その為、今回は食事のお礼として渡したのだ。
「そう言うなら貰うけど……」
そして長の予想通り、レイはポーションを受け取る。
その様子に満足そうな様子を見せた長は、その場からすうっと浮かび上がって口を開く。
「では、夕食も楽しませて貰いましたし、私はこの辺で失礼します。……ニールセン、いつまでもレイ殿に迷惑をかけないようにしなさい」
「はいっ!」
長の言葉に即座に反応するニールセン。
先程までは食事の魅力のお陰で長に多少なりとも対抗出来ていたのだが、その食事も終わったことで本来の力関係に戻ってしまったのだろう。
ニールセンは長の視線に押されるように……もしくは追いやられるように、その場から飛んで姿を消す。
「ニールセンらしいな」
そんなニールセンの様子を呆れたように見るレイ。
ただ、そこには呆れと同時に微かな笑みもある。
言葉通り、ニールセンらしいと言えばそれらしいのは間違いないと、そう思ったのだろう。
……もしニールセンがそんなレイの考えを知ったら、それはそれで呆れたりするのは間違いなかったが。
「そうですね。ですが、あれでこそニールセンだと思いませんか? もしニールセンがあのような性格ではなく、もっと思慮深い性格であれば……レイ殿はどのように思ったでしょう?」
「まぁ、どういう感じになるのかは分からないけど、今と同じような関係じゃなかったのは間違いないだろうな。具体的にどのような関係になったのかは分からないけど」
あるいは……本当にあるいはの話だが、今のようにレイとニールセンの関係は友好的なものではなく、敵対的なものになっていた可能性も否定は出来ない。
もしそうであれば、妖精郷そのものとレイの関係も今とは違っていただろう。
そしてレイと長の関係も、今のようなものではなく敵対的なものとなっていた可能性が高い。
(いや、そうなると、そもそも俺が妖精郷に来るようなこともなかったか?)
レイがニールセンと初めて会ったのは、生誕の塔の護衛を任されていた冒険者達の拠点で不可解な出来事があった為だ。
具体的には、ニールセンによる悪戯が。
つまりニールセンが今のような性格でなければ悪戯をしようとは思わず、そしてレイに見つかることもなく、そして妖精郷にレイが来ることもなかった。
そういう意味では、ニールセンが今のような性格だったからこそ、結果的に全てが上手くいったのだろう。
「ニールセンには感謝した方がいいのかもしれないな」
「感謝……ですか?」
「ああ。もしニールセンが長の言うような性格だったら、そもそも俺と遭遇することがなかっただろうし。そうなれば、俺が今ここにいなかった可能性は十分にある」
「それは……なるほど。そうかもしれませんね。だとすれば、もう少し手加減をしてあげた方がいいのでしょうか?」
「どうだろうな。長のお仕置きがなければ、ニールセンがもっと暴走してるのは間違いないだろう? そうなると、妖精郷で起きる騒動が大きくなったり、それに何らかの被害が出ている可能性もある」
レイの言葉に、強く……強く納得した様子を見せる長。
長にしてみれば、ニールセンと接する機会が多いだけに容易にそのような光景を想像出来てしまったのだろう。
実際、長よりもニールセンと接する機会がすくないレイであっても……いや、そんなレイよりも更にニールセンと接する機会が少ないエレーナ達であっても、そのくらいのことは容易に想像出来てしまう。
ニールセンと少しでも接する機会があれば、そのように思えるのは当然のことだろう。
「どうすればいいのでしょうね。……私も小さい頃は長に迷惑を掛けましたが、その時の長も今の私のように悩んだのでしょうか?」
レイから見た今の長は、とてもではないがニールセンのように暴走をする、あるいは騒動を起こすような性格をしているとは思えない。
「長も小さい頃はニールセンのようだったのか?」
「……まぁ、その……やんちゃだったのは間違いないかと」
恥ずかしさからか、薄らと頬を赤くしながら視線を逸らす長。
そんな長を見ていると、ニールセンも将来的にはこうなるのか? と思わないでもない。
それが事実かどうかは分からなかったが、実際に長が小さい頃はやんちゃでも、今はこうしてきちんと長をやっているのを見れば、やはりそのように予想するのはおかしくはないだろう。
「上に立つ者として、やらなければならないものかもしれないな」
「……やらなければならないこと、ですか」
「ああ。立場が人を作るって言うし」
そう言うレイだったが、当然のようにその知識は漫画から得たものだ。
言ってる本人も、微妙に説得力がないのでは? と思わないでもない。
ただ、そう思うのはその話がどこから来ているのかを知っているレイだからであり、長にしてみれば強く納得出来る話でもあった。
「そうですね。レイ殿の言う通りだと思います。……では、レイ殿はニールセンも私の後を継いだら、大人しくなると思うのですね?」
「……」
長の言葉に、レイは何も言わずにそっと視線を逸らす。
「……レイ殿?」
「俺、長には嘘を吐きたくないんだ」
「……レイ殿?」
数秒前と全く同じ言葉を口にする長。
だが、レイはそんな長の視線から逃げるように、あらぬ方を見ているだけだ。
今までの話の流れからすると、レイも長の言いたいことは分かる。
それこそニールセンが長のようになる可能性は十分にあるとは思うのだ。
しかし……今のニールセンを知っている者として、本当にそうなるのか? と言われても、素直に頷くことが出来ないのも事実。
「ほら、それよりもこれ……夕食後のデザートだ。あのポーションは少し貰いすぎだったからな。これくらいはおまけするよ」
話を誤魔化すように……いや、実際に誤魔化しているのだが、ミスティリングから取り出した果実を長に渡すレイ。
そんなレイの様子に、長は何かを言おうとしたものの、レイが渡してきた果実を受け取ると、それを囓る。
レイにとってはミカンくらいの大きさの果実なので、一口か二口で食べられるような果実だったが、レイよりも大分小さな長にはそのくらいの大きさであってもかなりの量なのは間違いない。
(それでも長よりは小さいけど、ニールセンならあっさりと食べきってしまいそうだけどな)
この妖精郷において、長、ニールセン、それ以外の妖精といったような大きさの順番となる。
だが、ニールセンの場合はそんな身体の大きさなど関係ないと言わんばかりに、自分の身体の体積以上の量を普通に食べるのだ。
長も似たようなことが出来てもおかしくはないだろうと思うレイだったが……
「その、レイ殿。この果実……私には少し大きすぎるのですが」
「え? あれ? ニールセンなら普通に……いや、それどころか、その程度は食べても食い足りないとか言ってくるぞ?」
「……ニールセンと一緒にされても困ります」
言葉通り、困った様子で長は言う。
なので、レイは長の分の果実の皮を剥き、食べやすい大きさに分ける。
「これならいいだろ。残ったら俺かセトが食べるから、長は食べられるだけ食べてくれ」
そう言い、レイはセトに視線を向ける。
そこには長が一人では食べきれないと言った果実を、数個纏めて食べているセトの姿があった。
長とセトの身体の大きさの違いを考えれば、それは仕方がないことなのかもしれないが。
「ありがとうございます。では、食べさせて貰いますね」
嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに果実を口に運ぶ長。
レイに皮を剥いて貰ったのが、長にとってはそれだけ嬉しかったのだろう。
もっとも、レイにしてみればそこまで気にするようなことではないと思っての行動だったのだが。
「ああ、かなり甘みのある果実だから、長も美味いと思って貰える筈だ」
そう言い、レイは自分の分の果実を口に運ぶ。
長に言ったように、口の中に濃厚な甘みが広がる。
それでいながら、甘ったるくて口の中をさっぱりさせたいと思うような、そんな甘さではない。
最初は甘いと思うが、数秒くらいですうっと口の中から甘さが消えていくのだ。
「これは……凄いですね」
果実を食べた長が、驚いたように言う。
長にしてみれば、この果実はそれだけ驚くべきものだったのだろう。
「だろう? ……セトもそう思うか?」
「グルゥ!」
長の言葉に笑みを浮かべたレイは、セトが自分を見ているのに気が付くと、そう尋ねる。
するとセトは、美味しいと全力でアピールするかのように喉を鳴らす。
セトにとっても、この果実はそれだけ美味かったのだろう。
「ふふっ、このような時間は楽しいですね」
レイにとっては、セトと一緒に食事をするというのは珍しくもない。
しかし、それはあくまでもレイにとってはの話だ。
長にしてみれば、こうしてレイやセトと一緒に食事をするというのは非常に珍しい経験らしい。
もっとも、長がそのように思うのは誰かと一緒に食事をするという以外に、レイと……想い人と一緒に食事をしているからというのが大きいのだろうが。
そのような長の気持ちに気が付いた様子がないレイは、特に考えもせず長の言葉に頷く。
「そうだな。さっきのように大量に妖精が集まっている状態での食事は色々と落ち着かないところもあるけど……こうして少人数で食べるのは、悪くないと思う」
笑みを浮かべるレイを見て、長の心の中には幸せな気持ちが溢れる。
それは、やはり久しぶりにレイと会ったというのもあるのだろう。
実際には昨日も会っているのだが、昨日は結局軽い挨拶と少し話しただけでレイは帰ってしまった。
その為、今日こうしてレイとゆっくりとした時間が取れるのは、長にとって大きな意味を持っている。
「それで、レイ殿。ガンダルシアでしたか。そちらにはいつ行くか決まったのですか?」
「いや、まだその辺は決まっていない。とはいえ、そこまで長い間こっちにはいられないだろうとは思うけど」
アーヴァイン達は、冒険者育成校の中でもトップクラスの実力を持つ生徒達だ。
その生徒達が、あまりに長くギルムにいすぎて、授業についていけなくなる……などということになったら、レイとしてはどうすればいいのか分からない。
もしそうなったら、恐らく学園長のフランシスが何とかしてくれるだろうと思っている……正確にはぶん投げているのだが。
もしフランシスがそんなレイの考えを知ったら、どう思うのか。
学園長である以上は仕方がないと思うのか、それとも自分にぶん投げるなと怒るのか。
レイは何となく……本当に何となくだが、後者のように思えた。
もっとも、そうなったらそうなったで、セトと遊ばせてやればすぐにでも上機嫌になるような気がしていたのだが。
「そうですか。……そう言えば、このトレントの森にもダンジョンがあるかもしれないと言ってきた妖精がいたのですが、本当にダンジョンがあるのですか?」
「あるかもしれない、だな。トレントの森の状況を考えると、ダンジョンがあってもおかしくはないと思う」
「あった方がいいのか、ない方がいいのか。……難しいところですね」
悩ましげな長。
そうしてレイと長は……たまにセトも話に入ってきたが、夜まで会話を続けるのだった。




