3939話
妖精達と話していると時間も経過してやがて夕方になる。
なのでレイは夕食の準備を始めたのだが……
「いや、なんでこんなに集まってくる?」
レイがマジックテントを用意した野営地には、多数の妖精達が集まっていた。
こうしてみると、何となく日本にいた頃、朝に学校に行く途中で電線に多数の雀や鴉が並んで捕まっている光景を思い出す。
もっとも、妖精達はマジックテントの上であったり、広場になっている場所の近くに生えている木に集まっているのであって、ここには電線の類はないのだが。
「いいじゃない。だってレイの料理よ? 私達も食べたいと思うのは当然でしょ」
「いや、俺の料理って……」
レイの料理。
レイが作った料理という意味では間違いだったが、レイが購入して所有権を持つ料理という意味では、間違っていない。
「ほら、邪魔はしないから夕食の準備を進めてちょうだい。長からも邪魔をしないように言われてるんだから」
「ああ。なるほど」
これだけ妖精達が集まっても、他の妖精達と話をしたりはしているものの、レイの邪魔をしようとする者はいない。
それはレイも気になっていたのだが、どうやら長からレイの邪魔はしないようにと言われていたらしい。
そして長からの命令である以上、幾ら好奇心旺盛な妖精達であっても、それを破る者は滅多にいない。
……特に昨日は、ニールセンがお仕置きされた光景を多くの妖精達が見ているのだから。
昨日の今日である以上、ここで暴れるようなことをする愚者はいないらしい。
「だからといって、俺が全員分の食事を用意するのはどうかと思うんだが?」
「あ、それなら大丈夫だよ。長から、お礼にポーションを渡すって聞いてるから」
ニールセンの側にいた妖精が、レイに向かってそう言う。
「ポーション? ……ポーションか。なら、期待してもよさそうだな」
妖精の作るマジックアイテムは、どれもその効果が非常に高い。
ポーションをマジックアイテムと同様に考えるのはどうかとレイには思えたが、それでも長がわざわざ渡すと言っているのであれば、そのポーションの効果は期待出来るだろう。
安物のポーションは、当然ながら効果も低い。
それでも日常生活でうっかり怪我をしてしまった時とかには便利なのだが。
だが、レイが欲しているのはあくまでも冒険者が使う効果の高いポーションだ。
長から貰えるポーションと考えると、その性能はかなり高いと考えてもいいだろう。
それこそ、場合によっては切断したばかりなら腕や足をくっつけることが出来る……もしくは、部位欠損を治せるような、そんなポーションの可能性もある。
(いや、ないか)
マジックアイテムを作るのが得意な長なら、そのようなポーションは作れてもおかしくはない。
おかしくはないが、だからといってそのような高品質のポーションを夕食のお礼として渡すかと言われれば、レイもそれはまずないだろうと思う。
それでも……そこまではいかずとも、それなりに高品質なポーションを貰えるのなら夕食くらい作ってもいいかと思い、料理の準備をする。
今日の夕食は、魚がたっぷりと入ったスープ。
……ただし普通と違うのは、煮込む前に魚の身を細かく解し、それを長時間煮込むことによって魚の身は具としてないのに、スープには濃厚な魚の味がするという、そんな少し変わり種のスープ。
どこで購入したのかはレイも少し忘れたが、具が溶けるまで煮込むというのはレイの知ってる調理法――漫画やTV番組の知識だが――としては、そこまで珍しくはない。
だが、それは例えば肉であったり野菜であったりといったものが主流だ。
そんな中で、こうして魚が完全に溶けるまで煮込むというのは、かなり珍しい。
実際、レイもエルジィンにきてから色々な料理を食べてはきたが、同じような料理を見たことはなかった。
「うわっ、何これ……凄い……」
鍋を出し、蓋を開けた瞬間周囲に漂う濃厚な魚介の香り。
ストレートに食欲を刺激するその香りは、一瞬にしてその場にいる妖精達全ての意識を惹き付ける。
(魚が嫌いって奴もいてもおかしくはないんだけどな。……それでもこの暴力的な匂いにはどうしようもないか。何だったか……日本にいた時に料理漫画で見た、坊主が我慢出来ずに塀を跳び越えて隣の家に突撃する料理。あれにもきっと負けてないんじゃないか? ……そっちは食べたことはないけど)
レイはそんな風に思いつつも、さてどうするかと思う。
自分が飲む分にはいい。
セトが飲む分もいいだろう。
だが……妖精達にはどうやってこのスープを飲ませればいいのか。
(スプーンを使う? 妖精達の大きさを考えれば、一人一本のスプーンで十分だろうし。いや、けど……それでもスプーンは足りるのか?)
そう疑問に思う。
例えば妖精の数が十人、二十人といったくらいであれば、それくらいのスプーンはある。
だが、百、二百ともなれば……それだけのスプーンはなかったように思う。
(なら、いっそ皿? ……それも無理か)
妖精の身体と比べて、皿はどうしても大きくなる。
ニールセンのようにどうやってか自分の身体の大きさ以上の料理を食べられるのならまだしも、全ての妖精に同じようなことが出来るとはレイには思えなかった。
であれば、一枚の皿で数人の妖精が食べる……それも考えたが、そうなると誰かが多くのスープを飲んだということで喧嘩になるだろうと容易に予想出来てしまう。
(いや、これ……マジでどうすればいいんだ?)
そんな疑問を抱くレイだったが……
「レイ殿、心配いりません。私が全員にスープを飲ませますので」
「長?」
そう、レイに声を掛けてきたのは長だった。
いつもは妖精郷の奥にいる長が、何故か今はここにいる。
「えっと、長も食事をしに?」
このスープの香りだと無理もないか。
そう思いながら尋ねるレイに、長は笑みを浮かべる。
「はい。何でも美味しい料理をご馳走して貰えると聞いて」
一体誰から聞いた?
そう思ったレイだったが、ここではそのようなことは聞かない方がいいだろうと判断し、止めておく。
あるいは長が何らかの力でレイと妖精達の話を聞いていたとしても、レイにとっては驚くようなことではない。
代わりに、長が口にしていたことについて尋ねる。
「それで、長がスープを妖精達に飲ませるということだったが、具体的にどうやるんだ?」
「こうします」
そう言うや否や、鍋の中からスープの半分……いや、三割程が空中に浮かび上がる。
そして次の瞬間、空中に浮かんでいたスープの塊が小さな……それこそスプーン三杯分くらいの量になって、それぞれの妖精達に向かう。
「これは……」
「私の力です」
「だろうな。いや、それは分かっていたけど……ここまで出来るものだったんだな」
今までレイが見たのは、それこそニールセンをお仕置きするようなところだけだった。
しかし今は、この場にいる妖精達全てに向かってスープをそれぞれ配ったのだ。
「このくらいのことはそう難しいことではありません。それに……このスープは具が殆ど入っていないスープだったので、助かりました」
「あー……なるほど」
その言葉の意味はレイにもすぐに理解出来た。
もしこれが普通のスープであれば、色々な具材が入っている。
肉や野菜といったように。
そうなると、当然ながら具材を均等に全ての妖精に……というのは難しい。
だが、このスープは具材が全て溶けるまで長時間煮込んだスープだ。
あるいは微かに溶け残った具材はあるかもしれないが、それだけだ。
具材をどうこうするといったことは全く考えなくてもいい。
これはスープをそれぞれの妖精に配る長にしてみれば、かなり助かることだっただろう。
(それにしても、サイコキネシス……見えない腕だったか? それを百本以上も楽に使いこなせるというのは、素直に凄いな)
レイも長が見えない腕を使うのは、これまで何度も見ている。
だが、今の長が行っていることは、今までレイが見てきたニールセンに対するお仕置きとは完全にレベルが違う。
ここまで繊細に見えない腕を使いこなせるというのは、レイにとって素直に驚きだった。
「ふふっ、驚いて貰えたようで何よりです。さて、皆。レイ殿の用意してくれたスープは楽しめましたね? では、もう戻りなさい」
長の言葉に、妖精達の大半は素直に戻っていく。
正直に言えば、妖精達はもっとこの場に残りたかった。
スープですら、ここまで美味かったのだから。
他の料理も食べたいと思うのは当然だろう。
だが……長がこう言ってる中で、逆らう勇気のある者はそう多くはない。
何人かの妖精はそれでも食欲に負けてこの場に残ろうとしたが、最終的には長の視線に耐えられず、この場から去っていく。
最終的にこの場に残ったのは、レイと長……そしてニールセンだった。
「ニールセン?」
「え? 何ですか、長? 私がここに残るのは、そうおかしなことじゃないと思いますけど。だって私、長の後継者ですし」
「都合のいい時だけ……」
昨日のお仕置きの一件もあり、本来ならニールセンは長の言葉を聞いたら即座にこの場を逃げ出してもおかしくはなかった。
だが……ニールセンが飲んだスープは、一時的にしろ長に対する恐怖を忘れる程に美味かったのだ。
その美味さに惹かれ、ニールセンはこの場に残る。
ここで何があっても、絶対に退かないというように。
数秒の睨み合いの後、最終的に折れたのは長だった。
「仕方がありませんね。ですが、後継者として自覚をしたのなら、これからはもっと厳しくしてもいいでしょう」
ビクリ、と。
厳しくしてもいいと長が口にした瞬間、ニールセンは硬直する。
失敗したかもしれないと一瞬思ったものの、それでもニールセンの中にこの場から立ち去るという選択肢はなかった。
あれだけ美味いスープを用意していたのだから、レイが今日の夕食として食べる予定だった他の料理も美味いだろうと、そう思って踏ん張ったのだ。
「グルゥ」
そんな中、緊迫した空気を破壊するかのようにセトが姿を現す。
「あれ? セト、ピクシーウルフ達はどうした?」
姿を現したのがセトだけだったことを不思議に思い、レイは尋ねる。
そんなレイの問いに答えたのは、長だった。
「ピクシーウルフの子供達は……どうやら霧の空間に行ってるようですね」
「霧の空間に? ……いや、別にそれはおかしなことじゃないのか」
今でこそピクシーウルフと普通の狼といったように種族は違うが、元々は同じ狼だったのだ。
それも当時子供の狼だったあの二匹のことを考えると、霧の空間にいるのは幼馴染みの兄や姉……もしくはおじさんやおばさんといったことになってもおかしくはない。
本来ならそこまで年の差はなかった筈だったが、妖精郷という環境が関係しているのか、それともピクシーウルフという種族がそうなのか、とにかくまだピクシーウルフの二匹は小さいままだ。
そして身体が小さいと精神も成長しないのか、二匹のピクシーウルフはレイから見てもまだ幼いように思える。
比較対象としてレイが思い浮かべるのは犬だが、その犬と比べても明らかにピクシーウルフは小さい。
そんなピクシーウルフだけに、ずっと子供の心を持っていてもおかしくはないのだろう。
(あるいはこれで、ここが危険な場所なら命の危機から急速に大人になる必要があるんだろうけど……ここは妖精郷で、命の危機はないしな。いやまぁ、妖精の悪戯で命の危機となるようなことはあるかもしれないけど)
妖精の悪戯の中には、文字通りの意味で死んでもおかしくはないようなものもある。
ピクシーウルフが妖精郷で育っているのを考えると、そのような騒動に巻き込まれた経験があってもおかしくはない。
もっとも、ピクシーウルフ達がそのように認識してるかどうかは、また別の話だったが。
モンスターだから……いや、ピクシーウルフだから、命の危機をそう認識していない。あるいは認識していてもそこまで重大なことと認識していない可能性は十分にあった。
「ええ、私も今まで何度も霧の空間に行ってるのを見たことありますから。……さて、お話はこの辺にして、夕食にしましょう。あの子達がいなくなったので、ゆっくりと食べられるでしょうし」
長の言うあの子達というのが、誰を示しているのかはレイにも分かった。
そして実際、妖精達が長によって半ば強制的にこの場から追い払われたのだから、確かに夕食を楽しむのは今のうちだろう。
……ニールセンのように、食い意地だけでこの場に残った妖精もいたが、そのくらいならレイも許容範囲で、夕食として何の料理を食べるのかを考えるのだった。




