3938話
「ねーねー、何の話をしてるの? 私にも聞かせてくれる?」
そう声を掛けられたのは、十四階の崖の階層について話している時だった。
レイの予想通り、ニールセンは一般的に妖精が喜びそうな話題よりも、ワクワクするような話題を好んでいたので、その辺りについて話していたのだが。
そんな中で、不意にそう声を掛けられたのだ。
声のした方に視線を向けると、そこには妖精が一人いる。
空を飛び、レイに興味深そうな視線を向けていた。
どうやらこの妖精にとっても、今のレイの話は興味深かったらしい。
「別に構わないぞ。どうしても隠さないといけないって話じゃないしな。……ニールセンもいいよな?」
「うん、別にいいわよ」
ニールセンも異論はないらしく、あっさりとそう告げる。
そうして妖精が一人増え……そんな中で話をしていると、一人、また一人と妖精の数が増えていく。
気が付けば、レイの周囲には二十人程の妖精がいて、レイの話を聞いていた。
以前レイは妖精郷で寝泊まりをしていたことがあるので、ここにいる妖精の多くは見覚えのある者達だ。
中には何人か見覚えのない者もいるが、それが新しく産まれた妖精なのか、それともこの妖精郷に合流してきた妖精なのか、もしくは単純に以前はレイと接触する機会がなかっただけなのか。
その辺はレイにもよくは分からなかったが。
(そのうち、妖精郷にいる妖精が全部集まってくるとか、そういうことはないよな? ……ないか。別に全ての妖精が俺の話を聞きたい訳じゃないだろうし)
そうなったらそうなったで、ちょっと面白そうだなと思いつつ、レイは溶岩の階層についての話をする。
「赤い川かぁ……ちょっと見てみたいわね」
「でも、その赤い川って暑いんでしょ? 嫌よ、そういうのは」
「でもでも、見てみたいでしょ? 赤い川よ?」
「何でそんなに赤い川がきになってるのよ」
十五階についての話を一通り終えると、妖精達の興味は溶岩の川に向けられていた。
妖精達にしてみれば、一度も見たことがないような川だけに、気になっているのだろう。
もっとも、レイにしてみれば溶岩の川はそこまでいいものだとは思えなかったが。
レイはドラゴンローブがあるし、セトはグリフォンだから特に問題はなかったが、十五階はかなり暑い……いや、熱い場所だ。
「それで、レイ。その溶岩の階層の次はどんな場所なの?」
「生憎と、俺が行けたのは十五階までだ。もっと行こうと思えば行けただろうが、転移水晶は五階ずつにしかないからな」
そう説明するレイだったが、実際にはレイが十六階に行かなかったのは、十三階と十四階、草原の階層と崖の階層を攻略する時は、モンスターを倒さなかったからだ。
レイがダンジョンに潜るのは、マジックアイテムを求めてだったり、単純にダンジョンを攻略したいという思いからであったりするのだが、それ以上に……最も重要な理由として、魔獣術に使う魔石を求めてというのがある。
そうである以上、出来れば全ての階層でそこに出てくるモンスターを全て、それもセトとデスサイズの分があるので、二匹ずつ倒しておきたいと思う。
……もっとも、実際には十五階までであっても結構逃しているモンスターの数は多いと思うのだが。
ともあれ、魔獣術については秘密にする必要がある以上、その辺りの情報について話す訳にはいかなかった。
「ふーん、そうなの。でも、レイでも十五階までしかいけないとなると……結構凄い場所みたいね」
「まぁ、それは否定しない」
妖精の一人が感心したように言い、レイはそう返す。
実際、ダンジョンの攻略というのはそう簡単なものではない。
とはいえ、レイが春から夏に掛けて十五階までしか攻略出来なかったのは、ダンジョンの広さもあるものの、それ以外にも冒険者育成校の教官としての仕事があったので、仕事に慣れるまではある程度そちらに集中していたからというのもあるのだが。
ただ、それを口にすればただの言い訳のようにしか思えない。
妖精達がそう判断すると、それこそ徹底的にからかってきてもおかしくはないだろう。
だからこそレイは適当に誤魔化したのだ。
「僕は草原の階層ってのが気になるけどな。美味しい果実とかあるんでしょ? なら、僕達にとっても凄く凄い場所だと思わないか?
「凄く凄いってのは……まぁ、妖精達にとっては嬉しい場所かもしれないな。特に一階や二階はともかく、十三階まで降りればそこでなら他の冒険者に果実を奪われるようなことはないだろうし」
一階と二階の草原の階層では、果実のなる木の側には常に冒険者の姿があった。
その果実はそこまで高く売れる訳ではないが、それでも金になる。
そして戦闘をしたりせず、ただ木になった果実を採ればいいだけというのも、一階や二階の冒険者にしてみれば悪くないのだろう。
しかし、十三階となると到達出来る冒険者の数はどうしても限られる。
また、十三階まで到達した冒険者にしてみれば、そこにある果実を採って売るよりも、普通にモンスターを倒した方が金になるのだ。
だからこそ、十三階まで行けば好きなだけ果実を――あくまでも木になってる分だけだが――食べることが出来るだろう。
とはいえ、問題なのは妖精がそこに行くのは非常に難しいということだが。
そもそもの話、ガンダルシアはこの妖精郷からとてつもなく離れた場所にある。
それこそセトの飛行速度であっても、それなりに移動時に時間が必要となるくらいには。
その時点で妖精達がダンジョンに潜るのは不可能ということになる。
「ダンジョン……うーん、ダンジョンか。そんなに面白そうな場所なら、私も行ってみたいな」
「無理を言うな、無理を。……ああ、でも自分達で長を説得したのなら、連れて行っても構わないけど」
「無理!」
即座に断言したのは、今までレイと話していた何人もの妖精達ではなく、話を聞いていたニールセンだ。
ニールセンにしてみれば、もしレイと一緒にガンダルシアに行きたいと行っても、絶対に長が許可してくれるとは思わなかったのだろう。
それどころか、昨日のお仕置きが足りなかったと言って追加のお仕置きをしているという可能性すらある。
だからこそ、ニールセンは絶対に自分がガンダルシアに行きたいとは言わなかった。
……もっとも、これが数日後であればお仕置きの件をすっかり忘れて、ガンダルシアに行きたいと口にする可能性はあったが。
「けど……そうだな。別にダンジョンはガンダルシアだけにある訳じゃないしな。実際、ギルムからそう遠く離れていない場所でダンジョンが見つかったこともあるし」
「え? それ本当ですの!? どこですの!? 教えて下さいですの!」
余程ダンジョンに興味があったのか、妖精の一人がレイの言葉を聞くと、熱心にそう聞いてくる。
だが……レイはそんな妖精に対し、首を横に振る。
「悪いが、そのダンジョンは出来たばかりだったこともあって、俺がもう攻略した」
「そうですの……」
残念そうに、それこそ見るからにしょぼんとした様子を見せる妖精に、レイは少しだけ罪悪感を抱く。
だからといって、自分がダンジョンを攻略した件について悪いとは思わなかったが。
だからだろう。何となくといったように口を開く。
「ダンジョンというのは、いつどこに出来るか分からない。もしかしたら、トレントの森にもダンジョンが出来るかも……いや、もしかしたら気が付かないだけで、もうダンジョンがある可能性も否定は出来ないな」
「本当ですの!?」
妖精が勢いよく聞いてくるのに、レイは頷く。
「言っておくが、あくまでも可能性だぞ。本当にあるとは断言出来ない」
そう言いながらも、レイは自分の言ってることが決して大袈裟なことではないだろうと思う。
トレントの森のような広大な場所。
それも森というだけあって多くの木々が生えており、空からでも地上の様子を全て把握するのは不可能だ。
そうである以上、レイがセトに乗って何度も上空を飛んでいるトレントの森にダンジョンがあっても恐らく気が付くことはないだろう。
(辺境だし、何があってもおかしくはないしな)
辺境だからというのが全ての理由になる訳ではない。
だが同時に、辺境だからという理由で納得する一面があるのも事実。
「そうなのですね。では、長に頼んでトレントの森の探索を!」
妖精はレイの言葉にそう言うと長のいる場所に向かって文字通りの意味で飛んで向かう。
(これがニールセンなら、長に許可を貰ったりしないで即座に自分だけで妖精郷の外に出るんだろうな。……もっとも、その行動力によってニールセンが評価されるようになったのは、間違いないけど)
普通なら妖精郷を出るだけなら長から許可を貰う必要はない。
だが、トレントの森に存在するかもしれないダンジョンを探すとなると、長からの許可が必要なのだろう。
……長がそれを許可するかどうかは、別として。
「長が許可をすると思うか?」
「え? うーん、どうかしらね。ただ、長もここにはそれなりに長い間いようと思ってるみたいだし、許可するんじゃない? 自分達の住んでいる場所の近くに何があるのか調べるのは大事だし」
ニールセンの言葉に、他の妖精達も頷く。
これがニールセンだけの言葉であれば、レイも完全に信じることは出来なかっただろう。
だが、他の妖精達までもが同意するのなら、レイもその言葉を信じることが出来た。
「レイ、何だか面白くないんだけど?」
そんなレイの考えを察したのか、ニールセンが不満そうに言ってくる。
もっとも、詳細についてまでは理解していないのか、何故自分が面白くないと思っているのかまでは分かっていなかったようだが。
「俺にそう言われてもな。何でニールセンが面白くないと思っているのか、それは俺にも分からないし」
「むぅ……」
惚けるレイ。
幸いなことに、ニールセンもレイの言葉には反論出来なかったらしく、それだけだったが。
ただ、このままニールセンを放っておけば、もしかしたら答えに辿り着くかもしれないと判断し、レイは話題を逸らす。……いや、この場合は元に戻すというのが正しいか。
「それでダンジョンだが、もしあった場合はギルムの冒険者に攻略を頼むといい。妖精達だけでどうにかするのは難しいだろうし、場合によってはモンスターが大量発生してダンジョンの外に出てくる……いわゆる、スタンピードが発生するかもしれないしな」
スタンピードというのは、魔物の大量発生のことを指す。
とはいえ、レイが口にしたようにダンジョンから溢れるだけではなく、様々な理由で発生するのだが。
レイが冬にギルムで対処したスタンピードは、ダンジョンとは関係なく発生したものだった。
……もっとも、レイがそう思っているだけで、実際にはレイが知らない場所にダンジョンがあり、そこからモンスターが溢れたという可能性も否定は出来ないのだが。
「スタンピード……でも、長がいれば何とかなりそうな気がするけど」
「それは俺も否定しない。ただ、そうなれば妖精郷にも被害が出る可能性はあるし、起こらないのなら、そっちの方がいいだろう?」
「それはまぁ……そうだけど」
「それに妖精郷に入る前の霧の空間も、そこに棲息する狼達が殺されるのは好ましくないんじゃないか?」
妖精郷に入る前に必ず通らなければならない、霧の空間。
そこには多数の狼がいて、妖精郷の門番のような役割をこなしていた。
ただし、それは狼達が妖精達にいいように使われている訳ではなく、一種の雇用関係に近い。
それだけに、スタンピードによって……いや、スタンピードに限らず、狼達が全滅する、あるいはそれに近いくらいまで死ぬのは、妖精達にとっても決して好ましいことではない。
妖精達の中には、霧の空間に住む狼達と友好的な関係を築いている者もいる。
それだけに、レイの言葉に頷く妖精達はそれなりにいた。
「その辺をどうするのか決めるのは長だと思うけど、私も長にはそうした方がいいって言っておくわ。こう見えて、それなりに発言力はあるんだから」
そう言うニールセンの言葉に、妖精達は微妙な表情を浮かべる。
実際に長の後継者であるニールセンだ。
発言力があるのは間違いないだろう。
だが……それはそれ、これはこれと言うべきか。
普段のニールセンの行動を見ている限り、どうにも発言力があると言われても素直に納得することは出来ない。
それは妖精だけではなくレイも同様で、ニールセンに疑惑の視線を向ける。
そんな周囲の様子に不満を抱いたニールセンは、ムキーッと憤慨の声を上げるのだった。




