3933話
今日はクリスマスイブなので、3話同時更新です。
こちらは3話目なので、直接こちらに来た方は2話前からどうぞ。
「ふーん、なるほど。貴族街にね。まぁ、レイが一緒ならいいんじゃない?」
夕食時、レイは今日あった出来事を話題にする中で、ニラシス達に今度貴族街に連れてきてもいいかとマリーナに聞いたところ、あっさりと許可される。
もっとも、許可をしたとはいえ、別にマリーナはこの貴族街を支配している訳ではない。
ギルムにおいてマリーナはダスカーとの繋がりもあるし、元とはいえ長期間ギルドマスターをしていたこともあり、相応に強い影響力がある。
だが、影響力があるからといって、貴族街を支配出来る訳ではないのだから。
それでもレイが住んでいるのがマリーナの家である以上、そのマリーナが貴族街に入るのを認めたというのは大きい。
もしレイがニラシス達を貴族街に連れて来た時、それを見咎めた相手がいた場合は、マリーナの名前をだせるのだから。
(とはいえ、本来なら見回りとかそういうのが必要ない場所とかだったらいいんだろうけどな。……とはいえ、それは今更の話か)
例えば日本では、金持ちが住んでいる場所であっても普通に入ることは出来る。
勿論、他人の家の敷地内に無断で入るというのは問題だが、公共の道路を通るくらいなら、何の問題もないのだ。
だが、このエルジィンは身分差が大きく、貴族街に怪しい者がいた場合、最悪斬り殺されるという可能性も十分にあった。
そういう意味で、このエルジィンは非常に厳しい場所であるのは間違いないだろう。
(あ、でもアメリカとかでもその地区の住人じゃないと入れない住宅街とか、そういうのがあるってTVで見た記憶が……)
うろ覚えではあったが、日本で生まれ育ったレイにしてみれば、まさか地球でそのようなことがあるとはと驚いた記憶がある。
これがあるいは地球であってもまだ発展していない国や、もしくは独裁国家のような国であれば、そういうのも理解出来るのだが、アメリカは仮にも民主国家なのだ。
そのような国でそのようなことが……と、レイが驚くのは無理もない。
「基本的に生徒達は問題行動を起こしたりとかはしないから、安心してくれ。……もし何か問題を起こしたりした時は、俺が対処するから」
アーヴァインのパーティとは、レイもそれなりに親しくしている。
カリフやビステロとも模擬戦の授業で何度か話したことはあるし、ガンダルシアからギルムに来る旅――という程に大袈裟なものではなかったが――で接する機会が多く、性格的に問題がないというのも理解はしている。
ニラシスは同じ教官ということで話す機会も多いし、ダンジョンで一緒に行動したこともある。
だが……そうして知ったつもりになっているレイだったが、本当の意味で全員と深く知り合っているという訳ではない。
それこそレイが知ってるのは、表向きの部分、あるいは表層的な部分だけだろう。
だからこそ、もしかしたら貴族街に来たということで何か妙な行動を起こすような者がいる可能性はあったが、その時はマリーナに言った通り、レイは自分の手で対処するつもりだった。
……そうならないといいな、とは思っているが。
「レイがそこまで言うのなら、問題ないわよ。……ああ、そうだ。それならついでにここに招待したら? レイの同僚や生徒なんだから、そのくらいはしてもいいと思うんだけど。どう?」
マリーナが尋ねたのは、エレーナとヴィヘラだ。
他にもアーラとビューネがいるが、アーラはエレーナが、ビューネはヴィヘラが分かったと言えば、基本的にそれに反対はしない。
そんな訳で、二人が問題ないと言えば問題はないことになる。
「私は構わないけど……エレーナはどうなの? レイがいつ招待するかにもよるでしょうけど」
ヴィヘラがそう言うのは、基本的にヴィヘラは日中は仕事をする為に街中に……場合によってはギルムの外に出ている為だ。
そんなヴィヘラに対し、エレーナは貴族派の代表として多くの者と面会する為に、基本的には出掛けずに家にいる。
何か用事があれば出掛けることもあるのだが。
そのエレーナは、ヴィヘラの問いに少し考えた後で頷く。
「私の方も問題はない。……いや、寧ろレイの教え子と会うことが出来るのだから、楽しみですらあるな」
それは本心からの言葉なのだろう。
エレーナは笑みと共にそう言う。
そんなエレーナの言葉に、ヴィヘラは意表を突かれた様子を見せ……少し考え、口を開く。
「そうね。そう言われてみるとレイの生徒というだけで興味があるわ。ビューネ、私もちょっと見て見たくなったけど、どうする?」
「ん」
いつものように無表情で短く返すビューネ。
だが、ここにいる面々はビューネとの付き合いもそれなりに長いので、その一言でもビューネが何を言いたいのかは大体分かる。
そしてこの場にいる者の中で最もビューネと付き合いの長いヴィヘラは、他の者達よりもビューネが何を言いたいのか分かる。
「ビューネもレイの生徒達を見たいのね。……じゃあ、私達もその日くらいは仕事を休むか、あるいは早く終わらせましょうか」
「ん」
ヴィヘラの言葉にビューネが再度一言だけで反応する。
それを見たヴィヘラは、満足そうに頷く。
ビューネが多少であっても他人に……身内とも言える自分達以外に興味を示したのが嬉しかったのだろう。
「そんな訳で、私達は問題ないと思うけど……いつにするの?」
「そうだな。明日は妖精郷に泊まる予定だし、明後日か」
「いっそ、妖精郷に連れていっても面白そうだけど……それは無理かしらね」
マリーナが自分で口にした意見をあっさりと自分で却下する。
マリーナの家にはニールセンがそれなりの頻度でやってくるし、妖精郷と深く関わっているレイがいるのも影響し、ここにいる面々にしてみれば妖精というのは今となってはそこまで珍しい相手ではない。
だが、一般の者達にしてみれば、未だに妖精というのはお伽噺の中に存在する者達なのだ。
妖精郷の存在について知っているのは、ギルムの関係者でも本当に少数だ。
そんな中、幾らレイの生徒達とはいえ、ニラシス達を連れて妖精郷に行く訳にはいかない。
もしそのようなことをしたら、それこそレイであっても最悪罰せられることになるだろう。
勿論、レイが本気になればセトと共に戦ったり逃げたりすることは可能なのだが、レイもわざわざダスカーと敵対したいとは思わない。
ギルムはレイにとって、この世界での故郷と呼ぶべき場所なのだ。
そこにいられなくなるようなことは、とてもではないがやりたいとは思わない。
「そうだな。もしニラシス達を妖精郷に連れていったら、間違いなく大きな騒動になる筈だ。幾らマリーナでも、どうにもならないくらいの」
「……でしょうね」
マリーナはレイの言葉に素直に頷く。
マリーナはダスカーの黒歴史とも呼ぶべきものを多く知っているし、それをネタにしてダスカーをからかったり、自分の要求を通すのも珍しくはない。
ニラシス達が領主の館で寝泊まりをしているのも、そのお陰だ。
だが……ダスカーは、あくまでもギルムの領主。
もしマリーナが黒歴史と引き換えにギルムに被害を与えるようなことを要望すれば、ダスカーがそれを受け入れることは決してないだろう。
それはマリーナも十分に分かっている。
だからこそ、レイの言葉に素直に頷いたのだ。
「そんな訳で、ニラシス達を妖精郷に連れて行くのはなしだ。トレントの森も……止めておいた方がいいだろうな」
トレントの森は、妖精郷以外にも異世界からやってきて、知性があり、言葉を話すリザードマン達や、そのリザードマン達が自分の拠点としている生誕の塔があり、他にもこれまた異世界からやって来た湖が隣接し、そして中央の地下は異世界に通じている。
(こう考えると、トレントの森ってのは色々な意味でアンタッチャブルな場所なんだな。穢れの件もあったし)
そう考えるレイだったが、穢れの件は穢れの関係者の狙っていた人物をトレントの森にある妖精郷に匿ったのが理由なのだが。
「いいの?」
「当然だ」
マリーナの言葉にそう返すと、レイは言葉を続ける。
「ニラシス達を信頼しているし、仲間意識もある。けど、だからといって全てを知らせる必要があるとは思わない。特に妖精郷を含めてトレントの森について下手に知れば、それこそガンダルシアに戻ることが出来なくなってもおかしくはないしな」
レイが知っているダスカーの性格を考えれば、ニラシス達がトレントの森の諸々について知ったとしても、口封じとして殺すといったことはしない。
だが同時に、トレントの森について知った以上、大人しく返すかと言われれば、それはまた微妙なところなのも事実だった。
ギルムの冒険者として……というのも、難しいだろう。
ダスカーの目が届かない場所には行けないように、ダスカー直属の部下として雇うといったところか。
それは考えようによっては出世なのは間違いないだろう。
何しろ、ミレアーナ王国の保護国の冒険者でしかなかった者達が、ミレアーナ王国の中でも三大派閥である中立派を率いるダスカーに仕えるのだから。
だが、一般的に見て出世であっても、それを喜ぶかどうかは人それぞれだ。
そしてレイが見たところ、ニラシス達の中にそれを喜ぶような者は……あくまでもはっきりと聞いた訳ではないが、受け入れる可能性がありそうなのはカリフとビステロの二人だけだった。
「レイがそう判断したのなら、私はそれでいいと思う。レイと一緒に来た者達は見たことがないから何とも言えないが」
「あ、そう言えば……」
「あら、何?」
エレーナの言葉に、レイはヴィヘラに視線を向ける。
何故急にレイが自分を見たのか分からないヴィヘラは、不思議そうに尋ねる。
「いや、ニラシス達だったけど、今日はギルムを色々と見て回っていたらしい。その途中で喧嘩騒ぎを鎮圧するヴィヘラらしい相手を見たと言ってたんでな」
『ああ』
レイの言葉に、話を聞いていた者達の多くが同時にそう納得の言葉を口にする。
ヴィヘラの美貌もそうだが、その服装は色々な意味で目立つ。
男の……場合によっては、女ですらも魅了し、欲望を刺激するような女らしい身体。
そんなヴィヘラだけに、誰か他の相手と見間違えるなどといったことはまず考えられない。
それは他の者達も同じ意見だったのだろう。
「あら、そうなの? でも……こう言ってはなんだけど、結構な数の喧嘩を鎮圧していたりするから、いつ見られたのかと言われても、ちょっと分からないわね」
「そのことで言いたいことがあるんだけど? 喧嘩を鎮圧するのはいいけど、出来ればもう少し怪我をさせないようにしてちょうだい」
この際だと、そうマリーナが口にする。
マリーナのいる診療所には、怪我をした者が運ばれてくる。
基本的にそこに運ばれるのは、あくまでも増築工事で怪我をした者達であって、喧嘩した者達が運ばれるようなことはない。
ないのだが、何らかの事情があってマリーナのいる診療所に運ばれたのだろう。
あるいは怪我をさせたのがヴィヘラだったから、パーティメンバーのマリーナのいる診療所に運ぶということになったのかもしれないが。
その辺はレイにもあまり分からなかったが、ともあれヴィヘラの行動によってマリーナが迷惑を被ったのは間違いないらしい。
「そう言われても、喧嘩をしたり暴れてる人達よ? 話してどうにかなる訳もないし、力で鎮圧した方が手っ取り早いし、周囲に被害も出ないでしょう?」
「それは否定しないけど」
喧嘩や何らかの理由で暴れている者達を説得しようとしても、興奮してそれをまともに聞くとは思えない。
そういう意味では、問答無用で双方共に力で鎮圧するのが一番手っ取り早いし、周囲にも被害が出ないというのがヴィヘラの考えだった。
マリーナもヴィヘラの言葉には一理あるとは理解しているので、不承不承といった様子ではあるが認める発言をする。
「俺も今の話からすると、とっとと鎮圧した方が手っ取り早いと思うけどな。何しろ今のギルムは人が多い。そこで大きな騒動になれば、それこそ多くの者がその騒動に巻き込まれたりしかねないし」
無関係の者達が騒動の被害を受けるのなら、騒動を起こした者達が多少痛い目に遭っても素早く鎮圧した方がいいだろうとレイは主張する。
「そうね。……その気持ちも分からないではないけど……ただ、それでこっちの仕事が増えるのは、納得出来ないのよ。それは分かるでしょう?」
仕事が増えるのは誰しもが好まない。
それだけに、その言葉を聞いていた者達はマリーナの言葉に頷くのだった。




