3932話
レイがニラシスや生徒達と図書室の中で話していた内容について……特にニラシス達がギルドで仕事の依頼を受けるという件について、結局一度やってみないとどうしようもないということになった。
幸いなことに、ガンダルシアから来た今回の一件は、ギルドの方にも話が通っている。
……話が通っているからこそ、こうして現在領主の館で寝泊まりしているのだから。
もっとも、それはあくまでも上の方での話であって、現場……受付嬢には書類は降りてきていたものの、他の書類を処理する必要がある為か、レノラはその書類に目を通すのを忘れていたようだったが。
「じゃあ、明日から頑張ってくれ。次は……そうだな。三日後くらいに顔を出すから。その前にもし何かあったら、ギルドかダスカー様に話を持っていけば、俺に連絡が取れると思う」
現在のレイの住居がマリーナの家……つまり貴族街にある以上、容易に来ることは出来ない。
ただでさえ、増築工事で仕事に来た者達が迷い込んだり、良からぬ考えから侵入してくるということで、警戒をしている最中なのだ。
そのような場所にニラシス達が入ってくれば、面倒なことになる可能性が高かった。
(イステル辺りなら大丈夫かもしれないけど)
イステルは、見る者が見ればその仕草から貴族の出だということが分かる。
しかし、それ以外の面々は明らかに怪しまれ、最悪の場合、捕らえられてもおかしくはない。
また、ニラシスはともかく、生徒達も捕らえられるとなると抵抗してもおかしくはない。
そうして面倒なことになった場合、その対処をするのはレイになってしまう訳で……だからこそ、レイはニラシス達が何か自分に用事がある場合、直接マリーナの家に来るようなことはせず、ダスカーやギルドを通して連絡して欲しかった。
「そうだな。そうさせて貰う。……とはいえ、出来ればギルムに来たんだし、一度くらいは貴族街を見てみたいんだが」
そうニラシスが要望するのは、ガンダルシアには貴族街がないからだろう。
勿論、金持ちが集まるような場所はあるが、それは貴族街とは似て非なるものだ。
ガンダルシアは迷宮都市ではあるが、かなりの大きさを持ってはいるものの、言ってみればそれだけでしかない。
この辺りはガンダルシアがミレアーナ王国の保護国であるグワッシュ国にあるからというのも影響してるのだろう。
……もっとも、ギルムに貴族街があるのは、ギルムが辺境だからというのもあるが、それ以上にミレアーナ王国の三大派閥の一つ、中立派を率いるダスカーが領主をしているからというのが大きい。
そういう意味では、ガンダルシアに貴族街がなくてもおかしな話ではないのだろう。
その為、ニラシスが今後の為にも生徒達に貴族街を見せておきたいと思うのはレイにも理解出来た。
「そうだな。ニラシス達だけで貴族街に行くのは問題が起きるかもしれないけど、俺が一緒なら問題はないと思う。後で一度、俺が一緒に行動して貴族街を見て回るのも悪くはないかもしれないな」
レイのその言葉に、何人かが嬉しそうな様子を見せる。
ギルムの貴族街については、レイから話を聞いて気になってはいたのだろう。
だからこそ、レイがそれを見せてもいいだろうと判断したのが嬉しかったらしい。
「一応言っておくけど、貴族街で問題を起こしたりはするなよ。……俺がいるから大丈夫だとは思うけど」
貴族街に住む貴族で、レイを知らない者はいないだろう。
……ただし、それはあくまでも幾つかの条件があってのことだが。
相手がレイをレイと認識出来ること。……具体的には、相手の実力を見抜ける者がいるか、もしくはセトが一緒にいること。
そうすれば、レイをレイと認識出来る。
そして次に、貴族にしろ、見回りを行っている冒険者にしろ、ギルムに来たばかりの者ではないこと。
基本的に貴族街の警備や見回りとして雇われる冒険者は、ギルムでの活動の実績があり、それでいて大きな問題を起こしていない者が選ばれる。
だが、冒険者の中には以前からの知り合いであったり、あるいは偶然気が合ったとしてパーティに参加し、そのまま貴族街で働くという者もいる。
そして、貴族はギルムの貴族街に前から住んでいるのではなく、ギルムに来たばかりの者がいた場合。
貴族だけにプライドが高く、レイを前にしてもレイをレイだと認識出来ず、セトがいてもレイからならセトを奪っても構わないと認識するよう貴族がいてもおかしくはない。
「うん、やっぱり止めるか?」
「ちょっ、レイ教官。それはないでしょう」
面倒が起きそうな予感しかしないので、レイが貴族街を見るのを止めるかと口にすると、それを聞いたビステロが不満そうに言う。
他の生徒達も、いきなりのレイの言葉に不満そうな様子を見せる。
「分かった。俺の言いすぎだった。……とはいえ、多分大丈夫だとは思うが、貴族の中には本当に馬鹿が多い。くれぐれも気を付けろよ」
貴族には馬鹿が多いというレイの言葉に、貴族出身のイステルが何かを言いたげな様子を見せる。
とはいえ、レイの言葉に色々と思い当たることがあったのだろう。
悔しげな様子を見せつつも、結局何も言わなかったが。
「どのみち貴族街を見るのは、今度俺が来た時だな。その時にそっちが忙しくなかったら、案内する」
「……ありがとうございます」
複雑そうにしながらも、イステルが感謝の言葉を口にする。
他の面々もそんなイステルに続き、それぞれ感謝の言葉を口にした。
「じゃあ、これで用件は終わったな、俺は家に帰るから。お前達も、明日からギルドの仕事をしてみるのなら、今日はゆっくりと休んでおけよ」
そう言い、レイは座っていた椅子から立ち上がるのだった。
「グルルゥ!」
「あ、セトちゃん! ……そう言えば……」
中庭にやって来たレイをセトが喉を鳴らして嬉しそうに出迎えると、そんなレイを見送りに来ていた中で、イステルが真っ先に声を上げる。
そう、レイがこうして自分達に会いに来ていた以上、そこにはセトが一緒にいるのが当然のことだった。
だというのに、セトの件についてはすっかり忘れてしまっていたのだ。
セト好きのイステルにしてみれば、それは致命的だった。
……もっとも、レイが来てからすぐにギルムについての話になったり、ギルドで明日から依頼を受けるといったような話になったのを思えば、幾らイステルがセト好きであってもセトを愛でるような余裕はなかったのだろうが。
幾らセト好きであっても、あの状況でセトを愛でたいからといって図書室から自分だけ出ていくといったことが出来る筈もない。
「セトちゃん、元気だった? 昨日振りだけど、もうずっと会っていないように思えるわね」
「グルルゥ」
自分を撫でてくるイステルに、セトは大丈夫だよと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、イステルがそこまで心配する必要はないと、そう言いたかったのだろう。
とはいえ、イステルはそんなセトが何を言いたいのかは分からないので、セトが自分の言葉に反応してくれたことに喜ぶだけだったが。
レイはすぐに帰ろうとしていたのだが、セトを見て心の底から喜んでいるイステルの様子を見れば、少しくらいは遊ばせておいてやってもいいだろうと、そのままにしておく。
「レイ、いいのか?」
ニラシスがセトとイステルを見て、そのままにしておいても本当にいいのか?
そう尋ねてくるのに対し、レイは頷く。
「昨日はセトと遊べなかったしな。それに今は特に忙しくはないし、少しくらいならセトと遊ばせても構わない。……カリフも行ってきていいぞ」
「あ、はい。じゃあ、私も……」
カリフはイステルのようなセト好きという訳ではない。
だが、それでも可愛らしいものが好きなのは間違いないし、ガンダルシアからギルムに来るまでの間にセトと接する機会はそれなりに多く、人懐っこいセトを可愛らしいと思うようにはなっていた。
「とはいえ、セトと遊んでいるのを待っている間、暇だな。……何かあるか?」
「何かって急に言われてもな。……あ、だがそうだな。武器屋とかを覗いてみたが、ガンダルシアよりもその辺は豊富だったぞ。なぁ?」
「そうですね。ガンダルシアにもそれなりに武器が多かったと思いますが、ギルムはより品揃えが上でしたね」
アーヴァインのその言葉に、レイはそうか? と不思議に思う。
これはレイが特殊な冒険者だからというのが大きい。
レイの武器である、デスサイズと黄昏の槍は、マジックアイテムでレイの持つ莫大な魔力を使っているのもあって、刃こぼれといったようなことは起きない。
黄昏の槍を作る前には、投擲用の槍として使い捨てに出来る……穂先が欠けていたり、柄が腐食していたり、場合によっては柄が途中で折れたような、そんな槍を買い集めてはいたのだが。
投擲してもすぐ手元に戻るという能力を持つ黄昏の槍がある以上、わざわざそのような槍を購入する必要は少なくなっている。
標的によっては黄昏の槍ではなく、使い捨ての槍を使うこともあるが……それでも、黄昏の槍を使うことの方が多いのも事実。
そんな訳で、レイが武器屋に行くのは……それこそ、盗賊狩りをしてそれなりに状態のいい武器を入手した時、それを売るくらいか。
それだって何かあった時の為にミスティリングに収納しておくことが多いので、そんなに頻繁に売りにはいかないが。
他にレイが武器屋に行く用事となると、火災旋風を使った時、その威力を強化するために刃の欠けた各種武器を使うので、それを購入するくらいか。
(以前はそれなりに良い槍とかも買っていたんだけどな。……黄昏の槍を見ると、ちょっと)
使い捨てにする槍であれば、そう割り切ってどのような物であっても購入する。
だが、きちんとした槍となると、使い捨てにする訳にはいかない以上、どうしても黄昏の槍と較べてしまうのだ。
そして較べてしまえば、基本的に黄昏の槍よりも良い槍というのはそうそうない。
そんなレイとは違い、普通の冒険者は戦いの中で武器が折れたり、斬れ味が鈍ったり、単純にもっと良い武器を欲したりということで、武器屋に行く機会は多い。
……なお、防具屋にいたっては、レイは武器屋よりも行く機会が少ない。
武器屋であれば、それこそ使い捨ての槍であったり、武器の廃棄品を引き取る為に顔を出すことがあるが、防具となると、レイの場合は下手なフルプレートメイルよりも高い防御力を持つドラゴンローブがある。
重量はローブというだけあって非常に軽く、それでいながら物理攻撃は勿論、魔法に対しても強い効果を持つのだ。
そんなドラゴンローブを装備しているのだから、他に何らかの防具を必要としていない。
身体の装備ではなく、靴も金属製の……それこそ防具としてだけではなく、蹴りを放つ時に武器としても使える物があるが、レイは空中を蹴ることが出来るスレイプニルの靴を履いている。
こちらはあくまでも靴なので防具としてはそこまで使い物にならないし、蹴りの威力を倍加させるといったような威力もない。
しかし、それを考えた上でも、セトに乗って空を飛ぶことが多いレイにしてみれば、空中を蹴ることが出来るというのは非常に大きな意味を持つ。
空高く飛んでいるセトの背から降りても、スレイプニルの靴があれば途中で空中を蹴ることによって速度を落として地面に着地出来るのだから。
……もっとも、ドラゴンローブにしろ、スレイプニルの靴にしろ、それらは正確には防具ではなくマジックアイテムなのだが。
「辺境だけに、高ランクモンスターが普通に出てくるしな。それらを倒す為に、あるいはそれらの素材を使って、多くの武器が作れるんだろう」
「でも、それを言うのならガンダルシアだってダンジョンで倒したモンスターの素材とか、ダンジョンのモンスターを倒す為にもっと武器が多くあってもいいんじゃないですか?」
ビステロのその問いに、レイはニラシスを見てから微妙に言いにくそうにしながらも、口を開く。
「その辺は純粋にそこにいる冒険者の強さの違いだろうな。強い冒険者が多いから、多くのモンスターが、そして高ランクモンスターが倒され、その素材が出回る」
「……だろうな」
レイの言葉の意味、ガンダルシアの冒険者が弱いから強力なモンスターを倒す……どころか、そういうモンスターのいる場所まで到達出来ないというのを、ニラシスは苦い表情を浮かべながらも認める。
ニラシスにしてみれば、レイの言葉には不満があるが、同時に認めなければならない事実でもあった。
だからこそ、ニラシスはレイの言葉に同意したのだ。
ガンダルシアでトップクラスの冒険者パーティである久遠の牙も、このギルムには同程度の実力、あるいはそれ以上の実力を持つパーティが多数いるのだろうなと思いながら。




