3931話
「なるほど、ギルムの周辺には以前は幾つかダンジョンがあったのか」
「そうなるな。……中には出来たばかりのダンジョンとかもあったけど、それは俺が攻略したし。後は銀獅子という高ランクモンスターのいるダンジョンもあったが、そっちも俺が攻略した」
「……ダンジョンを二つも攻略したのか?」
ニラシスが唖然とした様子で呟く。
他の者達も、ニラシスのその言葉にレイを驚いたように見る。
先程までは冷たい視線をレイに向けていたイステルだったが、ニラシスのその言葉には驚いたのか、そこには既に冷たい視線は存在しない。
「そうだな。他にも幾つか……それこそ、丁度ダンジョンが生まれようとした場所にて、ダンジョンになる寸前にダンジョンの核を破壊したこともある。あの時は魔熱病で大変だったけど」
「……レイは一体、何個のダンジョンを攻略してるんだ?」
呆れたように言うニラシス。
ニラシスにしてみれば、ガンダルシアのダンジョンですらまだ攻略していない。
それこそどこまで深いのか分からない以上、いつ攻略出来るのかも分からないのだ。
レイと自分達の差に、驚くしかない。
とはいえ……レイにしてみれば、ニラシスの驚きは見当違いでしかない。
「俺が複数のダンジョンを攻略してるのは間違いないが、そのダンジョンはどれも浅いダンジョンだぞ。今言った魔熱病の件のダンジョンなんか、それこそまだダンジョンが作られていない中でダンジョンの核を見つけて、それを破壊しただけだし」
剥き出しの弱点があり、レイにはそれを破壊する手段がある。
そうであれば、そこで手を出さないという選択肢はなかった。
……もっとも、上手くいけば迷宮都市になったかもしれないと思うと、そのことに不満を持つ者もいたのかもしれないが。
「ガンダルシアにあるダンジョンのように、十階、二十階といったような階層のダンジョンは、まだ攻略したことが……多分ないと思う」
「おい、何で断言出来ないんだよ」
「いやまぁ、もしかしたら忘れてるかもしれないと思ってな」
「……普通、ダンジョンを攻略したのを忘れるか?」
「それなりにあるんだよ、そういうのも」
レイの言葉に、ニラシスは……いや、他の生徒達も呆れた様子を見せる。
一般的に考えて、自分の攻略したダンジョンを忘れるとは思えなかった為だ。
「さすが異名持ちのランクA冒険者って訳か」
「そうだな。まぁ、否定はしない。……出来れば、ガンダルシアのダンジョンも攻略したいとは思ってるんだが。微妙なところなんだよな」
ダンジョンの攻略というのは、そのダンジョンのボスを倒し、その上でダンジョンの核を破壊する必要がある。
だが当然ながらダンジョンの核を破壊すればそのダンジョンはダンジョンとして成立しなくなる。
具体的にどうなるのかは色々とあるのだが。
ダンジョンそのものが崩壊するといったものであったり、もしくはダンジョンとしての建造物としては維持されるが、宝箱や修復機能、新たなモンスターといった存在はなくなったり。
これが普通のダンジョンであれば、レイもそこまでは気にしないだろう。
だが、ガンダルシアは迷宮都市だ。
ダンジョンの存在こそがガンダルシアの中心にあると言ってもいい。
そうである以上、もしレイがダンジョンを完全に攻略したらどうなるか。
ダンジョンの攻略そのものは目出度いことではあるだろうが、ダンジョンがダンジョンとして使えなくなれば、ガンダルシアの産業が衰退するのは間違いない。
迷宮都市だけあって、ガンダルシアの産業にはダンジョンの品が多く関わっている。
ダンジョンから採れる素材であったり、ダンジョンに棲息するモンスターの肉や魔石、素材といったように。
他にもガンダルシアのダンジョンには宝箱があり、そこからはマジックアイテムを入手出来たりもする。
冒険者がそれらを手に入れ、ギルドや他の商人に売り、それをガンダルシア以外からやって来た商人達が購入することで、ガンダルシアのダンジョンを使った経済は成り立っている。
そのような中でレイがダンジョンを攻略して核を破壊してしまえばどうなるか。
当然ながら、ダンジョンから各種素材やマジックアイテムは入手出来なくなってしまう。
勿論、核を壊してもダンジョンがまだ残っていれば、今いる分のモンスターを倒して素材や魔石を手に入れることは可能だろうが……そのモンスターも生き物である以上、何らかの手段で腹を満たす必要がある。
それが出来なければ、それこそ最悪ダンジョンからモンスターが出てくる危険は十分にあった。
もしガンダルシアの街中にダンジョンからモンスターが出てくればどうなるか。
勿論、それに対処出来るように準備はしてあるが、深い階層からのモンスターとなると、その対処法で対処出来るかどうかは微妙なところだろう。
「うん、やっぱりガンダルシアのダンジョンは攻略出来る状態になっても攻略はしない方がいいな」
「レイ?」
ダンジョンを攻略した後のガンダルシアがどのような状況になるのかを考えていたレイがそう結論を出すと、それを聞いていたニラシスは不思議そうに聞いてくる。
「いや、もしダンジョンを攻略したら、ガンダルシアがどうなるかを考えたんだけど、そうなると攻略出来てもしない方がいいと思ってな」
「そういうものなのか?」
「ああ、そういうものだ。……もっとも、その辺について考えるのは俺の仕事じゃないけど」
それこそダンジョンの……迷宮都市のこれからについて考えるのは、レイではなくガンダルシアの領主の仕事だろう。
あるいは、レイと近い存在では冒険者育成校の学園長であるフランシスか。
ともあれ、レイは異名持ちのランクA冒険者であるのは間違いないものの、それでもただの冒険者でしかない。
ガンダルシアの運営についてといったようなことは、レイが考える必要のないことだろう。
「そういうものなのか?」
再度同じことを尋ねるニラシスだったが、レイはその言葉に頷くだけだ。
そして話題を変えるように、口を開く。
「どうせなら、ギルムのギルドで依頼を受けてみてもいいんじゃないか?」
それは何かの考えがあって口にした内容という訳ではない。
ただ、何となく……本当に何となく思ったことだ。
「ギルムのギルドでの依頼か。……正直なところ、それも考えてはいたんだが、ギルムでの依頼となると、生徒達には厳しいだろう」
「ニラシス教官、それは聞き捨てなりませんね。俺達はまだ学生なのは間違いないですが、ダンジョンの探索もしているのですから、ギルムの依頼……高ランク冒険者が受けるような依頼ならともかく、簡単な依頼なら問題ないかと」
ニラシスの言葉にそう口にしたのはアーヴァイン。
他の生徒達も、ニラシスの言葉に自分達なら出来るといった表情を浮かべている。
今日、ギルドに行った時、依頼ボードに張られている依頼書を見ての考えなのだろう。
「そうは言うが、俺達が受けられる依頼は限られている。それはお前達にも理解出来る筈だが?」
ニラシスの言葉に、アーヴァインは言葉に詰まる。
実際、依頼ボードに張られている依頼書の中には、商人の護衛というのがかなり多かった。
それは増築工事をやっていることで、例年以上に商人がやってきており、その商人達が増築工事に使う建築素材や、それ以外にも色々な物資をギルムに持って来て売り、それが終わったところでギルムで仕入れをし、また別の場所に向かう。
だが、そうなると必要なのは護衛だ。
ギルムに来る時に雇った護衛をそのまま使えるのならいい。
だが、冒険者にとってギルムというのは憧れの地でもある。
今は増築工事のお陰で多くの冒険者が集まっているが……いや、だからこそギルムまでは商人の護衛をしても、それはあくまでもギルムまでの護衛で、ギルムから他の場所に向かう商人の護衛は断るという冒険者もそれなりにいる。
そして商人としても護衛がいない状況でギルムから出るといったことは自殺行為でしかない以上、ギルドに護衛の依頼をするのはそうおかしなことではないだろう。
それは自然なことだ。
だが……だからといって、アーヴァイン達が商人の護衛の仕事を引き受けられるかとなると……それは微妙なところだろう。
まず第一に、アーヴァイン達はガンダルシアでこそダンジョンに潜っているし、カリフとビステロ以外の四人はそれなりに深い階層まで潜っているので、相応の実力を持ってはいるだろう。
だが、冒険者としてのランクとなると……あくまでも新人レベルでしかない。
そのランクで依頼を受けることが出来るのかという問題がある。
また、アーヴァイン達はガンダルシアのダンジョンでそれなりに活躍しているが……護衛の依頼が出来るかと言われれば、正直なところ微妙だろう。
敵を倒すだけの実力があるのは間違いないが、敵を倒しながら護衛対象を守れるかとなると……微妙なところだろう。
せめてもの救いは、ガンダルシアからギルムに来る途中、盗賊を殺すという経験をしていることか。
人を殺したということで落ち込んでいた者達も、レイから見ればまだ完全に立ち直ったとは言えないが、それでも表向きは元気になっている。
「護衛は駄目だな」
「そうですね。護衛は私達に向きません」
イステルが即座にレイの言葉に同意する。
自分達の実力であったり、戦闘スタイルであったりを、かなり正確に把握している。
そのことに少しだけ驚くレイ。
もっとも、ここにいるのは冒険者育成校の中でもトップクラスの者達だ。
そのくらいのことは出来ても、おかしくはないだろう。
「そうなると、もし依頼を受けるのならどういう依頼がいい?」
イステルの言葉に少し興味を持ったレイが、そう尋ねる。
最初は依頼を受けるのは難しいかもしれないと思っていたが、もしこれでレイが納得出来る依頼を選ぶのなら、ギルムで冒険者として活動するのを応援してもいいかもしれないと思う。
「……討伐依頼とか?」
そう口にしたのはビステロ。
冒険者と言えば討伐依頼。
その認識はそう間違ってはいない。
もしここが普通の街であれば、レイもその提案に反対はしなかっただろう。
だが、ここはギルム。ミレアーナ王国唯一の辺境だ。
街から一歩でも出れば、それこそいきなり高ランクモンスターに遭遇してもおかしくはない場所だ。
「駄目だ」
ザイードが短く、だが即座に否定する。
(まぁ、無理もないか)
レイはザイードの言葉にそう思う。
ザイードはパーティの中では壁役……つまり、タンクだ。
敵の攻撃を防ぐ役割を持つ。
つまり、モンスターの攻撃を受けるのは基本的にはザイードということになる。
……そう、ギルムから一歩でも出たら遭遇するかもしれない、高ランクモンスターの攻撃を一身に受けることになるのだ。
それはまさに、命懸けだろう。
「そう、ですか。……分かりました。ザイードさんがそう言うのなら……」
ビステロもザイードの言葉に反論はせず、そう返す。
それがザイードの能力を十分に理解してるからなのか、それとも三組を率いる立場にいるザイードが反対したのだから、逆らわない方がいいと判断したのか。
「そうなると、他の依頼……採取とか?」
「ハルエス、採取も駄目よ。採取をするということは、それこそモンスターと遭遇する可能性が高いということを意味しているのだから」
採取というハルエスの要望も、イステルにあっさりと否定される。
ハルエスはそんなイステルの言葉に反論しようとしたものの、実際にイステルの言葉は決して間違っていないのが理解出来たので、反論出来ない。
反論出来ない代わりに、不満そうに口を開く。
「じゃあ、一体どういう依頼を受けられるんだ?」
「そうね。……無難なところだと、街中でやるような依頼かしら」
「それって、増築工事でしょうか?」
イステルの言葉に、カリフが微妙な表情でそう言う。
カリフにとっても、どうせならもっと華々しい依頼を受けたいと思えてしまうのだろう。
「そうね。それが一番いいと思うわ。街中でやる依頼だと……」
そこで一度言葉を止めたイステルの顔が、不機嫌そうな表情を浮かべる。
一体何があったのか。
その様子を見ていた者達が疑問に思ったものの、その理由はイステルの次の言葉で理解出来た。
「街中の見回りとかは、私達だとちょっと難しいでしょうし。実力も見た目も」
あ、ヴィヘラか。
イステルの言葉に、何故不機嫌になったのかを理解するレイ。
……他にも同じように理解した者達がいたが、それを指摘するのは自殺行為だと知っている為か、口を開くことはなかった。




