3928話
年末なので、2話同時投稿です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
「大丈夫……だよね?」
トレントの森にある、妖精郷。
その側に降りたレイはセトとニールセンと共に妖精郷の入り口とも言うべき霧の空間を抜けて、無事妖精郷に到着していた。
幸いなことに、霧の空間の中にいる狼達は数ヶ月ぶりでもレイやセトのことを覚えていたらしく、攻撃してくることはなかった。
それだけレイやセトの存在を狼達が怖がっていたということなのだろう。
……あるいは、妖精のニールセンがいたからこそなのかもしれないが。
ともあれ、そうして無事に霧の空間を抜けると、そこに広がっているのは妖精郷。
こちらもまた、数ヶ月ぶりの妖精郷なのでレイは物珍しげに周囲の様子を見ていたのだが……そんなレイの右肩の上で、ニールセンが恐る恐るといった様子でレイに聞いたのだ。
妖精郷は最後に立ち寄った時とそう変わっていなかったので、それを残念そうにしながらもレイが口を開こうとしたところで……
「え? あ……きゃああああああああああああああああああああああっ!」
不意にニールセンが空中に浮き上がり、どこかに飛んでいく。
……いや、背中の羽根を動かしている様子がないことから、ニールセンが自分の意思で飛んでいるのではないだろう。
だが、レイはそんなニールセンの様子を見ても、特に驚いたりはしない。
この妖精郷の長は、見えない手を自由自在に使う……いわゆる超能力の、サイコキネシスに近い力を持っているのを、レイは知っているからだ。
そしてニールセンはそんな長の後継者だ。
そのニールセンが長い間――具体的にどれくらいの日数なのかはレイにも分からなかったが――妖精郷に帰ってこなかったのだから、長としては心配もするし、怒りもするだろう。
「グルゥ?」
特に驚いたり、即座に行動に移ったりする様子がないレイに、セトはいいの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトに心配いらないと撫でていると……
「ワン、ワオオオオオン!」
「ワフゥ!」
そんなセトに向かい、二匹の狼が……いや、ピクシーウルフというモンスターが姿を現し、突っ込んでいく。
「あれ?」
そんなピクシーウルフの様子に、レイは疑問を感じる。
何故なら、とてもではないが以前よりも大きくなっているようには思えなかったからだ。
レイが最後にピクシーウルフを見たのは、ガンダルシアに行く前……つまり、数ヶ月前だった筈だ。
だというのに、こうしてセトに向かって遊んで欲しいと纏わり付いているのを見る限り、以前と全く同じ大きさにしか思えなかった。
このくらいの子供というのは、それこそ十日かそこら見ないだけでも、大きくなったのが分かるくらいの筈だ。
だというのに、数ヶ月ぶりに見てもピクシーウルフの子供達は以前と大きさが変わらないように思える。
(これは、ピクシーウルフというのが、大きくなるのが遅いとか、そういうことか? まさか、ずっと子供のままだという種族って訳ではない……と思うけど)
ピクシーウルフの生態など、レイがしる筈もない。
とはいえ、自分やセトに友好的なモンスターだけに、その行動は少し気になるところがあるのも事実だった。
「グルルゥ?」
「ん? ああ、何でもない。ちょっと考えごとをしていただけだ。さて、俺は長のところに行ってくるから、セトはそいつらと遊んでいてやってくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。
そんなセトをそのままに、レイは妖精郷を奥に進む。
「あ、レイだ。久しぶり。元気だった?」
「最近、姿を見なかったけど、どうしていたの?」
妖精郷を進むと、妖精達に遭遇して声を掛けられる。
レイが妖精郷にいるのを、既に普通のこととして考えているらしい。
実際、レイは一時期ずっと妖精郷で寝泊まりをしていたので、その判断も決して間違ってはいないだろう。
「久しぶりだな、俺は元気だ。ちょっと遠出をしていたんだ」
そう返しながら妖精郷を進むレイだったが、レイといつも一緒にいるニールセンの姿がないことに驚いた様子の者はいない。
恐らくは長によってニールセンが強引に連れていかれたのを見ていたのだろう。
ニールセンの口からは、それこそ妖精郷全体に響き渡ってもおかしくはないような、そんな悲鳴が発せられていたのだから。
そして妖精郷に住む者達なら、ここ暫くの間ニールセンが妖精郷に帰ってきていなかったのを知っていてもおかしくはない。
だからこそ、敢えてニールセンのことは聞かなかったのだろう。
もしここでニールセンはどうしたと聞いた場合、もしかしたらニールセンのお仕置きに巻き込まれる可能性も否定は出来ないのだから。
「ねぇ、ねぇ、それでお土産はないの?」
レイの側まで飛んできた妖精の一人が、そう聞いてくる。
妖精達にとって、レイは自分達に土産を持ってきてくれる相手という認識なのだろう。
……実際、それは決して間違っている訳ではない。
今までレイが妖精郷に来る時は、よく土産を持ってきていたのだから。
(土産……土産か。そうだ。そういえばあれがあったな)
レイは何を土産として渡そうかと思ったところで、昨日何度か食べた香辛料入りの焼き菓子を思い出す。
レイとしては、そんなに嫌いという訳ではない。
ただ、嫌いな者はかなり受け付けないらしいというクッキー。
普通なら、土産として好き嫌いが激しく分かれる物というのは、好まれないのだろう。
例えば、くさやか。
レイが日本にいる時、父親の友人が旅行の土産としてくさやを買ってきたことがある。
その時の臭いは、レイは到底耐えられなかった。
なお、レイの両親もそれは同様だったが、不幸中の幸いと言うべきか、父親は臭いと言いつつも、くさやそのものは美味いと喜んで食べていたが。
また、土産という訳ではないが、レイが住んでいた場所では、冬になればハタハタを買ってきて寿司を漬ける。
これはいわゆるにぎり寿司の類ではなく、飯寿司と呼ばれる種類の寿司だ。
飯寿司で有名なのは、フナ寿司だろう。
このような飯寿司もまた、その臭いを嫌う者はいるので、そういうのを土産として持っていっても好きな人は喜ぶが、嫌いな者は微妙な表情を浮かべるだろう。
香辛料入りの焼き菓子もまた、そこまで激しくはないものの、似たような種類ではある。
「あ、これ美味しい!」
「えー……私はあまり好きじゃないな。絶対に普通の焼き菓子の方が美味しいって」
「それが美味しいのは当然でしょ。でも、それを食べた上で、この焼き菓子の……そう、刺激的な感じがいいのよ」
「それは私も同じ」
「うげぇ……私、これ嫌……」
焼き菓子を食べた妖精達が、それぞれの感想を口にする。
予想通り、好きだと言う者もいれば、絶対に受け入れられないという者もいる。
レイにしてみれば予想通りの結果だった。
「じゃあ、これは渡す。好きな者達で集まって食べてくれ」
レイはそう言い、香辛料入りの焼き菓子を美味いと言っていた妖精にある程度纏めて渡すと、その場を後にする。
久しぶりの妖精郷なので、特に何か変わりがなくても、見ていて楽しい。
そして何人かの妖精に挨拶をし、土産は前に会った妖精に渡してきたから、遅くなるとなくなるぞと言う。
すると殆どの妖精は急いで土産を渡された妖精のいる方に飛んでいく。
現金だなと思うものの、それもまた妖精らしいという思いがそこにはある。
そうして妖精郷の奥に到着すると……
「いやあああああああああ、ごめんなさああああああああああい、長ああああああああああ!」
いつも長のいる場所に近付くと、そんな声……いや、悲鳴が聞こえてくる。
それが誰の声なのか、何故そうなっているのかは、考えるまでもない。
「うわぁ……」
それでもレイは目の前の光景に、思わずそんな声を上げる。
ニールセンが高速で空中を飛び回っているのだ。
勿論、それはニールセンが自分の意思で空を飛んでいる訳ではない。
それを示すように、ニールセンの顔は恐怖に引き攣っているし、涙と鼻水、涎がその顔にはある。
ニールセンは妖精として見ても顔立ちが整っている部類に入るのだが、今のニールセンを見ればとてもではないがそのようには思えない。
そんなニールセンの側では、長が笑みを浮かべてレイを見ていた。
長にとっても想い人であるレイとの再会は心待ちにしていたらしい。
それでも、空を飛んでる……いや、飛ばされているニールセンの姿が、そんな長の様子を笑みだけではなく一種異様な様子に見せていたのだが。
「お久しぶりですね、レイ殿。無事なようで何よりです」
「えっと、あー……うん。そっちもその……元気そうで何よりだ」
笑みを浮かべて声を掛けてくる長に対し、レイが出来るのはそう返すだけだった。
「それにしても、もっと時間が掛かると思っていたのですが……あら」
言葉の途中で、長は微かに眉を顰める。
空を飛んでいる……飛ばされているニールセンの声がうるさかったのだろう。
軽く手を振ると、不意にニールセンの声が聞こえなくなった。
ニールセンが悲鳴を我慢している訳ではないことは、ニールセンを見れば明らかだ。
今も空中を自由自在に飛ばされているニールセンの口は、大きく開いているのだから。
ただし、その声は全く聞こえてこない。
(魔法って訳じゃないだろうけど、無詠唱魔法に似てるよな。……しかも無詠唱で色々なことが出来るという点では、間違いなくこっちが上だ)
そう思っているレイの様子に気が付いているのか、いないのか。
長は再び笑みを浮かべ。先程の一言はなかったことにして口を開く。
「帰って来るのが随分と早かったですね」
それは無理があるぞ。
そう思いつつも、ニールセンの様子を見る限りレイはそれに触れないようにし、口を開く。
「もう向こうでの仕事が終わったという訳じゃない。ガンダルシアに行ってから少し時間が経ったから、休みとしてギルムに戻ってきただけだ。また少ししたら、ガンダルシアに行くことになると思う」
「そう……ですか。それは残念ですね」
「冬……いや、秋の終わりくらいには帰って来ると思う」
秋の終わりから冬の始まりは、ガメリオンの季節だ。
その季節になれば、当然ながらレイも毎年恒例の行事としてガメリオン狩りに参加したい。
(出来れば冒険者育成校の生徒達にも経験させてやりたいとは思うが、秋の終わりに帰ってきたら、恐らく春まではギルムにいるだろうしな。……具体的に、いつまで俺が教官をやるのかも決まってないし。あれ? もしかして冬にも冒険者育成校で教官をやれとかはないよな? まぁ、そうなったらそうなったで、冬にもダンジョンに潜れるということになるんだが)
いっそ、ガメリオン狩りが終わったらまたガンダルシアに戻って、今年は冬の間もダンジョンに潜るのはありかもしれない。
ふとそう思うレイだったが、そうなったらそうなったで、また色々と面倒なことがありそうな気もする。
(まぁ、その辺りはガンダルシアに戻ったら、フランシスに相談してみるか)
実際にどうなるのかは分からない。
レイも冬になったらギルムに戻ってきたいとは思うし、同時にガンダルシアのダンジョンの攻略を進めたいという思いもある。
「そうですか。では、秋を楽しみにしないといけませんね。……その時は、ニールセンももっと成長しているでしょうし」
今ここで触れるのか。
長の言葉にそう思いながらも、レイは少し困った様子で頷く。
「そうだな。ニールセンが成長してくれると、俺としても嬉しい。……けど、その……いい加減、ニールセンのお仕置きを止めてもいいんじゃないか? 何だか妖精には思えないような顔になってるぞ」
「あら」
そこでようやく長はレイから視線を逸らし、ニールセンを見る。
レイが指摘するように、たしかにそこにあったのは妖精と称するには難しいような、そんなニールセンの様子だった。
先程レイが見た時は、涙、鼻水、涎を垂れ流していたのだが、今のニールセンはそれにプラスし、白目を剥いている。
それでいながら、手足がまだ微かに動いているのが、余計に衝撃的だった。
本当に生きてるのか?
そうレイが思ってもおかしくはないくらいに、ニールセンの様子は不気味だった。
「その……大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。いつものことなので」
いつものことなのか。
そう突っ込みたくなったレイだったが、賢明にも黙っておく。
ここで自分が何かを言って、その結果として再びニールセンが長にお仕置きされるようなことになれば、後味が悪いからだ。
もしくは、レイの言葉でお仕置きが終わる可能性もあったのだが……ともあれ、レイはニールセンの姿からそっと視線を逸らすのだった。




