3926話
年末なので、2話同時投稿です。
こちらは2話目なので、直接こちらに来た方は前話からどうぞ。
何とかなったな。
レイは数十分程前と違って、雰囲気が穏やかになったことに安堵する。
レイがガンダルシアで購入してきた、各種の土産。
それを出した瞬間……いや、正確にはその中に指輪があったのを見た瞬間、一種異様な雰囲気となったのだ。
それこそ、ニールセンは即座にテーブルから離れ、セトの毛の中に隠れ、そのセトもイエロと一緒にテーブルから離れるといった具合に。
アーラは出来ればテーブルから離れたかったようだったが、エレーナがいる以上、それは出来ない。
ビューネはそんな雰囲気を気にした様子もなかったが、自分の分の土産として幾つか選ぶと、離れた場所にいたセト達の側に向かった。
こうして残った者達による土産の分配が始まったのだが……レイとしては、何も言うことは出来ないし、ニールセン達のように移動することも出来なかった。
そのような状態がようやく終わり……
「ふぅ」
冷たくなってしまった紅茶を一口飲む。
冷えたことによって若干の渋みがあったものの、それでも今この時は美味いと感じられる。
(指輪……失敗だったな。もしくは、指輪を人数分にすればよかったか)
エレーナが手にした指輪を見ながら、レイはそんな風に思う。
とはいえ、レイとしてはあくまでも指輪ではなく、マジックアイテムとして購入した物なのだが。
指輪の形をしたマジックアイテムというのは、そう珍しくはない。
……いや、寧ろ普通に嵌めることが多いからこそ、指輪をマジックアイテムにするという考えが一般的になったのかもしれないが。
それは指輪だけではなく、ネックレスや腕輪、ピアスといった物も同様だろう。
あるいは、髪飾りの類もか。
「つかれたな。きょうはせとにのってずっとそらとんでいたからな。そろそろやすませてもらうよ」
半ば棒読みではあったが、女同士のやり取りに当てられ、精神的に消耗したのも事実。
そうである以上、レイとしては早く休みたいと思うのはおかしな話ではない。
「あら、そう? レイの部屋は以前のままだから。寝るにはまだ少し早いと思うけど」
現在の時間は、午後八時前といったところか。
既に完全に日は落ちて夜となっているものの、寝るのが早い一般人であってもまだ寝るには少し早い時間だ。
ただ、レイが言うようにガンダルシアからギルムまで旅をしてきた疲れがあるのなら……と、マリーナも納得した様子で言う。
レイはそんなマリーナの言葉に頷くと、座っていた椅子から立ち上がる。
一瞬、少し離れた場所に出したままの窯に視線を向けたが……明日の朝食にでも使うだろうと、そのままにしておく。
これが普通の場所であれば、レイも窯をミスティリングに収納しておくだろう。
だが、マリーナの家の敷地内は基本的に精霊によって雨や風が遮断されている。
その為、長期間ならともかく、一日や二日程度なら庭に放り出しっぱなしにしておいても、全く何の問題もない。
レイに声を掛けたマリーナや、エレーナ、ヴィヘラ……そして他の面々も、まだ話をするつもりなのだろう。
レイはそれに対しては特に何も言わず、家の中に入って自分の部屋に向かう。
部屋の中は、数ヶ月いなかった割には綺麗に片付いており、床に埃の類もない。
「精霊様々だな」
レイは恐らくこれは精霊が掃除をしてくれたのだろうと判断する。
もしかしたら、マリーナ達が掃除をしてくれたのかもしれなかったが。
ともあれ、埃のない部屋に気分をよくしながら、ドラゴンローブやスレイプニルの靴を脱ぐと、そのままベッドに倒れ込むのだった。
「ん……んにゃぴ……ん?」
目が覚めたレイは、ベッドの上でゆっくりと上半身を起き上がらせると、妙な声を発する。
自分でどのような声を発したのかは分からないまま、ただ寝惚けた様子で動きを止める。
そして、十分程が経過したところで、次第に頭の中がすっきりしていく。
これがダンジョンの中であったり、あるいは依頼をしている最中であったり、もしくは信用出来ない相手と一緒にいる時であれば、レイも目が覚めた瞬間にはすぐに行動出来る。
だが、周囲に危険がない時、レイはこうして起きてから暫くの間は寝惚けたままとなるのだ。
そうしてようやく完全に目が覚めたレイは、窓の外から声が聞こえてくるのに気が付く。
身支度をして、部屋を出る。
外に出ると……
「はぁっ!」
「甘い!」
素早く間合いを詰めたヴィヘラが綺麗なフォームでエレーナの頭部を狙って蹴りを放つ。
だが、エレーナは素早く後ろに跳ぶ。
エレーナの頭部があった空間をヴィヘラの足が通りすぎ……そのままの勢いを利用して蹴りを放った足を地面に着けると、回転しながら距離を取る。
エレーナはその隙を突くかのように前に出ようとしたが、ヴィヘラが何かを狙っているのを察知すると、足を止める。
次の瞬間、手甲に包まれたヴィヘラの拳が裏拳によって空間を薙ぎ払う。
もしエレーナが足を止めず前に出ていれば、恐らく……いや、確実にヴィヘラの拳はエレーナの顔に命中していただろう。
「はい、そこまで!」
その言葉と共に、エレーナとヴィヘラの間に風による一撃が放たれる。
……それでいながら、地面には傷を付けていない辺り、今の一撃を放ったマリーナの精霊魔法の技術がどれだけ優れているのかを示していた。
「もう終わりなの?」
戦いを止めるという意味では少し大袈裟なようにも思えた今の一撃だったが、ヴィヘラは慣れたものなのか、特に驚いた様子もなく……ただ、エレーナとの模擬戦を止められたことに対し、不満そうに言う。
「レイが起きてくるまでという話だったでしょう? なら、これで終わりよ」
「え? あ……」
マリーナの視線を追ったヴィヘラは、そこにレイがいるのを見て、残念そうな声を出す。
「おはよう。朝から元気なようで何よりだ」
「おはよう。昨日はよっぽど疲れていたのね。まさか、こんなに寝るとは思わなかったわ」
若干の呆れと共にマリーナが言う。
現在の時間は、午前七時を少し回ったくらい。
昨日レイが寝たのが午後八時すぎくらいだったのを思えば、十一時間程も眠っていたことを意味している。
眠りすぎだとマリーナが言いたいのも、レイには理解出来てしまった。
とはいえ、レイにしてみれば久しぶりに実家に帰ってきたようなものだ。
……実家という表現が正しいのかどうかは微妙なところだが。
ただ、それでもレイにとってはこのギルムがこの世界では自分の故郷のようなものであるのは間違いない。
そんな場所に久しぶりに帰ってきて、しかも最後の最後で女同士の争いに巻き込まれ、精神的に消耗してしまったのだから、ゆっくりと眠るくらいは当然のことかもしれない。
ただし、その精神的な消耗の原因を作ったのは、マジックアイテムの指輪やアクセサリを土産として持ってたレイ自身なのだが。
そういう意味では、自業自得でしかない。
だからこそレイは昨夜の精神的な消耗については触れずに、話を誤魔化す。
「旅の疲れもあったけど、クリスタルドラゴンの肉を食べることが出来たというのも大きいかもしれないな」
「あら、そう?」
レイの口から出たのが予想外の言葉だったのか、マリーナは少しだけ驚く。
だが、すぐにその表情は嬉しそうなものに変わる。
クリスタルドラゴンの肉を料理したのは、自分だからという自信があるからだろう。
「ああ、もっとも、そのせいでこの時間まで眠ることになったんだから、良かったのか、悪かったのか」
「良かったんじゃない? こうしてぐっすりと眠ったということは、それだけ身体が睡眠を求めていたからでしょうし」
「そうかもしれないな」
「それで、レイは今日はどうするの?」
「妖精郷に行こうよ!」
マリーナの問いに答える前に、ニールセンが話に割り込んでくる。
「妖精郷か。……そうだな。長には今まで世話になってるし、そうするか。というか、ニールセンが朝からここにいるということは、昨日はここに泊まったのか?」
「そうよ!」
どーん、と。そんな効果音が鳴りそうな様子で、ニールセンは空中で胸を張る。
いや、それはそこまで誇ることなのか?
そう思ったレイだったが、今のニールセンの様子を見ると下手に突っ込まない方がいいだろうと考え、素直に頷く。
「そうか。まぁ、マリーナの家にいれば美味い料理を食えるしな。そういう意味では、ニールセンにとっても悪くないことなのかもしれないな」
「う……」
恐らく図星だったのだろう。ニールセンはレイの言葉に呻く。
そんなニールセンを見ていると、マリーナが手を叩いてその場にいる全員の注目を集める。
「さて、レイも起きてきたし、朝食にするわよ。今日も一日頑張る為に、朝食はしっかりと食べるようにね」
マリーナの宣言に、レイやニールセン、それに先程まで模擬戦をやっていたエレーナとヴィヘラ、それに二人に冷たい果実水を渡していたアーラと、いつの間にかセトとイエロと一緒にゆっくりとしている……もしくは二度寝をしていたビューネも起きて、自分の席に座る。
朝食ということもあり、用意された料理は簡単なメニューだ。
昨日、レイが出しっぱなしにしておいたマジックアイテムの窯で温められたパンに、肉が少しと野菜がたっぷりと入ったスープ、ハムやソーセージ、サラダと果実。
飲み物は果実水と紅茶を好みで選べるようになっている。
(典型的な朝食だな)
洋風の朝食と言われれば、このような朝食を思い浮かべる者も多い。
レイは笑みを浮かべつつ、椅子に座ると真っ先にパンに手を伸ばす。
……用意されたメニューそのものは、一般的に思い浮かべる洋風の朝食メニューだろう。
だが、テーブルの上に置かれている朝食の量は、とてもではないが一般的なものではない。
それこそ、かなりの量が置かれていた。
これは単純に、これから忙しく働くからこそ、しっかりと食べておく必要がある為だ。
(そう言えば、日本にいた時に……何だったか。TV? 本? とにかく、本来なら夕食に豪華な料理を食べるのは間違っていて、朝食にこそ夕食に食べるような料理を食べるのが健康にはいいとかやっていたような)
完全に覚えている訳ではないので、もしかしたら間違っている可能性もある。
それはレイも分かっていたが、それでももう寝るだけの夕食と、これからしっかりと働く朝食のどちらにしっかりとした料理を食べる方がいいのかというのは明らかだ。
(問題なのは、朝に起きてすぐにそういう……つまり、重い料理を食べられるかってことだよな。もっとも、うちの場合は夜にカレーだったら、次の日の朝食も普通にカレーだったりしたけど。カレーは夜に食べるし、考えてみればおかしかったのか? ……今更の話だけど)
ふと日本にいた頃のことを思い出すレイだったが、すぐに考えを切り替える。
何故カレーのことを思い出したのかと考え、恐らくはギルムに帰ってきてから香辛料を使った焼き菓子や料理を食べているからなのではないかと。
「それで、結局レイは今日妖精郷に行くの?」
パンをスープに浸して食べていたヴィヘラが、興味深そうに聞いてくる。
ヴィヘラの仕事には、トレントの森に行く用事もそれなりにある。
であれば、レイと一緒にトレントの森でデート……とまではいかないが、一緒に見て歩くくらいのことは出来るのではないかと思ったらしい。
そんなヴィヘラに、エレーナは恨めしげな視線を向ける。
エレーナは余程の何かがない限り、マリーナの家から外には出られない。
それこそ毎日のように、エレーナと面会を希望する者が来るのだから。
エレーナ個人としては、そのような者達との面会は決して好ましいものではない。
だが、貴族派の代表としてギルムにいる以上、面会を断る訳にはいかないのも事実。
寧ろ姫将軍の異名を持つエレーナの名声を考えれば、本来なら幾ら冒険者の本場であるギルムとはいえ、そのような場所にいるよりももっと別の方面で活動をするのが最善なのも事実。
それでもエレーナがこうしてギルムにいるのは、貴族派と協力関係にある中立派を率いるダスカーの拠点であるギルムの増築工事を、貴族派の中でも特権意識の高い者達が邪魔をしないようにする為だ。
実際、エレーナが来る前には何度かその手の妨害があったのも事実。
そして……同時に、エレーナの父親が娘の想いを知ってのことでもある。
だからこそ、そこまで無理をしてギルムにいる以上、貴族派の象徴として最低限の仕事をしない訳にはいかない。
……それこそエレーナが直接動かなければならないような何かがあれば、また話は別だったが。
幸か不幸か、今のところそのようなことは起きていない。
そもそも、ギルムは冒険者の本場だ。
もし何かがあっても、それこそギルムにいる戦力だけで何とかなることが多いのだから。




