3925話
「……」
「どうした、ニールセン。遠慮なくクリスタルドラゴンの肉の味を口にしてもいいんだぞ?」
その言葉に、ニールセンは悔しそうにする。
今、自分の口の中にある味を一体どのように表現したらいいのか、全く分からないのだ。
以前にも食べたことはあるが、その時も美味いとしか口には出来なかった。
だからこそ、今回はもっとしっかりと味を伝えようと思っていたのだが……それでも感想は一つだけ。
美味い。ただそれだけだ。
この肉の味をどのように表現しても、それは結局のところ肉の味を貶めるだけにしかならない。
それだけ、このクリスタルドラゴンの肉は美味い。
特に何か手間暇を掛けた訳ではない。
塩や胡椒、それ以外にも幾つかの香辛料や香草を使い、レイの出したマジックアイテムの窯によって一気に強火で焼いただけの非常にシンプルな料理だ。
それこそある程度料理が出来る者なら作れるだろうという料理。
勿論、簡単そうに見えて肉の切り方から、香辛料や香草の選び方やそれぞれの目利き。窯の中のどの場所に肉を置くか、窯の内部の熱の温度、どれだけの時間焼くのか。
そんな諸々によって、料理の味は大きく変わってくる、
一つ一つではそこまで大きな影響はないのだが、その小さな一つ一つが合わさることにより、最終的に料理の味に大きく影響してくるのだ。
「……美味しい……」
最終的に、ニールセンが口にしたのはそんな一言だった。
食べる前……いや、料理をする前には、どうやって味を伝えるのかを散々にレイに言っていたのだが。
「え? 何だって? それだと俺の感想と違いはないぞ。もっとこう……上手い具合に表現をしてくれないと」
「……美味しい以外に何も言えないの!」
レイの言葉にそう叫ぶニールセン。
ニールセンはそれなりにギルムに来る機会が多く、それだけ色々な料理を食べる機会があった。
どの料理も美味く、何よりクリスタルドラゴンの肉を食べるのはこれが初めてではないので、だからこそきちんと美味いと表現出来るとばかり思っていたのだが。
しかし……そんなニールセンの考えは、クリスタルドラゴンの肉を食べた時に消えてしまった。
感想としては、それこそ美味いとしか表現出来ない……それ程の味だったのだ。
「ふふん、だろう? 俺がクリスタルドラゴンの肉を食べた時にそういう感想しか出なかった理由は、ニールセンにもよく分かった筈だ」
「ぐぬぅ」
得意げに言うレイに、ニールセンは悔しそうに呻く。
実際、美味いという感想しか出なかったのだが、それでもニールセンは自分ならもう少しきちんとした感想を口に出来るとばかり思っていたのだ。
その悔しさからの唸り声。
「レイ、ニールセンを苛めるのはその辺にしておきなさい。お肉を減らすわよ」
「悪い」
マリーナの言葉にレイは即座にニールセンから離れる。
これ以上ニールセンを突くようなことをしたら、マリーナの性格を考えると本気で肉を減らされそうな気がしたのだ。
肉も、それを調理した窯もレイが用意したものなのだが。
とはいえ、実際に料理を作ったのはマリーナだし、何よりもここがマリーナの家である以上、そんな相手に逆らうようなことは出来なかったが。
「それとクリスタルドラゴンの肉もいいけど、それ以外の料理も食べてちょうだい。それなりに頑張ったんだから」
クリスタルドラゴンの肉のステーキは、非常にシンプルな調理法だ。
それでもメインの料理である以上、しっかりと手間暇を掛けてはいるが。
しかし、マリーナの精霊魔法を使えばそれなりに調理を単純に出来たりもする。
火の精霊はマリーナの性質上使えないが、風の精霊や水の精霊、土の精霊といった精霊によって、肉の状態をかなり詳細に把握出来る。
その為、窯の方に余裕のある時に家に戻って台所で幾つかの料理を作ったのだ。
「香辛料が結構使われてるな」
用意された料理の一つ、野菜を中心としたスープを飲んでみたところ、予想通りの優しい味わいであると同時に、相応に香辛料が自己主張してくる。
それでいて、野菜の甘みと香辛料がしっかりと調和していた。
「ええ、ダスカーから結構な量の香辛料が渡されてね。最近はそれをどう使うのかを頑張っているのよ。このスープは以前出してみて評判は良かったんだけど……レイはどう?」
「うん、美味いと思う」
レイの口から出たのが、お世辞でも何でないのを理解したのだろう。
マリーナは嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんなマリーナの様子に、エレーナとヴィヘラは二人揃って悔しそうな表情を浮かべていた。
二人は料理が出来ない訳ではないが、それでも決して得意という訳ではない。
だからこそ、料理の腕ではマリーナに勝ち目がなかった。
「レイ、この川魚も美味いので、食べてみるといい」
料理の腕では勝てないが、自分が美味いと思える料理をレイに勧めるエレーナ。
「はい、このパンは美味しいわよ。食べさせてあげるわね」
自分の手でレイに食べさせようとする、ヴィヘラ。
そんな二人のやり取りを、無表情ながらも呆れたように見ているビューネ。
アーラはエレーナの応援をしているが、声に出してではなく、視線で応援していた。
そしてニールセンは、クリスタルドラゴンの肉を思う存分味わう。
セトとイエロも、テーブルから少し離れた場所で二匹揃って料理を楽しんでいる。
そうして、夕食の時間は賑やかにすぎていくのだった。
楽しくも騒がしい夕食が終わると、食後の休憩となる。
紅茶を飲みながら、レイは自分がガンダルシアで経験してきた事を話す。
そして……そんな中で、レイは自分がガンダルシアで身に付けた奥の手を見せる。
「まず、こうして左手でデスサイズを持つ。そして右手で……」
パチン、と音が鳴ると同時に、少し離れた場所の空中に炎が現れた。
『……』
それを見ていた全員にとって、予想外の光景だったのだろう。
皆が沈黙をしている中で、レイは笑みを浮かべる。
「無詠唱魔法だ」
しん、と。
レイの言葉に、再び沈黙し……
「レイだものな」
半ば諦めた様子でエレーナが言うと、他の面々――ビューネとニールセン以外――は納得した様子を見せる。
「いや、それはどうなんだ? これを身に付けるのは、俺もかなり苦労したんだぞ」
そう言うレイだったが、その言葉を聞いてもエレーナは呆れの視線を向けるだけだ。
「レイのやったことが常識外れなのは理解出来る。理解出来るが……それはちょっと常識外れすぎないか?」
「そうね。まさか、無詠唱で魔法を使うなんて……一体何がどうなればそんなことが出来るのかしら」
「私にとって、魔法使いと戦う時は魔法の詠唱をしている隙を突くのが基本なんだけど、その詠唱がないというのはね」
それぞれに感想を口にする面々。
そんな様子にレイは、どう反応すればいいのか迷う。
取りあえず褒められているのは間違いない。
いや、寧ろ褒められるというよりは、驚かれるといった方が正しいだろうが。
てっきり拍手喝采を浴びるかと思っていたのだが。
「あー……まぁ、今も言ったが、これはやろうと思ってすぐに出来た訳じゃない。さっきも言った、ダンジョンの十階にいたリッチが使ってきたのを見て、それで何とか出来るようにと頑張った結果、出来るようになったんだ」
「レイ、一応言っておくけど……無詠唱魔法なんて、普通の魔法使いなら一生を研究に費やしても出来るようにはならないと思うわよ? そのリッチだって、アンデッドで寿命がないから無詠唱魔法を使えるようになったんでしょうし。それを、苦労したで……」
マリーナはどう反応したらいいのか、分からなくなる。
マリーナも、レイが才能の塊であるのは分かっていた。
だが、それでもガンダルシアに行っていた数ヶ月……いや、レイの話を聞く限りでは、もっと短い間で無詠唱魔法を使えるようになったというのは、呆れる以外にどうしろというのかという気分になってしまう。
「そう言われてもな。出来るようになったのは間違いないし。もっとも、これは普通に魔法を使うのと較べるとかなり難易度が高いし、魔力を消耗するのも事実だが」
正直なところ、レイは自分の使っている無詠唱魔法がリッチの使っていた無詠唱魔法と同じだとは思っていなかった。
無詠唱で魔法を使うという結果は同じであっても、その過程は恐らく違うだろうと。
レイの使う無詠唱魔法はレイの持つ莫大な魔力を使うことによって、発動している。
だが、魔法が得意なリッチとはいえ、レイと同規模の魔力を持つとは思えない。
だとすれば、やはりレイとは違った方法で無詠唱魔法を使っているのは間違いないのだろう。
……もっとも、だからといってレイが自分の無詠唱魔法を別の方法で使おうとは思っていなかったが。
過程が違っても結果が同じならレイとしては構わない。
魔法の理論的には色々と問題があるのかもしれないが、レイにしてみれば使えてるのだから問題ないというのが正直な感想だった。
だからこそ、レイは今のやり方を変えるつもりはない。
元々が莫大な魔力を戦闘に活かすというのが、レイのスタイルだ。
分かりやすいのは、炎帝の紅鎧だろう。
これもまた、レイの持つ莫大な魔力があってこそのものだった。
……無詠唱魔法についても、実はこの炎帝の紅鎧を参考にしている一面があるのだから、莫大な魔力が必要なのはある意味で当然なのかもしれないが。
「他の者に使えないというのは、レイにとって決して悪いことだけではないだろう」
レイとマリーナの会話に、エレーナがそう口を挟む。
実際、それは間違っていない。
レイが使える無詠唱魔法そのものは、莫大な魔力を別とすれば、精細な魔力コントロールと想像力、そして特定の動作に魔法を関連付けるというもので、難易度はともかく、やろうと思えば出来る者もいるだろう。
しかし、レイの持つ莫大な魔力。これだけはどうしようもない。
(あ、でもマジックアイテムとかそういうので魔力を貯めるとか、そういうのが出来れば何とかなる……か? まぁ、その辺は実際にやってみないと分からないし、魔力を貯めるマジックアイテムなんてのを作れるのかどうかも分からないけど、それ以外だと、複数の魔法使い……これは無理か)
一人の魔法使いで魔力が足りないのなら、他から持ってくればいい。
他の魔法使いの魔力といったように。
だが……例えば大規模な儀式魔法を行うのであればまだしも、無詠唱魔法の為にそのようなことが出来るかと言われれば、レイとしては首を傾げる。
そもそもの話、もしそれで出来たとしてもやる意味があるのかというのがレイの正直な気持ちだ。
今となってはレイも無詠唱魔法を自由に使っているが、その魔法は戦いの中で相手の不意を突くといったような使い方をするのが主だ。
そんな中でわざわざ複数人で……となると、無詠唱魔法の意味がないようにレイには思えた。
「中には俺とは全く違う方法で無詠唱魔法を使えるようになる奴もいるかもしれないけどな。いつの世にも天才というのは存在するんだし」
「レイがそれを言うと、嫌味にしか聞こえないんだけど」
レイの言葉を聞き、ヴィヘラが呆れたように言う。
今回の無詠唱魔法の件といい、今となっては普通だが二槍流……それでも槍を二本ではなく、槍と大鎌を使ったそんな戦い方を見れば、天才というのはレイのことを示すのだと思ってもおかしくはない。
もっとも、それを言うのならヴィヘラは近接格闘において天才と呼ばれてもおかしくはないし、エレーナやマリーナもそれは同様だ。
アーラやビューネは天才ではなく秀才といったところだが。
そういう意味では、この場にいる天才はレイだけではない。
「そうでもないと思うぞ。天才ってのは、世の中に幾らでもいるし」
「納得は出来ないけど、否定もしないわ」
マリーナがレイの言葉にそう言う。
ダークエルフとして長い時を生きてきたマリーナだけに、天才と呼ぶに相応しい者達と会ったことはある。
勿論、天才と呼ばれるくらいだ。
レイが言うように幾らでも天才がいるとは思えないが、それでも世の中に思ったよりも天才がいるというのは事実。
そういう意味では、現在ここに何人もの天才がいるというのは、異様な状況ではあるのかもしれないが。
「他にダンジョンではどのようなことがあったのだ?」
エレーナの問いに、レイは何と答えるべきか迷う。
色々と特徴的な場所があったのは間違いない。
砂漠、氷、湖、崖、溶岩。
ただ、ダンジョンとして考えれば、それはそこまで特別か? という思いもある。
それこそダンジョンである以上、同じような階層のダンジョンがあってもおかしくはないだろうと。
実際、砂漠の階層は以前レイが行った迷宮都市……ヴィヘラやビューネと遭遇したエグジルのダンジョンにもあったのだから。
「あ、そうだ。土産を色々と買ってきたから、それぞれ選んでくれ。マジックアイテムの指輪とか、そういうのも……」
ある。
そう言おうとしたレイだったが、一瞬にして周囲の雰囲気が変わったことに、思わず言葉を止めるのだった。




