3923話
「レイ? それにセトも……久しぶりだな。最近は見なかったけど、どこに行ってたんだ?」
屋台での豪遊を終えて貴族街の中に入り、マリーナの家に向かっている途中、貴族街の見回りをしている冒険者達にそう声を掛けられる。
貴族街に屋敷を持つ貴族は、護衛として冒険者を雇う者が多い。
そして冒険者には、良からぬ目的をもって貴族街に侵入する者がいないように、見回りをさせたりもしている。
これで凝り性の貴族であれば、冒険者達に揃いの服装や装備をさせたりして、その冒険者がどこの所属であるのかをはっきりさせたりもする。
ただ、こうしてレイに声を掛けてきた冒険者達を雇っている貴族はそこまで凝り性という訳ではないらしく、冒険者達はそれぞれ個別の装備を身に付けている。
レイにとっても、その冒険者達はこの貴族街で今まで何度か顔を合わせている相手だ。
その為、向こうも侵入者であると警戒したりはせず、気楽に声を掛けてきたのだろう。
もしこれでレイ以外の……それこそ、良からぬ目的で貴族街に入ってきた者であれば、冒険者達はその相手を捕らえただろう。
「ちょっとギルムの外に行ってたんでな。丁度今日帰ってきたところだよ」
「そうか。……今年は去年よりも人が多い。面倒事に巻き込まれないようにしろよ」
「そうするよ」
冒険者の忠告に、レイはそう返す。
今年初めてギルムに来るような者は、当然ながらレイのことを知らない。
セトが一緒にいる時ならともかく、レイだけで行動している場合、小柄なレイは侮られることが多かった。
それこそ育ってきた村や街では大きな顔が出来ていた者達にとって、外見だけではどう見ても強そうには思えないレイは、絡む相手として丁度いい。
勿論、実際にそのようなことになればレイも相応の対処をするつもりなのだが……そうならないに、越したことがないのも事実。
忠告をした冒険者も、そう考えて忠告したのだろう。
「じゃあ、俺達はまだ見回りがあるから行くよ。じゃあな」
レイと話していた冒険者がそう言うと、他の冒険者達もそれぞれ頭を下げたり、軽く手を振ったりして離れていく。
このまま貴族街の見回りを続けるつもりなのだろう。
「じゃあ、俺達も行くか」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
そうしてレイ達は貴族街を進み……その途中でもう何度か見回りをしている冒険者達と遭遇しては、軽く挨拶をして……
「到着、か」
貴族街でも端の方。
他の貴族の屋敷と較べると、明らかに小さな建物。
屋敷ではなく、家と呼ぶのが相応しい……そんな建物が見えてくる。
もっとも、建物の規模こそ小さいが、その敷地内は冬は暖かく、夏は涼しい。
外が嵐でも、雨でも、雪でも、精霊の力によって敷地内は常に快適な空間となっている。
また、悪意を持った者が侵入しようとした場合、それも防ぐ。
そういう意味で、下手な高級宿よりも安全で、快適。
その上で、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといったように、歴史上稀に見る美女が揃っているこのマリーナの家は、それこそここに住みたいと思う者は幾らでもいるだろう。
そんなマリーナの家の敷地内に、レイとセトはあっさりと入る。
「ん? ……庭に集まってるのか」
家の中に入ろうとしたレイだったが、庭の方から気配が感じられる。
現在の時間は、夕方にはまだ少し早い……時間的には、午後三時くらいだ。
いつもであれば、このくらいの時間ならエレーナは家の中で面会に来た相手と話している筈だったが……そんな中で庭にいるというのは、レイにとって疑問だった。
(マリーナとヴィヘラ、ビューネは仕事に行ってるだろうし……となると、アーラと一緒にお茶でも楽しんでるのか?)
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に庭に向かう。
すると庭には、予想通りエレーナとアーラがお茶を楽しんでいた。
少し離れた場所では、イエロがいて……そしてレイにとっては予想外なことに、イエロの背中には妖精のニールセンの姿があった。
「ニールセン……?」
一体何故ニールセンがここに?
そんな疑問を抱くレイの……そしてセトの姿に真っ先に気が付いたのは、当然のようにエレーナだった。
そもそも姫将軍の異名を持つエレーナだ。
レイも特に気配を消したりといったことはしていなかったので、敷地内に入ってきた時……あるいはこの家に近付いた時から、エレーナがレイの気配に気が付いていてもおかしくはない。
そのエレーナは、夏らしい強烈な太陽の光に黄金の縦ロールを煌めかせ、持っていた紅茶の入ったカップを置いて口を開く。
「戻ってきたのだな、レイ」
相変わらずの、外見とは似合わないような言葉遣いのエレーナ。
そんなエレーナの姿に、レイは帰ってきたとしみじみと思う。
もっとも、レイもガンダルシアにいる間も、それなりに対のオーブを使ってエレーナや他の面々とも話をしていた。
しかし、対のオーブ越しと、こうして実際に会って話すのとでは、やはり違うのだろう。
「ああ、予定よりもちょっと遅れたかもしれないが」
「ふふっ、そのようだな。マリーナやヴィヘラも心配していたぞ?」
そう言うエレーナだったが、そこには微かな安堵の色がある。
エレーナはレイの強さを知っている。
何が起ころうとも、レイならどうとでも出来るだろうと。
しかし、それでもやはり心配してしまうのは、レイを想う一人の女として当然のことなのだろう。
そんなエレーナの側にいたアーラは、既に立ち上がってレイの分の紅茶を淹れていた。
「今日戻ってきたら、謝っておくよ」
「そうするといい。さぁ、レイも……」
「あああああああああああ! レイ! セト!」
エレーナの声を遮るように、ニールセンの声が周囲に響く。
その小さな身体から発してるとは到底思えないような、大声。
どうやらレイがエレーナと話しているのに、ようやく気が付いたらしい。
「グルゥ?」
「ああ、行ってこい」
そんなニールセンの声に、セトは自分もイエロやニールセンと遊んできてもいい? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの背を軽く叩く。
レイが背中を叩いた瞬間、セトはイエロとニールセンのいる方に向かって駆け出す。
そんなセトの様子を見ながら、レイは椅子に座る。
するとアーラがすぐに淹れた紅茶をレイの前に置き……そして焼き菓子の入った皿をその横に並べた。
「あれ? これ……」
「どうかしましたか、レイ殿?」
「いや、見覚えのある焼き菓子だったから」
「そうなんですか? でも、この焼き菓子はマリーナ様が領主の館に行った時に、お土産として貰ってきたものですが」
「だろうな。俺が見たのも領主の館でだったし。香辛料を使った焼き菓子だろう?」
そう、紅茶の横の皿に入っていたのは、レイが領主の館で食べた香辛料を使った焼き菓子だった。
まさか、領主の館に続いてここでも見るとはと驚きつつも、レイは焼き菓子に手を伸ばす。
ダスカーはあまり好まないようだったが、レイはそれなりに気に入っている。
その為、特に気にした様子もなく、焼き菓子を食べ進める。
「ダスカー殿の? ……まぁ、レイの立場を考えれば、ギルムに帰ってきてからここに来るのではなく、ダスカー殿に会いに行くのは分からないでもないが」
「あー……いや。実は領主の館に行く前にギルドにも寄ってきたんだけどな」
「……ほう?」
その言葉に、エレーナが短く一言呟く。
もっとも、その短い一言の中には非常に強い意思が込められていた。
それこそ、アーヴァインを始めとする生徒達は、今の一言を聞いただけで膝を折っても仕方がない……いや、アーヴァインだけではなく、ニラシスであっても同様だろうと思えるような、そんな強い意志が。
「エレーナ様」
「む」
アーラののその言葉に、エレーナは力を緩める。
エレーナにしてみれば、久しぶり……本当に久しぶりに、レイとこうして直接会うのだ。
そうである以上、出来ればお互いに楽しい時間を楽しみたい。
アーラの一言でそれを思い出し、エレーナはすぐに力を抜く。
(別にギルドに寄ったくらいで、そこまで怒らなくても)
そのように思うレイだったが、今ここでそれを口にするのは不味いだろうということくらいは理解出来たので、大人しく沈黙しておく。
沈黙は金とはこのことかと思いながら。
「ともあれ、レイが帰ってきてくれたのは嬉しい。色々と聞かせて欲しい……いや、やはりここはマリーナやヴィヘラ達が帰ってきてからにした方がいいか。レイも同じ話を二度するのは面倒だろうし」
「出来ればそうしてくれると助かる。……時間的には、マリーナやヴィヘラが戻ってくるまでそう時間は掛からないだろうし」
それでも現在が午後三時くらいであることを考えると、まだ数時間はあるのだが。
「マリーナはともかく、ヴィヘラは今日どうしているんだ?」
マリーナは診療所で精霊魔法を使って怪我をした者達の治療を行っている。
決まった場所で決まった時間――時には残業等もあるが――だけ仕事をしているマリーナと違い、ヴィヘラはビューネと共に街中のパトロールをしたり、トレントの森まで出掛けたりと、色々な仕事をしていた。
特にヴィヘラは踊り子や娼婦のような薄着を着ており、その上で絶世の美女ということもあり、男に絡まれることが多い。
もっとも、異名という訳ではないが、狂獣と呼ばれることもある程に戦いを求めるヴィヘラだ。
言い寄ってくる相手は断り、それで素直に退くのならまだしも、退かない相手の場合は嬉々として戦いを挑むのだが。
一度でもギルムに来たことがある者なら、そんなヴィヘラのことを理解し、ちょっかいを出したりはしない。
だが、初めてギルムに来た者であれば……
(悲惨な目に遭うだけだろうな)
綺麗な花には棘があるというのはよく聞く言葉だったが、ヴィヘラの場合は普通以上に凶悪な棘を持っている。
それこそ、迂闊に触れたら軽い怪我ではすまないような、そんな棘が。
「ヴィヘラは今日はビューネと一緒に街中の見回りをすると言っていたな。……最近、治安が少し悪いらしい」
「それは、やっぱり新しく来た者達が多いからか? 正直なところ、人数が増えるのは増築工事が予想以上に進むから悪くはないと思うけど、治安の悪化は好ましくないな」
「仕方がないだろう。ダスカー殿としても、人手は多い方がいいのは間違いない。警備兵だけでは治安維持が難しいから、ヴィヘラのように冒険者にもその手の仕事が回ってくるのだ」
「ヴィヘラの場合、存在そのものが治安を乱しているように思えるけどな」
「それは否定出来ん事実だ」
エレーナもヴィヘラの服装については思うところがあるのだろう。
レイの言葉にしみじみと同意する。
「ねーねー、それよりもレイはいつ妖精郷に来るの? 長もきっと待ってるよ?」
「長も? ……まぁ、近いうちに顔を出そうとは思ってるけど。ただ、そんなに長い時間ギルムにはいられないんだよな」
ギルムに戻ってきたレイだったが、一ヶ月もいるということは出来ない。
冒険者育成校の生徒達を連れてきている以上、それは当然のことだった。
一応ギルムに来るのも課外授業的な扱いにはなっているので、そこまで問題はないのだが……それでも座学とかで、他の生徒達に後れを取ってしまうのは事実。
勿論、こうしてギルムに来たお陰で、冒険者の本場であるギルムで色々と体験出来るというのは大きいし、それは冒険者として活動していく上で決して悪いことではないだろう。
そういう意味では、総合的に見て間違いなくプラスになるのは間違いない。
「じゃあ、明日! 明日行こうよ!」
「そう言われてもな。どうなるか分からないというのが正直なところだ。とはいえ、帰ってきたのに顔を出さないというのもどうかと思うし、数日中には行きたいと思う。……で、ニールセンは一体何でマリーナの家にいるんだ?」
「何よ、私がここにいるのは駄目なの?」
「駄目とは言わない。ただ、妖精郷からどうやってギルムまで来たのかと不思議に思ったんだよ」
「ああ、そのこと? それなら、妖精郷に来た人達がギルムに帰る時、一緒に来たの」
「……ああ、そう言えばその辺の諸々の交渉とかもまだ続いていたのか」
妖精郷は、現在ある種のテーマパーク……一種の観光資源的な場所になるということで、王都から来た者達やダスカー達と妖精郷の間で交渉が行われている。
最初の交渉の時はレイも関与したが、それはあくまでも最初だけだ。
今はレイもなしで、普通に交渉が行われているのだろう。
レイにしてみれば、わざわざ自分が関わらなくても交渉が進んでいるようで何よりだった。
「ふふん、凄いでしょう」
レイの言葉に、ニールセンは自慢げに胸を張るのだった。




