3922話
ダスカーとの会談は、一時間程続いた。
これはダスカーの忙しさを考えれば、破格のことなのは間違いない。
それだけダスカーにとって、今回の会談は大きな意味を持っていたのだろう。
それこそダスカーとしては、出来ればもっと話をしたいと思うくらいには会談を楽しんでいた。
しかし、ダスカーの忙しさを考えれば、当然ながらいつまでも時間に余裕がある訳でもない。
今回の件も、かなり無理をして時間を作ったのだから。
「残念だが、こちらも仕事があるのでな。会談はこの辺で終わりにしよう」
そうダスカーが切り出すと、ニラシス達もその言葉に否とは言えない。
幸いなことに、ニラシスや生徒達にとってダスカーは接しやすい貴族だった。
それこそ、もう少しダスカーと話していたいと思うくらいには。
これでダスカーが特権意識の高い貴族……それこそ貴族以外は人にあらずといったような者であった場合、会話をするのも嫌がる者がいただろう。
……その場合、それこそレイがこの場にいるようなことはなかっただろうが。
ともあれ、ダスカーは接しやすい貴族であるのは間違いなく、それはニラシス達にとって幸運だったのは間違いない。
「この度は私達の為にありがとうございました」
ダスカーの言葉に、ニラシスが深々と頭を下げる。
それに続き、生徒達もダスカーに頭を下げる。
「気にするな。お前達がギルムに滞在する間、良い時間になることを期待している。……部屋については、メイドに用意させてある。すぐに案内させる」
「ありがとうございます」
「食事については、騎士達と同じ場所でいいのなら食堂を使うといい。自慢ではないが、うちの料理人は腕が良い。勿論、外食をするのもギルムに来た経験としては悪くないだろう」
自慢ではないがと言ったダスカーだったが、実際には自慢をしているのは間違いない。
それはニラシス達も客間で待っている時に食べた軽食で十分に理解していたので、嬉しそうに頷く。
「そう言えば、香辛料を使った焼き菓子を食べましたけど、変わった味……風味? そんな感じでしたね。まだ慣れないですけど、ギルムの新しい名物になるんじゃないですか?」
料理人の腕が云々というところで、レイは客間で食べた軽食の中にあった焼き菓子を思い出し、そう言う。
……美味いか不味いかで言えば、レイは間違いなく美味いと答えるだろう。
しかし、そんなレイの言葉にダスカーは微妙な表情を浮かべる。
「ダスカー様?」
「あー……いや、あの焼き菓子は、評判が真っ二つに分かれていてな。美味いと言う者もいれは、好んで食べたくないと言う者もいる」
その言葉を聞けば、ダスカーがそのどちらなのかは明白だった。
レイにしてみれば、食べ慣れない味ではあったが、決して悪くはないと思ったのだが。
「そうなると、どうするんです?」
「分からん、そちらについては直接関わっている訳ではないのでな。……取りあえずレイが美味いと言っていたというのは、伝えておく」
「そうして下さい」
最後に何だか微妙な感じにはなったが、それでもダスカーは仕事の時間だと執務室に向かう。
そしてレイ達はメイドに案内されて、領主の館を進む。
(というか、成り行きで一緒に来てるけど、これ俺いるか?)
メイドに案内されながら歩いているレイは、今更ではあるがそんな風に思う。
領主の館に案内し、ダスカーとの会談については自分がいる必要はあると思える。
だが、それが終わった今となっては、別にレイが一緒に移動する必要はないのでは? と思ってしまうが……
(あ、でも荷物があったか)
ミスティリングの中には、ギルム行きの為にニラシスや生徒達が用意した荷物が大量に入っている。
中にはそれこそテントのようにギルムの中では使わない物があるので、それはミスティリングに収納しておくとして、着替えやその他の日常生活に使う諸々はミスティリングから出す必要があった。
もっとも、ここは領主の館だ。そしてニラシス達は客人という扱いである以上、もし何か足りない物があれば、メイドや執事がすぐに用意するのだが。
ここがギルムの領主の館である以上、私物として持ってきた物よりも高価であったり、品質の良い物が用意されてもおかしくはない。
とはいえ、冒険者育成校から派遣されてきたという立場である以上、そのようなことは可能な限り避ける必要があると、ニラシスは考えているようだったが。
そうして考えていると、やがて領主の館の中でも人通りの少ない場所に到着する。
「こちらのお部屋を使って下さい。ここにある部屋はどの部屋を使ってもいいとのことですので、お好きな部屋をどうぞ」
「ありがとう、助かるよ」
ニラシスが感謝の言葉を口にすると、メイドは笑みを浮かべて一礼し、立ち去る。
レイの気のせいかもしれないが、ニラシスはそんなメイドの後ろ姿に見惚れているように見えた。
「ニラシス教官?」
ニラシスはカリフのその言葉で我に返ったように口を開く。
「悪い。そうだな、まずはそれぞれ部屋を決めるぞ。どの部屋にするのか、しっかりと選べ、後で部屋を変えるとか、そういうのはないようにな」
ニラシスの指示に従い、生徒達は部屋を決める。
とはいえ、部屋そのものはどこも六畳程の広さの部屋で、ベッドと机、椅子、棚といったものがあるだけだ。
違いは、窓の外から見える景色くらいだろう。
その為、どの部屋を使うかというのはすぐに決まる。
「さて、部屋も決まったことだし荷物を出していくぞ。どうする? ここで廊下に一気に出して、それぞれが持っていくか? それとも、部屋に個別に置いていくか?」
「ここに纏めてでいいだろう。個別だと、それだけレイの時間を無駄に使ってしまうだろうし」
レイの問いにニラシスがそう言い、あっさりと話は決まる。
イステルとカリフの女二人は何か言いたげにしていたが。
女として思うところがあったのだろう。
とはいえ、冒険者として活動する以上、その辺りに慣れないといけないのも事実。
冒険者育成校の座学でもその辺りについては触れられている為、結局不満を口にすることはなかった。
「じゃあ、荷物を出すぞ」
誰にも異論がないのを確認すると、レイは次から次にミスティリングから荷物を出していく。
テントの類以外の物ではあるが、それなりの量になる。
「荷物についても、少し考えるようにしないといけないな」
出された荷物を見たニラシスが、複雑な表情でそう告げる。
冒険者として活動する以上、持ち運ぶ荷物は出来るだけ少なくする必要がある。
今回はレイが一緒にいたので、ミスティリングを使うことが出来た。
だが、それは今回が特別なのだ。
レイがいなければ、この荷物はそれぞれ自分で持つ必要がある。
……あるいは、ポーターのハルエスが持つのかもしれないが。
とにかく、ニラシスから見て明らかに荷物が多い。
もっとも、それを言うのならガンダルシアで出発前に荷物を一ヶ所に纏めた時に、それを言えばよかったのだが。
「さて、これで全部だな。……じゃあ、俺は帰る。取りあえず……そうだな、明日の夕方くらいにまたここに来るってことでいいか?」
当初は生徒達の面倒は全てニラシスに任せるつもりだったが、それくらいはしてもいいだろうと思い、言う。
ニラシスもレイの言葉の意味に気が付いたのだろう。
一瞬驚きの表情を浮かべた後、笑みを浮かべる。
「悪いな、助かる」
「まぁ、明日くらいはな。……ちなみに明日俺が来る前に俺に連絡を取りたかったら、ダスカー様に頼めば連絡を取れるから」
レイが住んでいるマリーナの家は貴族街にある。
何も知らずに貴族街に入り込んだ場合、怪しい相手だと思われ、捕らえられる可能性は十分にあった。
何しろ、ここ数年ギルムは増築工事の為に多くの者達が仕事を求めて集まってきている。
その中には良からぬことを考えて貴族街に入り込もうという者もいれば、道に迷って貴族街に入ってしまう者もいる。
その為、貴族街の警備は相応に厳しい。
……もっとも、以前はクリスタルドラゴンの一件で、レイと接触しようとする者がマリーナの家の周囲に集まっていたりと、警備が厳しいというのは本当か? と思うような状態でもあったのだが。
「分かった。……出来るだけそういうことがないようにするが、もしどうしてもレイに連絡を付けたくなったら、ダスカー様に頼むよ」
ニラシスの言葉にレイは頷くと、その場から立ち去る。
そんなレイに向かい、生徒達は全員が……それこそ、レイに対しては気安く接しているハルエスまでもが、頭を下げるのだった。
「グルルルゥ!」
レイが中庭に向かうと、そこでは嬉しそうに料理人達に撫でられ、可愛がられているセトの姿があった。
「セト、遊んで貰っていたみたいだな」
そう声を掛けるレイを見て、料理人達が揃って頭を下げる。
幸い……かどうかは分からないが、ここにいる者達は料理人の中でも地位の低い者達らしい。
「レイさん、セトちゃん……相変わらず可愛いですね。私が作った料理を、喜んで食べてくれたんですよ」
料理人の一人が、嬉しそうにレイにそう報告してくる。
ここにいるのは料理人の中でも地位の低い者達だが、ここは領主の館だ。
そこで料理人をやれているということは、それだけで相応の料理の腕を持っていると保証されているようなものだろう。
だからこそ、その料理人達が作った料理でも十分に美味く、セトは喜んで食べたのだろう。
「そうか。セトに料理を作ってくれてありがとうな。セトも見る限り、かなり喜んでいるみたいだ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、その通りだと言いたげにセトが喉を鳴らす。
そんなセトの様子に他の料理人達も笑みを浮かべる。
「セトと遊んでくれていたようだが、そろそろ帰るから、その辺にしてくれ」
そうレイが言うと、料理人達は残念そうにしながらも素直にセトから離れる。
料理人達にしてみれば、久しぶりにセトと遊べる時間だったのだ。
それだけにもう終わりというのが残念だったが、レイがそう言うのであれば、それを聞かない訳にもいかなかった。
「セトちゃん、またね」
「今度はもっと美味しい料理を作ってやるからな。待ってろよ、セト!」
そんな言葉を掛けながら、料理人達は建物に戻っていく。
レイは料理人を見送ると、セトに声を掛ける。
「さて、じゃあ行くか。……セトも久しぶりにイエロに会えるのは楽しみだろう?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、勿論! と喉を鳴らすセト。
セトにとって、イエロは文字通りの意味で種族を超えた親友だ。
それだけに、出来るだけ早く会いたかった。
……出来るだけ早く会いたかったとはいえ、先程まではすっかりとそれを忘れ、料理人が用意してくれた料理に舌鼓を打っていたのだが。
(あ、そう言えば……あの香辛料を使った焼き菓子、誰が作ったのか聞いてみてもよかったかもしれないな)
レイはそれなりに好みではあったが、ダスカーは苦手。
食べた者の多くで好き嫌いがはっきりとした、そんな焼き菓子だ。
料理人達を纏めている料理長が作ったとはレイには思えない。
もし料理長が作ったのだとすれば、それこそ万人受けするような焼き菓子に仕上げてきてもおかしくはなかったのだから。
そう考えると、あの焼き菓子は料理長ではない他の者……それこそ、先程までセトを愛でていた料理人達が作ったと言われると、レイもそうかもしれないと納得出来るものがあった。
もっとも、それはあくまでもレイの予想であって、実は料理長が作ったと言われれば、そういうものかと納得するしかないのも事実なのだが。
「グルゥ?」
考え込んでいるレイに、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声にレイは我に返り、何でもないとセトを撫でる。
「さて、行くか。……そうだな、久しぶりに戻ってきたギルムだし、マリーナの家に行く前に久しぶりに屋台で買い食いをしていくか?」
ガンダルシアでもそれなりに屋台での買い食いはしていたが、やはりギルムという慣れた地ではまた違う。
また、ニラシス達と行動をしている時にも屋台には寄ったが、その時は結局一軒だけだ。
レイやセトの屋台での買い食いとなると、それは色々な屋台を続けて何軒にも寄っては買う。
それも美味い料理を出す屋台なら、一度に数十人分を纏め買いして、ミスティリングに収納するのがいつものパターンだ。
そうしながら、野営の時に食べる料理を集めるという、仕事の一環でもある。
……もっとも、それは半ばレイが無理矢理考えた理由であり、その行動の大部分がレイの、半ば趣味によるものなのは間違いなかったのだが。




