3921話
レイ達が客室にきてから、一時間程。
その間、途中でメイドが一度新たに紅茶や軽食を追加で持ってきたので、軽食が足りなくなるということはなく……
「お待たせしました。ダスカー様がお会いになられるそうです」
執事……レイが領主の館に入った時の老人の執事ではなく、もっと若い……二十代から三十代くらいの執事が、そう言ってくる。
それを聞いたニラシス達が、少しだけ緊張したのがレイにも分かった。
(まぁ、仕方がないか。ダスカー様がどういう人物か分からないしな。一応説明はしたけど、それで完全に理解するとか、そういうのは無理だろうし)
結局のところ、実際に会ってみなければどのような相手なのか、しっかりとは分からない。
そうである以上、レイは自分がこれ以上何かを言っても仕方がないだろうと、座っていた椅子から立ち上がる。
「行くぞ」
そんなレイの言葉に、ニラシス達も立ち上がるのだった。
「あれ?」
廊下を歩くレイは、ふと気が付く。
レイは今まで何度も領主の屋敷に来てダスカーと会っているが、この廊下はいつもと違う。
「これ、どこに向かってるんだ? ダスカー様の執務室じゃないのか?」
「いえ、応接室です。……その、レイ様以外の方達とは、初めてですので」
「あー……うん。なるほど」
レイはダスカーから半ば身内扱いされている。
マリーナとの関係もそうだし、レイが……深紅がダスカーの懐刀という噂はそれなりに知られていた。
前者はともかく、後者はデマなのだが。
ただ、ダスカーにしてみればそういう噂があれば一種の抑止力になるというのも間違いない以上、懐刀の件に関しては肯定もしないが否定もしないということになっている。
そんな諸々もあり、何より今までレイの存在によってギルムが大きな利益を得てきたのも事実。
それもあって、レイはダスカーから身内扱いをされている。
そんなレイとだけ会うのなら、ダスカーも執務室に案内させただろう。
だが……レイ以外の者達、それも初対面の……ましてや他国の者達がいるとなれば、話は違ってくる。
執務室には書類の山が多数あり、それをニラシス達に見られるのは避けたかったのだろう。
(もっとも、一緒に暮らしていればいずれその辺りについても知られると思うんだが)
そうレイは思うものの、それでも初対面の時には格好を付けたいと思うのは理解出来た。
そうして領主の館の廊下を進み……途中、面会の相手なのか、それとも他に用事でもあるのか、何人かの商人や貴族の使いらしい相手とすれ違う。
そのような者達は、一体レイが誰なのかと訝しげな視線を向ける。
これでレイの側にセトがいれば、レイをレイだと認識出来たのかもしれないが、セトは現在領主の館の中庭で遊んでいる。
そのセトがおらず、ドラゴンローブの隠蔽の効果によってレイのことは初心者魔法使いにしか見えない。
これでドラゴンローブの隠蔽の効果を見抜くような目を持っていればともかく、そのような者は少ない。
そんな訳で、すれ違った者達は一体何故このような者達が領主の館にいるのか、全く分からなかった。
もっとも、それを口にする者はいなかったが。
レイ達を案内している執事がいる以上、レイ達が何らかの手段で領主の館に入ってきた訳ではない。
そうである以上、ここで騒いだりすれば自分の立場が悪くなる。
それを理解しているからこそ、疑問に思っても何も口にはしなかった。
……もっとも、一体何故このような者達がといった視線を向ける者は多かったが。
そのような視線を向けられるのは決して愉快なものではなかったが、それでも相手が特に何も言ってきていない以上は、何も出来なかったが。
廊下を進み続け、やがて執事の足が止まる。
その側には、扉。
「こちらでダスカー様はお待ちです」
そう言い、執事が扉をノックする。
『入れ』
扉の向こうから聞こえてきた声に、執事が扉を開き……そして、レイ達が部屋の中に入る。
「おお、レイ。戻ってきたか。それで一緒にいるのがガンダルシアの、冒険者育成校の?」
ソファに座って何らかの書類を見ていたダスカーが、その書類を置くとそう声を掛けてくる。
ダスカーにとって、久しぶりに見るレイの姿はどこか一種の懐かしさすら感じられた。
レイがギルムを離れていた時間はそう長くないのだが、ダスカーは毎日の忙しさからか、実際よりも長くレイに会ってないように感じたのだろう。
「お久しぶりです、ダスカー様」
ダスカーに向かって頭を下げるレイ。
そんなレイの姿に驚いたのは、レイの横にいたニラシスだ。
何故なら、まさかレイが敬語を使うとは思っていなかったからだ。
冒険者育成校のトップであるフランシスに対しても、レイは普通の言葉遣いだった。
……いや、普通どころか、雑な扱いすらしていた。
それだけに、こうしたレイの態度には驚いたのだろう。
もっともニラシスも歴戦の冒険者だ。
呆気に取られたのは一瞬のことで、すぐ我に返ってダスカーに頭を下げる。
「始めまして、ダスカー様。私はガンダルシアにおいて冒険者育成校の教官をしている、ニラシスと申します。この度は領主の館に私や生徒達を滞在させてくれるとのことで、大変感謝しております」
「気にするな。レイが連れてきた以上、問題はないだろうし。それに……」
そこで言葉を濁すダスカー。
ニラシスや生徒達はダスカーが何を言いたかったのか分からなかったが、レイだけは分かった。
マリーナによる要請である以上、断れなかったのだろうと。
とはいえ、それについてはレイもこれ以上突っ込むつもりはなかったが。
もしここで口にした場合、それこそダスカーの面子を潰してしまいかねないと判断した為だ。
「それで、ダスカー様。こちらが俺が教官をしている冒険者育成校の生徒達です」
敬語の中に俺という一人称が入っているのを何人かが不思議そうに見ていたが、レイとニラシスに促され、生徒達も自己紹介を始める。
生徒達の自己紹介を、楽しそうに聞くダスカー。
ダスカーにしてみれば、騎士になったばかりの新人達の自己紹介を思い起こさせ、それが新鮮な気持ちだったのだろう。
もしくは仕事で忙しい毎日を少しでも忘れさせてくれるという意味で、気分転換になったのかもしれない。
「なるほど、アーヴァイン、ザイード、イステル、ハルエス、カリフ、ビステロか。……お前達がギルムにいるのはそう長い間という訳ではないだろうが、それでもギルムでの生活がこれからの冒険者としての活動に役立つような経験になることを期待している」
ダスカーのその言葉に、生徒達が……そしてお目付役でもある教官のニラシスが頭を下げる。
「さて、難しい話はこれくらいにしておくとしてだ。冒険者育成校で教官をやっている時のレイの様子を聞かせて貰えないか?」
「え? ……えっと、その……」
ダスカーが、生徒の中でもトップの存在であると瞬時に見抜き……あるいは生徒の中では最も強いと見抜いたのかもしれないが、とにかくアーヴァインにそう尋ねたのだ。
まさか自分がいきなりそのようなことを聞かれるとは思っていなかったアーヴァインは、戸惑いつつもニラシスに視線を向ける。
そんなアーヴァインに、ニラシスは無言で頷く。
このような状況でレイについて話さないという選択はないと思ったのだろう。
その様子を見ていたレイにしても、わざわざ止める必要はないだろうということで、沈黙を保つ。
「レイ教官は、強いです。私は冒険者育成校の中でも一番卒業に近い一組の生徒なのですが、その一組の生徒全員とレイ教官が一人で模擬戦をやっても、それこそ手も足も出ませんでした」
「……ふむ、その割にはあまり悔しそうに見えないのだが?」
「かなり前のことですし、それにその……自分で言うのも何ですが、私は以前からレイ教官の噂を……深紅の噂を聞いて、それに憧れてましたから」
「ああ、なるほどな」
ダスカーもレイの噂が広まっているのは分かっている。
ましてや、その噂の中でも大きな部分である、炎の竜巻を使うというのは、それこそダスカーも自分の目で見ているのだ。
……それだけに、噂がかなり大袈裟に広まっているというのも、理解は出来たのだが。
何しろ、噂ではレイの作った炎の竜巻によってベスティア帝国軍のほぼ全てを焼き払ったといったような内容まであるのだから。
ベスティア帝国軍に大きな被害を与えたのは間違いなかったが、それでも全軍という訳ではなく、それなりの規模でしかない。
とはいえ、この噂はレイが自分の懐刀になっているという噂もあって、悪くはない噂だ。
その為、ダスカーはこの噂について意図的に放置している一面もあった。
勿論、他の者に聞かされればやんわりと……どうとでも取れる言葉で話すが。
「レイの噂を知っているのなら、レイの強さも知っているだろう。そうなると、模擬戦は悪くないものだったのではないか?」
「そうですね。ダンジョンで……いえ、ダンジョンに限らないですが、自分達よりも強い相手と遭遇した時、どのように動くべきなのか。それをレイ教官との模擬戦では理解出来ますから」
その言葉には強い実感があった。
(あれ? もしかして俺が知らない間にダンジョンでそういう強敵と遭遇したことでもあるのか?)
アーヴァインの言葉に、レイはそんな思いを抱く。
アーヴァインのパーティは、前衛、壁役、遊撃、後方からの援護と非常にバランスが良い。
あえて欠点を挙げるとなると、回復役がいないということか。
ただし、回復役……魔法使いは元々非常に少なく、その中でも回復魔法を使える者となると、更に少ない。
そういう意味で、レイのゲーム的な知識では回復魔法を使える魔法使いがいないのは欠点だったが、この世界の現実として考えれば、それはある意味普通のことではある。
回復魔法を使える魔法使いがパーティにいるのは、普通のことではなく、非常な幸運に恵まれてのことなのだから。
これが高ランクパーティの冒険者が集まっているパーティであれば、また微妙に話は違ってくるのだが。
また、回復役はいなくても、その辺はポーションを使えば対処が出来るというのも大きい。
結果として、アーヴァインのパーティは冒険者育成校の生徒としては突出した強さを持ち、そういう意味ではより下の階層……強敵が出てくるような、そんな階層まで到達していてもおかしくはない。
また、ダンジョンには時折その階層にいるモンスターと較べても明らかに強いモンスターがいたりもする。
(稀によくある……矛楯した表現だけど、俺の場合は決して間違いって訳でもないんだよな)
稀に、よくある。
表現的には反対の言葉ではあったものの、それでもやはりレイの場合はそれに相応しいようなことがそれなりにあるのだ。
だからこそ、レイとしては自分の生徒達でもあるアーヴァイン達にも似たようなことが起きてもおかしくないのでは? と思ってしまう。
本人達がそれを聞けば、どのように思うのかは、また別の話だろうが。
「なるほど。レイのような強者と、命の心配のない模擬戦を行えるというのは、冒険者として……いや、冒険者ではなくても、戦闘に身を置く者にしてみれば、非常に有益なことなのは間違いないが」
「そうですね。それは実感しています」
アーヴァインが言うと、イステル、ザイード、ハルエスが同時に頷き、それに遅れるようにしてカリフとビステロも頷く。
後者の二人は、ギルム行きのメンバーに選ばれるだけの実力を持っているのは間違いないものの、それでもアーヴァイン達とは違うパーティだ。
冒険者育成校の中でも突出した実力を持つアーヴァイン達のパーティと違い、どうしてもダンジョンの中でも深い階層――あくまでも学生の認識としてはだが――には到達出来ていないのだ。
勿論、それでもその階層に存在しないような強力なモンスターが姿を現すことはあるので、決して油断出来るようなことではないのだが。
「それに……レイ教官だけではなく、セトとも模擬戦が出来るのは大きいです。モンスターですから」
「ふむ、そうであろうな」
しみじみと納得するような声を上げるダスカー。
ダスカーの目から見ても、アーヴァイン達は紛れもない原石であるというのが分かるのだ。
だからこそ、今回の一件においては大きな意味を持つのは間違いなく……それだけに、アーヴァインの口から出る言葉はかなり興味深いものがあったらしい。
そしてダスカーとの話はアーヴァイン達にとっても為になるもので、だからこそこうして話が続けられるのだった。




