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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3919/3995

3919話

 レイ達に関する書類が見つかった後、取りあえずレイ達が通されたのはギルドの二階だった。

 ……本来なら、ギルドの二階というのはそこまでうるさい場所ではない。

 冒険者同士で何らかの相談をしたり、あるいはギルドから特殊な依頼を受けた時にその説明をしたりといった場合に使われるが、基本的にはあまり使われることがないような場所なのだから。

 ……ただし、それはあくまでも普通ならの話だ。

 現在のギルムのギルドは増築工事によって仕事が増えており、その仕事を処理する為に他のギルドからギルド職員を派遣して貰っており、二階にある多くの部屋はそのようなギルド職員の仕事部屋となっている。

 そんな訳で、本来なら空いている部屋の多い二階だったが、現在は空いている部屋は少ない。

 ……あるいは、頻繁にギルド職員が二階と一階を行ったり来たりしている今の状況であっても、二階の部屋が幾つか空いているのは幸運だったと言うべきか。

 もっとも、それはギルドが意図的にそうしているのだが。

 今回のように何らかの話をする時に、二階の部屋が全て使えないというのは問題なのだから。

 そうして部屋の中に入ったレイ達に対し、レノラは前置きもなく口を開く。

 ここで無駄に時間を使えば、それだけ他のギルド職員に迷惑を掛けることになるし、何よりも大きいのは一階で仕事をしているケニーが乱入してこないとも限らない為だ。


「それで、ニラシスさん達についてですが、宿泊場所は領主の館ということになります」

「え?」


 レノラの言葉に真っ先にそんな声を上げたのは、イステル。

 貴族出身だけに、レノラの言ってる意味を正確に理解したのだろう。

 普通、領主の館に泊まることが出来るような者は、それこそ領主が招待をしたような者達だ。

 保護国とはいえ、他国の冒険者育成校からやって来た者達がそう簡単に領主の館に泊まるということはない。

 あるいは、その地の領主……この場合はダスカーだが、そのダスカーと生徒達が何らかの繋がりがあるのなら、また少し話は違うのだろう。

 だが、この中で唯一貴族の出身であるのはイステルだが、そのイステルも特にダスカーとの繋がりはない。

 ……それどころか、イステルは諸々の事情によって既に出奔した身だ。

 あえて繋がりがあるとすればレイだったが、そのレイも特に何か動いてはいない。


「その本当ですか?」

「ええ、本当です」


 確認するように、何かの間違いではないかというように尋ねるイステルだったが、レノラはあっさりと頷く。


「先程、一階での私とレイさんの話を聞いていたら分かったと思いますが、現在ギルムに仕事を求めて来ている人達は去年よりも多いです。去年まではただでさえ寝泊まりする場所が足りませんでした。普通の宿は満員で、それでも足りないので一般の人達の家を宿代わりにして貰ったり、それでも足りずに仕事をする場所に簡易的な宿泊所を作ったりしたくらいに」

「あー……そう言えば、そんな感じだったな」


 レノラの言葉に、去年のことを思い出してレイが言う。

 そんな二人の様子に、話を聞いていた者達は全員が唖然とする。


「そんな訳で、今年は去年よりも寝泊まり出来る場所を増やしたのですが、先程のレイさんとの会話にもあったように、仕事を求めて来た人が増えて……そんな訳で、皆さんが泊まれるような普通の宿はありません。いえ、少し高い宿も埋まっています。高級な宿なら、あるいはどうにかなるかもしれませんが……それも期待は薄いでしょう」


 レノラの言葉に、レイはそう言えば夕暮れの小麦亭はまだ部屋を取っていたなと思い出す。

 金に余裕のあるレイだからこそ、高級な宿を使っていないのに部屋を取り続けているのだが、レノラの説明を聞くと部屋を空けた方がいいのではないかと思う。

 こうして寝泊まりする場所が足りていないのなら。


(とはいえ、夕暮れの小麦亭は高級宿だしな。増築工事の仕事を求めて来た者達が気軽に泊まれるような場所じゃないけど)


 レイが考えている間も、レノラの話は続く。


「そんな訳で、こちらで用意出来たのが領主の館となります」


 いや、なんでだよ。

 話を聞いていた者達が、そう突っ込みたくなるのを我慢する。

 普通に考えれば、宿と領主の館では幾ら高級な宿であろうとも、領主の館の方が敷居は高い。

 なのに、何故領主の館に……そのように思うのは、ニラシス達にしてみれば当然だった。

 この辺りは、ガンダルシアの領主が滅多に人前に出ることがないのも影響してるのかもしれないが。

 そんな中、唯一レイだけは違った。


「マリーナが動いたのか?」

「……」


 レノラはそっと視線を逸らして沈黙を守る。

 前ギルドマスターのマリーナは、ダスカーが小さい頃からの知り合いだ。

 だからこそ、ダスカーの小さい頃の話……いわゆる、黒歴史と呼ぶに相応しいものをよく知っていた。

 例えば、ダスカーにとってマリーナが初恋の相手で、小さい頃には大きくなったら結婚して欲しいと言っていたことのように。

 そんなマリーナの頼みだけに、ダスカーはそう簡単に断れない。

 あるいはそれが、ギルムにとって不利益になることであれば話は別だったが、今回の一件は違う。

 元々、領主の館で寝泊まりをしている者は多くない。

 そこにニラシス達が加わっても、手間暇はそう掛からない。

 これでニラシス達の素行に問題があるのなら話は別だが、幸いそのようなことはなく、その辺は安心出来る。

 そんな訳で、マリーナの尽力によってニラシス達の宿は領主の館に決まったのだった。


「なので、これからギルド職員が領主の館まで案内します」

「あ、それなら俺が案内するよ。ダスカー様に戻ってきたと一応知らせておく必要があるし……それに何より、こいつらの荷物は俺が預かってるから」


 レイのミスティリングに入っている各種荷物は、当然ながら渡しておく必要があった。

 レイも領主の館に寝泊まりするのならその必要はないのだが、レイは貴族街にあるマリーナの家で寝泊まりをする。

 今のレイにとって、自分の家というのはマリーナの家のことなのだから。


「そうですか? では、お願いします。……レイさんが連れてきた人達ですから心配はないと思いますが、領主の館というのは非常に重要な場所です。妙な騒動は起こさないようにお願いしますね」


 お願いしますねと口にしてはいるものの、それは実質的な釘刺しだ。

 もっとも、ニラシス達にはそのようなことをするつもりがない為、レノラの言葉を聞いても特に気にした様子はなかったが。

 ……寧ろ、年上の美人なお姉さんということで、ハルエスとビステロの二人はレノラに見惚れてすらいた。

 盗賊の一件はもういいのか?

 そう聞きたくなるレイだったが、レノラを見ることでトラウマを克服出来るのなら、それはそれでいいだろうと黙っておく。


「この連中なら心配はいらないだろ。じゃあ、俺は早速こいつらを連れて領主の館に向かうから」


 そんなレイの言葉に、レノラは少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 レイがこういう風に言うということは、本当に信用出来る人達なのだろうと思ったのだ。

 レイの言葉により、レノラのニラシス達を見る目が少し変わる。

 今までは、ニラシス達を信用していない訳ではなかったが、それでもどこかに警戒の色があった。

 だが、レイがここまで言うということは、もっと信用してもいいのかもしれない。

 そう、思ったのだった。






「やっぱりギルムでもセトちゃんは人気なのですね」


 ギルムの大通りを領主の館に向かって歩いている中、イステルがそう言う。

 ギルドから出た時、セト好きが集まっていたのを見ての言葉だろう。


「そうだな。セトはギルムにおいて愛すべき存在と思われているし。……とはいえ、ギルムの中でも突出してセト好きの二人はいなかったけど」


 レイが思い浮かべたのは、ミレイヌとヨハンナの二人だ。

 双方共に、ギルムにいるセト好きの二大巨頭とも呼ぶべき存在。

 セトがギルムに帰ってきていることを知れば、それこそいつでも姿を現してもおかしくはなかった。

 だが、その二人の姿はギルドの前になかった。

(まぁ、二人共冒険者だし、依頼を受けてギルムにいないんだろうな)


 もし何らかの理由でギルムにいるのなら、それこそ依頼の最中であってもセトが戻ってきたとギルドの前までやって来ても、レイは驚かない。

 ……勿論、それは依頼を途中で放り出してきたということなので、とても褒められるようなことではないのだが。

 とにかくそのようなことにならなかったということは、つまりミレイヌ達はギルムにいなかったということなのだろう。


「突出してセト好き……私の先輩ですね」

「……まぁ、そう言われればそうなるのか?」


 イステルよりも前にセト好きになったミレイヌ達だ。

 そうである以上、先輩だと言われればレイとしてもそういうものだろうと納得するしかないのも事実。


「悪いが、セトの前にちょっと聞かせて欲しいんだが……このギルムの領主様ってのは、どういう人なんだ? 俺達が泊まるのを受け入れてくれたということは、特権意識に凝り固まってるような感じじゃないんだろうが」


 レイとイステルの会話を途中で止めて、ニラシスがそう聞いてくる。

 ニラシスにしてみれば、自分は生徒達のお目付役としてギルムに来ているのだ。

 そうである以上、世話になる相手については知っておきたい。

 ましてや、その相手はギルムの領主だ。

 グワッシュ国の宗主国でもある、ミレアーナ王国。

 そのミレアーナ王国の中で唯一存在する辺境を任されている辺境伯。

 そう聞けば、とてもではないがそう簡単に接することが出来るような相手には思えなかった。


「その辺は心配しなくてもいい。特権意識とか、そういうのはない人だから。普通に接すればそれでいいと思う。……まぁ、そういう余裕があるかは分からないけど」


 レイが少しだけ心配したのは、ギルドでの忙しさを見たからだ。

 ギルドであれだけ忙しかったということは、領主のダスカーもまた相応に忙しいのだろうと予想出来る。

 せめてもの救いは、冬の間はダスカーもかなりゆっくりと出来たことだろう。

 ……穢れの件の後始末があったりしたので、本当に完全に休むという訳にはいかなかったようだが。

 それでも春から秋に掛けての忙しさと較べれば、かなり楽だったのは間違いないだろう。

 そのお陰で身体を休めることが出来たので、今も疲労はしつつも、まだ幾らかは余裕がある筈だった。

 ただ、それでも忙しいのは間違いない以上、ニラシス達がダスカーに会う機会があるかどうかは微妙なところだった。


「どういうことだ?」

「見ての通り、現在のギルムは忙しい。そうなると、当然だが領主のダスカー様にも仕事が多数回ってくることになる。……これで本人がその手の仕事が苦手なら、いっそ誰かに任せることも出来るだろうけど、有能だしな」


 そして有能な分、仕事を片付けることに忙しくなる。


「増築工事とか、他にも色々と仕事があるから、何度かは会うことがあると思うけど、頻繁に会うってことはないと思う」


 レイの言葉に、生徒達の何人かが安堵した様子を見せる。

 イステルのような貴族の家の出であればまだしも、それ以外の者達……平民出身の者達にしてみれば、とてもではないがギルムの領主という、それこそ大貴族と称しても間違いではない相手と、好んで会いたいとは思わない。

 それこそ、ダスカーから何らかの情報を聞き出したいとか、そういう目論見があれば話は別だったが、幸いなことに一行にそのような者はいない。


「そうか」


 レイの言葉に、露骨に安堵した様子を見せるニラシス。

 そんな様子を見て、本当にそこまで気にすることはないんだが……と思ったレイは、ふと思いついたことを口にする。


「ただ、ダスカー様は戦士としてもかなりの強さを持つ。健康維持や強さの維持の為に毎朝戦闘訓練を行っている。興味があるのなら、朝にそっちに顔を出してみてもいいかもしれないな」

「ああ、そういうタイプなのか。……仕事も出来て、強さもあるってのは、素直に凄いな」


 文武両道という表現が相応しいのがダスカーだ。

 外見だけで判断すれば、武はともかく文の方はどうしてもそこまで期待は出来ないのだが。

 ただ、それでも実際に優秀なのは間違いない。

 それでいて、貴族が持つような妙なプライドの類がある訳でもなく、接しやすい。

 一応敬語を使っているとはいえ、それが決して正しい敬語ではない……それこそ貴族にしてみれば穴だらけのレイに対しても、気楽に接してくる相手だ。

 そういう意味でも、レイは自分がこの世界に来てから最初に来た街がギルムで良かったとしみじみと思うのだった。

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