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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3918/3992

3918話

「ここが……ギルムのギルド……」


 アーヴァインが感動したように呟き、その隣ではザイードも言葉には出さないが感無量といった様子を見せている。

 この二人はレイの……深紅のレイのファンだ。

 それだけに、レイが拠点としているギルドを、そしてレイの伝説の始まりとなったギルドを見ることが出来て嬉しいのだろう。


(何だったか、こういうの。聖地巡礼? まぁ……そういう気持ちは分からないでもないけど。特にこのギルムのギルドは俺の件がなくても特別だしな)


 目の前の建物は、ミレアーナ王国唯一の辺境であるギルムにあるギルドだ。

 今は増築工事中で多くの者達が来ているが、増築工事が行われる前は、多くの冒険者達がいつかはギルムで活動するのを夢見て腕を磨くというのもおかしくはなかった。

 そういう意味でも、このギルムのギルドは特別な存在なのは間違いない。


「さて、いつまでも外にいるのはどうかと思うし、中に入るぞ。セトはいつものように外で待っていてくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは慣れた様子で馬車の待機スペースに向かう。

 そこは本来名称通りに馬車が待機する為の場所なのだが、何が気に入ったのか、セトはギルムのギルドの前では決まってそこに寝そべる。

 その為、暗黙の了解でその場所はセトのものだということになっていた。


(サイズ変更を使えば、セトも中に入れるんだが……そうなったら、間違いなく大きな騒動になるしな)


 今でさえ、セトは多くの者達に可愛がられている。

 実際、こうしてセトが地面に寝転がったのを見た何人かが、早速セトを愛でにいっていたことからも、それは明らかだろう。

 そんなセトの様子を見ながら、レイはニラシス達を引き連れてギルドの中に入る。


「うわっ、凄いなこれ」


 ギルドに入った瞬間、ハルエスの口からそんな言葉が漏れた。

 当然だろう。今は別に早朝や夕方のように、ギルドが一番忙しいような時間ではない。

 だというのに、足の踏み場もない程……というのは大袈裟だったが、とにかく結構な混み具合だったのだから。


「増築工事の関係だな。一応忙しい他の場所にもギルド職員が出向いているんだが、それでもこうなる」


 そう言うレイだったが、実際には増築工事が始まってから一番忙しい朝や夕方にギルドに来たことは殆どなかったりする。

 それでも増築工事の手伝いをしている中で、他の冒険者達から色々と話を聞く機会は多かったので、状況については大体分かっていたが。

 そもそも、レイは基本的に夕方はともかく、一番混み合う早朝にギルドに来ることはない。

 早朝に一番ギルドが混むのは、冒険者達が早朝に張り出される依頼書を見て、それで少しでも割のいい……報酬の高い依頼を受けたいからだ。

 レイにしてみれば、金に困っている訳ではないので、そこまで無理をする必要はない。

 また、ギルムには高ランク冒険者が多いのは間違いないが、それでもギルム全体で見ればやはり低ランク冒険者……とはいかないが、高ランク冒険者とは呼べないような者の方が圧倒的に多いのも事実。

 そのような者達は高ランク冒険者が受けるような依頼には手を出さない。

 ……一応。ギルドのルール的には自分のランクよりも一つ上のランクの依頼を受けることが出来るが、ランクC冒険者がランクBの依頼を受けるというのは、危険度の高さから基本的にはない。

 そういう訳で、以前はランクB……そして今はランクAのレイが受けられる依頼については、混雑を避けて来ても問題はなかった。


「レイ君!?」


 と、不意にギルドの中にそんな声が響く。

 え? とレイは声のした方に視線を向ける。

 もっとも、今の声が誰の声なのかはレイも理解していたが。

 ただ、レイ達が現在いるのは、ギルドに入ってすぐの場所だ。

 出入りする者達の邪魔にならないよう、扉から離れてはいるものの、それでも声の主……カウンターにいるケニーからレイは見える筈がなかった。

 何しろ、レイとカウンターの間にはかなりの人数の冒険者であったり、増築工事の仕事を希望する者がいる筈なのだから。


(あー……なんだったか、パーティカクテル効果? いや、カクテルパーティ効果だったか。それか?)


 カクテルパーティ効果というのは、パーティの中のような賑やかな場所であっても、自分が必要としてる情報を聞き取るというものだ。

 今回の例では、ギルドの中に多数の冒険者がいて、それぞれに話しているにも関わらず、カウンターにいたケニーはその中から素早くレイの声を聞き取ったことだろう。


「悪い、色々と説明はしたかったけど、まずはカウンターで話をしてくる。お前達はどうする?」


 そうレイに尋ねられると、ニラシスは当然のように口を開く。


「俺達も一緒に行くに決まってるだろう。これから暫くこのギルドで世話になるのだ。挨拶はしておきたい」

「分かった。じゃあ、こっちだ」


 そうレイが言うと、ニラシスや生徒達を引き連れてカウンターに向かう。

 ギルドは現在であってもかなり混んでいるので、それを避けながら進むことで少し時間が掛かったものの、ようやくカウンターが見えてくる。


「ケニー、いい加減にしなさいよ。レイさんがいる筈がないでしょう」

「レノラには分からなくても、私には分かるよ。……あ」


 いつものように仲良く会話をしていたレノラとケニーだったが、そんな中でケニーが最初にカウンターに近付いてくるレイの姿に気が付く。

 ……実際にはレイの後ろにニラシスや生徒達がいるのだが、ケニーの目にはレイしか映っていないらしい。


「え? ……あ、え? 嘘……」


 動きの止まったケニーの視線を追ったレノラは、そこにレイの姿があることに驚き、そして同時に先程ケニーが唐突にレイの名前を呼んだのが正しかったのだと理解し、驚きに目を見開く。

 そうして動きの止まった二人だったが、他の受付嬢は仕事をしろと突っ込むようなことはしない。

 これがもしレイの件以外であれば、他の受付嬢達も仕事をしろと突っ込んだだろう。

 だが、レノラとケニーがレイにそれぞれ方向性は違えども、深い思い入れを抱いているのは周知の事実だ。

 だからこそ、書類のチェックや冒険者の相手で忙しいにも関わらず、取りあえず今は放っておくことにしたらしい。


「久しぶりだな。……けど、俺の相手をするよりも前に、まずは並んでいる冒険者をどうにかした方がいいんじゃないか?」


 当然ながら、レノラやケニーの前にも何人かの冒険者が並んでいる。

 依頼の受理、あるいは依頼を終えた報酬の支払いといったように。

 レイの言葉で我に返った二人は、慌てて冒険者達の相手をしようとするが……


「ああ、いや。いいよ。久しぶりにレイが帰ってきたんだ。レノラちゃんも、レイの担当として色々と話を聞きたいだろうし」

「ケニーちゃんも、レイと話したいだろうし、今はいいよ」


 レノラとケニーの前に並んでいた中でもそれぞれの先頭にいる二人がそう言うと、別の受付嬢の列に向かう。

 誰にとっても幸運なことに、そう告げた二人の後ろに並んでいた冒険者達も不満を口にすることなく、他の受付嬢の列に並び直す。

 レイのことを知っていた者達や、知らない者でも雰囲気を察したのだろう。

 もしここで、何で自分が改めて並び直さなきゃいけないんだと不満に思う者がいれば、面倒なことになっていた筈だ。

 そうならなかったのは、間違いなく幸運だった。

 列を譲ってくれた冒険者達に悪いなと口にしてから、レイは改めてレノラの前に立つ。

 ……カクテルパーティ効果によってレイの存在に最初に気が付いたケニーではなくレノラの前に立ったのは、レノラがレイの担当だからというのが大きい。


「久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです。レイさんもお元気そうで。それで……レイさんはガンダルシアで冒険者育成校の教官をやるという話だった筈ですが……」


 そこで一度言葉を切ったレノラは、レイの横にいるニラシスと、二人の少し後ろにいる生徒達に視線を向ける。


「そちらの方々は、冒険者育成校の方達でしょうか?」

「そうだ。というか、連絡が来てないのか? 今回の一件はギルドを通して話をしてあるってことだったんだが」

「え? ちょっ、ちょっと待って下さい。最近、仕事が忙しくて……」


 レイの言葉に、レノラは急いで周囲の書類を確認していく。


「だろうな」


 そんなレノラを見ながら、レイはそう呟く。

 実際、カウンターの向こう側には結構な量の書類の山がある。

 受付嬢全員でその書類を処理するのではなく、それはあくまでもレノラだけで処理する書類だ。

 実際、他の受付嬢の側にも大なり小なり、書類の山があるし。


(確か、二階にも他のギルドから応援としてやって来た受付嬢がいて、書類の処理をしている筈だよな? それでもこれだけってのは……相変わらず、鬼のような忙しさだ)


 レイとレノラのやり取りを聞いたニラシスは、うげえといった表情を浮かべる。

 ニラシスもガンダルシアのギルドで受付嬢達がしている仕事は多く見ている。

 それだけに、このギルドの様子が明らかにおかしいというのは理解出来たのだろう。

 とはいえ、ギルドの受付嬢達にしても既にこれだけ忙しくなるようになってから……ギルムの増築工事が始まってから、既に三年目だ。

 それだけの間、冬以外は毎日のようにこうして仕事をしていれば、嫌でも慣れる。

 ましてや、ギルドマスターのワーカーもギルド職員の仕事量については懸念しており、それをフォローする為の各種ポーションの類はかなり高級な……つまり、高品質な物を自由に使ってもいいということになっている。

 それこそ、ランクの低い冒険者から見ると、自分達の所持金では絶対に買えないようなポーションを無頓着に使っているのだから、羨ましくは……思わない。

 何しろ、それはつまりそれだけギルド職員の仕事が忙しいということを意味してるのだから。

 ギルドで使っているポーションを使わせるから、書類仕事をやれと言われても、それを受け入れる者はそうはいない。

 実は、依頼ボードの中にはギルド職員の補助という依頼も張られているのだが、受付嬢やギルド職員の仕事量を見た者の中に、その依頼を受けようと思う者はいない……訳ではないが、非常に稀だ。


「あ……」


 書類を漁っていたレノラは、一枚の書類を手に声を上げると、レイに向かって申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「申し訳ありません、レイさん」

「あー……うん。気にするな。今の状況を見れば、事情は大体理解出来てしまった」


 これが普通の状態であれば、レイも多少は注意をしただろう。

 だが、レノラ達の忙しさを考えると、レイもそのようなことは言えない。


「というか、何だか去年よりも忙しくなってないか? 確か去年はそれなりに仕事が減ったとか何とか、聞いた覚えがあったんだが」

「……そうですね。去年と同じくらいの仕事量であれば良かったのですが。今年は去年よりも多くの人が来てまして」

「そうなのか? いやまぁ、大通りとかを見た感じだと、そんな風に見えない訳でもなかったけど。……でも、何でまた? 春にはまだそこまで人は多くなかったよな?」

「どうやら、増築工事の報酬が高額だという噂が広がったらしくて、遠くからもわざわざ……」

「なるほど。それは分からないでもない」


 去年までギルムで仕事をしていた者達が、冬になって自分の村や街に帰り、冬の間に、あるいは春になってからそのことを聞いた他の村や街の者達が追加で仕事を求めてギルムにやってきたと考えれば、人が多くなった理由は十分に理解出来た。

 元々、ギルムで増築工事をやっているというのは、知られていた事実。

 だが、その仕事の報酬が高いというのは知らない者もいたのだろう。

 しかし、実際にギルムでどのような仕事をして、どれだけの報酬を貰えるのかを経験した相手から聞かされれば、それを羨ましく思って自分も……と行動してもおかしくはない。


「とはいえ、ギルムに来る途中にはモンスターも出るだろうに。冒険者達が街道付近にいるモンスターはそれなりに倒しているけど、それも絶対って訳じゃないだろう?」

「そうですね。実際、何人か被害も出ていますし」


 物憂げな様子でレノラが言う。

 ギルムに繋がる街道の近くにいるモンスターにしてみれば、戦う術のない者達はいい獲物だ。

 冒険者が来れば逃げて、いなくなればまだ街道に来るということをしておかしくはない。

 レノラの言葉から、実際にそれで被害が出ているのも間違いない。

 それを思えば、レイとしてはギルムに来るのをもう少し安全に出来ればいいんだけどなと思うのだった。

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