3917話
「ちょっ、待ってくれ! 私はただ……」
「いいから、こっちに来い。レイにドラゴンの件で接触するのは禁止されてるって知らないのか」
商人のカーエイトは、自分を引っ張っていく警備兵に向かって必死に言い訳をしようとする。
だが、警備兵はそんな商人の言い訳を完全にスルーしていた。
当然だろう。警備兵達にしてみれば、ドラゴンの件でレイに接触するというのを自分達の目の前で行われたのだ。
この地の領主であるダスカーから禁じられているにも関わらず。
そうである以上、ここでカーエイトの話を聞くといったことをすれば、それこそ自分達が上司に怒られてしまう。
これがせめて周囲に人のいない場所での出来事なら、場合によっては軽い注意だけですませた可能性もあるのだが。
もしくは、小狡い警備兵なら賄賂を貰うことで見逃していた可能性もある。
だが……こうして堂々と大勢の前でレイにドラゴンの件について声を掛けてしまえば、それを見逃すといったことは出来ない。
それこそ巨額の賄賂を渡すと言っても、これだけ大勢の前でそのようなことが出来る筈がない。
「あーあ、馬鹿だろあいつ」
「いや、でも……こうして堂々とレイにドラゴンの件で声を掛けたってことは、もしかしたらそれが禁止されてるってのが分からなかったんじゃないか?」
「それは……まぁ、その可能性もあるか? いや、けど……うーん……」
「あるいは、そう見せ掛けて他の連中を牽制していたって可能性もあるような」
警備兵に連れて行かれる商人を見ながら、それを見ていた者達がそれぞれ言葉を交わす。
そんなやり取りを聞いていたレイに、ニラシスがそっと声を掛ける。
「レイ、そのドラゴンって……」
「その話は後だ。取りあえず、いつまでもここにいる訳にもいかないから、中に入るぞ。手続きは……ああ、どうやら早めにやってくれるらしい」
冒険者の手続きをしていた警備兵が、レイに向かって手を振っていた。
それを見れば、一体何を考えてそのようなことをしているのかは明らかだ。
レイは他の面々に声を掛けると、手を振っている警備兵の方に行く。
ニラシスと生徒達もそんなレイの後を追う。
……そんな一行の中で、レイのファンのアーヴァインとザイードの二人は、レイがドラゴンを倒したという話に、それぞれ興味深そうに、そして興奮した様子を見せていた。
(面倒なことにならないといいんだけどな)
後ろの気配から、何となく何が起きているのかを理解したレイだったが、無理だろうと思いながらも、そう思う。
そして面倒なことはニラシスに任せればいいだろうと判断し、顔見知りの警備兵に声を掛ける。
「よう、久しぶり。暑い中ご苦労さんだな」
「……そう思うのなら、余計な騒動は起こさないで欲しいんだが」
警備兵の言う余計な騒動と言うのが何を指しているのかは、明らかだった。
「そう言っても、あの件は俺は悪くないと思うが? そもそもの話、ああいう商人が出ないようにとダスカー様が指示していただろうに」
「それでも全員がそれを知ってる訳じゃないのは、レイも理解しているだろう?」
「それは……」
警備兵にそう言われると、レイとしても反論しにくい。
ギルムにやって来る商人の数を考えれば、その全員がダスカーからの指示……ドラゴンの素材や情報といった理由でレイと接触するのを禁じられているのを理解しているかと言われると、微妙なところだろう。
中にはドラゴンの素材や情報というところだけを聞き、それ以外は全く知らないでレイに接触する者もいるだろう。
あるいは、もっと小狡い者であれば、ドラゴンについては知っているものの、それを理由にレイに接触するのを禁じられているのは知らないと言い張ったかもしれない。
……もっとも、それを聞いた警備兵が納得するかどうかは、また別の話だが。
「とはいえ、ギルムの中に入ればそういうのは……ないとは言い切れないが、それでもかなり少なくなるのは間違いないと思うぞ。そんな訳で、手続きだ」
警備兵に促されたレイは、その言葉に完全に納得した訳ではなかったものの、それでも今はとにかくギルムに入る手続きをした方がいいだろうと判断し、大人しく手続きをする。
「ああ、後ろにいる連中は俺の知り合いだ。全員ガンダルシアという場所の冒険者になる。正確には、冒険者兼教官と、冒険者育成校の生徒達だが」
「へぇ、冒険者育成校か。……そういうのがある場所もあるんだな」
「迷宮都市だしな。ちなみに俺も春から教官としてそこで働いていた」
「そうなのか? 最近見ないと思ったら。……大変だったな」
「おい」
大変だったなという言葉に、レイは思わず突っ込む。
これが普通に自分を励ましたり慰めたりする為にそのように言ったのなら、レイも感謝しただろう。
だが警備兵のその言葉は、レイではなく生徒達に向けられたものだ。
警備兵にしてみれば、レイのような無茶苦茶な存在が教官として鍛えるというのは、生徒達が可哀想にしか思えないからこその行動だった。
「えっと、その……いえ。レイ教官の指導は役立っていますから」
一組の生徒であるアーヴァインが、生徒を代表してそう言う。
元々レイのファンだったというのもあるが、実際にレイとの模擬戦は強敵と遭遇した時に大きな意味を持つ。
自分達より強いモンスターが現れても、レイと比べれば、セトと比べれば弱い。
そう思えば、敵が強くても緊張や怯えで動けなくなるということはないのだから。
「……へぇ」
アーヴァインの言葉がお世辞でも何でもなく、真実だと判断したのだろう。
警備兵は感心した様子でそう口にすると、ギルムの中に入る手続きをする。
その後は他の警備兵も手伝い、あっという間に手続きを終えてギルムの中に入る。
「ようこそ、ギルムへ」
ギルムに入ったところで、レイは反転し、後ろにいたニラシス達に向かってそう言う。
そんなレイの言葉に、ようやく本当に自分達はギルムに来たという実感が出たのか、ニラシスも含めた生徒達の顔に笑みが浮かぶ。
生徒達の中には、興味深そうに街中を見回している者もいる。
もっとも、正門の側なので人が多く、動きを止めたレイ達は邪魔になっていたが。
それでもレイ……ではなく、セトがいる為だろう。文句を言うような者はいなかったが。
「取りあえず移動するか。ここだと邪魔になるし」
それでもレイは自分達が邪魔になっていると気が付き、その場から移動する。
これがまだ普通の……増築工事をしていない時なら、正門前はもう少し空いていたのだろうが。
今もまた、手続きを終えた商人が何台もの馬車と共にギルムに入ってきたところだった。
そのような者達の邪魔にならない場所に移動すると、レイはニラシスに声を掛ける。
「それで、これからどうするんだ? 一応俺の仕事はお前達をギルムまで連れてくることだから、これで終わりなんだが」
「悪いが、その前にギルドに連れていって欲しい。そこで色々と話すことになってるんだ」
「分かった。なら、ギルドに行くか」
レイとしても、ニラシス達はただの依頼人という訳ではなく、親しくしている相手だ。
そのくらいの世話は焼いてもいいだろうと、セトを引き連れ、ニラシス達と共にギルドに向かう。
その途中、レイを……いや、セトを見て、レイの正体に気が付いた者達がいたが、声を掛けるようなことはない。
代わりにという訳ではないだろうが、多くの者達がセトを見つけると声を掛けていた。
「うわぁ……ここでもセトちゃんは人気なんですね」
イステルが嬉しそうに言う。
セトのファンであるイステルだ。
また、ガンダルシアからギルムまでずっとセトと一緒だったというのもあって、休憩時間にはセトを十分に愛でることも出来た。
それだけに、イステルにとってセトは以前よりも身近に感じているらしい。
そんなセトがギルムの住人に人気だというのは、イステルにとっては嬉しいことなのだろう。
「そうだな。セトはこのギルムではかなり人気が高い。……もっとも、相変わらずの者達もいるようだけど」
セトに向かって声を掛けている者達がいるのは間違いない。
だが同時に、セトの姿を見て怖がっている者がいるのも、また間違いなかった。
そのような者達は、ほぼ全てが昔からのギルムの住人ではなく、今年から増築工事の仕事を目当てに……それもレイがいない間にギルムに来た者達だろう。
初めてセトを見たのだから、こうしてセトを怖がってもおかしくはない。
(まぁ、それでも興味深そうにしている奴とかもいるし、怖がって悲鳴を上げたり、混乱してる奴はいないから、そこまで問題はないんだろうけど)
セトを見て、ぎょっとした表情を浮かべている者はいる。
しかし、それでも悲鳴を上げたり恐慌状態になったりしないのは、周囲にいる者達がセトを受け入れているからだろう。
もしくは言葉も出ない様子の者に対し、何人かは心配はいらないと落ち着かせるように声を掛けたりもしている。
そうして大通りを歩くと、当然ながら人の多さや、並んでいる店の多彩さにニラシスや生徒達は驚く。
ニラシス達も、迷宮都市であるガンダルシアを知っている。
しかし、それでも、ギルムの大通りは活気に溢れていた。
勿論それは、増築工事の為に多くの者達が集まっているからこそ、このように賑やか……もしくは猥雑な状況なのだろう。
「凄いな、これは……」
周囲の様子を見て、ニラシスが思わずといった様子で呟く。
「今は一番忙しい時期だからな。これが秋も深まれば、次第に人は減っていく。もっとも、春になればまた人が増えるんだが」
「それはそうだろう。ガンダルシアだってそれは変わらないぞ」
ガンダルシアも迷宮都市として、多くの商人が集まってくる。
だが、冬になれば雪によって移動が出来なくなるので、多くの商人は秋も深まった頃にはガンダルシアから出ていく。
違うのは、冒険者の対応だろう。
ギルムにおいては、冒険者は冬までに相応に金を貯めて、冬の間はゆっくり休む者が多い。
勿論、冒険者の中には金を貯めることが出来ない者もおり、そのような者は冬であってもギルドで依頼を受けることになるが。
そんなギルムに対し、ガンダルシアは迷宮都市で、ダンジョンがある。
外では雪が降っていても、あるいは冷たい風が吹いていても、ダンジョンの中ではそのようなことは全く関係がない。
砂漠の階層であれは冬であっても強烈な熱気があるし、草原の階層ではすごしやすい気候に設定されている。
その為、ギルムのように冬になったら長期休暇に入る者は少ない。
ガンダルシア以外の場所で活動していたこともある冒険者にしてみれば、そのような生活に慣れていないので、ダンジョンがあっても冬になれば休んだりする者もいるのだが。
「お、レイ。久しぶりだな。買っていくか?」
レイが簡単に案内をしながら大通りを歩いてると、不意にそんな声を掛けられる。
それはレイにとっても聞き覚えのある声。
声のした方に視線を向けると、そこには予想通り顔見知りがいた。
正確には、顔見知りの屋台の店主。
屋台からは、串焼きを焼く食欲を刺激する香りが漂っている。
「ああ、今日久しぶりにギルムに戻ってきたしな。……そうだな、じゃあ一本ずつ貰うか」
「毎度」
そう言い、店主は焼きたての串焼きを人数分レイに渡す。
それを受け取ったレイは、その串焼きをニラシス達にも渡す。
「え? おい、ちょ……いいのか?」
ニラシスは、まさかこの流れで自分達にも串焼きが渡されるとは思っていなかったらしい。
戸惑った様子を見せつつ……それでも、食欲を刺激する香りに視線を向けてしまう。
「別にこのくらいは構わないぞ。この串焼きは、ギルムで売ってる屋台の中でも間違いなく上位に入る美味さだ。きちんと食べておけ」
「おいおい、そんなに褒めるなよ。そんなに褒めても、何も出ないぜ?」
そう言いつつ、串焼きを一本追加でレイに渡す。
「別にお世辞を言ったつもりはない。……これはありがたく貰うけどな」
追加で貰った一本は、セトに食べさせる。
最初にセトの分も購入はしたが、セトにとって串焼きが一本程度では、そこまで腹の足しにもならないだろう。
嬉しそうに串焼きを食べつつ、レイはニラシス達の様子も見る。
するとそこでは、レイの予想通りに串焼きを美味そうに食べているニラシス達の姿があった。
串焼きという料理は、肉を串に刺して焼くだけだ。
そんな単純な料理だからこそ、肉の質であったり、肉の下処理、味付け、焼き加減……それらによって大きく味が変わってくるのだ。
それだけに、串焼きを満足そうに食べている者達を見て、レイは自分のお勧めの串焼きが喜ばれることに笑みを浮かべるのだった。




