3915話
盗賊のアジトの探索を終えたレイ達は、再び空の旅を開始していた。
(アジトの探索で、少しは気分転換が出来ていればいいんだけどな。……それはそれで難しいか?)
セトの背の上で、レイは流れていく景色を眺めながらそんなことを思う。
初めて人を殺したことによる衝撃。
それはそう簡単にどうにか出来ることではない。
ましてや、探索をしたことで気分転換になればと考えたレイだったが、その気分転換もハルエス達が殺した盗賊のアジトなのだから、気分転換をするには無理があるだろう。
……もっとも、そのくらい図太くなければ冒険者として大成するのは難しいだろうとレイが思っているのも、間違いのない事実ではあるのだが。
「取りあえず、ギルムに到着するまでにはその辺をどうにかしておいて欲しいけど……正直なところ、どうだろうな」
「グルゥ?」
呟くレイに、セトはどうしたの? と後ろを見て喉を鳴らす。
レイはそんなセトに対し、何でもないとその身体を撫でる。
「ハルエス達に出来るだけ早く元気になって欲しいと思っただけだよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトはそうだねと喉を鳴らす。
セトから見ても、ハルエス達の様子が普通と違うのは、十分に理解出来ていたのだろう。
「取りあえず、盗賊達とも一度は遭遇したし、ギルムに到着するまではこれ以上のトラブルはないといいんだけど」
別にレイも、自分達が盗賊に遭遇するのは義務であったり、必須だとは思っていない。
実際、そういうのとは全く遭遇せずに目的地に到着することも珍しくはないのだから。
だが……それでも、レイが盗賊に遭遇する確率がかなり高いのも間違いのない事実。
自分のトラブル誘引体質については十分に理解してるので、それもしょうがないと諦めてはいるのだが。
(それにしても、盗賊ってのは本当にいなくならないよな。……それだけ楽をして稼ぎたいと思う奴が多いってことか。中には税金が高すぎてどうしようもなくて盗賊になったとかいう奴もいそうだけど)
どのような理由があれ、盗賊となった以上は討伐されるべき存在でしかない。
色々と背景もあったりするのだろうが、それでもレイが討伐しないということにはならない。
……たまに、本当にたまに、気紛れでレイも見逃すことがあったりするのだが。
「お、川だ。……午前中に見た川と違って、綺麗な川だな」
レイは視線の先にそれなりの大きさの川を見つけ、そう呟く。
昨夜、レイ達がいた村や、移動中に見た川と違い、その川の水は濁っていない。
太陽の光に煌めいているその川は、泳いで遊んでも全く問題はないくらいの水質ではあった。
もっとも、それはあくまでも遠くから見た限りの話だが。
あるいはもっと近くまで移動すれば川の水がどのようになっているのか、もう少しはっきりと分かるかもしれないが。
(とはいえ、盗賊の件で時間も使ったし……あの川の側で休むような時間はないな。まぁ、別に川があれだけってこともないだろうし。そういう意味では、無視してもいいのか)
川の側で休憩するというのは、レイにとっても好ましいことではある。
あるのだが、だからといって無駄に時間を使ってまでやりたいかと言われれば、それは否だ。
「グルゥ」
「ん?」
川が近付いてきたところで、不意にセトが喉を鳴らす。
とはいえ、その鳴き声に警戒の色はない。
だからこそレイは特に緊張した様子もなく、川に視線を向けると……
「船……か?」
川の上流からやって来たのだろう、船の姿を見つける。
とはいえ、船と一口で言ってもそれはレイが以前港街で見たような船ではない。
小学生の頃に体験したことがある、いわゆるカヌーと呼ばれるような船に近い。
当然ながらそのような船である以上は、乗っている人数は一人……大きめの船の場合は二人くらいだ。
「珍しいな。……まさか遊びってわけじゃないだろうし」
これが日本なら、いわゆる川下りといったことをレジャーとして楽しむこともあるだろう。
だが、このエルジィンは剣と魔法の世界だ。
そしてモンスターも棲息しており、それは川であっても変わらない。
……いや、地上に棲息するモンスターと比べて、川に棲息するモンスターの方が危険度は高いだろう。
そんな川でレジャーとして川下りをするのは……それこそ、相応の強さを持つ者でなければ、自殺行為だろう。
金属の防具……いや、それが例え革の防具であっても、それを着て川に落ちれば、溺れ死ぬ可能性が高いのだから。
なら、あの船に乗っている者達は何が目的なのか。
そんなレイの疑問は、次の瞬間すぐに消えた。
一隻の船に乗っていた人物が槍……いや、銛を手に、水中に狙いを付けると、素早くそれを突き出す。
そして素早く銛を水中から取り出すと、その切っ先には一匹の魚が貫かれていた。
「漁師か。……まぁ、この辺りだと川魚がメインだろうしな」
レイの拠点であり、現在向かっているギルムでも、基本的に魚は川魚が主だ。
貴族や大商人といった、いわゆる上流階級の者達であれば、マジックアイテムや魔法を使って新鮮な海の魚を食べることも出来るだろう。
だが、それ以外の普通に暮らしている者達にとって、魚となるとやはり川魚なのだ。
一応、ギルムでも海の魚を食べようと思えば食べられるが、それは塩漬けのように腐らないよう保存食とした魚で、しかもそのような塩漬けの魚でも状態の良い物は当然のように高額になる。
一般人……それも決して裕福ではない者が買おうと思えば、塩漬けの中でも樽の底の方にある、特に塩辛く、他の魚の重量によって押し潰されたような、そんな魚だろう。
(そういう意味では、比較的大きな川があるこの周辺の村や街の住人は川魚を安く食べられるって意味では悪くないんだよな。……まぁ、それを言えばガンダルシアもか)
レイが思い浮かべたのは、ダンジョンの中にあった湖。
そこで獲れる魚……あるいは魚はモンスターでもあるだけに、普通の魚よりも美味いだろう。
もっとも、湖の階層はそれなりに深い階層なので、そこまで行ける者は決して多くはないし、湖の階層まで行けても、そこでは空を飛ぶサメのようなモンスターが普通にいるのだが。
レイにしてみれば、何で湖でサメ? と思わないでもなかったが、そもそもモンスターに常識を求める方が間違っている。
「お、結構大きな魚がいるんだな」
「グルゥ!」
船に乗っていた一人が水中に銛を突き刺すと、かなり大きめの魚……それこそ三十cm以上はあるだろう魚が突き刺さっていた。
レイの認識では、川魚というのはそこまで大きくはならないというものがある。
これは日本にいた時、小さい頃から川で遊んできたからこその認識だ。
もっとも、もっと上流……川と言ってもかなり深く広い川でなら、大きな魚がいてもおかしくはなかったが。
そんな風に思っているレイの視線の先で、大きな魚を突いた男が嬉しそうな様子を見せている。
その様子から、この川でもあれだけの大きさの魚はそう簡単に獲れるものではないのは明らかだった。
(川魚か。……この前セトが獲ってくれた魚とかカニも美味かったよな。あれは川じゃなくて湖だったけど)
レイがセトの獲った魚やカニの味について思い出している間にも当然のようにセトは飛び続け、やがて川の上を通りすぎる。
セト籠の擬態能力もあり、川で漁をしている者達がレイやセトの存在に気が付くことはなかった。
(ちょっとだけ、あの魚を売って欲しいと思ったけど。そうすると無駄に時間を使うだろうしな)
例えばこれが、普通に地上を移動している中で漁をしている者達に会って、その魚を売ってくれと言えば、多少の交渉は必要かもしれないが、売ってくれるだろう。
だが、上空からセトが下りてきて魚を売って欲しいと言った場合、漁師達が即座に逃げ出してもおかしくはない。
それを説得して、自分達は怖くないと納得させ、それからようやく交渉をし始めるとなると本当に時間が掛かる。
だからこそ、レイは地上に下りて漁師達に声を掛けるといったことはせず、セトに乗って空を飛ぶ。
「グルゥ……」
セトは川で魚を獲ったり出来なくて、残念そうだったが。
「今日の野営地は、出来れば川や湖のある場所がいいな」
「グルゥ? ……グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らして翼を羽ばたかせるのだった。
「グルゥ……」
「えっと……セト、どうしたんだ?」
野営の最中、ニラシスが落ち込んだ様子のセトを見て、一体どうしたのかとレイに尋ねる。
ニラシスの問いに、レイは困った様子ながらも口を開く。
「実は今日空を飛んでいる時に川があってな。その川では小さい船……一人か二人乗るのがせいぜいな船で漁をしていたんだが、それを見たセトが自分も川で遊びたかったらしくて。それで野営地は川か湖の側でやろうということになったんだけど……」
そこで言葉を止めたレイは、周囲を見る。
今日の野営をする場所は、草原だ。
周囲には木々が生えていたりするようなこともなく、あるのはせいぜいが大きな岩くらいといった場所。
どこをどう見ても、川や湖は存在しない。
「川も湖もないな」
「そうなる。一応空を飛んで川とか湖を探したんだが、全く見つからなかったんだよな」
「なるほど。それでセトは残念がっているのか」
「どうやら、魚を……川魚を食べたかったらしい」
「魚を? ……ああ、この前食べた時はかなり嬉しそうに魚を食べてたからな。それでか」
「そうなるな。とはいえ、川や湖が見つからない以上、仕方がないが」
単純に魚を食べたいというだけなら、ミスティリングの中にも入っている。
それこそ川や湖の魚だけではなく、数年前にエレーナ達と一緒に海に行って大量に獲った魚が新鮮なままで収納されてもいる。
だが、セトはただ魚が食べたいだけではなく、自分やレイを含めた他の面々で魚を獲って、それで食べたいのだ。
ミスティリングから出した魚は美味いとは思うものの、今セトにそれを食べさせても残念がらせるだけだろう。
「それで、こうか。……まぁ、セトの性格を考えると仕方がないかもしれないけど」
「そうだな。とはいえ、セトは気分を切り替えるのも早い。明日になれば、もうすっかり川や湖のことは忘れてると思う」
それは気分を切り替えるのではなく、ただ忘れているだけなのでは?
レイの言葉にそう突っ込みたくなったニラシスだったが、それを口には出さない。
もしここでそれを口にした場合、面倒なことになるだろうと思った為だ。
特に野営の準備を終え、落ち込んでいるセトを励まそうとしているイステルが妙な反応をしそうだったというのが大きい。
「まぁ、川か湖は……明日以降にでもあったら、少し早くても昼の休憩や野営の準備をしてもいいんじゃないか? 結構暑いし、そういう場所で涼むのも悪くないと思う」
ニラシスはそう言いながら、夕暮れの空を見る。
夏の日中も暑いのは間違いなかったが、夕方も夕日によって照らされ、十分に暑い。
ましてや、この草原は周囲に日陰を作ってくれるような木々も生えていない。
せめてもの救いは、夏で暑くても日本のような暑さではないということか。
もっとも、レイの家は山の側にあったので、夏でもそこまで嫌な暑さではなかったのだが。
暑ければ川に入るという手段もあった。
寧ろ山の近くということで、真夏であっても朝は少し肌寒いようなこともあった。
毎日のようにニュースでは猛暑だなんだと言われていて、まるで別世界のようにも感じられたが。
そんな日本の夏と比べると、夕暮れの今の暑さは大分マシではある。
……もっとも、どんなに暑くても、そして寒くても、簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ているレイにしてみれば、全く無意味ではあったのだが。
「レイ教官、ニラシス教官、野営の準備出来ました」
ビステロの言葉に、レイとニラシスは周囲の様子を確認する。
その言葉通り、全員分のテントはしっかりと張られ、その中央部分で焚き火も既に行われている。
「よし。じゃあ……夕食はまだちょっと早いか。なら、模擬戦でもやるか。ここ数日はセト籠の中にいてあまり身体を動かしていなかったし」
実際には盗賊との戦いもあったのだが、それは口に出さない。
盗賊を……人を殺した件を完全に克服した訳ではないのは明らかだからだ。
そう考えると、レイとしてはそのことを口に出そうとは思わなかった。
その件で色々と思うことがなかった訳ではなかったが……それでも、今の状況を思えば自分が口を出すようなことではないと判断してのこと。
(それに、頭が空っぽになるくらいに動けば、下らないことを考えているような余裕もないだろうしな)
ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を手に、レイは模擬戦の準備を始めるのだった。




