3913話
「これで取りあえずは安心ですね。完全に治療が出来た訳じゃないですが」
商人が馬車に繋がれた馬を見て、そう言う。
盗賊の攻撃によって、馬の身体には何本もの矢が刺さっていた。
レイとしては、自分が持っているポーションを使うべきかどうか迷ったのだが、不幸中の幸いと言うべきか、この商人の扱う商品の中にはポーションもあったのだ。
そのポーションを使って、馬の傷は治療された。
商人のラズウットにしてみれば、ポーションは貴重な商品だ。
だが、それでも馬がいなければ商品を運ぶことも出来ない以上、自分の商品を使うという選択肢以外は選べなかっただろう。
……あるいは、もっと迷っていれば、もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、レイがポーションを渡していた可能性もある。
だが、その場合はレイもそこまで高価なポーションを渡すようなことはなかっただろうから、馬の傷も完全に治ったかどうかは微妙なところだろう。
ともあれ、そうして馬の傷は治った。
そして横転した馬車は馬を外せば、レイが一度ミスティリングに収納し、それを出せばいいだけだ。
馬車は横転した結果多少なりとも壊れている場所があったり、馬車に積んでいた商品も売り物にならないような物もあったが、それでもレイのお陰で損失は最低限だったのは間違いない。
「それで、その……レイさん、ニラシスさん、本当にいいのですか?」
ラズウットは、レイとニラシスにそう尋ねる。
その視線は、馬車の後ろの部分に繋がれた数人の盗賊達に向けられていた。
「ああ、構わない。必要な情報は聞いたしな」
既に盗賊の生き残りから、アジトがどこにあるのかは聞いている。
盗賊達が馬を連れていないことからも予想は出来たが、アジトのある場所はここからそう離れてはいないらしい。
……あるいは嘘を吐いているという可能性も否定は出来なかったが、レイやセトの強さを見て嘘を言える筈もない。
そんな訳で必要な情報を聞き出してしまえば、もう盗賊達に用はない。
いつもであれば……それこそ、レイが単独で行動しているのなら、犯罪奴隷として売り払ってもいいのだが、今は生徒達と一緒に行動していて、そんなことをしている余裕はない。
なら、アジトを漁る時間はあるのかと言われれば、レイとしては返事に困るところだったが。
ただ、その場合でもレイはアジトを漁る時間は必要だと断言しただろう。
盗賊のアジトにはお宝が置かれていることが多いし、盗賊が使っていた武器や防具、あるいは使えないが取りあえず用意されている武器や防具が置かれている可能性が高い。
また、違法奴隷として売り払う為に、盗賊のアジトに捕まっている者がいる可能性も否定出来ない。
もしレイ達がアジトに向かわなければ、それこそ捕まっている者達がいた場合、最悪餓死してしまうだろう。
見張りが何人か残っていた場合は、捕虜にした者達の世話も多少はするかもしれないが。
ともあれ、そうして情報を聞き出して役立たずになった盗賊の生き残りはどうするか。
そのような話になり、レイとしてはもう情報を聞き出したし、街に犯罪奴隷として売るような時間もないので、いっそ殺してしまえばいいのではないかと思ったのだが……ニラシスからの提案で、ラズウット達に生け捕りにした盗賊を引き渡すことになった。
ラズウット達ならこれから行く街で、生け捕りにした盗賊達を犯罪奴隷として売れる。
それでもラズウットが本当にいいのかと聞いてきたのは、本来なら生け捕りにした盗賊達を犯罪奴隷として売った場合、その代金を貰う権利があるのは盗賊達を倒したレイ達だからこそだろう。
「それに俺達は先を急いでいるから、この盗賊達を街まで連れていくような時間はない。もしラズウットがこいつらを犯罪奴隷として売らないのなら、この場で殺すしかないな」
ビクリ、と。
生き残った盗賊達がレイの言葉を聞いて激しく反応する。
レイが躊躇なく人を殺せるというのは、殺された盗賊達の存在が物語っていた。
それこそ、レイは敵対した相手が貴族であっても、その力を振るうのに躊躇はしない。
そういう意味では、盗賊達を殺すのに躊躇などする筈もない。
そんな盗賊達の様子を見たラズウットは、首を横に振る。
「いえ、それには及びません。この盗賊達を犯罪奴隷として売った代金をこちらが貰えるのであれば、私がこの盗賊達を運びます」
「そうか。まぁ、馬の傷を治すのに使ったポーションの代金であったり、馬車の中に積んでいた商品が壊れたりしたし、その補償に回せばいいだろ。それ以上の金額で売れたら、運が良かったということで」
「ありがとうございます。本当にレイさん達がいてくれて助かりました」
そう言い、深々と頭を下げるラズウット。
レイはそんなラズウットに気にするなと声を掛け、デスサイズを手に盗賊達の死体が纏められた場所を無詠唱魔法で燃やす。
急速に燃えていく盗賊達の死体。
それを見ていた幸運にも生き残った盗賊達は、何も言えず、ただ驚きながらその光景を見ているだけだ。
レイのような存在と敵対してしまった己の身の不運を嘆きながら。
「さて、じゃあそういう訳で俺達は行く。……ニラシス、そっちの準備はどうだ?」
「こっちは問題ない。すぐにセト籠に乗せる」
ニラシスに尋ねると、すぐにそのような返事がある。
セト籠の方を見たレイは、生徒達が大人しくセト籠に乗ろうとしているのを見て、ついでにニラシスに声を掛ける。
「生徒達の中に、今日初めて人を殺した奴もいる筈だ。そっちは任せていいか?」
「俺が口を出すまでもないと思うけど、分かった。とはいえ、こういうのは結局のところ慣れるしかないのも事実だ。そう考えれば、俺が口を出さないまま、生徒たちだけで解決するのが最善なんだろうけど」
レイもニラシスの言いたいことは分かる。
冒険者をやっていく以上、人を殺すという経験は遅かれ早かれすることになる。
……普通はそれが冒険者としてある程度活動し、ランクアップ試験を受ける時の話なので、まだ生徒でしかない今の状況でその経験をするのは早いのは間違いなかったが。
レイも、これが普通の……例えばガンダルシア内部だけで活動する冒険者育成校の生徒というだけであれば、何も言わなかっただろう。
だが、今回は違う。
これから行くのは、冒険者の本場と言われるギルムなのだ。
しかも現在は増築工事中でいつ何が起きるのかは分からない、そんな危険さもある場所だ。
だからこそ、何かあった時の為の覚悟は必要となる。
そういう意味では、生徒達に少し……いや、大分厳しかったかもしれないとは、レイにも思えた。
「だといいんだけどな。それでも万が一の時に教官がいるのは悪くない。……それにギルムまではもう数日だ。出来ればギルム到着前にその辺の解決をしておきたい」
そんなレイの言葉に、ニラシスは大きく息を吐いた後で分かったと口にするのだった。
「さて、セト。向かうのは向こうの方にある森だ。盗賊達から聞いた話だと、洞窟を拠点にしていたらしいから、見つけるのはちょっと難しいかもしれないけど、頑張って見つけよう」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らしながら、翼を羽ばたかせる。
ラズウット達が襲われていた場所から森までは、レイが言うようにそこまで離れてはいない。
そうなると、当然ながらセトが本気で飛ぶとあっという間に森に到着し……場合によっては通りすぎてしまう。
そうならないように、レイとしてはゆっくりと飛んで欲しいのだが、レイの言葉でやる気になったセトは、速度を上げてしまう。
(ミスったな。問題なのは、一体どうやって洞窟を見つけるかだけど……この調子だとセトが見つけるのは難しいか? そうなると、一度着地してから探してみるのもありだな。セトの嗅覚上昇を使えば、アジトは見つけやすいだろうし)
そんな風に思っていたレイだったが、すぐに考えすぎだったと理解する。
何故なら、森の一部に明らかに木が伐採されて出来た広場のような場所を見つけることが出来たのだ。
「セト」
「グルゥ!」
レイが見つけていた光景は当然のようにセトも見つけており、広場に向かって降下していく。
(考えてみれば、まさか上空から見られるなんてことを警戒したりはしないか。用心深い盗賊ならそうしたかもしれないけど)
この世界において、空を飛ぶというのは基本的に考えられていない。
竜騎士のような特別な存在か、もしくは召喚魔法を使う魔法使い、テイマーといった中でも本当に限られた者だけが空を飛べるのだ。
それこそ、日本において高級外車を見掛けるよりも余程低い可能性だろう。
だからこそ、空を飛ぶ相手に見つからないようにと考えて偽装をする盗賊というのは多くはない。
それでも辺境の近くのように、空を飛ぶモンスターがそれなりにいる場所であったり、用心深い盗賊団であれば、また話は別だったが。
それに空を飛ぶ者は非常に少ないが、同時に空を飛ぶモンスターというのは容易に辺境から出て来るという危険もある。
そんな諸々について考えれば、やはり本来なら空を飛ぶ相手に対する備えというのはやっておいた方がいいのだろうが……
(いやまぁ、俺の場合はそのお陰で助かったのも事実だから、それを責めるような気にはならないけどな)
レイにしてみれば、盗賊のアジトのある場所をこうして容易に見つけることが出来たのだから、あの盗賊達に対して不満はない。
いや、寧ろ感謝すらしているだろう。
(一応、見張りとかそういう連中はいないって話だったが……盗賊の言葉だし、実はどこかに隠れているとか、そういう可能性も考えておいた方がいいのは間違いないか)
捕らえた盗賊からの情報だけに、レイも完全には信じていない。
生き残って降伏した盗賊達にしてみれば、自分達を捕らえたレイは決して許せる相手という訳ではない。
だからこそ、もしかしたら最後の仕返しとして嘘を教えていたという可能性は十分にあるのだから。
勿論、そうではない可能性もある。
あるのだが、それでもやはりレイとしては完全に信じることは出来なかった。
「セト、あの空き地にセト籠を下ろしてから、俺達も下りよう」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らして地上に向かって降下していくのだった。
「どうやら、盗賊達からの情報通り、特に見張りの類もいないようだな」
「そうだな。……そもそも、レイの凶悪さを見せつけられた中で嘘を言えるとは思えないが」
洞窟を前にレイが口にした言葉に、ニラシスがそう返す。
ニラシスにしてみれば、盗賊は自分の仲間達を次から次に殺されたのだ。
それの目の前で見せられた以上、レイを騙すようなことをしたら、それは自殺行為にしか思えないだろう。
「だといいんだけどな。……盗賊のアジトを調べるぞ。アーヴァイン達も準備はいいか?」
ニラシスとの会話を終え、尋ねるレイ。
アーヴァインはそんなレイの言葉にカリフとビステロ、ハルエスに視線を向ける。
この三人が、盗賊との戦いにおいて実際に盗賊を殺してしまったことでショックを受けていた三人だった。
まだ立ち直っていないのか。
一瞬そう思ったが、それはレイだからこそだろう。
レイの場合は、日本からエルジィンに来る時にゼパイルの手によって倫理観といったものをこの世界に適応出来るようにされている。
だからこそ盗賊を殺しても何とも思わないが、ハルエス達三人はそのようなことはされていない。
勿論、この三人も冒険者として活動していく上で、人を殺さないといけなくなるということは知っていた。
だが、知識として知っているのと実際に経験するのとでは、大きく違う。
だからこそ、こうして実際に人を殺すという経験をして、その結果に三人は苦しんでいるのだろう。
(こういう時、日本の学校じゃなくてよかったと思うよな。……いやまぁ、日本の学校であっても人を殺す授業とかそういうのはしないか。とはいえ、生徒に少し厳しい指導をしたからってクレームを付けてくる親馬鹿……馬鹿親? とかがこの世界にいたら、どうなっていたのやら。……あ)
そこまで考えたレイは、貴族の中にはその類の者達がいるのだろうと思えた。
あるいは、いわゆるモンスターペアレントと呼ばれる者達よりも更に上の存在が。
「レイ、生徒達もアジトの中に連れていくのか?」
少しだけ心配そうにニラシスが言ったのは、盗賊のアジトである以上、どのような物があるか分からないからだろう。
幸いなのは、今は夏ということで死体をそのまま転がしておくといった心配はないことだろう。
「そうだな。冒険者としてやっていく以上、慣れておいた方がいいのは間違いない。……それでもどうしても無理なら、洞窟の外で待たせておくことにしよう」
そう、レイはニラシスに言うのだった。




