3912話
セトの背から飛び降りたレイの身体は、当然のように真下に向かって落ちていく。
高度百mからの落下。
普通であれば、そのようなことをして助かる筈がない。
……あくまでも普通であれば、の話だが。
そのまま地上に向かって降下していくレイだったが、その途中でスレイプニルの靴を何度か使用して落下速度を殺す。
そして……百mの高さから落下したとは思えないくらい静かに、それこそ殆ど音を立てることもなく地面に着地する。
丁度斧……それもいわゆるバトルアックスや戦斧の類ではなく、樵が使うような斧を持った盗賊の一人が、冒険者に向かって襲い掛かろうとしている、その目の前に。
「え?」
まさか上から誰かが降ってきたとは思えず、斧を持った盗賊も……そして周囲で笑いながら戦いの様子を見ていた他の者達も、一体何が起きたのか分からないらしい。
(何だったか。親方、空から……とか何とか?)
レイは日本にいた時に見た映画を思い出しながら、ミスティリングから取り出したデスサイズの石突きで男の足を掬い上げるような一撃を放つ。
「おわぁっ!」
いきなりのことに、男は抵抗も出来ずに地面に転がる。
「さて」
一番危険だった相手を倒した……文字通りの意味で倒したレイは、セト籠を持ったセトが降下しているのを見つつ、盗賊達の注意を自分に向ける為に口を開く。
「一応助けに入ったけど、これでよかったんだよな? もし助けがいらないのなら、今からでも俺は帰るけど」
右手にデスサイズ、そして左手に黄昏の槍を握りながら、レイはそう冒険者達に尋ねる。
もしここで冒険者達が助けはいらないと言えば、レイは本当にこの場から離脱するつもりだった。
ダンジョンでもそうだったが、別に求められてもいないのに助けるといったことをしても、面倒が待ってるだけなのは事実なのだから。
……もっとも、だからといって助けなければ、レイがガンダルシアで巻き込まれたように、面倒なことになる可能性も十分にはあったが。
「た……助けてくれ!」
幸いなことに、冒険者達は素直に助けを求めることが出来たらしい。
この辺、以前レイがダンジョンで遭遇した貴族出身の冒険者とは違った。
「任せろ」
「だ……誰だてめえっ!」
レイと冒険者のやり取りに、盗賊の一人が思わずといった様子で叫ぶ。
盗賊達にしてみれば、人数差が圧倒的だった以上、自分達の勝利は確実だった。
相手が冒険者である以上、盗賊側にも多少の被害は出るかもしれないが、それでも自分達の勝利は間違いない。
そのように思っていたところに、いきなりこうして援軍が現れたのだ。
しかも、デスサイズと黄昏の槍という長柄の武器を二本持って。
これで盗賊達がもっと冷静であれば、レイを見て深紅のレイだと……盗賊の間では盗賊喰いと呼ばれる存在だと分かったかもしれない。
だが、いきなり……あまりにもいきなりの展開であった為、そのことに気が付いた者はいない。
あるいはもう少し時間があれば、いずれ誰かが気が付いた可能性もあるが、レイはその前に行動に出る。
丁度盗賊達の後ろ……弓を持っている者達からも更に後ろでは、セトがセト籠を下ろしたところだった。
奇襲をする以上、敵の注意を引き付けておいた方がいいとの判断からだ。
「隠密」
スキルを発動した瞬間、レイの持つデスサイズの姿が消える。
実際には見えなくなっただけで、今も変わらずレイの手に握られているのだが……盗賊達に、それは分からない。
「え?」
最初にレイの標的にされたのは、先程のレイの一撃で転ばされた盗賊だ。
自分の目の前で一体何が起きているのかが分からず、ただ目を大きく見開き……次の瞬間、透明になったデスサイズを振るわれ、胴体が切断される。
「え?」
あまりの斬れ味にだろう。
胴体を切断された盗賊は、それでもまだ生きていた。
それでも斜めに切断された胴体は、男のその声だけで動き……
「ぐぺ」
そんな言葉を口にしながら、男は死ぬ。
凄惨という表現が相応しい光景に、それを見ていた周囲の盗賊達は一体何が起きたのか理解出来なかった。
盗賊達も、それこそ遊び半分で人を殺したりもする。
襲撃で連れ帰った者達のうち、違法奴隷商に売る前に面白半分に短剣を投げて的にしたりといった具合に。
だが……そんな盗賊達にとっても、今この場で仲間が胴体を斜めに切断されて死んだという光景は予想外だったらしい。
そして、レイがそんな隙を見逃す筈もない。
一気に前に出ると、レイは近くにいた盗賊の一人に向かって、まだ隠密の効果で消えたままのデスサイズを振るう。
「うおっ!」
こちらは最初に仲間が一人殺されていた為だろう。
レイの行動に多少なりとも反応しようとし……だが、持っている棍棒を構えた次の瞬間、盗賊の首は棍棒諸共あっさりと切断される。
そして二度デスサイズを振るったことによって、隠密の効果が消えてデスサイズが見えるようになる。
(ちょっと失敗だったな)
姿を現したデスサイズを見て、レイはそんな風に思う。
隠密を使ってデスサイズを消すのなら、敵にデスサイズを見られる前……それこそ戦闘が始まる前に使っておくべきだったと。
戦いの中で……それもこうして向き合っている状況で隠密を使っても、相手を誤魔化すのは難しい。
もっとも、今回に限っては盗賊達にとってもレイの存在は完全に予想外だったので、乱入された時に混乱してすぐに対応出来なかったので、問題はなかったが。
だが、もしこれが相応の強さを持つ敵であった場合は、一度デスサイズを見れば、その大きさから大体の間合いについては把握するだろう。
……もっとも、それでも間合いの把握は完全という訳でもないし、間合いを誤魔化す方法は幾らでもある。
そういう意味では、多少間合いを把握されたところでレイにはそこまで痛手はなかったが。
「緑生斬」
スキルを使うと当時に、デスサイズの刃が蔦に覆われる。
デスサイズを振るうと、その蔦は鞭の如く近くにいた盗賊に叩き付けられ……
「うわぁっ!」
痛いでもなく、何か理解出来ないものに触ってしまったという悲鳴が盗賊の口から出る。
(やっぱりこれは今のところちょっと使い道はなさそうか。氷鞭のように威力が高ければ、まだ使い道はあるんだが。……レベル一のスキルだし、しょうがないけど。あ、でも注目をこっちに集めるという意味では、悪くない効果を発揮してるな)
レイがやるべきなのは、セト籠から出たニラシス達のことに気が付かれないように、盗賊達の注意を自分に向けること。
そういう意味では、隠密も緑生斬も十分にその効果を発揮していた。
「あ?」
盗賊達にしてみれば、いきなり自分の仲間がデスサイズ――隠密の効果で見えなくなっていたが――により切断されたかと思えば、姿を現したデスサイズの刃が蔦に覆われ、そこから伸びた蔦によって仲間が叩かれたのだ。
あまりと言えばあまりの展開。
一体何が起きたのかというのを理解出来ないような、そんな展開。
しかし、そのような展開だからこそ、盗賊達の意識がレイに向けられるのは自然なことだった。
そして盗賊達の意識がレイに向けられたそのタイミングで、ニラシス達が弓を持ち離れた場所にいた盗賊達に襲い掛かる。
「ぐわっ!」
「くそっ、何だいきなり!」
そんな声は、当然だが盗賊達の耳にも届き……そうなると、レイの近くにいた盗賊達、近接戦闘用の武器を持つ盗賊達も、そんな声に気が付く。
緑生斬という、威力はともかく相手の意表を突くという意味ではこれ以上ない程のスキルに目を奪われていた者達は、その意表を突かれた、もしくは呆気にとられた状態だからこそ、聞こえてきた声に後ろへ振り向く。……振り向いてしまう。
次の瞬間、振り向いた盗賊の中でも近い距離で並んでいた二人がレイの振るうデスサイズによって胴体を上下に切断され、一人が頭部を黄昏の槍で貫かれ、その後ろにいたもう一人の右眼球の周辺を破壊され……一瞬にして四人の盗賊が命を落とす。
だが、それでレイの攻撃は終わらない。
「駄目だろう? 敵を前によそ見をしたら」
盗賊達にそう言いつつ、スムーズな動きで右手に持つデスサイズを左手に持ち替え……パチン、と指を鳴らす。
轟っ、と。
指を鳴らした瞬間、盗賊の一人……それも馬車やその護衛の冒険者を半ば包囲していた盗賊達のうち、もっとも離れた場所にいた盗賊が、無詠唱魔法によって生み出されたファイアボールによって瞬時に焼き殺される。
「ひっ、ひいいいいいいっ!」
レイによってあっさりと……本当にあっさりと、何の抵抗も出来ないままに死んでいく仲間を見た盗賊の一人が悲鳴を上げて逃げようとするも、次の瞬間にはその盗賊の頭部にハルエスの射った矢が突き刺さり、そのまま地面に崩れ落ちる。
そこからは、早かった。
盗賊達にしてみれば、自分達の方が圧倒的に有利だと思っていた状況だ。
そんな中で、気が付けば自分達が前後から挟撃されるような状態になっていたのだから、混乱するのも当然だった。
実際には挟撃したとはいえ、レイ達の人数は決して多くはない。
冷静になれば反撃をするのは無理でも、逃げ出すことは可能だっただろう。
だが……盗賊というのは、基本的に練度は高くない。
元冒険者の盗賊もいるが、それよりも普通に盗賊となった者の方が圧倒的に多いのだから。
ましてや、自分達が圧倒的に有利な状況から、いきなりの危機である以上、まともに判断することは出来なかった。
結果として、右往左往し、あるいは自分に近付いて来た敵を攻撃しようとして倒され……盗賊は壊滅する。
「やっぱりか」
生徒のうちの何人かが、気持ち悪さに耐えているのを見たレイがそう呟く。
初めて人を殺したということで、ショックを受けているのは明白だった。
とはいえ、それについては自分で乗り越えるしかない以上、今は放っておく。
生徒の中でもその辺りの経験のある数人が、落ち込んでいる者達に声を掛けるのを見ながら、レイは馬車の護衛をしていた冒険者達、そして馬車の持ち主だろう商人に向かう。
なお、ニラシスはまだ生き残っている盗賊が逃げないようにロープを渡し、縛って貰っていた。
セトはそんな中で死体を一ヶ所に集めている。
盗賊達は全滅したが、全滅したからといって本当の意味で全員が死んだ訳ではない。
中には怪我をしたが、まだ生きている者。……そして、これが幸運かどうかは微妙なところだが、殴られた結果脳震盪か何かを起こして気絶していた者、つまり特に怪我らしい怪我をしていない者もいた。
このような者達を何故殺さないのか。
商人は不満そうな様子を見せてはいるが、自分達が助けられた以上、恩人にそのような不満を言うことも出来ない。
……もっとも、レイにしてみればアジトの場所を聞く必要があるし、捕らえられた盗賊達がこの後どのようなことになるのかを考えれば、半ば哀れみしか抱かないが。
(若いな)
商人を見たレイはそんな感想を抱く。
それは、盗賊を殺さないことに対する不満を隠し切れていないからこそ、若いと思われた……のではない。
実際に、その商人の年齢が十代後半、あるいはどう大目に見積もっても二十代半ばといったようにしか見えなかったからだ。
勿論、そのくらいの年齢で既に商人として活動している者もいる。
だが、普通なら商人としてのノウハウを学ぶ為、どっかの商人に弟子入りをしたり、もしくは行商人と一緒に行動するのが一般的だった。
あくまでも一般的であって、例外は多々あるが。
そしてレイの視線の先にいる商人もまた、そんな例外の一人なのだろう。
「えっとその……助けて下さり、ありがとうございます。私は商人のラズウットといいます」
ラズウットと名乗った商人は、近付いてきたレイに向かって深々と頭を下げる。
普段なら、レイをその外見から侮る者達も多いのだが、ラズウット達はレイの圧倒的な実力を目の前で直接見ている。
そのような状況で、レイに対して不安を口にするなどということが出来る筈もなかった。
「無事なようで何よりだ。……とはいえ、馬車はともかく、馬を使えないのは痛いな」
馬車は倒れ、その馬車を牽いていた馬は身体に何本もの矢が突き刺さっている。
幸いなことにまだ死んではいないのだが、それでも馬車を牽けるような状態ではないのは明らかだった。
ましてや、馬車も横転している状態だと考えれば、この状況から立て直すのは難しい。
……あくまでも普通ならの話だが。
(とはいえ、馬は……ポーションか? けど、さすがに俺のポーションを使うのはどうかと思うし)
そうして悩むレイに、ラズウットは口を開くのだった。




