3909話
「問題ない。これは正規のギルドカードだ。……ランクD冒険者のニラシスか」
ギルドカードを確認した中年の男……ギルド職員の男は、ニラシスのギルドカードを確認しながら、そう言う。
「……で、他の連中も冒険者なのか?」
「ああ。俺はガンダルシアの冒険者育成校で教官をやっている。そっちのレイもな。それ以外は全員生徒達だ」
「レイ……グリフォン……おい、ちょっと待て。……すまんが、そっちのあんたもギルドカードを見せてくれないか?」
ギルド職員の求めに応じ、レイは自分のギルドカードを見せる。
「おお……やっぱり、深紅……」
レイのギルドカードを確認したギルド職員は、思わずといった様子で呟く。
(どうやら、俺の異名はここまで届いていたようだな。……まぁ、それも当然かもしれないけど)
ガンダルシアからギルムにむかう途中にこの村はあったのだ。
そうなると、ミレアーナ王国から近いのはこの村となる。
つまり、レイの……深紅の噂は、ガンダルシアに届くよりも前にこの村に届いていてもおかしくはない。
もっとも、このような小さな村と迷宮都市のガンダルシアの規模の差を考えれば、ここよりも前にガンダルシアに届いていてもおかしくはないのだが。
情報を運ぶ商人にしても、迷宮都市とこの小さな村のどちらに行きたいのかと言われれば、余程の事情でもない限り、迷宮都市を選ぶのだから。
「そうだ。俺は深紅のレイ。そして俺の異名を知ってるってことは、俺の噂についても知ってるんだろう? これが俺の従魔のグリフォン、セトだ」
「……おう……」
予想はしていたが、それでもあまりにも予想外のことにギルド職員の口からはそんな声が漏れ出る。
最終的に、我に返ったギルド職員が村の住人や村長に事情を説明し、レイ達は無事村に入ることが出来るのだった。
「うわ……大分強くなってきたな。やっぱりこれは、宿を取った方がいいんじゃないか?」
建物の中にいても聞こえてくる雨音に、レイが呟く。
現在レイ達がいるのは、村に一軒だけある酒場だ。
より正確には、酒場兼食堂といったところか。
場合によっては、それにプラスして村の会議場ともなる、そんな場所だ。
他に雨宿りするのに適当な場所はないので、現在レイ達は酒場の中にいた。
幸いにも、今はまだ昼をすぎたばかりの時間だ。
レイ達が村に来た一件があり、村の住人達は昼食を食べる暇がなかった。
勿論、午後からの仕事を思えば昼食を抜くというのはないので、急いで腹に詰め込んだりはしていたのだが。
その為、普段なら昼食を食べる者がそれなりに集まる食堂にも客の数は少なかった。
そして午後になった今は、レイ達以外に客の姿はない。
「雨が降ってる中で、一体どんな仕事をしてるんでしょうか? 基本的には農業ですよね?」
イステルが何気なく呟いたその言葉に、真っ先に反応したのはビステロ。
「農業以外にも、村人にしてみれば仕事はあるんですよ。それこそ壊れている農具の修理だったり、中には農作物以外で売るような物を作ってる人もいますし」
ビステロのその言葉には強い実感があった。
貴族出身のイステルには分からない、そんな何かの実感が。
(多分、ビステロって農民の家に生まれたんだろうな)
二人の会話を聞きつつ、レイはそう予想する。
「えっと、それで宿か。昨日は野営だったし、この雨もちょっとやそっとだとどうにもならなさそうだし、今日はこの村に泊まるということでいいんじゃないか? ……それともいっそ、レイの魔法で雨雲を吹き飛ばすとかしてみるか?」
からかうようなニラシスの言葉。
だが、その話を聞いたレイは少し考え込む。
そんなレイの姿に驚いたのは、当然のようにニラシスだ。
「ちょっ、おい。待て待て待て。今のは冗談だ。本気で言ってる訳じゃないから、実際にやろうとするなよ?」
「というか……出来るんですか?」
カリフが恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。
ニラシスが冗談で言ったことを、本当にレイが出来るかどうか。
もし本当に出来たら、それはとんでもないことだろう。
「どうだろうな。試したことがないから、実際にやってみないと分からないとしか言えない。雨雲とかを吹き飛ばす……いや、燃やすとかなら、出来ないこともないと思うけど、そうなると一部の雨雲だけって訳にはいかないだろうから、かなり広範囲に魔法を使う必要があるな」
レイの代名詞たる炎の竜巻。
それがあれば、何とかなる……なってしまうのではないかと、話を聞いていた者達は思う。
もっともレイとしては炎の竜巻を生みだしても、それが移動出来るのはあくまでも地上だけである以上、雨雲を炎の竜巻でどうにか出来るとは思っていなかったが。
「あー……レイ。一応、本当に一応言っておくけど、試してみたいとか思っても、出来れば試さないでくれ。それこそ気候に影響があったりしたら、色々と不味いし」
ニラシスにしてみれば、グワッシュ国において天候に大きな異変があるのは勘弁して欲しかった。
それによって、一体どのような騒動が起きるのか分からないのだから。
運に恵まれれば、それによって豊作になるかもしれない。
だが、運が悪ければ不作どころか凶作になる可能性もある。
そうなれば、ガンダルシアの食料事情も影響が出てしまう。
何しろガンダルシアは迷宮都市で、食糧自給率は決して高くはない。
ダンジョンで入手出来るモンスターの肉であったり、果実や野菜もあるが、それでも数はどうしても多くはない。
迷宮都市ということで多くの者達が暮らし、更には冒険者がダンジョン、商人がダンジョンから入手出来る素材を欲して集まってくるので、その人数はかなりのものだ。
とてもではないがダンジョンから獲れる肉や野菜だけではどうにか出来る筈もなく、ガンダルシアの食料は基本的に他の場所……それこそこの村のような農村から買って集めている。
それだけに、もしレイの実験によって天候不順になったりした場合、それはガンダルシアにとって最悪の出来事になる可能性すらあった。
「そうだな。俺も別にどうしても試したいとかじゃないから、やらないよ」
そう言いつつ、レイは日本にいた時のことを思い出す。
夏の花火大会や祭りの時、もしくは夏休みに海に遊びに行くような時、雨が降って中止になることがあった。
もしその時に今のように魔法を使えたら、それこそ雨雲を消し去って十分に楽しめただろうと。
「取りあえず、宿を取りに行きませんか? 多分大丈夫だとは思いますが、誰か後から来た人が先に宿を取る可能性もありますし」
アーヴァインのその言葉に、レイ達は食堂から出て宿に向かうのだった。
「はい、それではお代は戴きました」
宿の女将に宿泊料金を支払う。
そしてどうせならということで部屋に向かうのだが……当然ながら、そこまで大きくはない村だけに、宿の規模も大きくはない。
つまり、一人部屋というのは無理だということになる。
レイとニラシス、アーヴァインとザイード、ハルエスとビステロ、イステルとカリフといった部屋割りとなった。
レイ達が泊まることにしたので、部屋の空きは残り一部屋となっていた。
「食事については、悪いけどうちでは出ないから自分達でお願いしますね」
「分かっている」
女将の言葉にレイはそう返す。
レイにしてみれば、宿というのは食堂があって当然という認識なのだが、この宿は完全に泊まるだけの宿屋で、食事は自分達でどうにかするというものだった。
それは食堂がないのを見れば、明らかだ。
……もっとも、食事が出ない素泊まりの分、宿泊料金は安かったのだが。
尚、今回のギルム行きにおいて、ある程度の旅費はフランシスから出ている。
一応、これも分類上は課外授業といったようなものだからだろう。
そしてレイの場合は生徒達をギルムまで運ぶということで、それなりに旅費を貰っている。
今日の宿泊料金も、そこから出ていた。
(個人的には、自分で宿泊費を出してもいいから、食事とかが出る宿に泊まりたかったな。……夕暮れの小麦亭のように美味い料理が出なくても)
そんな風に思いながら、レイはニラシスと共に部屋に向かう。
「うーん……まぁ、値段を考えればこんなものか」
「贅沢だな、レイ」
部屋の中を見て呟くレイに、ニラシスが呆れたように言う。
「そうか? ……まぁ、俺の場合は冒険者を始めた最初から夕暮れの小麦亭という、ギルムでも最高峰の宿に泊まっていたしな」
「何だ、それ。本当か? ……あ、こっちのベッド、俺が使ってもいいか?」
レイの言葉に驚きつつ、部屋に二つあるベッドの片方を示すニラシス。
レイは別にどちらのベッドでもよかったので、それに頷く。
そして自分のベッドに座りつつ、口を開く。
「別に贅沢をしたいとか、そういう風に思っての行動じゃないぞ。セトがいたからな。大きな厩舎が必要だったんだ。……そういう意味では、この宿は当たりだった。セトは寂しがるかもしれないけど」
この宿はどのような理由なのか厩舎はそれなりに大きかった。
また、客がレイ達だけということもあり、厩舎にはセトを怖がるような馬もいない。
その為、レイ達が酒場にいる時から、既にセトはこの宿の厩舎で休んでいた。
本来なら、宿を取る前に厩舎を使わせて欲しいというのは無理な頼みだろう。
だが、女将は優しいからか、それともこの村に宿はここしかないので、今日は泊まることになるだろうと予想していたのか、とにかくセトの雨宿り用に厩舎は普通に使わせて貰えた。
「ああ、そういう。……冒険者育成校の厩舎でも、中にいた馬が最初はセトを怖がったって聞いたな」
ニラシスも思い当たることがあったのか。レイの言葉に納得する。
実際、セトが冒険者育成校の厩舎に入るようになってから、暫くの間は厩舎にいる馬が怖がったりしていた。
それもある程度の時間が経過すると、次第に慣れていったが。
「そうだな。そんな訳で、この厩舎にはセト以外の動物がいなかったのは幸いだった。……もっとも、セトはそれを寂しいと感じているだろうけど」
何しろ、周囲に誰もいない……つまり、自分の相手をしてくれる者もいないのだ。
人懐っこいセトにしてみれば、それはかなり寂しいことだろう。
もっとも、セトは寝るのも好きなので、周囲に誰もいないのなら眠っていることが多いのかもしれないとレイには思えたが。
(それに、イステルもいるしな)
この一行の中で唯一セト好きのイステル。
そのイステルにしてみれば、午後が丸々空いた今日という日は、思う存分セトと一緒に遊べる日だと考えてもおかしくはない。
レイもそれについては特に何かを思うようなことはなかった。
……いや、セトの相手をしてくれるのだから、寧ろ感謝の気持ちの方が強いだろう。
(これで、雨が降っていなければ、セトと一緒に村の周囲を走らせてやる……いや、そもそも雨が降ってなければギルムに向かって飛んでいるか)
そんな風に思いつつ、レイはニラシスとの話を続けるのだった。
「よし、じゃあ夕食に行くぞ。今日は思いも寄らず宿での宿泊になったけど、明日からはまたセトに乗っての移動だ。……お前達はセト籠だけど。とにかく、今日は偶然こういう日になったということで、夕食を食べたら後はぐっすりと眠っておけ」
そうレイが生徒達に言う。
宿に泊まるということの利点は、やはり野営の時のように見張りをする必要がないということだろう。
見張りをするとなると、朝までゆっくり眠るということは出来ないし、見張りの時はいつ敵が来てもいいよう、ある程度警戒する必要がある。
だが、宿で寝る時は当然ながらそのような行為は必要ない。
……もっとも、世の中には宿として客を泊めながら、その宿の人間が泊まった客を襲うといったこともあるので、注意が必要だが。
幸いなことに、この宿はそのような宿ではない。
あるいはもし本当にそのような宿であったとしても、レイは自分がいればいざという時は対処出来るという自信があった。
「よし、じゃあそろそろ食堂に行くか」
ニラシスがそう言うと、レイ達は雨の中、食堂に向かう。
ちなみにセトの夕食は、レイがミスティリングから取りだした肉の塊を置いていくのだった。
「結構混んでますね。宿に行く前とは違う」
「それはそうだろう。あの時は村の住人は仕事をしていたけど、今はもう夕方だ。食事をしたり、酒を飲んだり……ああ、後は子供達を遊ばせるというのもあるのか」
食堂の中を見て呟くイステルに、レイはそう言う。
実際、午後はレイ達くらいしか客がいなかったのに、今は座る場所がない程……とまではいかないが、結構な数の客がいるのだ。
他にもレイが口にしたように、子供達が遊んでいたりといった光景もある。
そんな光景を見つつ、レイ達も夕食を食べるべく空いている席に向かうのだった。




