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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3907/3910

3907話

「これはまた……」


 朝、レイはマジックテントから出ると、そこに転がっていた巨大な蝙蝠の死体を見て、思わずといった様子でそんな呟きを漏らす。

 当然だろう。地面にあった蝙蝠の死体は、レイでも見たことがないくらいに大きかったのだから。

 ……いや、モンスターの類であれば、レイもこのくらいの大きさの空を飛ぶモンスターは見たことがある。

 寧ろ、これ以上の大きさのモンスターですら見たことがあった。

 だが、これは違う。


「これ、モンスターじゃないんだよな?」

「ああ、見ての通り、魔石がないかどうかを確認したけど、何もそれっぽいのはなかった」


 ハルエスがレイを見て、そう言う。

 その言葉にレイが改めて蝙蝠の死体を見ると、その死体には胴体を切り裂いた跡があった。

 昨夜の見張りの時にこの蝙蝠を倒した後、その大きさからもしかしたら普通の蝙蝠ではなく、モンスターなのでは? と思い、魔石があるかどうか確認してみたのだ。

 もっとも、結局魔石はなく……それはつまり、この蝙蝠はモンスターではないということになったが。

 空を飛ぶモンスターの場合、辺境から出てくるのは珍しいことではない。

 それを冒険者育成校の授業で習っていたからこそ、もしかしたら……と思ったのだが、幸か不幸か、それは外れていたらしい。

 なお、当然だがザイードとハルエスの後で見張りをすることになった、アーヴァインとビストロ、そしてイステルとカリフの四人は、見たこともないような巨大な蝙蝠の死体を見て驚いていた。


「それにしても……モンスターじゃない、普通の蝙蝠でここまで大きいのは見たことがないな。……ニラシスはどうだ?」

「俺も同じだ。レイも知ってると思うが、ダンジョンにある洞窟の階層でなら蝙蝠のモンスターが出てくるけど、こんなに大きな蝙蝠は……もしかしたらいるかもしれないが、俺は見たことがない」

「いや、今はモンスターじゃなくて、普通の動物についてのことを話していたんだが。……まぁ、いいか」


 話が微妙に噛み合っていないのは、ニラシスもこの蝙蝠の大きさに驚いているからか。


(あ、でも……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、この蝙蝠がまだ生きていたら近いうちにモンスターになっていた可能性もあるな)


 レイは蝙蝠の死体を見て、そんな風に思う。

 モンスターというのは、モンスターが産むというのもあるが、それ以外に動物が何らかの要因――大抵は魔力溜まりだが――によって、モンスターとなることもある。

 後者の例で分かりやすいのが、ギルムの近くのトレントの森にある妖精郷だろう。

 レイにも馴染みのある場所だったが、そこにいた狼の子供達がピクシーウルフというモンスターになったのだ。

 そういう意味で、この蝙蝠ももう少ししたら……昨日ザイードに殺されるようなことがなければ、モンスターとなっていた可能性は十分にある。


「それで、レイ教官。この蝙蝠の死体、どうしましょう?」


 カリフが恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。

 カリフにとって、ここまで巨大な蝙蝠の死体というのは、見るのも嫌なのだろう。

 勿論、レイにとってもこのような死体は決して好ましい物ではない。

 だからこそ、レイとしてもこの蝙蝠の死体をどうするべきか考える。


「一応聞くけど、食べたいとか、そういう風に思うか?」


 念の為といった様子で尋ねるレイだったが、それを聞いた者達は全員が首を横に振る。

 それこそ、ニラシスですら、この蝙蝠の死体を食べたいとは思わなかったらしい。


(蝙蝠の黒焼きだったか? それは薬になるとか、何かで見たか聞いたかした記憶はあるけど。後は、蝙蝠の目玉のスープってのも……前者はともかく、後者のスープは蝙蝠の目玉が少なすぎるか)


 そう考え、レイは蝙蝠の処分をどうするのかを考える。

 この蝙蝠がもしモンスターとなっていたのなら、あるいは美味い肉だったかもしれない。

 モンスターというのは、基本的にランクの高いモンスターになれば、それだけ肉は美味くなるのだから。

 もっとも、それはあくまでも基本的にの話であり、中にはオークのようにランク以上の味の肉を持つモンスターもいるが。

 ともあれ、この蝙蝠は見たところ――実際に魔石があるかどうかもハルエスが調べたが――モンスターではなく、動物だ。

 ただし、モンスターになりかけなのかもしれないとも、レイには思えたが。

 モンスターというのは、モンスターの親から生まれモンスターと、動物が何らかの理由……その大半は、いわゆる魔力溜まりに接することによってだが、モンスターとなる。

 後者の具体的な例としてしは、ギルムに近くにあるトレントの森……その中にある妖精郷にいた狼の子供達が、いつの間にかピクシーウルフというモンスターになっていたことが上げられるだろう。

 この蝙蝠もまた、もう少し時間が経過していれば魔力溜まりの影響か、もしくはもっと別の理由でモンスターとなっていた可能性も否定は出来なかった。


「ともあれ、まずはこの死体を何とかする必要があるか。……皆も、この死体を見ながら朝食を食べるのは嫌だろう?」


 尋ねるレイに、話を聞いていた全員が頷く。

 冒険者である以上、場合によっては死体の中でも食事をしたり、あるいは眠るといったことすら出来るべきだ。

 それは間違いないし、実際にレイやニラシスはそのようなことも普通に出来る。

 だが、出来るからといってそれをやりたいのかと言えば、それは否だ。

 必要もないのに、死体の側で食事をしたりしたいとは思わない。


「じゃあ、取りあえず少し離れた場所まで移動して処理するぞ。とはいえ、穴を掘ったり燃やすのは俺がやるから、お前達がやるのはその死体を運ぶだけだ」


 そう言うレイの言葉に、生徒達は納得したような……それでもあまり好ましくはないような、そんな表情を浮かべるのだった。





 穴の中にある蝙蝠の死体が、炭となる。

 やったことはそう難しいことではない。

 デスサイズのスキル、地形操作を使って地面を沈下させて穴とし、そこにある蝙蝠の死体に対して指を鳴らしただけだ。

 デスサイズを手に、無詠唱魔法を使ってその死体を焼いた。

 ただ、それだけ。

 炭と化した蝙蝠の死体を眺めつつ、レイはこういう風に穴を開ければ効果的に無詠唱魔法を使えるのかと納得する。

 レイが無詠唱魔法を使えるようになってから、まだそんなに長くは経っていない。

 その為、レイにとっても無詠唱魔法をどのようにすれば上手く使えるかというのは、しっかりと考える必要がある。


(地形操作で落とし穴にして、相手が逃げられないようにしてから無詠唱魔法というのは悪くないか。後は……そうだな。ようは相手が動かなければいいんだから、そうなると……氷鞭と緑生斬か?)


 氷の鞭と蔦がそれぞれデスサイズから生えるスキルだ。

 どちらも相手を拘束して動けなくするという意味では、有益なスキルなのは間違いないだろう。

 もっとも、氷鞭はともかく緑生斬はまだレベル一のスキルである以上、蔦で相手を拘束してもあっさりと破られそうな気がレイにはする。


「レイ教官?」


 無詠唱魔法の使い方について考えているレイに、イステルが声を掛ける。

 考えの邪魔をされたレイだったが、特に気にした様子もなく尋ねる。


「どうした?」

「その……炭になった死体はともかく、穴はこのままにしておくんですか?」

「そのつもりだが、何か問題があるか?」

「この林はそれなりの大きさですし、もしかしたら猟師が来るかもしれません。その時、穴があったら危険かと」

「……なるほど」


 イステルの言葉に、レイはそういうものかと納得する。

 だが同時に、この林まで猟師が来るか? という思いもあった。

 例えば、ガンダルシアの近くにある林……レイが魔獣術の実験をするような林であれば、ガンダルシアからそう離れていないので、猟師が来ることもあるだろう。

 しかしこの林は、空から見た限りだと近くに村や街があるようには思えない。

 わざわざ猟師がこのような林に来るのか? とレイは疑問に思う。

 レイ達が野営をした、林の中の広場。

 もしそこを利用するのなら、それこそ猟師ではなく盗賊の類ではないかと。

 そうレイは考えたものの、レイにしてみればこの穴を元に戻すのはそう難しい話ではない。

 イステルの要望を拒否するような理由もなかったので、レイはあっさりとデスサイズの石突きを地面に突き刺し、地形操作を発動させる。

 すると沈下した地面が再度隆起し、穴が下からせり上がり……ちょうどそのタイミングで少し強い風が吹き、炭となった蝙蝠の死体は粉々になって風に運ばれていく。

 それを見ていたレイは、微妙な気分を味わいつつも、ニラシスや生徒達に向かって口を開く。


「さて、朝食の準備だ。今日も一日セトに乗って移動するんだから、しっかりと食べるぞ」


 そう、告げるのだった。






「あー……これはちょっと不味いな」


 朝食を食べてから数時間。

 そろそろ昼になるかというような時間に、レイは遠くを見てそう呟く。

 レイの視線の先にあるのは、雨雲。

 それも小さい雨雲ではなく、それこそかなり広範囲に広がっている雨雲だ。

 セトに乗って空を飛ぶというレイの移動方法は、地上を移動するのに比べると利点がかなり多い。

 最大の利点は、当然のようにその移動速度だ。

 だが……そんな利点の多い空を飛ぶという移動方法だったが、決して欠点がない訳ではない。

 そんな欠点の中の一つが、雨だ。

 この世界には傘は存在しない。

 いや、あるいはもしかしたらどこかに傘はあるのかもしれないが、レイは見たことがない。

 ……もし傘があっても、空を飛ぶセトの背の上で傘を使っても意味があるとは思えなかったが。


(天気予報とかがあればな。……まぁ、天気予報も絶対って訳じゃないけど)


 レイが日本にいる時、天気予報は外れることもそれなりにあった。

 雨が降らないと天気予報でやっていたのに雨が降ったり、もしくは雨が降るというのに雨が降らなかったり。

 もっとも、それはあくまでも天気予報が外れたのが衝撃的だったので、そのように思えたというのが正しいのだが。


(どこの国だったかはちょっと忘れたけど、自分の国の天気予報が全く当てにならないから、隣国の天気予報を何らかの手段で見て、それで自分の住んでいる場所の天気予報にしたとか、そういう話があったな。天気……天気か。農家とかそういうのは雲の様子とか風とか湿度とか、それ以外にも山の様子を見たりとかして、明日の天気を予想出来るとか聞いたことがあるな)


 そう思うレイだったが、それで天気が分かるのは、あくまでもその地方で暮らしている者達だけであり、色々な場所に行くレイにしてみれば、あまり当てに出来るものではない。


「グルゥ!」


 レイが天気について考えていると、不意にセトが喉を鳴らす。

 何だ? と視線を向けると……セトの進む方向に村が見えた。


「村か。あそこでなら雨宿りが出来るな。……もっとも、セトを入れてくれるかどうかは分からないけど」

「グルゥ」


 セトが残念そうに喉を鳴らす。

 セト……つまりグリフォンを見て、それを怖がり、村に入るのを禁止されたことが何度かあったのだ。

 もっとも、それは決して村の者達が悪い訳ではない。

 普通に考えれば、高ランクモンスターのグリフォンがいきなり村にやって来たのだから、それを見て驚くなと、怖がるなという方が無理だろう。

 あるいはレイの……深紅の噂が届いているような場所であれば、寧ろ喜ぶ者もいるのかもしれないが。

 ともあれ、今のこの状況では色々と……本当に色々と問題が起こる可能性は否定出来なかった。

 それでも雨雲の存在を考えると、雨宿りする場所は必要で、他にどこかそれらしい場所はない。


「仕方がない、やっぱりあの村で雨宿りだな。村の前に直接セト籠を下ろしたり、俺達が下りると村の住人を怖がらせてしまいそうだから……そうだな、まずは村から少し離れた場所に下りよう。それから全員で村に向かえば、セトの存在は何とか誤魔化せるかもしれない」


 もしくは……とそこから先はレイは言葉に出さなかったものの、まだここはグワッシュ国である以上、ガンダルシアの冒険者育成校の教官というのを使えばどうにかなるかもしれないとも思う。

 もっとも、その時は小柄な自分ではなく、いかにも冒険者、もしくは教官といったニラシスに前に出て貰う必要があるだろうが。


「そんな訳で、セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らし、村から少し離れた場所に向かって翼を羽ばたかせ、降下していく。

 雨が降り始める前にどうにかなるといいんだが。

 セトの背の上で、レイはそんな風に考えるのだった。

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