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レジェンド  作者: 神無月 紅
ギルムへの一時帰郷

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3903/3906

3803話

「レイ? 一体どうしたんだ?」


 セト籠から下りてきたニラシスが、不思議そうに言う。

 ニラシスはレイのように懐中時計は持っていないものの、それでも今がまだ日中……夕方にもなっていない時間なのは分かる。

 実際、昼の休憩が終わって飛び立ってから二時間程しか経っていないのだから。

 そんな時間なのに、何故セト籠を地面に下ろしたのか。

 ニラシスがそれを疑問に思うのは、そうおかしな話ではない。

 セト籠を地上に降ろすのはこれが二度目ということもあり、最初の時……昼の休憩の時のように過敏な反応はしていないのはさすがだろう。


「ああ。ちょっとな。……あっち、見えるか?」


 現在レイ達がいるのは、丘の上。

 その丘の上から、少し……いや、相応に離れた場所では現在兵士や騎士による演習が行われていた。


「あれは……戦い? いや、違うな」

「そうだ。演習だ」

「また、珍しいところに。……まぁ、それはそれでいいとして、何で下りたんだ?」

「生徒達に演習を見せるのは悪くないと思わないか?」

「それは……」


 レイの提案は、ニラシスにとって完全に予想外だった。

 ニラシスもずっとガンダルシアで冒険者として活動してきたのだ。

 だからこそ冒険者としての行動はダンジョンでのものが大半で、たまに商人の護衛をしたりといったところか。

 盗賊やダンジョンで冒険者狩りをしている者と戦ったりといったことはあるが、それ以外……それこそ大規模な、人が何十人、何百人、何千人、何万人といったように集まるような戦いは、したことがない。

 だからこそ、レイの提案には意表を突かれたのだろう。


「どうだ?」

「そうだな。……こういうのを経験しておくのは悪くないと思う」


 こうしてレイの提案をニラシスが承諾し、演習の見学をすることになる。

 とはいえ、それはあくまでもこの丘から演習を見るというものだったが。

 レイとしては、出来れば近くまで移動して演習を見たいと思うが、そのようなことをすれば、怪しい存在として捕らえられる可能性もある。

 勿論、レイがいる以上、最終的にはどうにかなるのは間違いないだろうが、それでも余計なトラブルを避けられるのなら、その方がいいのは間違いなかった。

 そうして暫くの間、演習を見ていたのだが……


「イステル? どうした?」


 ふとレイは、イステルの様子がおかしいことに気が付く。

 普段であれば、そこまで感情を露わにしたりはしない……あるいは何かを感じても、それを表情や態度に出したりはしないイステルが、どこか落ち着かない様子で挙動不審になっているのだ。


「え? いえ、その……何でもありません。ただ、少し」

「少し?」

「……なんでもありません。気にしないで下さい」


 レイに対し、きっぱりとそう言うイステル。

 そのように言われると、レイとしてもこれ以上の話を聞くようなことは出来ない。

 何かあるのは間違いないのだが、レイとイステルの関係を思えば、ここでレイが無理に聞き出すようなことは出来なかった。

 例えばこれが、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネといった仲間達であれば、レイは何かおかしなことがあれば、何があっても聞き出そうとするだろう。

 だが、レイとイステルはそこまで深い関係ではない。

 教官と生徒……あるいは精々が、セトの件もあってそれより少しだけ親密といった程度でしかない。

 そのような関係である以上、イステルがこうして拒絶したのならそれ以上は聞けなかった。


(つまり、俺よりもっと親しい……例えば、パーティメンバーとかならイステルに聞いてもおかしくはないと思うんだけどな)


 そんな風に思いながら、レイはイステルのパーティメンバーに視線を向けるものの、肝心のパーティメンバー達は演習に目を奪われており、仲間の様子に気が付いてはいない。


(駄目だな。いやまぁ、仕方がないのかもしれないけど。パーティメンバーではあっても、あくまでも本当の意味でのパーティメンバーって訳じゃないし)


 イステル達がパーティを組んでいるのは間違いないが、それはあくまでも冒険者育成校におけるパーティだ。

 現在のパーティメンバーが卒業してしまえば、自然とパーティは解散……もしくは、卒業した者が抜けて、新しく誰かをパーティに加えるということになるだろう。

 万が一ではあるが、パーティの全員が同時に卒業ということになれば、また話は違うだろうが。


「戦局が決まりそうだ」


 アーヴァインの言葉に模擬戦を見ると、そこではその言葉通り片方の勢力がかなり有利な状況になっていた。

 そしてここまで有利になってしまえば、既に逆転する術はなく……最終的に、そのまま有利な方が勝利することになるのだった。


「うーん、こうして見ると騎士や兵士もかなりのものだな」


 ニラシスが感心したように言う。

 ニラシスにとっても、騎士や兵士の演習というのは見応えがあったのだろう。

 とはいえ、そこまで強い興味がある訳でもなく……


「さて、演習も終わったしそろそろ行くか」

「ちょっと遅かったみたいだな」


 レイはニラシスの言葉にこちらに向かって来る騎兵を見て、そう言う。


「え?」


 そんなレイの言葉に真っ先に反応したのは、イステル。

 とはいえ、他の者達もイステル程ではないにしろ、十分に驚いていたが。


「まぁ、セト籠は見つけやすいしな」


 レイはイステルの様子に疑問を抱きつつ、そう言う。

 セト籠は空を飛んでいる時は、底の部分が周囲の景色に紛れるような機能を持つので、空を飛んでいる時は地上にいる相手には非常に見つかりにくい。

 ……そのような能力があっても、中にはそれでも違和感を覚えたり、何らかの理由で見つけたりする者がいるのだが。

 とにかく、それでも大半の相手に見つかりにくいのは間違いない。

 だが……セト籠の大きさを考えれば、こうして地上にある場合は、どうしても目立つ。

 ましてや、丘の上という目立つ場所にセト籠があれば、それで目立つなという方が無理だろう。


「あ……えっと……その……」


 近付いている騎兵の様子を見て、余計に様子がおかしくなるイステル。

 そんなイステルの様子に疑問を抱いてる間にも騎兵は丘に近付いて来て……だが、丘の下でその動きを止める。

 いや、正確には騎兵は自分の乗っている馬に丘の上にまで行くようにと促しているのだが、その馬が決して丘の上に行こうとはしないのだ。

 この時になれば、騎兵も丘の上にいるレイ達の姿には当然のように気が付いてはいたのだが。


「あまり良い軍馬って訳じゃないみたいだな」


 レイは丘の下で動きを止めた騎兵の様子を見て呟く。

 馬が足を止めたのが、セトがいたからだと理解した為だ。

 しっかりと鍛えられた軍馬であれば、セトが相手でも怯えるようなことはない。

 だが、普通の馬であったり、そこまで厳しい訓練をされていないような馬であれば、どうしてもセトの存在に怯えてしまう。

 そう、ちょうど丘の下で動かなくなっている騎兵の馬のように。

 最初は騎兵も何とか馬を丘の上に向かわせようとしていたのだが、どうしても馬がそれに従わない。

 それに諦めた騎兵は、やがて馬から下りると丘の上まで歩いて移動する。

 ……騎兵にとってせめてもの救いは、丘の下に残してきた馬が大人しく待っていることだろう。

 セトの存在を怖がり、どこかに逃げ出すといったことはなかった。

 馬をその場に残し、丘を登ってくる騎士。


「どうする?」

「出来ればレイが話して欲しいところなんだが。レイは色々な意味で有名だろうし」


 尋ねるレイにニラシスがそう言う。

 自分に任せるというのに思うところがなかった訳でもないレイだったが、実際ニラシスの言ってることは決して間違いではないのも事実。

 それが分かっている以上、レイは自分が前に出るべきかと思う。

 ドラゴンローブの効果があるので、レイを見てもレイだと認識出来ない可能性が高かったが……レイの側にはセトもいる。

 グリフォンのセトを連れている冒険者と考えれば、それが深紅の異名を持つレイであると考えるのはそうおかしな話ではない。


「あ、あの……レイ教官、ニラシス教官、その……


 レイとニラシスの会話に、不意にイステルが割り込む。

 一体なんだ?

 そうレイは疑問に思ったが、そのイステルは何か踏ん切りがつかない様子で言葉につまり……

 口を開くよりも前に、騎士が丘の上に到着する。

 元々この丘はそこまで大きな丘ではない以上、騎士がやって来るまでの時間はそこまで必要ではなかったのだろう。


「失礼する。貴方達は一体……お嬢様?」


 一体誰なのか。

 そう騎士が聞こうとしたところで、レイとニラシスの側にいるイステルの姿を見て、そんな声を上げる。

 そして騎士の言葉を聞いたレイは、丘に下りてからイステルの様子が変だった理由を理解した。

 イステルはお嬢様と呼ばれたことに少し気まずそうにしながらも……やがて大きく息を吐くと、口を開く。


「久しぶりね、ジャスター」

「……は。お嬢様もご健勝なようで何よりです」


 そんなやり取りを見れば、レイは自分の予想が当たっていたのだろうと理解し、他の面々もイステルの様子がおかしかった理由を理解する。


(イステルは貴族出身だ。つまりここは、イステルの実家の領地な訳だ)


 レイはそのように予想しながらも、二人のやり取りを見守る。

 ここで自分が……あるいは自分以外にも口を出したりすれば、面倒なことになるだろうと思った為だ。


「ええ、私はガンダルシアで元気にやっているからお父様やお母様、お姉様達にもよろしく言っておいてちょうだい」

「は。……しかし、その……何故お嬢様がここに?」

「別に家に用事があって帰ってきた訳ではないから、安心しなさい」


 イステルのその言葉に、僅かに……本当に僅かにだが、ジャスターと呼ばれた騎士が安堵したのをレイは見て取る。

 もっとも、そんなジャスターの様子に気が付いたのは、レイとニラシスくらいで、イステル以外の生徒達はその様子に気が付かなかったが。

 生徒達の中で唯一イステルがそのことに気が付いたのは、やはり知り合いだからというのが大きいのだろう。

 そんなジャスターの様子に多少思うところはあるものの、今の自分は既に家を出た身。

 このような反応をされるのは、最初から想像出来ていた。


「私がここにいるのは、偶然よ。現在冒険者育成校の件でミレアーナ王国のギルムに行く途中なの。その途中で……」


 そこで一旦言葉を切ったイステルは、一瞬だけレイの方を見てから再び口を開く。


「この演習を見つけたの」

「そうでしたか。……その、騎士団長もいらっしゃいますが、すぐに呼んできますか?」

「いえ、その必要はないわ。私達がここにいるのは、あくまでもついででしかないもの。今から騎士団長と話したりしている時間はないの。……そうですよね、レイ教官?」


 別に時間に余裕はあるんだが。

 そう思ったレイだったが、イステルの様子を見ればそれは口に出来ないだろうと判断し、頷く。


「そうだな。ギルムには出来るだけ早く到着する必要があるだろうし。そっちには悪いけど、イステルだけを里帰りさせるという時間的な余裕はない」

「そう……ですか。そうであればしかたがありませんね。残念ですが」


 残念と口にする騎士だったが、そこには微かな安堵がある。

 それを見れば、レイもイステルが出来るだけ早くこの場を立ち去りたいと思うのは理解出来た。


(貴族なんだし、お家騒動とかそういう感じか?)


 イステルの様子がおかしかったのはレイにも理解出来たものの、だからといってここでレイが何かを言うのはどうかと思い、それは口に出さない。


「じゃあ、そういう訳で。……出発するから、全員セト籠に乗れ」


 レイの指示に、黙って様子を見ていた生徒達と教官のニラシスはセト籠に入る。

 生徒達の中で最後まで残っていたイステルは、ジャスターに向かって口を開く。


「じゃあ、私は行くわ」

「はい、お元気で」


 双方の言葉は、貴族と騎士としてはそうおかしなものではない。

 だが、そこにある感情は決して忠誠心という訳ではなく……それこそ、互いに何か思うところがあるのは間違いないと思えるようなものだ。

 それを見ていたレイはどういうことなのか気になりはしたものの、イステルに無理に聞こうとまでは思わない。

 この件に自分が関わる必要はないだろうと判断し、それ以上は何も言わない。

 セト籠に戻ろうとしたイステルは、そんなレイに何かを言いたそうな視線を向けるものの、レイはそんな視線に気が付かない。

 イステルは小さく息を吐くと、そのままセト籠に乗る。

 レイは自分以外の者達がセト籠に乗ったのを確認すると、セトの上に跨がり……そして騎士が自分を見ているのに気が付いたものの、それはスルーして出発するのだった。

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