3901話
レイは料理そのものはそこまで得意な訳ではない。
例えばカレールーがあればカレーを作ることは出来るが、小麦粉からカレールーを作る程度は出来ないといった感じだ。
もしくは、パスタを作る時はレトルトのソースとパスタを買ってきて、パスタを茹でレトルトのソースを掛けるといったことは出来るが、パスタソースを最初から作るといったことは出来ない。
……もっとも、冷蔵庫に入っているベーコンやハム、ウィンナーといったものをパスタソースにプラスするといったことはしていたが。
ともあれ、レイにとって料理というのはそんな感じだ。
ただ、山の側で生まれ育ったこともあってか、川で釣りをするというのは珍しい話ではない。
それこそ小さい頃から遊びの一つとして釣りは楽しんでいた。
そして当然のように、釣った魚は食べる。
いわゆる、キャッチ&リリースではなく、キャッチ&イートといったところか。
釣った魚を小さな包丁やナイフで捌き、川の水で洗って近くに生えている木々で串を作り、枯れ木を集めて燃やし、魚に塩を振って焼き魚にする。
その焼き魚と家から持ってきたおにぎりというのは、昼食として十分に満足出来るものだった。
そんなことを小さい頃からやっていたので、セトが獲ってくれた魚を捌くのも、レイにしてみれば簡単なことだ。
勿論、魚と一口に言っても、種類によっては捌き方は変わってくる。
それでも一通りの捌き方を理解していれば、ある程度対応出来るのは間違いなかった。
勿論それは、あくまでも自分が、もしくは素人が作る料理としてはという意味なのだが。
本職の料理人にしてみれば、到底納得出来る捌き方ではないのだろうが、これはあくまでも人に出すのではなく自分で食べる為のものである以上、多少の失敗は問題なかった。
そんな訳でレイは魚のヌメリをナイフで取る。
湖の魚だったが、そういう種類なのか、川魚のように特に鱗らしい鱗はなかった。
あとは腹を割き、内臓を取り出して腹の中を洗い、魚を波打つようにしながら串で刺す。
それに塩を振って、焚き火の側の地面に串を突き刺す。
尚、この時注意するのは串を刺す時はあまり焚き火に近すぎる場所に刺さないことだ。
焚き火のすぐ側だと、表面は焼けるが身は半生といったようになる。
もしくは身が焼けた時には表面は焦げているといった感じか。
そうしてレイが準備を終えるまで、数分。
地面に串を突き刺して周囲の様子を見ると、丁度ニラシスもレイと同じく準備が終わったところだった。
「レイ……早いな。俺はこの手の作業には自信があったんだが」
ニラシスがレイを見て、驚きと共にそう言う。
「まぁ、俺の仕事はまだ終わった訳ではないけどな」
そう言い、レイは再び魚を捌き始める。
レイだけの分なら、今の一匹だけでいい。
だが、セトの分も考えるとも、もう三匹から四匹程は焼き魚を作っておきたかった。
セトが食べるのなら、余るということはない。
それでももし何らかの理由で余ったら、レイの持つミスティリングに入れておけば夕飯の時にでもまた焼きたての焼き魚を食べることが出来る。
「生徒達の方は……まぁ、こんな感じか」
再び魚を捌き始めたレイを呆れたように見つつ、ニラシスは生徒達の様子を見る。
ビステロやカリフは普通に魚を捌いている。
そんな中で遅いのは、イステルだった。
……元々、貴族出身のイステルだ。
自分で料理をするといった経験は、今まで殆どなかったのだろう。
それでも冒険者として活動する以上、このくらいのことは出来るようになっておく必要があるのも事実。
イステルもそれは分かっているのか、かなりぎこちない動きながらも魚を捌いていた。
(食う場所が残ればいいんだけどな)
内臓を取り出そうとしつつ、身も大きく削ってるのを見たニラシスがそんな風に思う。
他の生徒達の様子を確認するニラシスだったが、一番酷いのがイステルだけで、他の面々はそこまで問題はない。
ニラシスにとって驚いたのは、ザイードが……筋骨隆々といった様子のザイードが器用に魚を捌いていたことだろう。
巨漢や大男と評するのが相応しいザイードが、多少大きめの魚とはいえ、それを器用に捌いていく姿は、見る者にどこか笑みを浮かべさせるには十分なものだった。
「さて」
一通り生徒達の様子を確認したニラシスは、取りあえず問題はないだろうと判断して湖を見る。
どこまでも広がっている……といった程ではないが、それでも十分に広い湖。
その湖を眺めていたニラシスは、何故かセトがまた湖の側にまで移動しているのに気が付く。
先程、身体を震わせて水を吹き飛ばしたところなのに、また湖に入るのか?
そんな疑問を抱きながらも、ニラシスはセトに近付いていく。
「グルゥ?」
そんなニラシスの気配に気が付いたのか、セトはニラシスの方を見てどうしたの? と喉を鳴らす。
レイと違ってセトが何を言ってるのかは全く分からないニラシスだったが、それでも今の様子から何となくセトの行動の意味は理解出来た。
セトが首を傾げたというのも大きいのだろう。
「いや、セトが何をしてるのかと思ってな。……どうしたんだ?」
「グルゥ」
ニラシスに向かい、セトは前足で押さえていた何かを見せる。
正確には今まで身体で見えなかった場所を身体を動かすことで見せるようにしたというのが正しい。
するとそこにいたのは……
「カニ?」
そう、それは間違いなくカニだった。
ただし、モンスターでも何でもない普通のカニ。
いや、掌程の大きさだと考えれば、普通のカニよりも大きなカニなのは間違いないだろう。
このような淡水にいるカニは、基本的にそこまで多くはない。
モンスターとなれば話は別だったが、セトが押さえているカニはモンスターでも何でもない、普通のカニだった。
「グルゥ!」
ニラシスに向かい、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトを見れば、セトと意思疎通が得意という訳でもないニラシスであっても、セトが何を言いたいのか理解出来た。
つまり、このカニも食べたいと。そう言いたいのだろう。
「泥抜きとかしないと、駄目なんじゃないか? いや、この湖の水は綺麗だし、泥抜きとかはいらないのか?」
ニラシスが見た限り、湖の水はかなり綺麗で透明度も高い。
そう考えると、わざわざ泥抜きをする必要もないのではないかと思わないでもなかったが、それでも食料にする以上は、泥抜きをした方がいいのも事実。
これが海のカニであれば、泥抜きといったことはあまり考えなくてもよかったのだが。
「どうした?」
セトの分の魚を捌き終わったレイは、ニラシスとセトが何かをしているのを見て、近付くとそう聞いてくる。
そんなレイに、ニラシスは丁度いいタイミングで来てくれたと、笑みを浮かべてカニを指さす。
「ほら、どうやらセトがあのカニを捕まえたみたいだけど、食うには泥抜きとかする必要があるんじゃないかと思ってな」
「あー……どうだろうな。まぁ、泥抜きをした方がいいのは間違いないけど、そうなると、どうやって泥抜きをするのかが問題になるか」
レイもカニの処理についてはあまり詳しくはない。
日本でレイが遊んでいた川にもカニはいたが、基本的に指先程度の小さなカニが大半だ。
もっと上流に行けば話は別なのかもしれないし、たまに……数年に一度くらいの割合ではあったが、レイの遊んでいる川でもそれなりに大きなカニを見つけることはあったが、レイはあまり興味を持たなかった。
あるいは家でお盆や年末、それ以外にも何かの拍子にカニを買ってくることはあったが、レイはあまりカニを好んでいない。
同じ甲殻類なら、歯ごたえのいいエビの方を好んでいた。
……そう言うと、家族や友人からは呆れられたが。
一般的に考えれば、エビよりもカニの方が高価なのだから、その気持ちはレイも分かる。
分かるのだが、レイとしてはカニを食べるのならその分エビを……それもエビフライで食べたいというのが正直なところだった。
もっとも、それはあくまでもカニよりもエビを好むというだけであって、カニを嫌いだという訳ではないのだが。
「泥抜きは必要だと思うか?」
「あー……まぁ、そうした方がいいだろうとは思う。いや、勿論このままでも食べられるだろうが、どうせ食べるなら美味く食べたいだろうし」
レイの言葉に、ニラシスがそう返す。
そしてレイはセトを見て……
「グルゥ?」
そんなレイの視線に、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはどうするべきかと少し考え、ミスティリングの中から鍋を取り出す。
食堂からスープを購入した時に鍋ごと購入し、そのスープがなくなった後は洗ってミスティリングに収納していた鍋だ。
「何か入れ物でもあればいいんだろうが、今はないしな。……セト、いいか?」
「グルゥ」
レイが手を伸ばすと、セトはカニを押さえつけていた前足を退ける。
その瞬間、カニはこれが最後のチャンスだと思ったのか、必死に逃げようとしたものの、あっさりとレイに捕まれ、そのまま鍋の中に入れられてしまう。
こうなると、カニももう脱走のしようがない。
「水は、湖の水を……いや、どうせだしこれを使うか」
流水の短剣をミスティリングから取り出したレイは、魔力を流して水を出す。
カニはいきなりの水に動きを止め……そして、そのまま動かなくなる。
「おい、これ……死んでないか?」
鍋の中のカニを見たニラシスがそう言う。
水を入れる前までは何とかして鍋から脱出しようとしていたカニが、水を入れられた瞬間動きを止めたのだから、そのように疑問に思ってもおかしくはない。
「ちょっと触ってみてくれ。もしかしたら、何らかの理由で死んでしまった可能性もあるし」
「何らかの理由って……今のこの状況で考えられるのは、それこそレイが入れた水以外にないだろう?」
そう言いつつ、カニに触れるニラシス。
ニラシスの指が甲羅に触れると、次の瞬間カニが慌てたように動き出す。
「生きてるな」
「生きてるけど、何か変じゃないか? その水、何かあるのか?」
レイの言葉に、ニラシスの訝しげな視線が流水の短剣に向けられる。
流水の短剣は、本来なら武器だ。
だが、炎属性に特化したレイが使っても、武器としては使えない。
その代わり、生み出される水は極上の……それこそ、天上の甘露と表現するのが相応しい味の水を生み出す。
「まぁ、俺の魔力によって生み出された水だしな。カニにしてみれば、刺激的だったんだろう」
詳細については話さず、そういうことにしておく。
話してもよかったのだが、そうなると面倒なことになりそうな予感がしたのだ。
「さて、セト。こうしてカニと鍋、水が手に入った。後はセトがもっとカニを見つけてくれれば、今日の夕飯は豪華になるぞ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らして再びカニを探し始めた。
「レイ……いいのか?」
「昼の休憩くらいは、自由に遊ばせてもいいだろ。それと、この鍋はセト籠の中に入れるから」
「え? おい、ちょ……こんな大きな鍋をか? 今でさえ、かなり狭い状態なんだぞ?」
「このカニ、夕食で食べてみたくないか? 泥抜きが数時間で終わるのかどうかは、ちょっと分からないけど」
「それは……」
結局ニラシスはカニを食べたいという思いから、鍋をセト籠の中に入れるのを承知するのだった。
「美味しい……けど身が……」
昼食を食べながら、イステルが残念そうに呟く。
その手に握られているのは、魚の塩焼き。
ただし、イステルは魚を捌く際に結構な量の身も一緒に捨ててしまった為、可食部位という意味ではかなり少なかった。
それでも自分で捌き、串に刺し、塩を振り、焼いた魚だ。
美味いと思うのは当然のことだった。
「うむ、美味いが……量が……」
こちらは外見に見合わぬ技量で魚を捌き、ほぼ満点に近い――あくまでも冒険者としてはだが――焼き魚を作ったザイードだったが、その身体が巨体であるが故に、一匹しか食べる焼き魚がないのは足りなかったらしい。
他の面々も、イステル程ではないにしろ捌く時に身を捨ててしまったり、あるいは塩を振りすぎて塩辛くなったり、焼く時に焚き火に近すぎて焦がしてしまったり、逆に遠火すぎてなかなか焼けなかったり。
それぞれに多かれ少なかれミスはしていたものの、それを込みで考えても十分に満足出来た。
勿論、昼食が焼き魚だけであれば不満を抱いたかもしれないが、昼食はレイがミスティリングから取り出した料理がある。
焼き魚は、あくまでもセトが獲ってくれたサイドメニューでしかないのだから。
それでも冒険者として調理するように言われたので、それぞれに色々と思うところはあったようだが。




