3862話
ジャーミから魔法金属グラースについてや荷車について色々と聞いたレイだったが、ふと気になって尋ねる。
「それで、ジャーミ達の採掘が終わった後でなら俺が採掘してもいいって話だったけど、それは本当にいいのか? 俺が採掘したら、お前達が採掘出来る量が減ると思うんだが」
そう尋ねるレイに、ジャーミ達は一瞬意表を突かれたような表情を浮かべるものの、すぐに笑みを浮かべる。
「気にしなくても構わねえよ。忘れたのか? ここはダンジョンだ。つまり、ここで限界まで採掘しても、明日には……とはいかんが、ある程度時間が経てば鉱脈も復活するんじゃよ」
「……マジか」
ジャーミの口から出たのは、レイにとっても意外な内容だった。
だが、考えてみればそれはそうおかしな話ではない。
そもそもダンジョンに修復能力があるというのは、それこそ今まで実際に自分の目で見ているのだから。
ただ、それはあくまでもただの岩であったりしたので、まさか鉱脈……それもミスリルの下位互換とはいえ、魔法金属の鉱脈までもが元に戻るというのは、レイにとっても完全に予想外だった。
「うむ。とはいえ、復活したからといってすぐに採掘をしても、グラース鉱石の純度が低い。故に、毎日のように採掘をするというのは無理だがな」
「なるほど。……けど、それならお前達採掘隊の他にもグラース鉱石を求める奴が来たりはしないのか?」
モンスターを倒したりといった危険を冒さなくても、ここでなら採掘をすることで魔法金属の鉱石を手に入られるのだ。
そうである以上、もっと多くの者がここに来てもおかしくはないとレイには思えるのだが、こうして見る限りでは周囲には他に誰の姿もない。
「先程も言ったが、ここは十四階の中でも端の方じゃ。ここに来るまでは幾つもの崖を越えねばならんし、鉱石を掘り出しても当然じゃがその鉱石を持ち帰るのは大変じゃ。レイの場合は、セトがいるからその辺りの大変さはあまり実感がないのかもしれんがな」
「それに……アイテムボックス持ちでもあるじゃろう? そのようなレイであれば、この採掘場までは容易に来られるし、鉱石も楽に持ち運べるのじゃろうが……」
ジャーミに続いて別のドワーフがそう告げる。
その説明は、レイを納得させるには十分でもあった。
「なるほど、そういう意味ではここに来る奴は少ないかもしれないな。俺も……こう言ってはなんだが、稼ぐだけならグラース鉱石を採掘しなくても、モンスターを倒せばそれだけで恐らくそれ以上の稼ぎになるだろうし」
「じゃろう? そんな訳で、この鉱石についての心配はそこまでいらないのじゃよ。……そもそも、ここに魔法鉱石があるということを知ってる者が少ないというのもあるし」
三人目のドワーフの言葉にレイも頷く。
「ただでさえ十四階に来ることが出来る冒険者は少ない。その上で、十四階の中でも端の方にあるこの場所まで来ることが出来る者は、やっぱり少数か。とはいえ、中には地図を作ったりするパーティもいるだろう? そういう連中ならこの場所を知っていてもおかしくないんじゃないか?」
実際、レイも十三階の途中まではマティソンのパーティが作った地図を使って移動してきた。
マティソンのパーティであれば、この十四階の地図もしっかりと作るだろう。
そうなれば、当然ながらこのグラース鉱石の採掘場も見つかってしまう。
「別に構わんよ。さっきも言ったが、この鉱脈は一度採掘が終わってもある程度時間が経てばまた復活する。別にどうしても儂らが独占をしたい訳ではないのでな。それに、鉱石を持って帰るには儂らのように相応の準備をする必要がある。それを考えれば……なぁ?」
ジャーミの言葉に、他の二人も頷く。
そんなドワーフ達の様子にレイはそういうものかと納得しつつ、頷く。
「分かった。邪魔をしたな」
「ん? もう行くのか?」
ジャーミは、少し驚いた様子でそう言う。
こうも早くレイが帰るとは、思っていなかったのだろう。
「そう言われてもな。今はジャーミ達がここで採掘をしてるんだろう? なら、俺がここにいても仕方がない。いつまでもここでただ見ているだけってのもどうかと思うし」
あるいはこれがもっと時間のある時……四日後にはギルムに行くということがなければ、レイももう少しゆっくりとしていたかもしれない。
採掘作業というのは、見ていてそれなりに面白そうだったのだから。
しかし時間に余裕がある訳ではない以上、レイとしては十四階の探索を続けたかった。
セトの野生の勘に任せてここに来たのは、決して悪いことではなかったのだが。
「分かった。なら……」
「グルルルゥ!」
「なんじゃ!?」
何かを言おうとしたジャーミだったが、それを遮るように周囲を警戒していたセトが喉を鳴らす。
同時に、採掘を行っていた二人のドワーフがツルハシを持ったまま後ろに跳ぶ。
その速度は、筋肉の塊と呼ぶべきドワーフとは思えない程に俊敏なものだった。
「ジャーミ、奴じゃ!」
ドワーフの一人が叫ぶと同時に、ドワーフ達が掘っていた場所を破壊するようにして何かが飛び出してくる。
「ワーム!?」
レイがそのモンスターを見て叫ぶ。
そう、それは細長い虫型のモンスターである、ワームだった。
ただし、その大きさは鉱脈から出ている部分だけで二m程の長さだ。
鉱脈の奥にどれだけの長さあるのが分からない。
また、その先端には直径一m程の丸く、小さいが鋭い牙が無数に生えている口がある。
そんなワームが、口を開けてドワーフを喰い殺そうとして飛び出したところで……
「グルルルルゥ!」
セトが雄叫びを上げながら突っ込んでいく。
幸いだったのは、先程ドワーフが後ろに跳んでいたことだろう。
採掘していた場所はそこまで広くはないので、セトと二人のドワーフが一緒になっていれば、恐らくどちらも動きにくかった筈だ。
……二人のドワーフは、自分が後ろに下がったところでいきなりセトが突っ込んでいったことに驚いていたが。
ワームに近付いたセトは、敵の攻撃対象……もしくは捕食対象が自分に移ったのを見たところで、スキルを使う。
「グルルルゥ!」
セトがスキルを使った瞬間、ワームの身体に衝撃が走る。
セトが使ったスキルは、衝撃の魔眼。
威力そのものはそこまで強くはないが、スキルの発動速度という点ではトップクラスという代物。
今の状況において、まずはワームの注意を完全に自分に向けるというのと、多少なりともワームにダメージを与えたい。
そのような思いからの行動だったのだろうが……残念ながら、その一撃がワームに与えたダメージは皆無。
「マジか」
離れた場所でデスサイズと黄昏の槍を手に、援護する隙を窺っていたレイは思わずそんな声を漏らす。
戦場となっている場所は狭く、まだ二人のドワーフも完全に離れていないので、レイは援護を控えている。
あるいはセトがピンチであれば、レイも無理をしてでも援護をするなり、あるいは自分がセトと入れ替わるようにして前に出るだろうが……幸いなことに、セトを喰い殺そうと飲み込もうとするワームの動きとは裏腹に、セトは回避している。
それについては心配していないものの、レイが驚いたのは衝撃の魔眼の結果についてだ。
以前は衝撃の魔眼は発動速度に特化したスキルだった。
しかし、スキルが強化されるレベル五となり、そこから更にレベルアップして六となった今は違う。
人体や革鎧程度であれば、破壊出来る威力があるのだ。
そんな一撃を受けて、血すら流していないのは、ワームの高い防御力を示していた。
「そいつの身体は物理攻撃には強い耐性を持つ! グラース鉱石を食って、身体の表面がそれによって強化されている!」
レイの言葉に驚いて……という訳ではないだろうが、咄嗟にジャーミが叫ぶ。
レイはそんな声を聞きながら、納得すると同時に不思議に思う。
レイがジャーミから聞いたグラースの特色というのは、ミスリルの下位互換だ。
そしてミスリルというのは魔力と親和性が高いという特徴がある。
そう考えると、物理攻撃に強く、魔法に弱いというのはレイの中で疑問だった。
もっとも、この場所で採掘していたジャーミがそう言うのであれば、それは恐らく間違ってはいないのだろうが。
「セト!」
ジャーミのアドバイスを聞き、レイは左手の黄昏の槍を地面に突き刺し、右手のデスサイズを左手に持ち替えると同時に、セトの名前を呼ぶ。
その一言だけでセトはレイの考えを理解し、再度衝撃の魔眼を使いながら後方に跳ぶ。
ワームにしてみれば、衝撃の魔眼は威力そのものはそこまでではないものの、厄介な攻撃なのは事実なのだろう。
苛立ち紛れに口を開け……
「グルゥ!」
そんなワームの様子に、何か危険を感じたのだろう。
セトは瞬時に地面を蹴って前に出る。
本来なら、この状況では更にワームから離れるのだが、セトは前に出たのだ。
これは前に出た方がいいと、セトの本能が囁いた結果。
それを目がある訳ではない……いや、あるいはあるのかもしれないが、外見からでは判断出来ないワームだったが、そのワームも当然のように自分の方に近付いて来たセトの存在については把握していた。
だが……ワームにとって不運だったのは、セトの速度だろう。
瞬く間に自分の近く……鉱脈から伸びている部分の半分程を持ち上げ、その極大な口を開いた状態で、一瞬にして持ち上げている身体の下に入り込むと、跳躍しながら前足を振るう。
「グルルルゥ!」
レベル八のスキル、パワークラッシュ。
その一撃は重力に逆らうようにして放った一撃だったが、剛力の腕輪の効果もあってか、その頭部を砕いた。
「えっと……あー……」
ずしん、と頭部を失ったワームの上半身――という表現が正しいのか微妙なところだが――が地面に落ちる音が響く。
レイはそんな様子を見つつ、指を鳴らそうとした仕草を解除する。
ジャーミからワームは物理攻撃に強い耐性を持つと聞いていただけに、無詠唱魔法を使おうとしたのだが、そんなレイの考えなど全く気にした様子もなく……いや、より正確にはワームが何かをしようとしたのを察したセトの咄嗟の判断だったのだろうが、その一撃で倒してしまった。
魔法に弱いというのは何だったのか。
そう思いながらジャーミに視線を向けるが……そのジャーミは、慌てたように叫ぶ。
「セト、死体から離れろ! そのワームはアシッドブレスを使う! さっきもそれを使おうとしていたんじゃ!」
「グルゥ!」
ジャーミの叫びに、セトは即座にワームの死体から離れる。
そんなセトを見て、安堵するジャーミ。
ジャーミにしてみれば、自分達を襲ってきたワームを倒してくれたセトが、アシッドブレスで怪我をするということになったら……と、そう思ったのだろう。
「助かった、ジャーミ」
レイも物理攻撃の耐性云々について聞こうとしたところで、咄嗟に放たれたジャーミの叫びを聞き、改めてセトの方を見ると安堵する。
同時に、セトが吹き飛ばした頭部の辺りからはジャーミが言うようにアシッドブレスによってだろう。肉片や……それどころか地面も溶けているように思えた。
先程、上半身を持ち上げたワームが使おうとしたのはアシッドブレスでセトはそれを危険だと判断して前に出て一撃を入れたのだろう。
「この……ワームか? こういうモンスターはここに結構出るのか? ちょっと意外だったけど」
この崖の階層のモンスターだけに、基本的には空を飛ぶモンスターが多いのだろうと思っていた。
しかし、そんな中で地中を掘り進むワームが出てくるというのは、レイにとってもかなり予想外だった。
もっとも、考えてみればそれも不思議ではなかったのだが。
何しろ崖の階層ではあっても、地面は土だ。
そのような場所である以上、このワームのような地中を移動するモンスターがいてもおかしくはない。
「安心してくれ。このワームは特殊な個体でな。先程も言ったが……見てくれ」
ジャーミがそう言って示したのは、頭部を失ったワームの身体。
その身体にはグラース鉱石がところどころから生えており、身体の表面も薄らとグラースでコーティングされているようになっている。
「この個体は、恐らくワームの希少種か何かであろうな。グラースを好んで食べるから、このような外見になっておるのじゃ」
「つまり、ジャーミ達にとってもこのワームは普通に襲ってくるモンスター以上に厄介な存在だった訳か。……ん? 厄介なのは間違いないが、それなら何で襲ってきたんだ? 別に食うためとかじゃないんだろう?」
「自分の主食を横から奪っていく者がいたら、どうすると思う?」
そう言われると、レイもジャーミの言葉に素直に納得するのだった。