3859話
ミミックを倒し、その魔石でレベル五になった飛針の検証を終えたレイは、再びセトと共に十四階の探索を始める。
その方法は、レイを背中に乗せたセトが空を飛び、上空から地上を探索するというものだ。
地上を移動して探索をするのも悪くはないのだが、やはりセトが空を飛べる以上は空から探索した方が広く探索出来るし、何よりそういう気分だったというのが大きい。
(出来れば、ミミックはもう一匹見つけたいんだけどな)
最初に見つけたミミックの魔石は、レイが……より正確にはデスサイズが使った。
そうである以上、セトが使う分の魔石も確保したいと思うのは、レイとして当然のことだろう。
……もっとも、ミミックが化けている宝箱を見つけるのが、そもそも難しいのだが。
宝箱そのものが、そう簡単に見つけられるものではない。
ただ、十四階まで到達出来る冒険者はそこまで多くはないし、何よりこの階層は崖の階層ということで、そう簡単に宝箱を見つけられない。
そういう意味では、空を飛べるセトが仲間にいるレイはかなり有利なのだが。
実際、何度か普通なら見つけられない宝箱を見つけているし。
「グルゥ」
「ん? あー……どうするか」
セトが喉を鳴らしたので、その視線を追うと、そこには十三階に続く階段の側で五人の冒険者……ただし一人はポーターらしく巨大なリュックを背負っているが、そんな冒険者達が空を飛ぶゴブリンに襲われているところだった。
レイとしては既に倒したモンスターである以上、わざわざ倒す必要はないと思う。
思うのだが、戦っている冒険者達の様子……空を飛ぶゴブリンとの戦いにあまり慣れていないのを見ると、恐らくあのパーティは初めてこの階層にやってきたか、あるいは数回程度しか来ていないのだろうというのは予想出来る。
冒険者というのは、自己責任だ。
あのパーティも十四階で活動出来ると思ったからこそ、来たのだろう。
なら、無理にレイが助ける必要もない……そう思っていたのだが、すぐにその考えを改める。
「セト、助けるぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは翼を羽ばたかせて冒険者達のいる方に向かう。
レイが考えを変えた理由……それは、空を飛ぶゴブリンの中に杖を持っていた個体がいた為だ。
杖をただの武器……打撃武器として持っている訳ではないのは、風の刃を放っているのを見れば明らかだ。
もっとも、その攻撃頻度はかなり遅く、もしレイの見るタイミングがずれていれば魔法を使う光景を見ることは出来なかったかもしれないが。
とにかく、空を飛ぶゴブリンの希少種を見つけたからには、それを見逃すという手はなかった。
幸い……という表現を使ってもいいのかどうかレイは迷ったが、冒険者達は空を飛ぶゴブリンという存在に苦戦しているように思える。
これで冒険者達の方が有利な状況であれば、戦闘に乱入するのはいわゆる横殴りという行為になる。
そうなったらレイの評判は悪くなり、ガンダルシアでの活動にも支障が出てもおかしくはない。
それでも、後で実は倒せたと言われないように、十分に近付いたところでレイは冒険者に向かって叫ぶ。
「助けはいるか!?」
最初、その言葉が自分達に向けられたものだとは気が付かなかったらしい冒険者達。
十四階に下りてすぐの場所でいきなり空を飛ぶゴブリンと遭遇したのだから、まさかここで自分達に助けが来るとは思っていなかったのだろう。
それでもこの階層まで下りてくるだけの実力があり、一瞬にして我に返り、半ば反射的に叫ぶ。
「頼む! 助けてくれ!」
その言葉にレイはセトの身体を軽く叩く。
それだけで意図を察したセトは、翼を羽ばたかせて空を飛ぶゴブリンの群れに突っ込んでいく。
当然ながら、ゴブリン達も今のやり取りでレイとセトの存在に気が付く。
そして牽制としてなのか、それとも本気の一撃なのか、杖を持ったゴブリンがセトに向かって風の刃を放つ。
本来なら地上にいる冒険者達に向けて放つつもりの魔法だったのだが、いきなり姿を現したレイやセトを脅威だと感じたのだろう。
……セトの存在を察知しても逃げずに攻撃してくるのは、ゴブリンメイジであっても結局のところゴブリンの一種だからなのか。
あるいは、セトの存在を察知していても逃げるのは不可能だと判断した為か。
その辺りは生憎とレイにも分からなかったが、それでも逃げないでいてくれるのはレイにとっては助かる。
ここで逃げるようなことがあれば、それこそ追う必要があるのだから。
「グルゥ!」
レイが何も言わなくてもセトは翼を羽ばたかせて飛行コースを変え、それによってゴブリンメイジの放った風の刃はあらぬ方に向かって飛んでいく。
それを見つつ、レイは黄昏の槍を投擲する。
真っ直ぐに飛ぶ黄昏の槍。
ゴブリンメイジはその存在に気が付くが……魔法は詠唱が間に合わず、羽根を使っても移動するのは間に合わない。
ゴブリンメイジに出来るのは、咄嗟に杖を前に出すだけだった。
だが、そのようなことで黄昏の槍を防げる筈もない。
……あるいは、その杖が伝説の杖といったような物であれば話も違ったのかもしれないが、残念ながらゴブリンメイジが持っている杖はそのような物ではない。
黄昏の槍はあっさりと杖を破壊し、その背後にあったゴブリンメイジの頭部を砕き、あらぬ方に飛んでいく。
黄昏の槍を投擲した後も、当然のようにセトは翼を羽ばたかせて階段の近くにいるゴブリンの群れへと距離を詰めていた。
レイはそんなセトの背から下りると、スレイプニルの靴を使って空中を蹴り……
(そうだな。ある意味で丁度いいか。失敗しても特に問題はないし)
ふと思いつき、足首の動きを微かに変えることで進行方向を変える。
向かったのは、ゴブリンの群れのど真ん中……ではなく、ゴブリンの群れの少し外側。
ある程度の距離を跳躍したところで、右手に持つデスサイズのスキルを発動する。
「黒連!」
スキルの発動と同時にデスサイズを振るうと、空中に黒い斬り傷が生み出される。
そのままスレイプニルの靴を何度か利用し、空を飛ぶゴブリンの群れを囲むように八つの黒い斬り傷を作り、それが終わると同時にスレイプニルの靴の効果が限界を迎え、崖の上に落ちていく。
落下しながら、レイは右手に持っていたデスサイズを左手に持ち替え、パチンと空いた右手で指を鳴らす。
すると空を飛ぶゴブリン達の中心にファイアボールが発動し、運悪くそこにいた空を飛ぶゴブリンが瞬時に炎を撒き散らしながら爆散する。
……いや、痛みも何もなく、自分でも死んだと気が付かず、一瞬にして死んだのだから、それはゴブリンにしてみれば不幸ではなく幸運だったのかもしれないが。
他のゴブリン達は、いきなりの展開を理解出来ず、一斉にその場から逃げ出す。
それは、レイが最初に見た時と同じく、規律正しく逃げ出すといったようなものではなく、それぞれが一斉に四方八方に逃げ出したのだ。
空を飛べるゴブリン達にしてみれば、本人達が意識してるのかどうかはともかく、三次元的な軌道で逃げるというのは自然なことなのだろう。
あるいはそうした方が逃げやすいという、今までの経験からなのか。
ともあれ、ゴブリン達は頭で考えての行動というよりも、半ば条件反射に近い形でその場から逃げ出す。
……そう、レイが黒連を使って生みだした、空中に浮かぶ黒い斬り傷は気にせず、そのまま真っ直ぐに。
そんな中、ゴブリンの一匹が空中に浮かぶ黒い斬り傷に触れた瞬間、滞空する斬撃の真価が発揮され、そこに触れたゴブリンの身体は胴体の辺りで切断される。
声すらも出さず……自分が一体何故そうなったのかも分からないまま、そのゴブリンは死んだ。
悲惨だったのは、その場に残されたゴブリン達だ。
全く同じ方向ではないにしろ、自分の側にいたゴブリンがいきなり切断されて死んだのだ。
思わずといった様子で動きを止める個体もいた。
そのような個体は、セトが放ったアイスアローによって撃ち抜かれ、地面に落ちていく。
身体を貫かれてもまだ生きている可能性はあったが、それもこの高さから地面まで落下すれば、生き残ることは出来ないだろう。
あるいは十三階に続く階段がある崖の上に落ちれば墜落死は免れるかもしれないが、そこには先程までこのゴブリン達に襲われていた冒険者達がいるので、そういう意味でも生き残るのは難しい。
そんなやり取りは、最初に黒い斬り傷に触れた個体のいる場所だけではなく、他の場所でも同様のことが起きる。
レイが苦労をして、ゴブリンの群れを囲むように黒連を使った黒い斬り傷を作っていった成果だ。
「嘘だろ……一体何が……」
黒連については何も知らない冒険者達は、空中でいきなりゴブリンが真っ二つになって死んでいくのを見ながら、そう呟く。
一体何が起きているのか、全く分からないのだろう。
それでも分かるのは、自分達が助かったということだけ。
……もっとも、ここは階段からそう離れていない。
すぐ側と言ってもいいだろう。
つまり、もしゴブリン達の襲撃にどうしようもなければ、上の階層に……十三階に逃げるといった手段もあったのだ。
ただ、レイが予想したように、このパーティは今日初めて十四階に到達した。
だからこそ、階段のすぐ側でゴブリンに襲われたからといって、すぐに逃げ出したいとは思わなかったのだろう。
縁起が悪い、あるいは逃げ癖がつく。
そのように考え、何よりも相手は空を飛んでいるとはいえ、結局のところゴブリンだ。
そんな考えがあるからこそ、逃げずに踏ん張っていた。
お陰でセトがその戦いを発見したのだから、踏ん張っていた甲斐はあるのだろう。
「全員無事だったか?」
スレイプニルの靴の効果が切れて落下し、崖に着地したレイがパーティリーダーだろう男にそう声を掛ける。
その男は、慌ててレイの言葉に頷く。
「お、おう。助かったぜ」
「助けた謝礼として、杖持ち……メイジの死体はこっちで貰うけど構わないな?」
レイの言葉に、男は少し驚く。
当然だろう。結局のところ、ゴブリンの大半を倒したのはレイとセトだ。
男達も多少は倒したものの、それは数匹でしかない。
そうである以上、それこそ助けて貰ったのだから全てのゴブリンの死体の所有権を主張しても反対は出来なかった。
……いや、勿論相手が弱ければ話は別だが、レイについては当然のように知っているし、実際に戦いをその目で見ている。
そうである以上、もし戦いになっても自分達に勝ち目がないというのは理解していた。
これで助けたのだからと法外な金額を要求されたり、あるいは武器やマジックアイテムを寄越せと言われたのなら断りもしただろうが、レイが欲してるのはメイジ一匹だけで、他のゴブリンは全て男達に譲ると言う。
それは男達にとってみれば、助けてくれた上に倒したモンスターの死体も譲ってくれるというのだから、嬉しく思うなという方が無理だった。
「あ、ああ、勿論そっちがそれでいいのなら構わないけど……本当にいいのか? 倒したのは殆どレイ達だろう?」
「そうだけど、このゴブリンの魔石はもう集めてるしな」
「魔石……? いやまぁ、本当にそれでいいのなら、構わないけど」
どうやらパーティリーダーの男はレイが魔石を集める趣味を持つ――ということになっている――というのを知らなかったらしく、レイの言葉に不思議そうに首を傾げる。
しかし、それでもレイが本気で言ってるのは十分に理解したのだろう。
レイの気が変わらないうちに話を纏めてしまおうと、すぐに頷く。
「分かった。じゃあ、それで頼む。……今回は改めて助けてくれて感謝している」
そう言い、頭を下げる男。
他のパーティメンバーも、それに釣られるように頭を下げる。
……大きなリュックを背負っているポーターは、頭を下げにくそうにしていたが。
「気にするな。こっちにも利益があったからだし。それと……この空を飛ぶゴブリンは、どうやらこの十四階の中では数の多い雑魚みたいだ。この階層は細い坂道を移動することが多いから、攻撃された時に焦らないように注意した方がいい」
一応、そうレイは注意しておく。
もっとも、空を飛ぶモンスターというだけなら、別にここが初めて出てくる訳ではない。
この十四階まで下りてきた面々であれば、対処は可能だろう。
……問題なのは、レイが口にしたように細い坂道を移動しなければならないということだ。
そのような場所で上空から攻撃されるというのは、非常に厄介だ。
レイの話を聞いた冒険者達もそれは理解しているのだろう。
レイの言葉を聞き流すようなことはせず、真剣に頷くのだった。