3858話
崖の上に着地したセトの背中から下りたレイは、宝箱のある茂みに向かう。
その茂みは上から見た時も思ったが、かなりの大きさだ。
十三階の草原の階層には、レイの背丈よりも高い……それこそ二m、三mといった高さの草も多数あった。
もしかして、その影響か?
そう思いながら茂みに近付いていたレイだったが……
「グルゥ!」
「っ!?」
茂みに近付いたところで、不意にセトが喉を鳴らす。
それに気が付いたレイは、即座にそれに反応して後ろに跳ぶ。
瞬間、草原の中から飛んできた何かが、レイのいた空間を貫く。
「何だ?」
後方に着地すると同時にミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、警戒する。
その瞬間を待っていたかのように、再び茂みから何かが飛んでくるが……
キンッと、そんな音を立ててその何かはあっさりとデスサイズによって弾かれる。
先程のような不意打ちであればまだしも、そのような攻撃方法があると理解していれば、レイがそれに対応出来ない筈もない。
あっさりと攻撃を弾き、その弾かれた何かは宙を舞い、そのまま地面に落ちる。
「骨?」
そう、それは骨。
ただし、当然ながらただの骨という訳ではなく、先端が尖るように加工されている骨だ。
正確には……この骨を放った存在にしてみれば、これは骨ではなく矢として使われたのだろうことは間違いない。
問題なのは、一体誰がそれをやったかだろう。
(考えられるのは、モンスターか冒険者狩り。どちらにせよ……)
相手がどのような存在であっても、敵であるのは間違いない。
そうである以上、レイとしてはここで行動しないという選択肢はなかった。
左手に持つ黄昏の槍を、茂みに向かって投擲する。
その一撃によって、敵に何らかの反応……上手くいけば、もしかしたら今の一撃で倒せるのではないか。
そのように思っての行動だったのだが……しん、と。
茂みの向こう側では、痛みに呻く声も、悲鳴も、あるいは断末魔の声も……そんな諸々は一切聞こえてこなかった。
「ん? ……セト?」
「グルルルゥ」
反応がないのを訝しげに思いつつ、レイは黄昏の槍を手元に戻しつつ、セトに尋ねる。
先程の敵の攻撃も、セトが反応したからレイも対処出来たのだ。
であれば、セトなら茂みの向こう側にいる何者かの存在を把握出来ているのではないか。
そう思っての問いだった。
そんなレイに対し、セトは敵は間違いなくいると、そう喉を鳴らす。
「となると……あの茂みが邪魔だな」
茂みによって、その向こう側が完全に覆い尽くされてしまっている。
その結果として、敵がどのように行動するのかがレイには分からない。
気配を殺すのが妙に上手いというのもあるのだろう。
何しろ、レイはともかくセトまでもが敵が実際に攻撃してくるまでは一体何がどうなっていたのか分からなかったのだから。
「マジックシールド」
デスサイズを手に、スキルを発動するレイ。
するとレイの周囲に光の盾が四枚生み出される。
どんな攻撃であっても、一度だけは完全に攻撃を防いでくれる盾だ。
これがあれば、先程のように不意打ちをされても対処は容易に可能だった。
光の盾と共に、レイは茂みに近付く。
するとそれを防ごうとするかのように、茂みから何かが……いや、骨の矢が飛んできた。
しかし、レイはその骨の矢を無視して歩き続ける。
骨の矢は光の盾に弾かれ、レイにダメージを与えることは出来ない。
攻撃を防いだと同時にそれを行った光の盾も消えていくが、残り三枚の光の盾がレイを守る。
(攻撃の間隔はそれなりにあるな。連射をしてくるとか、そういう感じじゃないか)
それはつまり、弓か何かで攻撃をしているにしても、遅すぎるというのがレイの感想だった。
とはいえ、それでも茂みの向こうから狙ってくるという時点で厄介極まりない行動なのは間違いないのだが。
「取りあえず……姿を現せ!」
その言葉と共に、レイはデスサイズを振るう。
次の瞬間、レイの視界を遮っていた茂み……草は、綺麗に切断され……
「うわ、マジか」
レイは思わずといった様子でそう口にする。
何故なら、ちょうどそのタイミングで敵がレイに向かって骨の矢を射ろうとしているところだったからだ。
しかも、それを行ったのは……宝箱。
そう、宝箱が開いており、その隙間から丁度骨の矢が射出されるところだったのだ。
「ミミックって奴か?」
物珍しげに呟くレイ。
そんなレイに向かって射られた矢は、当然のように光の盾によって防がれる。
初めて見るモンスターに、どうすればいいのか。
そうレイは疑問に思ったものの、敵がモンスターである以上は相応の対処をすればいいだろうと考え、そのまま前に出る。
ミミックの攻撃は、どうやら骨の矢を射るというものだけらしい。
それも恐らくは油断をしている相手に一撃必殺でのダメージを与えるもので、だからこそ一度攻撃した後、二度目の攻撃を行うのに時間が掛かるのだろう。
それだけに、レイはそんな相手の攻撃を気にせず前に出ることが出来た。
そして、再び骨の矢を射出しようとしたところで……
斬、と。
デスサイズを振るう。
宝箱、あるいは宝箱に擬態をしたその姿は、もしかしたら相応の防御力を持っているのかもしれない。
そして普通の……一般的な冒険者を相手にした場合、その攻撃を防ぐことも出来たのかもしれない。
だが、それはあくまでも普通の冒険者の場合だ。
レイの振るうデスサイズの攻撃を防げる筈もなく、ミミックはあっさりと切断される。
「……えっと、これで倒したんだよな? けど……死体はどこにある?」
真っ二つにされたミミックだったが、そこに残っているのは宝箱の残骸だけだ。
少なくてもレイにはそのようにしか見えない。
「グルルゥ?」
どうしたの? と後ろにいたセト……何かあったら即座にフォロー出来るようにしていたセトが、レイの近くまでやって来て喉を鳴らす。
「ほら、セト。……あの宝箱が実はモンスターだったらしくてな。多分ミミックだと思うんだが。とにかくミミックを切断して倒したんだが、そうなったら残ってるのが宝箱の残骸だけになってしまったんだよ」
「グルゥ? ……グルルゥ、グルゥ」
レイの言葉に、本当? と喉を鳴らしたセトだったが、次にその宝箱の残骸……いや、ミミックの死体に視線を向け、喉を鳴らす。
それは、ドワイトナイフを使ってみたらいいのでは? とレイに提案していた。
セトの様子からそれを理解したレイは、少し考えてから頷く。
「そうだな。もしかしたら宝箱に見えてるだけで、実はただのミミックの死体だという可能性もあるし。……その割には、魔石がどこにあるのかちょっと分からないけど」
それでも試してみなければ分からないだろうと、レイはミスティリングからドワイトナイフを取り出し、魔力を込める。
そしてミミックに突き刺すと、眩い光によって周辺が照らされる。
そして光が消えた時、そこに残っていたのは魔石と木材と骨の矢、そして……巨大な舌だった。
「……えっと、まぁ……やっぱりミミックだったのは間違いないとして、魔石は分かる。骨の矢も、使っていたんだから分かる。けど、木材? 宝箱だからか?」
純粋に疑問を口にするレイ。
一番疑問に思う舌ではなく、まずは木材に視線を向けていた。
もっとも、レイ本人が口にした通り、宝箱だからこそ木材と考えれば納得出来ない訳でもない。
そして……最後に、舌。
その舌はかなりの大きさだ。
人の舌は勿論、舌と言われて思い浮かべる牛タン。
日本にいる時にTVでスライスされていない牛タンを見たことがあったレイだったが、それよりも遙かに大きい。
何しろ、長さだけで一m近くもある舌なのだから。
「というか、何で舌?」
ミミックの攻撃は、骨の矢を飛ばすというものだった。
そうである以上、弓の類が落ちているのならレイも納得出来るのだが。
実際、骨の矢が素材として残っていたのだから。
「もしかして……舌で矢を射っていたのか?」
一体どうやって?
そう思うが、こうして残っているのが舌である以上、そんな自分の予想もそう外れてはいないのではないかと、そう思う。
「問題なのは、この舌……食べられるかどうかだよな」
レイは日本にいる時、牛タンが好きだった。
ネギ塩であったり、タレであったり。
だが、そんなレイでもミミック……宝箱の舌となると、それを食べてもいいのかどうか迷ってしまう。
(こうして素材として出て来た以上は、恐らく食用じゃなくて何らかの素材って可能性も高いのか。具体的にどういう素材なのかは分からないが)
レイはそうして考えつつ、取りあえず舌はギルドに売ってしまおうと考える。
自分にはどう使ったらいいのか分からないので、その方がいいだろうと。
ギルドの方でなら、この舌の使い道も分かるだろう。
(もしかしたら、アニタが嫌がるかもしれないけど。……あ、でも考えてみればそれなりに素材とかは売られてるんだし、その中にはこの舌よりも驚くような何かがあってもおかしくはないか。そういう意味では、慣れている可能性もあるな)
巨大な舌を見てアニタが悲鳴を上げるのか、驚くのか、平然としているのか、あるいは嬉しそうにするのか。
その辺りはレイにも分からなかったものの、とにかくレイは魔石以外の全てをミスティリングに収納する。
「さて、後は魔石だが……」
「グルゥ、グルルルゥ」
レイの言葉に、セトはその魔石はレイが……デスサイズが使ってもいいよと喉を鳴らす。
「いいのか?」
「グルゥ」
確認の為に尋ねるレイに、セトは喉を鳴らしながら頷く。
セトにしてみれば、ミミックを倒したのはレイだ。
そうである以上、その魔石はレイが……デスサイズが使うのが最善なのだろうと、そう思っていた。
レイは感謝を込めてセトを一撫ですると、魔石を手に少し離れる。
「さて、どうなるか……何も覚えないというのは止めてくれよ」
そう言い、魔石を放り投げるとデスサイズで切断し……
【デスサイズは『飛針 Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、嬉しそうな笑みを浮かべる。
そこそこ使うスキルである飛針が、レベル五になったからだ。
そして同時に、飛針のレベルアップしたのもミミックが骨の矢を使っていたことを思えば不思議ではない。
(となると、もしセトがミミックの魔石を使っていれば、アロー系のスキルがレベルアップしたか、もしくは新しいアロー系のスキルを習得したかなのか?)
そんな疑問を抱きつつも、レイは早速飛針を試してみることにする。
(レベル四の時は二十本で、木の幹に突き刺さるくらいの威力だった。レベル五になって一気に強化された、今、どのくらいの威力だ?)
標的としてまず選んだのは、崖の上……茂みから離れた場所にあった岩。
レベル四では木の幹だったが、レベル五になった今なら岩にも刺さるのではないか。
そう思っての選択。
「飛針!」
デスサイズを手に、飛針を発動する。
すると、まずこの時点でスキルが強化されたのが理解出来た。
生み出された長針は、五十本。
レベル四の時が二十本だったことを考えると、倍以上となる。
そのことを嬉しく思いながら、岩に向かって生み出された長針を放つ。
真っ直ぐに飛んだ五十本の長針は、その全てが岩に突き刺さり……岩の半ばまで入っていく。
ただし、岩の後ろに回ってみると、そこに穴はない。
つまり、岩に突き刺さりはするが、貫くことは出来ないということなのだろう。
次にレイが標的として選んだのは、ミスティリングから取り出した金属鎧。
どこで入手したのかは忘れたが、かなりくたびれた……良く言えば多くの戦いを経験してきた鎧。
その鎧を岩の前に置くと、再度スキルを発動する。
「飛針」
生み出された五十本の長針のうち、五本を放つ。
全てではなく五本としたのは、岩と違って鎧はかなり小さいからだ。
ここで複数の長針を投擲すると、同じ場所に何度も突き刺さって正確な威力を確認出来ないと判断しての行動。
放たれた長針は、先程岩に向かって放ったのと同じように金属鎧に突き刺さる。
残った長針を消して、金属鎧を確認すると……
「こっちも後ろには届いていないか」
金属鎧の前面部分は貫いたものの、背中の部分は貫けない。
五本のうち、一本だけがかろうじて背中の部分の内側に少し……本当に少し突き刺さっているだけだ。
それを少しだけ残念に思うレイだったが、取りあえず金属鎧を装備している者であっても、長針で身体を貫くことは出来るというのは明らかだ。
それに満足しつつ、レベル五になって強化された飛針の検証を終えるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.四』『パワースラッシュ Lv.八』『風の手 Lv.六』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.六』『ペネトレイト Lv.七』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.五』new『地中転移斬 Lv.四』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.三』『火炎斬 Lv.二』
飛針:デスサイズを振るうことで、長針を複数生み出して発射する。レベル一では五本、レベル二では十本、レベル三では十五本、レベル四では二十本、レベル五では五十本で、金属の鎧に突き刺さるが貫けないくらいの威力。